38、風邪は誰だってひくもので、幻覚だって見るものです
更新が遅くなってしまって申し訳ございません。小説はできているのに投稿しなかった私がいけないのです……。待っていてくださった方、大変申し訳ございませんでした。
人は「馬鹿は風邪をひかない」と言う。だけど、実際どんなに馬鹿であろうとも風邪くらいひく訳で、人間そんなに不公平に作られている訳でもない。ただ、「馬鹿は風邪をひいているのに気付かない」とか言われちゃう訳だけど、それは偏見であって、バカだってちゃんと風邪をひいている事に気が吐く。神は人を差別せずに、風邪をひかせる。天才も、どんなに馬鹿であっても。
要するに、差別良くないって事が俺は言いたい訳で、病人だろうがなんだろうが、ヒマも良くないって言いたいんだ。
「あぁもう、ソラにぃ! 大人しくしててって言ってるでしょ!」
こっそりベッドから抜け出して、部屋の掃除をしようと持ってきた掃除機を運んでいるところで、ウミに見つかってしまった。逃げ切れずに捕まって、それをウミに奪われながらも言い返す。
「でもさ、何もしてないと落ち着かないって言うか、なんと言うか……」
「いいえ! 病人にはしっかり休むという仕事がありますわ!」
溜まってしまった洗濯物を、腕いっぱいに抱えて、横を通り過ぎて行ったローグにも返す。
「だ、だけどさ……」
「いつもせかせか働いてんだからさぁ、こーゆー時くらいちゃんと休めよなぁ」
ローグの手伝いをしているのであろう、同じような格好でジャウネも通り過ぎて行った。
「そんなに働いてるつもりはないよ。ローグ達が手伝ってくれるし」
「そう、我らがおるのだから、今日の当番は任せて寝ておれ、青年」
頭巾とはたきを装備したウネが、埃はもうないかと探しながら言う。ちなみに、頭巾とはたきは俺のお手製です。細かい事するのは好きなんです。料理も結構好きなんです。だから動いてないと落ち着かないんだよ!
「もう十分に休んだからへい……ケホッコホッ」
「ほら、まだ咳がでてるじゃない、馬鹿」
「そうだよ、ソラ。俺も矢吹もいるから、安心して休んで」
宿題を持参してまで見舞いに来てくれた2人に言われてしまっては、返す言葉もない。というか、矢吹さん? なんで人のベッドでくつろいでるんですか? 俺が病人と知っての行動だよね? なんでアナタが寝転がってるの!?
そんな事を思っているうちに、波月が矢吹をベッドから追い払い、こっちへ来いと手招きしてくる。
「うぅ……。分かったよ、大人しくしてる」
そんなこんなで言いくるめられてしまう、自分が悔しい。……ケホッコホッ。
え? 何で風邪ひいてるんだよって?
それは、ただ単に魔の邪気にあてられただけ。……、それとちょっと精神力も使いすぎたくらいであって、別に動いてたっていいんだ。ひどく疲れてるのと同じ状態だから、ちょっと休めばもう平気なのに。
「ほら、早くベッドに入りなさい、ソラにぃ」
「ありありさぁ……」
熱だってそんなにないのに、みんな心配しすぎなんだよ。たかだか38℃くらいでさぁ。
「怪我の方は大丈夫なの?」
「ゲホッコホッ……。ごめん矢吹、何? 聞こえなかった」
「怪我は平気なの?」
ちょっと怒ったように言われながら、薄い毛布を掴んでいる右腕を見た。俺が気がついた時にはもう包帯が巻かれていたし、次の日ウミに新しいものに変えてもらった時、ほとんど傷は治っていたと思う。ボーっとしていたらウミに睨みつけられたので、その中にもぞもぞと入り、ベッドに腰かけてから答えた。
「全然、おっそろしいほど平気。あんまり痛まないんだ」
その証拠と言わんばかりに、ブンブンと腕を振り回したら、矢吹にそれを止められた。
「あ、あんまり無理するんじゃないわよ」
また少し怒ったようにそう言った。俺、矢吹を怒らせるような事言いましたか?
「周りの事は私達がやるから、ソラにぃはしっかり休む事! 分かった?」
「う、うん……」
あぁ、病人って不便だ。
****
「お嬢様、お出かけですか?」
「! え、えぇ。ちょっと……」
こっそり屋敷を抜け出そうとした私を見つけたのは、庭の手入れをしていたメイドさんだった。できれば見つかりたくなかったのにと、舌打ちしたい気分になりながら急ぎ足で歩みを進めた。
「お一人で行かれるのですか? 誰か付き添いにつけましょうか」
「さ、散歩だけだから!」
「あぁ、お嬢様! どちらまで!?」
逃げるように玄関まで走って扉を開閉し、ひと息ついた私の背中で、メイドの声だけが響いた。あぁ、そんなに騒がないでよ。
「あら、そんなに急いで頂かなくても……」
「……」
急いでるつもりなんてないわよ。ただこんなのと一緒にいたくないだけよ。
「まあ、早い事に越した事はありません。仲間の所まで、案内をお願い出来ますか?」
****
「ソラにぃ! もう、何回言わせたら分かるの!?」
「だ、だってさ……」
「ソラにぃは風邪ひいてるの! 熱がお昼より上がってるの! それなのに何してんの!?」
「何って……家事?」
「病人が家事してどうすんの!?」
「え、いや、だって皿洗いが俺の当番で、やらないといけない訳で……」
「それくらい私に任せてよ!」
洗っていたお皿とスポンジをウミに奪われて、俺は一歩引いた。
「でも、ウミには他にもやらなきゃいけない事あるから……」
「私じゃなくっても、ローグ達がいるじゃない!」
「ローグ達にだってやる事が、ケホッコホッ……あるじゃん?」
「だけど―――!」
「まあまあ、それくらいにしてあげて、ウミちゃん」
「むぅ……」
ウミはまだ納得のいかない顔で、自分の食器を運んできた波月を恨めしげに睨むと、深々とため息を吐く。そしてそれをも奪って、またため息を吐いた。そんなに連続してため息なんて吐いたら、幸せがどんどん逃げちゃうのに……。
「ソラにぃはあっち行ってて」
「う、うん」
抑揚なく、しかも少し泣きそうな声で言われてしまっては、いいえとは言えない。絶対に。
「ほら、薬飲んでとっととベッドで大人しくしてなさい」
「……分かったよ」
矢吹も波月に習って持ってきた食器をウミに渡すと、コップに水を入れて薬と一緒に突き出した。
「今日は大人しくしてる。それでいいだろ?」
「明日もね。熱が下がるまでは何もしないでよ。お願いだから……」
またウミがため息をつきながら言う。周りの2人もうんうんと頷く。テーブルの上に座るローグ達でさえも。どうやら、俺の味方はいないみたいだね。
「……ありありさぁ」
身につけていたエプロンを外し、リビングの適当な椅子にかけた。そして、矢吹からコップと薬を受け取って、それを飲んだらウミのため息がうつってしまった。
ピーンポーーン
我が家独特のチャイムが、静かになった部屋にいや響いて聞こえた。
「ほいほい」
「あっ、ソラにぃは出ないで!」
「俺が一緒に行くよ」
ウミの叫びに素早く反応して、逃げるように廊下に出た俺を波月が追ってきた。
「ソラは風邪ひいてるんだ。お客さんにうつしちゃいけないだろ?」
「……あはは、だねぇ」
あまりにも正論すぎて、返す言葉が見つからない。マスクできればいいんだけど、生憎切らしていた。まあ、あろうがなかろうが、俺の動きは制限される事に変わりはないだろうけどね。
狭い廊下で俺を追い越して、「はーい」と扉を開けた波月の動きが来客を見て止まった。
「な……」
来客者も波月と同じ反応をして、固まる。ストレートの長い黒髪が夜風に吹かれて、静かに揺れているだけだった。ピクリとも動かない彼女には見覚えがあった。
「わーお、汐見だ。こんな時間にどうしたの?」
波月の横から俺が顔を出すと、彼らの止まっていた時間が動き出した。
「べ、別に! ただちょっと、……」
「ちょっと、何?」
咳で言葉が出なかった俺の代わりに、優しい王子様が聞いてくれた。ありがとうとお辞儀をすると、彼は少しだけ微笑んだ。
「……風邪ひいてるの?」
「心配されるほど酷くないから大丈夫だよ。で、何しにきたの?」
「あ、あの……。怪我した時、ほら……」
「怪我?」
波月が整った眉を寄せて、あからさまに不安げな顔をする。そして、隣の俺にも似たような顔を向けた。あの右腕以外にも怪我をしてるんじゃないかと疑う顔だ。……まあ、あの事は話してないから、こんな顔されて当然かな。
「俺は平気だからさ、波月はそろそろ堪忍袋の緒が切れるだろうウミをどうにかしてくれない?」
「でも」
「だいじょーぶ、無理はしないよ。ウミに怒られたくないし、波月達にも心配させたくないから」
「仕方ないな、分かった。辛くなったら座るんだぞ。……これ、羽織っておいて」
波月が自分で羽織っていたパーカーを、俺の肩にかけてから去っていく。その後姿に、心から感謝の言葉を述べて、汐見に向き直ってから気付いてしまった。
「……れれ?」
うん、気のせいだよね。ほら、ウミが熱上がってるって言ってたから、そのせいで幻覚が……。
「どうしたのよ」
汐見に少しトゲのある言い方で心配されながら、両目を擦ってからまた前を見る。
うん、嘘だ。悪い冗談だ。そんなはずないよね、うん。これはきっとあれだ。……あれだよね。
『……すみませんが、成仏できなかったんです』
幻覚が、遠慮がちに口を開いた。柔らかい声音は、どこまでも優しい。
「有澄? ちょっと、本当にどうしたの?」
心配そうな顔の後ろ、透けた恥ずかしそうな顔がにわかに微笑む。
『お嬢様には見えないようですが、お傍にいれて幸せですから。あぁ、もう魔につけいられたりしません。大丈夫ですよ』
「ねえ、有澄? あーすーみー?」
ブンブン振られる手が、現実に連れ戻してくれた。
「あぁ、ごめん。汐見なんだよね、用事があるの」
「何言ってるのよ」
汐見には篠枝さんが見えないのだから、変に思われても仕方ない。
「気にしないで。……ケホッ……で、何?」
「辛かったら、波月が言ってたみたいに座ってもいいからね」
「ありがと」
ニッコリ笑ったら、顔を赤くして背けられました。……あっれ、俺何か悪い事した?
「それより、これ。……あの時は、その……」
差し出されたのは、なんだか見覚えがあるようなないようなハンカチだった。きちんと洗濯されて、アイロンまでかけられているようです。うん、律儀な子だ。俺、これの事すっかり忘れてたよ。
「あぁ、わざわざありがとう、こんな時間に」
「べ、別に! ちょっと通りかかっただけだから!」
こんな時間にまた1人で出かけて……。危ないとは思わないのかね、このおじょー様は。
『本当は、このハンカチを返しに来たんですよ。朝からずっとお洋服を部屋中に広げて、どれを着ていこうか悩んでいらして、こんな時間になってしまっただけなんです』
汐見の背中から、篠枝さんは剥がれる様に離れた。そして俺の隣で面白そうに笑う。右側だけが、少し温度が下がったみたいにひんやりした。無意識に波月が貸してくれたパーカーを引き寄せた。
「ケホケホッ……それだけ?」
それにしても、なんだかボーっとしてきたなぁ。また熱が上がったのかも。
「あと、……変なのが」
変なの? そう聞こうとした代わりに、咳が出る。首をかしげていたら、汐見の違和感に今更気付いた。
肩に、青と水色の人形が座っている。
普通の人は、肩に人形を乗せて歩いたりしない。乗せてたとしても、瞬きしたり足をブラブラさせたりする人形じゃないでしょうなぁ……。
「ここに仲間がいると聞いてやってきました。私はブルゥ」
青い人形が汐見の肩の上で器用に立ち上がって、お辞儀をしながら俺に挨拶した。んだと思う。つられて俺もお辞儀をしてしまった。日本人の性って恐ろしい。
「そしてこちらはブルゥプロフォンド。無口ですが、良い子なんですよ」
青い人形は水色の人形を無理矢理お辞儀させながら言う。どこのスパルタな親ですか? どこの教師ですか? そう思うだけで口には出さないけどね。
「……よろしく」
小さな綺麗な声が、淡白に言葉を紡ぐ。敵意はないけど、どこか冷たい。
「さて、ローグ達はどこですか? 一言言ってやりたい事があるんです」
「ふぇ?」
「私はこれで帰るから。それ返せれば良かったし。じゃあね、有澄。……お大事に」
「ふぁ……、ありがとう。バイバイ」
閉じられた扉。残された宙に浮かぶ人形。そして、確かに『ローグ達』って言った。
あぁ、なーんか昨日と今日といろいろありすぎたみたいだ。頭がくらくらする。
「よろしくお願いしますね、有澄さん」
「……」
おしゃべりな青と対照的な水色。否、ブルゥとブルゥプロフォンド。どうウミに説明すれば、風邪なのに外で寝ろと言われないですむだろうかと頭を抱え、
「……ケホッ。ついといで」
とりあえず、まさかのタイミングでの仲間発見の報告はしなければならない気がして、冷たい廊下の上を歩き出した。