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アルカンシエル  作者: 下弦 鴉
第三章 秘められしモノ
37/80

37、心はきっと、永久に

夏休み中に完結させたかった長編も今回で最終回を迎えます。うーん、長かったのか短かったのか……。微妙な気持ちがもやもやしております。


さて、メイドさんをどう助ける?

期待されても困る私ですが、精一杯努力しました、いろいろと。

では、そんな本編へどうぞ!


 長い廊下を走りきり、汐見の部屋へ一時避難する事になった俺達の間に漂う、いやぁな空気。疲れと焦り、絶望と失望。そして何より、夜という独特のおどろおどろしい雰囲気がさらにそれらを膨張させて、なんともいえない空気になってしまっている。もう、どうしようもないよね、これ。思考がネガティブに働くのも仕方ないよね。

 「……どーしよ」

 思わず声に出してしまって、四方から冷たい目線を感じる。

 「とりあえず、ここで怨霊と立ち向かうしかなかろう」

 頭の上のウネが、少し疲れたように言う。

 「けど、祓えねぇじゃん」

 左肩から少し呆れたようにジャウネ。

 「それは……ソラ様に任せて」

 右肩から、少し遠慮がちにローグが呟く。

 「えー。俺、魔の祓い方なんて知らないし」

 「……」

 そして、またどんよりと暗い空気に包まれる。鬱陶しいぞ、コノヤロー。明るい空気と入れ替わってくれ。

 「いいじゃない、何もしなければ」

 自分のベットの上で、膝を抱いて丸くなるように座っていた汐見がポツリと言った。

 「え?」

 「そんなもがいてもどうしようもないんでしょ? 祓い方もわかんない、逃げ道もない。なら何もしないで大人しくしてればいいじゃない」

 「でも、それじゃあ―――」

 「いいのよもう! うんざりよ……。わかんない事だらけだし、何もできないなら余計な事はしないで大人しく殺されれば―――!」

 汐見が声を荒げて立ち上がる。自分が言ってたが間違っている事くらい、彼女にも痛いほど分かっているだろうに。それなのに、もういいと言う。


 パシンッ


 っと、いけない。ついつい手が……。汐見親衛隊に殺される理由が、さらに増えてしまったじゃないか。

 「何するのよ!」

 少し赤くなった左頬に手を当てて、少し潤った目が俺を睨みつける。言い訳するつもりもないし、言葉を汐見みたいに偽るつもりもない。だから、俺ははっきり思った事だけを言う。

 「そう簡単に、命投げ出していいの?」

 「……いいのよ。私が死ねば、あのメイドさんだってきっと心が晴れるわ」

 「ご両親は?」

 「……パパ達?」

 「そうさ、汐見を大切にしてる人達。ご両親や友達だっているだろうし、ほら、親衛隊もいるじゃん。その人達の心はどうなるの?」

 「……」

 「怨霊になってまで出てきた、彼女の気持ちはどこへ行けばいい? 殺したいから来てる訳じゃないのに。愛してるって伝えたくて、大切だから汐見に会いに来たんじゃないの?」

 すとんとベッドに座りこむ汐見に、俺は視線を合わせた。頬に一筋、涙が通った形跡がある。

 「メイドさんに、大切な人しおみを殺させないで欲しいと思うよ。まだ立ち向かう力を全て失った訳じゃない。きっとどうにかなるよ。だから、想ってくれている人達がいる、大切な汐見の命、投げ出そうとしないで」

 汐見は嗚咽が漏れない様に、下唇が白くなるほど強く噛み締めていた。そんな彼女の頭をさらりと撫でてやる。それでせめて、少しでも心が癒されるように。

 「だけど、祓い方は知らないって……」

 そう絞り出した声は少し震えている。心配ないよと俺は笑って、汐見の隣に腰掛けた。

 「確かに分かんないけど、もしかしたら教わった陰陽道の中にあるかもしれない。試してみる価値は十分あるよ」

 「けれど、そうしたらソラ様の精神力が……」

 「だいじょーぶ、俺は平気さ。精神力なんて、少し休めばすぐ戻ってくるし」

 やんわりと笑って、俺の肩に座るローグの心遣いに感謝する。いまだに心配そうな表情の彼女を指先でちょっと撫でてから、再び汐見に視線を戻す。

 「最後までやってみよう。汐見とメイドさんのために、ね?」

 小さな子をあやす時のように、そっと問いかける。膝に乗せた顎が、小さく上下した。

 「よぉーし! 頑張ろうねっ」

 暗い空気は苦手なんだ! 重圧はもっと嫌いなんだ! 気合と元気と根性で、頑張ろうじゃないか!




                     ****




 特に作戦という作戦も出ないまま、その時はやってきた。

 『……くい憎い憎い憎い憎い』

 廊下に響くひび割れた声に、隣の汐見が身を震わせる。

 「大丈夫だよ、汐見。きっと上手くいく」

 「……えぇ」

 弱々しく答えた汐見と、俺がいるのはクローゼットの中。少し窮屈なのは仕方ないとして、隠れるとしたら最高の場所だ。かくれんぼの時、まず誰もが一回は入ろうとする場所だと思うしね。


 ……護るんだ、人の気持ちを。


 そう心に決めて、ぎゅっと筆とお札を握る。約束は破らない。2人とも救うんだ。

 「……来たぞっ」

 ジャウネの声とともに、扉が開かれる音がした。そうして入ってきた怨霊が目にしたのは、きっとウネのはず。

 「風よ、束縛せよアンヴェント・リスタージス!」

 凛とした、ウネの声が響くと、どこからともなく風が吹きすさぶ。

 『あ゛ぁぁぁ!』

 怨霊の苦しむ声、どうやら彼女を捕まえる事には成功したらしい。

 「……なっ!」

 しばらくして、ウネが驚愕の声を上げる。すると、呻いていた怨霊の声が止み、行き場を失った風が部屋を駆け巡る。クローゼットの中にいるから、外の様子は良く分からないけど、きっとウネの術があっという間に破られたんだろうと思う。

 「ローグ、頼む!」

 「了解! ですのよっ」

 今度はローグの出番だ。頑張れ、みんな!

 「光集いて、(ラ・ルマーエリィミィ・)行く手をラセンブル・阻む者をストゥト・排除せよ(リシィミーン)!」

 扉の隙間から、少しだけ緑色をした光が差し込んだ。何をしたのか分からないけれど、何かが倒れる音がした。

 「月明かりの女神よ、クライアービィルーン・アニーディーズ・魔を封じたまえアバント・エスプレットマーヴィス!」

 澄んだローグの声と、耳を塞ぎたくなるような怨霊の苦痛の声だけが部屋に響く。どうなっているのか気になる心をどうにか静めて、外に飛び出したくなる衝動を押さえ込んだ。

 「よし、OKだ!」

 ジャウネの声がする。それが、外に出ていい合図だった。

 隠れていたクローゼットから出て行くと、扉の前にウネ、その隣に術を発動しているローグ、俺の肩にジャウネが乗って、部屋の中心に銀色に輝く糸に縛られてもがく怨霊がいた。

 「あとは任せたぞ、青年」

 「この術は、そう長くはもちませんの……」

 「頼んだぜ」

 「おうさ」

 一歩、二歩と少し大股に前へ進み出れば、もがく怨霊と向き合う形になる。何かを探し求めて彷徨う紅色の瞳は、目の前の俺には気付いていないようだった。

 「……大丈夫、大丈夫」

 自分に言い聞かせて、神経を集中させる。正直に言うと、精神力はほとんど残っていない。だから、この術にかけてみるしかない。……失敗なんて、許されない。

 「……御霊に捧ぐ、鎮魂歌」

 『憎い……憎い憎い……』

 途切れ途切れの怨霊の言葉と、俺の声が重なる。波動をあわせて、呼吸を共に。全てを感じ、全てにひれ伏せ。己を無にして、今目の前に在るものだけに集中せよ。

 ゆっくりと瞳を閉じ、師匠ばっちゃんに教わった事を思い出す。一節も、呪文を逃さないように。左手に持ったお札を、扇のように広げる。異国の言葉が書かれたそれは、はたから見ればミミズが這いずり回っているような文字にしか見えない。右手に持った筆で、宙に五芒星をゆっくりと描く。

 「降り注ぎし光の恵みに呪われし、この世に残る未練の魂」

 歌うようにそっと、言の葉を紡ぎだす。

 「汝の怒り、触れることかなわず。汝の悲しみ、分け与えたもう」

 『あ゛ぁぁぁ……』

 書き終えた五芒星に、お札をかざす。字が溶けるようにお札から抜けていくと、それを囲うようにゆっくりと回る。力を持ったそれは、銀色の光を帯びて宙に浮かぶ星となった。力が星に移った札は、灰と化して散っていく。

 「かの者に降り注ぎし、災いと愁いを祓いたもう。安らかなる月夜に抱かれ、その哀しみの瞳を静かに閉じたまえ」

 タンッと足で小気味いい音を立てる。それと同時に、閉じていた瞳を開き、真っすぐに怨霊の目を見る。

 ……さあ、君の痛みと哀しみ。その全ての想いを、俺に託して―――。

 「闇は宵月へ、光は朝陽に還られよ!」

 『うぅぁあ……あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!』

 銀の星は、最後の言葉と共に大きくなり、怨霊を包み込んで脈動するように輝きを放つ。その間も、決して怨霊を視線から外さないで、じっと見つめる。そうしていないと、術と怨霊との繋がりが切れてしまうからだ。彼女が心に秘めているものを、目を合わせる事にして俺の方に移すためには、目は絶対にそらせない。

 明らかに、怨霊の体から吹き出る影が、どんどんと薄れていっている。元の魂に戻ろうと、メイドさんも戦っているんだ。


 ―――けなの。……私は、……。


 聞きなれた声が、頭の中に響き渡る。前よりもハッキリしている声は、まだ弱々しいけれど、何かを必死に訴えている。


 ―――いの。……、いなさ……だけ。


 ダメだ。大事な所が聞こえない。きっと、とり憑いている魔がまだ邪魔をしているんだ。完璧に祓うには、浄化術だけじゃなくって退魔術も必要になるぞ。でも、連続して術をやるには力が足りない。一か八かで、かけてみるのもいいけれど、万が一の事があったら大変だ。

 「……甘い香りと、優しい笑顔。私、覚えてるよ」

 「しお、み?」

 いつの間にか俺の隣に来ていた汐見が、恐る恐るではあるけれど、怨霊に手を伸ばし、こけた頬に触れた。

 「覚えてるよ。大好きだった、あなたの事。忘れた事なんてなかったよ」

 『あ゛ぁぁ……れいなさ、まぁ……』

 紅かった瞳が、徐々に黒色に戻っていく。定まらなかった焦点も、汐見の顔を見つけて、まだ不安定ではあるけれど見つめていた。

 「……愛してくれて有難う。逢いにきてくれて、有難う」

 ローグがそっと、術を解く。もう抵抗する力がないと分かったからだろう。それに、悪意のかけらも感じない。そうして解放された、痛々しいほど細くなった体を汐見は抱きしめた。

 「有難う、有難う……。もう、私は平気だよ、篠枝しのえさん」

 『あぁ……、お嬢さ、ま。愛しい私の……たいせ、つな人』

 嬉しそうに、怨霊だった篠枝さんは笑う。本当に、幸せそうな笑顔で綺麗な涙を流していた。

 「……っ」

 「ソラ様!?」

 「どうした!」

 「ソラ!?」

 「……だい、じょーぶ。ちょっと、立ちくらみがしただけ」

 ローグ達が駆けつけてくるのを、途切れかけた意識がとらえた。やっぱり厳しいよ、この術。想像以上に魂に想いが染み込んでるし、受け止めきれないかと思ってちょっと焦った。とり憑いていたものにも相当邪魔されて、余計な力を使った気がするよ。

 「無理はするなといったであろう!」

 無理させたのはどっちですか? 妖精さんがこういうものは頑張ってくれると思うじゃん。

 「……まだ、終わってないぜ」

 ジャウネが、いつもと違う声音で警告する。

 「分かってる」

 ジャウネの視線を追っていけば、汐見達から少し離れた所に、黒い靄が立ち込めていた。きっと、篠枝さんにとり憑いて魂を喰らっていた魔だ。

 俺が祓ったのは、メイドさんの『哀しい』気持ちと『寂しい』気持ちだけ。あとは汐見が連れ戻した。追い出された魔は、紅の瞳に怒りを満たしていた。

 「汐見、そこからゆっくり離れて、できれば部屋の外へ」

 睨まれているのは俺だ。害が及ばないように汐見達を、せめて篠枝さんが成仏するまで安全な場所へ……。

 「……有澄?」

 「俺は……へーき、だから」

 初めてなんだ。この力の事を話しても、怯えないでいてくれた人は、汐見が初めてなんだよ。それが俺は何より嬉しかったし、だからこそこれ以上傷付けたくない。

 「でも、」

 「いいから、従って」

 「わ、分かったわ」

 魔は離れていく彼女達には目もくれず、ただ俺だけを見ていた。

 『よくもやってくれたな、小僧。もう少しで魂を喰い尽せるところだったのに!』

 ……ごめんね、俺は君よりメイドさんが大切なんだ。

 『……変わりにお前を喰うとしよう。なにやら力も強いようだしなぁ』

 「んなっ!」

 風のような速さで、魔が駆け抜ける。靄が形を作り出し、人型になったそれは、長い紅い爪を立てて俺の隣を掠めていく。

 「うっ……!」

 「ソラ、ダイジョブか!」

 「ソラ様!」

 『貴様ら弱者に用はない』

 「きゃーー!」

 長い爪が風の波動でローグ達を弾き飛ばす。彼女達は壁に叩きつけられると、少しずつずり落ちていく。助けてあげたいけれど、魔が邪魔をしてそうさせてくれない。

 「ローグ! ウネウネコンビ!」

 「こんな時にそんな間抜けな言い方をするでない!」

 す、すみません……!

 「うぁ……」

 右腕の強烈な痛みに立っていられなくなり、しゃがみこむ。魔が掠めていった右腕は爪で抉られ、焼け付くような痛みが鼓動にあわせて襲ってくる。それを纏う黒い靄がうごめき、穢していくのが分かった。

 「……うぅ」

 「ソラ、気をしっかり持て! 流れてくる邪気に負けんな!」

 気をしっかりって……。精神力は、もうとっくに使い果たしてるよ。意識が飛ばないようにする事で精一杯なんだから。

 「今、助けますの!」

 さっきまで汐見達がいた所に俺、こっちへ向かってくる魔、揺らぐ景色の向こうに3つの淡い光。間の魔は、余裕そうに高笑いした。

 『ふん、無駄な事を』

 「魔にだったら、私達だって対抗する力はあるんですの!」

 「なめてくれるなよ!」

 嘲笑う魔に向けて、ローグとウネが言い放つ。魔は身を翻し、やってみろというように手招きして、ローグとウネに向かい合った。

 「光よ、ルミアー・穢れた魂を浄化せよ!プリフィズ・ラム・セル

 魔に向かい突き出したローグの腕から、眩い光が放たれる。

 『うぅ……』

 眩しさに耐え切れず、腕で光を遮る魔に、ウネが追い討ちをかけた。

 「輝ける風よ、イルペトブリレー・アン・ヴェント光のうちにフェムズ・モーヴィス魔を閉ざせ!・ダンズルミアー

 魔の頭上に出現した箱の形をした光が、そのまま落ちて魔を包む。

 『ぐがぁぁぁぁ!』

 悲痛な魔の悲鳴が部屋中に響き渡った。どうやらローグ達を甘く見すぎていたようだ。耳をつんざくように高い悲鳴が、徐々に低くなり消えていく。

 「ソラ、ソラ? 平気か?」

 「……しんどい」

 いつの間にか俺のすぐ目の前に来ていたジャウネが、面白い顔でたずねてくる。心配、不安。それらが入り混じったような複雑な顔。そんな表情を滅多にしないからこそ、なんだか面白い顔に見えてしまうのだろうか。

 「ふん、口ほどにもないですわ」

 「同感だな」

 ローグとウネは、満足げに腕組みをして鼻を鳴らす。光の箱は、中に魔を秘めて妖艶に輝いた。

 『……それはこっちの台詞だ』

 「キャッ!」

 「うわぁ!」

 ローグとウネが、光の箱の破片に巻き込まれて、壁へと弾き飛ばされる。それにバウンドした2人は、床に倒れこんだ。

 『こんなものでやられるほど、長くあの魂を喰らっていた訳じゃないぞ』

 ぐつぐつと変な笑い方をして、俺の方へ振り返り、忽然と消えたかと思うと目の前に現れた。

 「……」

 無言で表情のない魔の顔と向き合うと、鋭利な歯を見せてやつは嗤った。俺の首筋を爪が這い、愛しそうに撫で上げる。

 「このやろ……!」

 『まだおったか、非力な妖精よ』

 「ジャウネ!」

 また下品な笑い方をして、握りしめたジャウネを、まるでゴミでも捨てるようにローグ達の方へ投げ飛ばす。短い悲鳴と共に、ジャウネが何度か床でバウンドして、動きを止める。

 「お前っ!」

 『力の残されていない人の子よ、どう我に立ち向かう?』

 力のない俺のパンチを易々と避けて見せると、魔は楽しそうにおどけてみせる。

 「くそ……っ」

 右腕の痛みに耐えるので精一杯なのが、今の俺の現状だ。筆もお札も使えない。意識だってもう飛びかけている。目の前の魔を祓えるほどの力を使ったら、きっと正気ではいられなくなる。

 『お前、良い目をしているな。寂しい哀しい……あとは、何を隠している?』

 「……何の、事だ」

 『ケケケ、いいのさ。俺様には分かるぞ、小僧の抱いている黒い感情。分かってくれない、気付いてくれない、独りぼっち。心は正直さね』

 「うるさいっ」

 無傷で、まだ動かせる左腕を振るったが、いとも簡単に払われ、鼻で嘲笑わらわれた。魔は無力な人を虐げる事が、楽しくてしょうがないようだった。

 『不思議な力は格別な味がする。それに人の醜い感情は美味だ。お前は最高のご馳走だなァ』

 「まだ、喰われる気はないぞ」

 『はん、何ができるというのだ?』

 ……何もできない訳じゃない。やろうと思えば、生命・・だって削れる。しかし、ポケットに触れた手に、膨らみが感じられない。何度確かめても、確かな感触がなかった。

 「……れ?」

 『そうそう。怪しい物は、さっきのマヌケと一緒に捨ててやったさ』

 「何!?」

 確かに、微かに透ける魔の向こう側に、無造作に筆とお札が捨てられている。これでは札に文字を書く事すら叶わない。

 『フフフ。もっと怯え、恐怖に浸れ。俺様にとっての力となるためになァ』

 悔しいけれど、もう手段は残されていない。指を噛んで、血で術を発動させる事もできるけれど、残されたこの力だけでは微弱な術しか発動できないだろう。秘術を使うにしても、集中力が欠けて発動するかも怪しい。

 あぁ、篠枝さんはちゃんと成仏できたかな? ウミは安らかな寝息を立てているだろうか。俺の帰りなんて待っていないでおくれよ。

 「ソ、……ソラ様」

 意識を取り戻したらしいローグが苦しそうに呻く。その声を聞いて、魔はまた楽しそうに嗤った。

 『小僧が我に喰われる姿、しかとその目に焼き付けるがいい』

 「かは……」

 首をつかまれ再び持ち上げられる。これ見よがしに揺さぶられ、爪で少し皮膚が裂ける。それから溢れ出る穢れが、首の傷を赤黒く染めた。

 苦しい、酸素が……。ダメだ、意識を失うな。つけ込まれなければ、心に入り込めなければ、喰われる事はないはずだ。意志を強く、持つんだ。自分を失ってはいけない。強くはっきりと、俺は俺のままで在り続けるんだ。

 『痛いのは嫌いだろう?』

 甘い声で魔が耳元で囁いた。

 『耐え続けるなんて、ただ辛いだけじゃないか』

 目の前が真っ暗になる。思い出したくない記憶が、心無い言葉を吐き捨て、容赦なく俺の体を叩きのめした。

 『お前は生まれ持った力が嫌いだ。なければいいと思っている。俺様なら、全てなかった事にしてやれるぞ?』

 この痛みも、苦しみも、息苦しさもなくなる。嫌な思い出も、心の傷さえもなくなってしまったら、どんなに楽だろう。

 『そうさ、俺様がお前を楽にしてやろう。……さあ、意識を手放せ』

 そうすれば、俺は本当に楽になれるの?

 「ソラさ、ま……。あぁ、ソラ様ぁ」

 例え伸ばしたとしても届かない腕を懸命に伸ばし、泣き声に近い声をあげるローグ。それをかき消すように、少女の声が響き渡った。

 「鋭利なる風よブースプーメント・アンヴェント目の前の災いをエレミネス・アンモル・排除せよメナキャント!」

 『ぐあ゛ぁぁぁぁぁぁ!』

 声のしたの周りからカマイタチが発生し、魔と俺を引き離し、魔だけを切り刻む。その後に残ったのは、絨毯と家具の残骸だけだった。

 「……ソラ。迎え、来た」

 少し舌足らずな囁き。どこから聞えるのか、埃と薄れゆく意識でかすむ視界で、紫色の少女を見た。裸足に長い髪の毛と一緒の色の、すみれ色のワンピース。少しずつ近付いて、倒れていた俺を支えて、楽な形で座らせてくれた。

 「あ、ありがとう。君は、……誰?」

 「傷」

 「……え?」

 「癒す」

 そっと傷口に少女は手をかざし、何かを囁いた。すると、靄は消えてなくなり、痛みもひいた。

 「……ありがと」

 しっかりしない目に映る少女の顔は、無表情だった。ただ真っすぐに、何の感情もない顔で俺を見据えて。

 「ソラ、覚えてない?」

 「何……を?」

 ダメだ、とっても眠い。疲れたせいだけじゃない。魔の邪気にあてられたんだ。

 「ソラ、望んだ。幸せと永遠」

 俺が、……望んだ事?

 「ひと……ら、……行く」

 途切れ途切れに聞えた言葉は、俺の知らない単語が並んでいた。だけどそれは、聞いた事がない訳ではなく、夢だと思っていた事―――。




 そうして、なんだかよく分からないままに気を失ってしまって、気が付いた時には腕に包帯が巻かれ、着替えまでさせられて自分のベットに寝かされていた。

 長い夜が終わった頃には、紫色の少女は消えていて、残した言葉だけがやけにはっきりと残っている。起きてしばらく考えようかと思ったけれど、俺の周りにローグウネジャウネ、ウミが寝ていたから、もう一度静かに眠る事にした。

……ど、どど、どうだったでしょうか? 楽しんでいただけたでしょうか? 納得の行く最期でしたでしょうか? 変な終わり方にはなっていなかったでしょうか? 誤字脱字は……。と、聞けば聞くほど質問が増えていく……。ここら辺で止めておきましょう。


しかし、途中のローグ達の呪文。ルビが大変読みにくかったんじゃないかと思います。カタカナだけにして、日本語の意味はなしにして、この後書きで書こうか悩んだ結果、ああなってしまいましたが、どうしても変だと思うなら、変えようかと思います。カタカナだけに。


とりあえず、少しだけ使った術のおさらいをば……。


まず、ウネちゃんから。

・風よ、束縛せよ!

(アンヴェント・リスタージス)

読んで字の如く、風で相手を束縛いたします。今回はあっさりと破られてしまいましたが、意外と強力な魔術だったり。


・輝ける風よ、光のうちに魔を閉ざせ!

(イルペトブリレー・アンヴェント・フェムズ・モーヴィス・ダンズルミアー)

一応ウネが知っている術の中では、一番強い浄化術。神聖な風が箱型となって魔を封じ込めて浄化します。完全に浄化したら、箱は風に戻って消えていきます。


次はローグ。

・光集いて、行く手を阻む者を排除せよ!

(ラ・ルマーエリィミィ・ラセンブル・ストゥト・リシィミーン)

掌に光の球を集めて発射します。かめは○波みたいなイメージでいいと思います。あんなにすごいものではないけれど……。


・月明かりの女神よ、魔を封じたまえ!

(クライアービィルーン・アニーディーズ・アバント・エスプレットマーヴィス)

夜限定の技です。月明かりの力を借りて、細い薄緑色の糸で相手の動きを封じ込めます。細い割にとっても丈夫です。

・光よ、穢れた魂を浄化せよ!

(ルミアー・プリフィズ・ラム・セル)

日光を想像して頂けるととってもありがたい。弱い浄化術ですが、目くらましにはもってこい。


最後はヴィオロシィで。

・鋭利なる風よ、目の前の災いを排除せよ!

(ブースプーメント・アンヴェント・エレミネス・アンモル・メナキャント)

本編にて書いた通りにカマイタチ。魔にだけ効力を発揮します。だからソラ君は無事だったんですね。


……よし、終わった。長かった、とっても。

次回からは夏休み満喫ムードで頑張りたいです。現実の夏休みは終わってしまったけれど、そんな事気にせず、これからも地味に執筆頑張ります……。

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