36、受け継がれた力と、死者の想い
最近いいタイトルが浮かばない……。こうなると、いつもスランプに陥る私よ、大丈夫か?
……そんな私より、ソラ君たちの心配をば。
さあ、張り切って長くなってしまった本編へどうぞ!
風に吹かれる長い髪が流れる。それと共に漂う、甘い香り。夕焼けに照らされた、大きな黒い影から手が伸びた。
『帰りましょう』
覚えている、優しいあの人の笑顔。本当に大好きだった。大切な人の……。
****
「―――み、……ぉみ! 汐見!!」
優しいあの人の声ではないが、私を呼ぶ声がする。力強く、揺さぶられて……。
「……あ、すみ?」
心配そうに寄っていた眉が離れ、目の前のアホ面がパッと明るい表情になった。
「よかったぁ。久しぶりにさ、これ使ったからさ、もうさ、ダメかと思ったんだけどさ」
『これ』って何の事よ。語尾に『さ』ってつけすぎだし。
「ホント無事でよかったぁ。ごめんね、衝撃すごすぎた?」
「え、何の事よ」
「んぁーシャンデリヤ? シャンデリア? どっちが正しいのか知らないけど、降ってきたじゃん。あれから助けようとして、突き飛ばしちゃったんだけど……」
「……あぁ」
確かに彼の背中越しに、見るも無残なシャンデリアの残骸があった。砕け散ったガラスが、月明かりを映して少し不気味に輝いていた。そうだ、有澄が急に逃げろって言い出して、気がついたら上からあれが降ってきてて、怖くて足がすくんじゃったんだ。動けなくなった私を、有澄が助けてくれたのね。
そして、ふと気付いた。
「アンタ、頬すれてるわよ」
「ん? ……つって! あはは、ホントだ」
ペタペタと頬を触り、傷口が手に触れた一瞬だけ顔が歪んだ。
「……」
そして、また気付いた。顔が、私とアイツの顔の距離が……。
「さてと、立てる?」
そんな私をつゆ知らず、ふぅと一息ついて有澄は立ち上がり、パンパンと服についた誇りを払う。そして、私に向かって手を伸ばした。少し躊躇してからその手を取って立ち上がり、自分もついた埃を払った。
……今度、メイドさんに隅々まで掃除するように言っておこう。
「ん、なにそれ」
「え? どれ?」
「その、ほら、ひらひらしてるの」
「ひらひらしてるの? ……あぁ、これか」
私が見つけたのは、有澄の服の裾から覗く……紙切れ?
「これ、久しぶりに使かったんだぁ。陣書いてから使わないといけないんだけどね、そんな余裕なかったから、無理矢理使って疲れちゃった」
陣? 久しぶりに使った? 一体何の事を言ってるの?
「あ、汐見も擦り剥いてる。痛くない?」
両手の平を裏返してみても、どこも擦っていない。頬に触れてみても痛くない。首を回して背中も見てみたけれど、薄汚れているだけで怪我はない。膝も擦りむいてないし。
どこ? っと言った風に首を傾げれば、そこだと有澄が指を刺す。それを辿っていくと肘を擦ったようで、右肘に鈍い痛みがあった。
「えぇ、これくらい大丈夫よ」
「そか、よかった。……とりあえずさ、……疲れた」
「え、ちょっ……!」
ふわっと有澄は笑うと、そのままその場に崩れ落ちる。
「だ、大丈夫? あ、頭とか、えぇっと、あの……」
慌てて走りより、体が完全に崩れ落ちる前に彼を抱えて、一緒にまた埃っぽい床に座る。
「驚かせてゴメンね、ダイジョーブ」
またふぅっと長くため息を吐くと、私の手を借りてゆっくり胡坐をかいた。その間に何度も大丈夫、大丈夫と言っていた。
「ならいいけど。……そいえば、結局さっきのは何なのよ」
「んー? お札」
「お札?」
「良く俺は知らないんだけど、ご先祖様が陰陽師だったんだって。だからその力を受け継いでるらしいよ」
……良く、分からないんだけど。何、これからそういう展開になるの?
「つまり何。今、その変なモノ使ったの?」
「そそ。一応……その、こういうの必要かなって」
有澄がジーパンのポケットから出したのは、服についていた紙切れと同じものみたいだった。そして、同じポケットから古ぼけた細身の筆も取り出した。
「これにね、この筆で字を書くと使えるんだ。陣使わないといけないのは、それを書いてからじゃないと、辛いんだぁ」
「それで、さっきのは陣を使わないといけないものだったの?」
「そうなんだよ。でも、書いてる暇ないから、直貼り」
「……直貼り?」
私がそう聞くと、有澄は少し眉根を寄せた。
「めんどくさいから説明したくないんだけど、ダメ?」
「気になるじゃない」
そう強く言うと、また彼はため息を吐く。そして、勢いをつけて立ち上がると、少し何かを考えるように頭を掻いてから、今日何度目か分からないため息を吐いた。
「……時間もったいないから、歩きながら話そうか」
「歩けるの?」
「女の子じゃないからへーき。これでも俺、男だし。へたれてる場合じゃないでしょ」
まだ少しよろけているが、倒れそうではない。しっかり立っているし、大丈夫よね。
「……分かったわ。それじゃ、あの音が聞こえた所に行きましょう」
歩きながら、まだフラフラしていたけど、有澄は話してくれた。
陰陽師の中でも、自分の家柄はそこそこの力を持っていた家系らしいが、時代の変化と共に、その血が薄れていってしまったそうだ。「汐見にはどーでもいい事だよね」って笑って彼は言ったけれど、それは結構悲しい事ではないかと私は思う。
そうして薄れていってしまった血を色濃く受け継いだのが祖母と母親、そして有澄だった。子供の頃から人に見えないものと話していたりして、気味悪がられたりしていたらしく、それに気付いた祖母が陰陽道を教えてくれたと。覚えてしまえば簡単だと、またヘラヘラ笑っていた。
その教わった中の、速符というものをさっき使ったらしい。これは陣を書くべき術で、筆で地面に陣を書いてからそれに札を貼り付けて発動するものらしいが、さっきは時間がなかったからと札に『速』と書き込んで、自分に貼り付けて発動したらしい。直貼りは陰陽師の中でも力の強い者しか使えない。そしてそれは、あまり多用してはいけないものだそうで、肉体的にも精神的にも辛いんだとか。不思議な筆には墨が必要なく、字を書く際に必要なのは精神力なんだそうだ。
まあ、聞いても良く分からなかったんだけど。とりあえず、適当に相槌をうっておいた。
「そだ、水道ある?」
「あっちに食堂ならあるわよ」
「じゃあ、化のうしないように傷口洗っちゃおう」
「えぇ」
2階に上がって、さらに奥に進んだつきあたり。外側の壁がほとんど鏡で、綺麗な庭が見える所、そこが食堂だ。
「……こんな所で、良く食事なんてできるね」
「え? 普通でしょ」
「どこら辺が……。あ、いや、なんでもないよ、なんでもっ」
ブンブンと手を振って苦笑いをしつつ、ふあぁっとため息を吐いた。
何よ、これのどこが普通じゃないって言うの? 失礼ね、全く。
「バイ菌が入らないように、……あったあった。ハンカチ巻いとくね」
と、拒否権はなく巻かれたハンカチに少し感謝しつつ、私の部屋に向かっている時だった。
「ソラ様」
「ん?」
少し後ろを歩く有澄の声と、聞き覚えのない声が聞こえる……。
「ソラ様も大丈夫ですか?」
「怪我なら平気だよ」
「しかし、青年にあのような力があったとはな」
聞き覚えのない声がさらに増えた。
「昔っからの事だから、別に変じゃないかなぁって」
「フツーの人間からしたら、ソラは異常な奴に見えただろうな」
さらにもう1つ増える。何かがおかしいと思い、横目で見た窓に、私と有澄以外の何かがいた。
「だろうねぇ。あはは」
「笑い事じゃないですの! もっと自分を大切にして欲しいですわ」
「ありありさー」
ゆっくり、ゆっくりと振り返ってみる。そして、私の瞳に映ったのは、赤とオレンジ、黄色の……に、人形が飛んでる!?
「あ、アリス!?」
「アリス? 俺、『ありすみ』って書いて、『あすみ』だよ」
こんな時になんて間抜けな事を言っているのだろうか、この男は。本当に信じられない。
「そんな事分かってるわよ! そ、それより、その変なの何!?」
「変なの??」
「とぼけないでよ! あ、もしかして……!」
ぐいっと有澄の腕を引っ張り、自分に引き寄せてからその背中に隠れた。
「ほら、有澄! 何ボケッとしてんのよ、さっきのあれ、ほら、あれを!」
「え、何? もしかして見えるの?」
「見えるの? じゃないわよ! 見えてるから言ってるの!」
少し驚いた表情をしただけで、有澄は何もしようとしなかった。それがなぜか私を苛立たせて、心を乱された。
「おかしいな。さっきまで我らは見えなかったはずじゃが……」
「ですわねぇ」
「あれだよ、あのハンカチのせいで見えるようになってる」
「……あぁ、なるほどな」
「ソラ様の持っている力が、ハンカチを媒体にして彼女にも作用しているのですわね」
勝手に納得したように、うんうんと頷きあう3匹の……しゃべる虫?
「虫じゃと!?」
橙色の人形が、私が口に出して言っていない事に反応して言い返す。驚いて声も出せない私とそれの間に有澄は割り込んできた。
「まぁまぁ、落ち着いて」
何で落ち着いていられるのよ、有澄は! これがあの音の正体だったらどうするつもりなのよ! というか、早く何とかしなさいよ!
「えっとぉ……まず、痛いから腕放してもらえる?」
「……」
本当は放したくなかったけれど、服の裾を握るだけにした。言葉に従順に従った理由は、ただ単に恥ずかしかっただけだ。
「この子達は平気だよぉ」
間の抜けた声が、張り詰めかけた空気を一気に平凡なものへと変化させる。
「我らは虹の妖精じゃ。主らに害はないぞ」
「私はローグと申しますの。よろしくですの」
「俺はジャウネ。そっちの偉そうなのはウネって言うんだぜ」
「ウネではない。ウネビガラブだ!」
「……」
何の戸惑いもなく自己紹介をされた。私も名乗るべきかと考えたけれど、妖精だなんて信じがたいし、本当に頭がおかしくなったみたいでそれを認めたくなかったので黙っておく事にした。
それにしてもよくよく見ると、この子達可愛いわね……。
「そんな警戒しなくていいよ。大丈夫、俺が保証するっ」
「アンタだからこそ頼りないんだけど」
「うむ」
「だよなぁ」
はっきり私がそういうと、黄色と橙色がうんうんと頷きながら賛同してくれた。
「そんな事を言っては、ソラ様に失礼ですのよ!」
フォローを入れる赤色だけれど、当の有澄は落ち込んでいるようだった。
「ダイジョーブ。もう、慣れたから……」
そして疲れたように笑って、有澄は私の方を振り向いて言った。
「ローグ達も俺も汐見の味方だよ。だから、大丈夫。俺じゃ頼りないかもしれないけど、ホントに平気だよ」
優しい笑顔。どこか暖かくて、心が軽くなるような感じがする。……似ている、あの人の笑顔と。……でも、どうしてだろう。なぜか胸が苦しくなる。
服の袖から手を放し、ちょっと躊躇してから有澄の手を握った。人の温もりを、確かに感じた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
握り返された掌に、なんだか力強さを感じて静かに頷いた。
この状況じゃなかったら、今この場所にいなかったら、仲の良い……カップルにでも見えるのだろうか。そう思ったら、顔が熱くなった。
ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ、私。どうしてこ、ここ、こんな有澄みたいな奴に……。
「さあ、行こっか」
「え、えぇ」
彼の笑顔に、何か力があるんだわ。きっとそうよ。私を助けてくれた時みたいに力があるから、変な気持ちになっちゃうのよ。きっとそうなのよ!
****
食堂から来た道を戻って、階段を登る。その先の左の角部屋が汐見の部屋だそうで。一番景色が良く、風も良く通る部屋だと少し誇らしげに彼女は語った。
「ママもパパもね、仕事でいつもいないけど、寂しくないようにいろいろ買ってきてくれるのよ」
「へぇ」
長い廊下にヒールの高い音を響かせながら、またも始まる自慢話。俺の頭の上には、それを聞き飽きた妖精達が無神経にも眠っていた。急にさっきの紅い瞳をしたやつ出てきたら、どうするんだろ……。
「ヨーロッパの可愛い人形とか、美味しいチョコとかは本当に嬉しかったけど、妙などこかの部族の面を送って来た時は困ったわ」
「いろんな国に行ってるんだねぇ」
「そうなの。いろんな国の会社と取引してる。でも、信用出来ないって思ったトコはバッサリ!」
左手で首を切るようなしぐさをして、汐見はおどけて見せた。そして、ふふっと照れくさそうに笑った。今置かれている状況、完璧に忘れてるよね? そんな笑顔で話しは続いて……。
「ねぇ、有澄のトコはどうなの?」
自慢話が唐突に終わり、話題の矛先が俺へと向いたようだ。
「へ……?」
「私がお邪魔した時は、生意気そうな妹しかいなかったじゃない」
ひ、人の妹を生意気そうなって……。
「ご両親は?」
「あー、……母さん達は、俺が小2の時に事故で死んじゃった。それ以来、叔父さん達が面倒みてくれてるよ」
実際は面倒はみられてないけどねぇ。2人してどこか旅行に行っちゃうし。
「そ、そうだったの。ゴメン」
「いいよ、ダイジョーブ」
「……ホントゴメンね。手が震えてるから、その……」
「あぁ、ホント大丈夫だから。気にしないで」
そういや、まだ手ぇ繋いだまんまだったなぁ。汐見親衛隊に殺されそうだな……。でもまあ、手ぇ震えてるとしたら、母さん達が亡くなった悲しみとかじゃなくて、きっと……恐怖だ。
「……ソラ、ヤな気配がする」
「ん? いつの間に起きたの?」
「元から寝てなどおらん。精神を集中させて、怨霊を探しておったんじゃ」
「目を閉じていないと、気が散ってしまいますのよ」
そろぞれ口々にそう言って、俺の頭から飛び立った。んで、俺の周りを飛びながら続ける。
「さっき言った通りに、我らでは怨霊を浄化できん」
「だからさ、ソラがどうにかして浄化してくれ」
「え!?」
「難しい事だとは思いますが、頑張って欲しいんですの」
いや、頑張ってって言われてもね。一般市民には出来る事って限られてると思わない? 一応陰陽師の末裔だけどさ。一応なんだよ。というか、妖精さん頑張って!
「ねぇ、変な音がするわ」
「へ? 聞えないけど」
「黙れ青年」
ひ、酷いな……。
そして、廊下に規則的に並んだ窓からの月光の中、しばらくの間静寂が俺達を包んだ。
……ッ……ッ…………ッ
規則正しい……なんだろう、靴の音に似てる。
「有澄……」
小声で、汐見が俺の背中に隠れながら呟いた。
「……来るぞ」
ウネが俺らに立ちはだかるように、前へ出る。ジャウネもローグもそれに習った。
―――愛していた。ずっと、心から。
突然、声が響く。俺の頭の中に、勝手に流れ込んでくる。
―――私は、貴女だけを。大切な、愛しいお嬢様だけを愛していました。
女性の綺麗な声だ。そしてとても弱々しくて、今にも消えてしまいそうな儚さを持っている。
「青年、速符の他に何が扱えるのじゃ」
「うぇ? えっと、ローグ達が何とかしてくれると思ったから、あんまり……」
「そんな事より、何が使える」
「あぁ、ゴメン。えっと、速符・鈍符・防御符それから……」
「防御符が使えそうじゃな。用意しておけ」
「でも、陣書かないと」
「では書いておけ」
言われるがままに、ズボンのポケットから札を二枚と筆を取る。しゃがんで、筆で丸の中に星と文字を書く。祖母曰く、凡字といわれるものらしい。それができたら、札に防御と書き込めば準備完了だ。
……ッ……ッ……カツッ……カツッ……
だんだん音が近付いてくる。
「青年、準備はよいか?」
「おっけー」
「……お出ましだぞ」
「おう」
「了解、ですの」
3人の妖精が身構え、その視線の先を辿れば、うごめく黒い影が見えた。
「ひっ……」
一歩、汐見が下がる。俺も一緒に後ずさりしたかった。
月明かりに照らされて、暗い廊下に映し出されたモノの姿は人の形をしていた。が、形をしているだけで、『人』とは呼べるものではなかった。不自然に曲がった腕をだらしなく下げ、それを揺らして歩いてくる。足も体も腕も骨のように細く、来ている洋服がかろうじでワンピースだと分かるくらいに、赤黒い影を身に纏っていた。長く伸びた黒い髪は乱れ、顔にかかる。涎を垂らすその姿の、なんとおぞましい事か。印象に残る紅の瞳が、何かを求めるようにギョロギョロと動いていた。
『……い』
怨霊がこちらに気付き、立ち止まる。カパリと開けられた口からは、ヒューヒューと吐息が漏れ続けた。
『……い、……くい、憎い』
かすれていて分かりにくいが、はっきりと憎いと言っている。汐見が、また一歩下って、俺の服の裾を掴んだ。
「離れてすぎないで、危ないから」
「う、うん」
『許せない。憎い。貴女が憎い。憎い憎い憎い憎い憎い』
怨霊が、再び歩き出す。……と思ったら、走ってくる!
「青年、術を発動させろ!」
「はいっ」
持っていた札二枚を、書いた陣に貼り付けるようにかざす。すると一瞬眩い光が陣から放たれ、白く輝く薄い膜のようなものが俺達を包んだ。
「……まだ安心はできんぞ」
『憎い憎い憎い―――』
膜に弾かれながらも、怨霊はただ一点だけを見つめてこちらに向かってきた。例え地面にひれ伏せようが、弾き飛ばされようが、ただ一点だけを見つめて。
その怒りに満ちた紅い瞳の先には、汐見がいた。
「あの、つかぬ事をお伺いいたしますが」
「な、なに」
警戒心のこもった声音で、汐見はローグに返す。
「貴方、恨まれる事なんか……」
「してないわよ! 絶対に、絶対に何もしてない!」
「だけどよ、怨霊が見てんのお前だぜ」
「だからなんだって言うのよ」
「なんでもいい。心当たりはないのか?」
「心当たりって言われても……」
「なんでもいいのじゃ。些細な事でも構わん」
「きゅ、急に言われても分かんないものは分かんないわ!」
この状況がそうさせるのか、いつもの冷静さが全く感じられないほど、汐見は取り乱しているようだった。
関係ないかもだけど、さっきの声、お嬢様って言ってたような……。
「ねぇ汐見。メイドさん関係で何かなかった?」
「お手伝いさんで? ……分かんないわ」
うーん、やっぱり違うのかな。
「あ、待って。でも、これはずっと前の事で……」
「どんな事?」
「私の、ずっと付き人をしてくれていたメイドさんがいたの。急に病気で倒れたきりで。パパに聞いてみたの、『あの人はどうしたの?』って」
「うん」
「そしたら、『死んだよ』って言って電話を切られちゃったんだ……」
しゅんとして、汐見が視線を下に落とす。
「理由も、何にも分かんないままよ。でもね、覚えてる事があるの」
「ん?」
「『帰りましょう』って優しい笑顔と、甘い香り」
―――あぁ、私のお嬢様。愛しい、私の大切なお嬢様。
また聞こえ出した声が、嬉しそうにそう言った。
「それかもしれんぞ」
「「え?」」
俺と汐見の声が重なった。
「人を愛する気持ちは、怨霊になりやすいんだぜ」
「へぇ……」
「そして、魔にとりつかれやすくもなる」
「最悪の場合が魂が魔に乗っ取られて、浄土へ逝けなくなる事ですのよ」
「そーして彷徨った魂は、一番想いの強い人間のもとに現れるんだ」
「じゃあこれは、……あの付き人さんだって言うの?」
小さくなっていく声に、不穏が混じる。ただ悲しいだけじゃなくて、大切なものを失った絶望が。
「けどさ、この怨霊は憎いって……」
「お前を愛する気持ちが大きすぎて、それに気付いてねぇからじゃん?」
「そんな事ないわよ!」
くぐもった声で反論するけれど、力が感じられない。
「分かっていないから、こうして来ているのですわ。分かって欲しくて、この怨霊は来てますの」
伝わらなかった想い。たった、それだけのために。
「なんとかできないの?」
「我らに人の心は癒せん」
「人の心なら人の心で治さねぇとな」
「だけど、……どうやって?」
「申し訳ないのですが、私達には分からないんですの」
「そんな……」
「俺らは専門外だ。魔は魔でもな」
ぽふっと小さな手で、励ますように汐見の肩に手を置くジャウネ。それを真似するローグ。うん、なんだか微笑ましい。
「しかし、陰陽師とはすごいものだな」
「ん?」
「よくこんな事が長くできるな。我らでも相当厳しいはずじゃが」
「あぁ、そろそろ限界けどね」
「そうでしたか……。ってえぇ!?」
そんな便利な世の中じゃないのよ。俺はあくまで一般市民Aの高校生だから。
「もう少しもたぬのか!?」
「だって、精神力使うんだもん。テスト終わって成績表も返ってきた俺に、そんなに精神力残ってる訳ないじゃん!」
「……バカ」
「い、言っちゃいけませんのっ」
うん、聞えてるよ。つー訳なんで……。膜は薄れてゆき、そこに突進してきた怨霊を弾き飛ばしたと同時に、それは消えてしまった。
「に、逃げるぞ!」
「ソラのバカ!」
「弁護の余地もありませんわぁ!」
「ご、ごめんなさぁい!」
座り込んでいた汐見の腕をとって立たせ、一緒走り出す。そして思った。こっちって家の角にあたるんじゃなかったっけ……。
「青年、ぼさっとしているな!」
「ご、ごめんなさーいっ」
少しだけ開いた窓の外から、ふわっと夜風が入り込んできた。まだこの夜は、明けそうにないようだ。
はい、誰もが予想していた通りに、力の持ち主ソラ君でしたね! というか、他にいませんもんね! 驚く訳もありませんね!! あはは……。
夏休み終わったって言うのに、まだ小説は夏休みに入ったばっかり……。早くシリアス終わらせなくちゃ。そして、あんな事やこんな事をさせてあげなくては……!
なんだか怪しい言い回しですが、気にしないでいただけるとありがたい。
まあ、そんな事はどうでも良く。次回は怨霊と決戦です。ソラ君たちの運命やいかに!
それでは、久しぶりに長い後書き、失礼しましたぁ。