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アルカンシエル  作者: 下弦 鴉
第三章 秘められしモノ
35/80

35、お化け屋敷に棲まう者

 「…………くぃ」

 ゾッとするような、低く暗い響きの声が長い廊下に木霊する。

 「……くい……。憎い……」

 そのたった一言で、辺りの空気がざわめき凍えた。凍てつく言葉が繰り返し同じ言葉を紡いだ。静かな夜の澄み渡る空に輝く星さえも、その言葉1つで輝きを失わせるだろう。

 怒り、否、悲しみにも似た紅い瞳が、外に立っている人物を捕らえて揺らめいた。



                     ****



 汐見に連れられてやって来ましたよ、噂のお化け屋敷。ちなみに、ウミは留守番です。ついて行くとしつこかったけど、明日部活のある妹を夜中連れて歩けると思いますか!?

 「さあ、ここが私の家よ」

 汐見はちょっと自慢気に言って、その身を翻した。

 というか、これを普通の人は家なんて言わないよ? 普通の人なら、

 「な、何この屋敷……」

 メルヘンチック。ファンタスティック。プラスチック。……あ、最後のなんか全然違うや。あぁ、そんな冷めた瞳で見つめないでっ! 弱い心がズタボロになるからぁ!!

 「屋敷? こんなのそんなたいそうなものじゃないわよ」

 十分たいそうなものなんですけど! うーん、恐るべき汐見財閥……。

 「あ、この気配だぜ。俺が帰りに感じたやつ」

 ウネの隣、つまり俺の頭の上で嫌そうにジャウネが言う。もちろんですが、妖精さん達は強制連行です。全員まとめて。

 「確かに、禍々しいものを感じますわ」

 ローグは俺の左肩に座って、身を震わせる。

 「風もこれだけ澱んでいるとなると、かなり強力な魔であろう」

 「てぇ事は、ヤバい感じ?」

 「……我らだけでは厳しいかも知れんな」

 「えぇ!? そ、そんな……」

 「ん? どうしたのよ」

 「べ、別になんでもないよ」

 汐見が俺の声に気付いて首をかしげる。なんでもないと両手を振りながら誤魔化した。

 さて、予想外だ。想定外だ。どうしよう。あぁ、どうしよう……。

 「祓えるかもしれんと言ったのに、自信満々に出かける青年が悪いのじゃ」

 「だってさぁ、どうにかなるかもしれないんでしょう?」

 「まあ、ただの魔なら私達でも大丈夫でしょうけれど……」

 「ちょっと特殊になると、お手上げだぜ。まあ、俺には端から関係ねぇけど」

 「何をぬかすか! お主は気配を追えるだろうが!」

 「えぇー、メンドイ」

 「面倒臭がるではない!」

 さてどうしたものか。話についていけないぞ。妖精さん達だけで話が進んでいくぞ。そして祓えないとか困るぞ。

 「まあまあ、ソラ様がポカーンとしているので、落ち着いてくださいですの」

 「ぬ? なぜポカーンなどとする必要があるのじゃ」

 「まああれだ、馬鹿だからだな」

 「酷くない!?」

 一言馬鹿で片付けられるのが一番辛いんだぞ!

 「何よ、また独り言?」

 重そうな門を目の前に、振り返った汐見があからさまに嫌そうな顔をする。

 「え、いや……」

 「とりあえず、行くなら行くわよ」

 「あ、ちょ、ちょっと! ま、ちょっと待ってぇ」

 くるしっ! な、なんで襟を掴むの!? く、首が、締まって……首がぁぁぁ。

 「……ソラ様って……」

 「あれだな。尻に敷かれるタイプだ」

 んだとこのやろう! ……おぅ、さ、酸素がなくなってきたぞ。

 「おぅ、珍しく意見が合うな」

 そんな薄情な3匹のようせ

 「匹?」

 さ、3人の妖精の冷たいお言葉を聞きながら、首根っこをつかまれてお化け屋敷へ連行される俺なのであった……。




 高い天井。広い玄関。長い廊下。全てが清潔感溢れる白に包まれているのに、どこか怪しい光を宿して艶めいていた。普段は華やかに輝いているであろうシャンデリアも、家に住む者がいなければその役目は果たせないようだ。玄関から入ってすぐ目に飛び込んでくる絨毯は、真っすぐに階段に向かって白い床を紅に染めていく。それは階段の踊り場で二手に分かれると、さらに上へと伸びていく。そこには大きな絵が飾ってあるけれど、暗くてよく見えない。きっと、よくある肖像画だと思うけど。そして左を見れば永遠に続きそうな廊下。右も同じく。

 まあ、パッと見違和感一切なし。そして、思った事が一つ。

 「……豪華ホテル」

 ふっと浮かんだ言葉がこれって……いいのかな?

 「まあ、庶民からすればそうでしょうね」

 「しょ、庶民て……」

 あ、アンタ様は同級生をなんだと思っているんだよ……。

 「どうだ、ジャウネ。何か感じるか」

 「んー……」

 ウネの問いに答えて、ジャウネはフラフラと俺の頭から飛び立ち、2,3歩前にいる汐見の周りを一周し、あっちへこっちへ匂いでも嗅ぐかのように彷徨ってから、差し出した俺の手の平に戻ってきて言った。

 「いたる所から怒りと憎しみ? そんなモンを感じるな」

 「やはり、専門外じゃな」

 「ですわねぇ」

 3人の妖精はそれぞれに重いため息を吐く。そんなため息吐かれても、俺にはさっぱり分からないんだけど?

 「ねぇそれさ、外でも似たような事言ってたけど何の事?」

 「我とローグが魔法を使える事は知っておるな」

 「うん、前に聞いたからね」

 汐見の動きを目で追いながら、話を聞く。広間のようなところに立つ彼女は、不安げな表情で辺りを見回しては、ちょっと歩いて立ち止まるを繰り返してる。

 「我らは闇に対するものは扱えるが、ここに憑いている魔はおそらく怨霊。我らの対象外なのじゃ」

 「……?」

 ごめん、馬鹿でごめん。全く、これっぽっちも分からないよ……。

 「つまりですわね。私達のような善良な妖精や精霊は、光に属しますの。けれど、魔や妖、悪しき思いに飲み込まれた者達は、闇に属しますの。この汐見様の家に憑いているものは、魔、つまり闇です。闇なら、私達のような光が祓えますわ。けれど、人の想いは闇であっても、それは人の感情そのものなんですの。人の感情を癒せるのは、人だけなんですのよ。ですから私達にはどうする事もできませんわ」

 「ほうほう、なーるほど」

 「ホントに分かってんの?」

 「……だいたい」

 「まあ、そうだと思っていた」

 悪うござんしたね、想像通りで!

 「でもさ、魔を浄化って俺とかでもできたりするの?」

 「まあ、同じ人ですし……。ソラ様は特別に力を持っているようですし……」

 「力? あぁ、妖精が見えるって事?」

 「それだけでも結構すごい事なんだぜ」

 「ふーん。全然そんな事考えた事ないな……」

 見えて当たり前。見えなかったらそれはそれで。そんな感じにしか思ってなかったなぁ……。

 「浄化するにしても、やり方を……ねぇ、ウネビガラブ」

 「あぁ、我らは知らぬ」

 「へぇー、知らないんだ。……ん? 知らない!?」

 階段の近くに飾られていた花をなでていた汐見がビクッとする。そして、猛烈な勢いでこちらに近付いてきて、俺の目の前で止まる。な、なんと言う至近距離……!

 「独り言? それとも何かの儀式? 嫌がらせだったら……」

 「だ、だったら?」

 はにかんだ笑みを浮かべる俺に対して、ニコッと汐見は微笑み、そして、鬼になった。

 「だあぅっ!!」

 「こう、なるかもね」

 な、なるかもねって……し、してるじゃないか……。

 「ヒールで思いっきり踏みつけるのは、反則じゃ……」

 「何か?」

 「い、いえ、別に!」

 「そ」

 ……なんだ、汐見の今までの俺の中でのイメージが音をたてて崩れ去っていくぞ。

 清楚なお嬢様。物静かで、心優しく友達も多い人気者。のはずが、お、鬼だよこの人!

 「行くわよ、有澄」

 ちょっと涙目で、踏まれた哀れな右足をさすりながら聞いてみる。

 「い、行くってどこへ?」

 「どこってもちろん、音がした場所。一番怪しいでしょ」

 「まあ、ねぇ」

 あの、我が家で怖がってましたよね? 確かに、怖がってましたよね。なんで今はそんなにも勇敢に立ち向かう事ができちゃうの? 俺の記憶がおかしいの?

 「一番危なくもあるがな」

 「ですわね」

 「ま、近くに危なそうなのいたら教えてやるよ」

 「あ、ありがと……」

 「さっさと行くわよ、トロいわね」

 いつそんなにも離れたのか。汐見はもう、広場の中央あたりに仁王立ちし、こちらを睨んでいました。……目力は矢吹並だな。


 その時だった。

 「うぅ……」

 「ん、どしたの? ローグ」

 ひらひらと花びらが散るように、肩から落ちるローグを掌に受け止める。

 「ソラ、あの女突き飛ばせ!」

 「え?」

 「もたもたするな、怨霊があっちからやってきた!」

 ウネが掌からローグを奪いとって少し離れ、ジャウネがさらに急げと声を上げる。



 ギィ……コォ……



 鈍い、重い鉄通しが擦れ合う音がした。嫌な予感が背筋を駆け上がる。

 ただそれだけが、前へと足を動かした。

 「汐見、危ない!!」

 「……え?」



 ギィ……コォ……ギィ………………………………………ガッ!!



 天井に飾ってあったシャンデリアが、嫌な音と共に落ちてくる。その、月の光の当たらない暗い所に、うごめく黒い影と光る紅い瞳を見た気がする。

 でも、そんな事気にしている暇はなかった。落ちてくるシャンデリアの真下にいるのは、汐見。唖然とした表情で、一歩も動かずに、いや動けずにいた。



 ―――間に合え。



 汐見は混乱しているのだろうか、目を見張ったまま全く動かない。



 ―――間に合え!



 迫るシャンデリア。スローモーションの様にその瞳に映る。



 ―――間に合わせるんだ!



 恐怖が、彼女を包み込んだ。



 くそぅ……こうなったら!!



 ガッシャーーーーーン!!




 静寂に包まれた黒き漆黒の闇夜に、ガラスの割れる音が高く遠く、響き渡った。

次回、あの人に秘められた力が明らかに!?

おそらく、あまり驚くような事ではないけれど……。

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