32、夏休み……前の試練?
この世の中に、テストという悪魔を生み出した人よ。なんという事をしてくれちゃってるんですか。どうしてくれるんですか。どう責任とってくれるんですか。どうやって俺の重く沈みこんだ暗い心を癒してくれるんですか。
「有澄〜。とりに来ないのなら、投げるぞ〜」
「えぇ!?」
人の解答用紙(数学の)をヒラヒラ振らないで! 教卓に近い人に俺の低い点数が見えるじゃないですか! ていうか教師がそんな事しないでください!
「嫌なら早くとりに来い」
ちょっとアナタ、それでも先生ですかっ。実は人の皮被った悪魔なんじゃ……。
しぶしぶ席を立ち、とぼとぼと先生の前に立つ。解答用紙を俺に返して、先生は俺の頭をさらっと撫でて言った。
「中間よりは頑張ったな」
「あ、ありがとうございます……」
中間よりはって事は、中間より今回の方が点数良いんだ……。視線を落として恐怖の点数欄を見る。なんだろう、このなんとも言えない点数。67って、あまりにも中途半端だよ。あと3点プラスして70いきたかったよ……。
「ソラ様?」
席につくと、筆箱に座っているローグが俺を見上げて言った。
「ん?」
「手が震えているようですが、どうかなさいましたか?」
「これはあれだよ。……うん、あれだ」
「どれですの?」
「腹減ってガマンできねぇとか」
「それはジャウネだけだろ」
空腹のジャウネでも、4,5分なら耐えられると思うんだけど。
ローグの隣に座っていたウネとジャウネが、俺の頭の上に移動する。ぽてっと2人乗ったところで、俺も席につく。
「ガマンくらいできるぜ。30秒くらいな」
おいおい、想像以上に短いな……。
「そんなのはガマンとは言えんな」
「俺にとってはガマンなんだよ。お堅い奴だなぁウネは」
「ジャウネが軽過ぎるだけだろう」
「そんな事ねぇよ」
「いいや、あるな」
ゴメン、人の頭の上で騒がないでくれない? 全然先生の説明聞こえないからさ……。
「ねぇ、ソラ様」
「何?」
「努力の結果がどうであれ、頑張った事には変わりないですわ」
真面目な顔で俺を見上げて、両手でガッツポーズをしているローグ。可愛いなぁもう。励ましのつもりなのかなぁ……。そこまで落ち込んでるつもりはないんだけどねぇ。
「ありがとー、ローグ。上の2匹と違って優しいねぇ」
人差し指で赤い頭を撫でてやると、はにかんで照れていた。
「上の2匹とは聞き捨てならんな」
「げ、聞いてたの?」
てっきり口喧嘩に夢中で聞いていないものだと思ってたよ。
「聞いてたっつーか、聞こえてきた?」
聞かなくて良い事は聞くのね、君達って。
「あはは……」
「ジャウネは良いが、我まで匹とは許さんぞ」
「ゴメンね」
「俺も匹なんてヤだぞ」
「ゴメンゴメン」
「分かれば宜しい」
「許してしんぜようってな」
おそらく、上の2ひ……2人は、偉そうに胸を張って座っている事だろう。
というか、ジャウネ。どこからそんな言葉を学んできた……。
キーーーンコーーーンカーーーンコーーーン
……今日は真面目なチャイムだな。気味が悪いくらいだ。
「んじゃ、今日はここまで。来週から夏休みだ。はしゃぎすぎるなよ、青春はしてくれて構わないがな。ほどほどにしないと、俺が青春を潰してやるぞ」
ちょ、脅迫!? 先生って本当は生徒嫌い!?
「はーい」
それにしても、従順な生徒もいるものなんだね。
「なあ、青年」
「ん?」
解答用紙をクリアファイルにはさみ、教科書も片付けてカバンに仕舞った。
「夏休みとはなんだ?」
「夏休みは……夏休みだよ」
「だから、なんなのだ」
「だからその、……夏休みだよ」
「それはなんだと聞いているんだ」
「いや、だから夏休みだって答えてるし……」
夏休みは夏休みで、夏休みだから夏休みなんだよね? 自分で言ってて分からなくなってきたよ。
「夏休みはどういったものなのじゃ?」
「夏休みは……。長い期間休みだから出された宿題やったり、友達と遊びに出かけたり。部活入ってたら部活あるしね。3年生は引退してる人が多いから、少ないけど。あとは……家族で、旅行したり。だね」
「……そうか」
家族で旅行か。小学校以来、行ってないなぁ……。最後に行ったのは動物園だったかな。父さんに肩車してもらって、人が多くて見えなかったパンダ見せてもらったりしたなぁ。ウミも見たいって駄々こねてたっけ。そーいや、キリンにニンジンあげる時、ウミは怖がって泣いてたなぁ。
ふふふ、懐かしいや。帰りの車の中で、次は遊園地に行こうって話したんだよね……。
「あの、ソラ様……?」
「ソラ、帰ろう」
ローグと波月の声が被った。薄れた思い出の中から、濃い現実の世界に帰ってくる。
「え、あぁ、あれ? ホームルームは?」
「さっき終わったよ。聞いてなかったの?」
学校指定のカバンを背負って、波月は不思議そうな顔をした。
「うん、聞いてなかった……。でも、特に重要な連絡とかないよね?」
「コレと言ってないね。いつも通りだったよ」
いつも通りって事は、『それなりに気をつけて帰れよ』って事だね。
「そかー、よかった。それで、何かあった? ローグ」
両手と首を同時に振って、ローグは全否定する。
「い、いい、いいえ! なんでもないですのよ」
「馬鹿澄帰りましょー」
矢吹の声がすると、ローグは急いで俺の肩に乗った。前、机に寝てたローグをおいて帰っちゃったんだよねぇ。そのせいか、矢吹の声がすると、ローグはいつも俺の右肩に座るようになった。
「馬鹿澄って誰だ! 俺は有澄だ!」
「はいはい。ささ、早く帰ろ。お腹すいたわ、マック寄って帰りましょ」
教室の出入り口で矢吹が身を翻すと、クラスメイトの男子達がざわめく。ねぇ君達、矢吹のどこが良いのか聞かせてくれないか?
「ありありさ」
「待ってソラ」
「ん?」
波月に呼び止められて振り返ると、彼は2つ目のカバンをその手に持っていた。
「カバン、忘れないようにね」
「あぁ、ごめん。ありがとう」
「いえいえ」
波月から自分のカバンを受け取って、並んで教室を出る。初めて手ぶらで帰ろうとしちゃったよ。どうしたんだろう、いつもよりボーっとしてる……。
「なぁなぁ、俺も腹減ったぞ、ソラ」
「じゃ、ポテト頼んでやるよ」
「おぉ、サンキュー! あれってウマいよなぁ」
頭の上からジャウネの嬉しそうな声が降ってくる。
「うん、俺も好き」
「そんなに美味いのか?」
ウネよ、そんなにはっきりと嫌そうに言わなくても良いじゃないか。
「しなしなぁっとしているものが好きですわ」
うっとりとした顔でローグが言った。ウネは理解できないといった風にため息をつく。
「トロいわね、やっと準備できたの?」
昇降口につくと、矢吹が開口一番ムカつく言葉を投げつけてきた。腹立たしく思いながら、上履きから運動靴へ履き替える。
「いいだろ、遅くたって」
「アンタの場合は遅すぎるのよ!」
『遅すぎる』を強調しやがって……!
「とりあえず、帰ろうか」
「ありありさー」
「……いつも思うけど、『ありありさー』ってなんなのよ……」
ありありさーはありありさーだもん。
「そうだ、ソラ」
「ん?」
「折角履き替えたのに、校舎に戻ろうとしちゃいけないよ」
「あぁ……ゴメンゴメン。ありがとう」
廊下は上履きで歩きましょう。掲示板のポスターの文字が、こういう時に限って目立って見えるから嫌になる。ボーッとしてるのはきっとテストのせいだ。テストが返ってきちゃったから、こんなに動揺してるんだ。
「よし、オッケー! さあ、帰ろっ」
「言われなくても帰るわよ」
「んだとっ」
「まあまあ、口喧嘩はもううんざりだよ。……それに、口喧嘩なら歩きながらも出来るでしょ?」
天使のような微笑みで、何気に悪魔の様な事を言い放ちますね。まあ、それが波月なんだけどね。
「……波月、アンタの正体って本当は悪魔なの?」
「ん? 何か言った?」
「え、いやいや! べ、別に」
「波月はね、あく……いだっ」
ちょ、人の頭はタンバリンじゃないんだぞ! 俺をそんなに叩いたって音なんてならないんだからな!
「うるさいわよ、低脳」
「てっ低脳……だと!?」
「あーもう! 行こう、というか帰ろうよ!」
「……波月がそういうなら」
「……分かったわよ」
波月がいなかったら、矢吹との争いは永遠と続く気がする。……っていうか、永遠と続くね、絶対に。
そんな事より、夏休みだ! エンジョイするぞ! 早く来週にならないかなぁ……。