33、校長先生の話はだいたい長い
「えぇ、今日で今期は終わり、夏休みに入るわけですが―――」
あぁーはいはい。分かってますよ、もう分かってますから早く終わらして、校長せんせ。ただ3年、ボーっと過ごしてきた訳じゃないんですよ。もう分かってますよ、夏休みだからって気を抜くなでしょ? OKOK、もうばっちしだからいい加減に話し終わらせて。足がしんどい。なんでよりによって正座なんですか。てか精神もしんどいんだけど……。というか、体育館暑すぎないですか!?
「―――では、みなさん。気をつけて夏休みをすごすように」
おぉ、終わった……かな。あー、背伸びしたい。縮こまった背中を伸ばしほぐしたい。ついでに足の痺れもどうにかしたい!
「これで終業式は閉式とさせていただきます。夏休みについての諸連絡、緑川先生よろしくお願いします」
司会の生徒会長が、お辞儀をしてから再びステージ脇に消えていく。それとすれ違いに、白衣に身を包んだ女性の先生が出てくる。だらしなく足に引っ掛けたサンダルがパタンパタンと小気味良く体育館に響いた。
くそぅ、まだ終わってなかったのか……。気の緩みで余計に足の痺れを感じるじゃないか!
「どうも、保健室の白衣の天使、緑川です」
それは自分で言う台詞じゃないよ。自分で言ったらなんか空しいよ、先生。
「みんな疲れきってると思うから、簡単に済ませるわよ」
おぉ! 流石は自称保健室の白衣の天使! 生徒の気持ちを分かってる!!
「―――という訳だからね、みんな気をつけるように。じゃ、私の話は終わりよ」
「ありがとうございました。……それでは3年生から教室へ戻ってください」
ひゃっほー! 終わった終わった。……しかし、足が痺れて立てないよ畜生。
とまぁ、そんなこんなで。
「終わったぁ♪」
「嬉しそうだねぇ、ソラ」
「そりゃあねぇ。えへへー」
とびっきりの笑顔で答えれば、波月も神々しい、いや、清々しい、うーん……。とりあえず、素晴らしい笑顔で返してくれる。そんな波月だから、癒されるのですよねぇ……。
今学期最後のホームルームも終わったし、後は帰ってうだうだするだけとか素晴らしすぎる。あぁ、夏休み。素敵な素敵な夏休み様。アナタのおかげで俺は生きていけますよ!
「そこ、何気持ち悪い笑い方してんのよ」
「うっわ、矢吹!」
「何よ」
「……なんでもない」
神出鬼没すぎる。というか、終わりのチャイム鳴ってからここに来るの早すぎね?
「その顔は何か文句があるようね」
「べ、別にないさ!」
「そう、ならいいんだけどねぇ」
こんの女ぁ……。いつかギッタンギタンのベッコンベコンにしてやる!
「何よ、その生意気な目ぇして」
「そんな目してねぇよ」
「ふーん」
バチバチと、明らかに俺と矢吹との間で火花が散る。こんな日々でも、とりあえず今日までとなれば良い事だと思う。とっても良い事だと思う!
その間に降臨された、神さ……じゃなくって、波月。
「まあ、とりあえず! 帰ろうか」
「そうね。これ以上長くコイツといると、ホント馬鹿がうつりそう」
「んだと! お前といたら、変人オーラがうつりそうで怖いんだぞ」
「何よ!」
「んだよ!」
「だからさ、帰ろうってば……」
呆れたように、波月が呟いた。
半ば無理矢理、ソラ達の背中を押して帰路につく。ちなみに、まだ火花は散っています。
「ねぇ、奈津様」
右隣をフワフワと飛びながらローグがそっと囁く。いつもはソラの右肩に乗っているが、矢吹との喧嘩が収まりそうにないので俺の方へ避難してきたようだ。
「ん?」
「なんでソラ様と真璃様は、あんなに仲が悪いんですの?」
「悪い訳じゃないんだけどね」
「む? どういう事じゃ?」
ウネも気になっていたのか、俺の頭の上に乗って聞いた。ウネとジャウネも、喧嘩に巻き込まれたくないのか、珍しく俺の周りに妖精達が集合していた。
「なんていうか……相性が悪い?」
「それって、仲が悪いって事じゃねぇの?」
左からジャウネが言う。まあ、……うん、確かにそうかもしれないなぁ。
「その長い髪! 目障りだから切りやがれ!」
「アンタも長いでしょうが!」
「お前よりは断然短いからいいんだよ!」
「私よりアンタの髪の方が目障りなのよ!」
「んだと!」
「何よ!」
……。
この2人の仲を説明しろって言われたら、実際かなり難しい事が分かりました。仲が悪い訳じゃない。だけど、仲がいい訳でもなくて、近すぎず離れすぎずで。う〜ん……。
「ん、……あれ?」
ジャウネがふっと、振り返る。黄色の瞳が鋭く光り、寄せられた眉が眉間に深い皺を作った。そんな様子にも気付かずに、仲の良い2人は喧嘩を続けている。
「どうしたんですの?」
「どうしたんだ?」
それに反応したローグとウネがジャウネと同じ方向を見る。何も映らない彼女らの瞳は、黄色い背中を見つめた。
「つてて。髪を引っ張るな」
「あぁ、すまんな」
ローグ達が動きを止めたので、自然と自分も動きを止める。いつの間にやらあの2人との距離が開いていた。その距離を縮めるために、立ち止まっていても問題はないだろう。
「今、何かの気配を感じたんだけど……」
ジャウネが首をかしげる。バサバサと堅そうな髪をかき乱しながら、口をへの字に曲げた。
「何かの気配? 妖精の仲間か?」
「いや、違う。もっとヤな感じ」
本当に嫌な気配だったのだろう。言葉の端にトゲがある。
「嫌な気配は……」
そう言ったローグの視線の先には、ソラと喧嘩中の矢吹がいる。まあ、言わなくても分かるだろうけど、嫌といえば矢吹の可愛い物好きだろう。あの気迫で迫られたら疲れるだろうしね。
「ん? 何か言った、波月」
「え、な、何も」
距離が縮まったとしても、心の声まで聞こえる事はないよね。矢吹は時々鋭く人の心を詠んでくるから困ったものだ。
「波月にいちゃもんつけるな!」
「うるさいわね、この変態!」
「んだって!!」
「何よ!!」
……今日はどう止めても無限ループになりそうだな。このまま放っておくのが賢明な判断かもしれない。そう思いながら、俺を抜かして先へ行ってしまう2人の背中を見ながら思った。
そんないつも通りの2人とは打って変わって、妖精達の表情は険しい。
「気のせいだったかな?」
ジャウネは俺の頭に乗ると、うーんと唸ってから深くため息をついた。
「そうでもないようだぞ。確かに風が少し澱んでいる」
「そうなのか?」
今度はウネが俺の左隣を飛びながら、右手首を顎につけて、短くふぅっと息を吐いた。そのいく先を確かめるように視線を送ると、一度だけこくんと頷いた。
「ウネビガラブは風の色が分かるんですのよ」
「へぇー。すごいな」
風の色か。どんなものか、ちょっと見てみたい気がするけれど。
「澱んでるって事は、何かあったのかな?」
「魔が近くで召還されたのかもな」
ジャウネが気だるそうにそう言った。
「魔?」
「お主等が言う、妖や悪魔のようなものだ」
「そうなのか……」
ウネは定位置へ戻ると、もう一度同じように息を吐いた。
「……ローグ、お前は何か感じぬか?」
「んー、気分がスッキリしないくらいですの」
「そうか……。とりあえず、早く離れた方がいいだろう」
「んー、なんだかなぁ……」
ジャウネが小首をかしげながら、再び後ろを振り返る。そして、ちょっと眉を動かすと、何事もなかったかのように、また作った顔に戻した。
「置いて行かれちまうし、早く行こうぜ。腹も減ったし、マックとか言う所へ行こう」
「あぁ」
そう急かすようにジャウネが言うものだから、小走りに随分離れてしまった2人の後を追う。口喧嘩は収まったのか、やけに静かになったようだ。
俺にはローグやジャウネのように感じる事も、ウネのように風の色は見えないけれど、背筋が寒くなるような、ゾッとした気配を感じた気がした。
あまりサブタイと本文がかみ合わない気がする……。
なんてことは、まあ気にしないでおいて。
今回からシリアス長編の始まりです。はい。
でも、シリアスというよりホラーに近い可能性が……。あやふやですみません。
長編はこの小説では初ですし、更新頑張っていきたいと思っています。そして、コメディも忘れずに頑張ります。はい……。
では、長文失礼いたしました。