31、黒いあれには気をつけて。
テストという、恐るべき敵との戦いを終え、平穏な日々を取り戻して約2週間。ちょくちょくと激しい戦いの結果が帰ってきたり、矢吹にポテトを盗み食いされたりしながらも、のんびりゆったり過ごしてました。いたって平和で、矢吹との喧嘩は除いて、争いごともなく、逆にヒマくらいな日々をのんびりゆったりと過ごしていた、そんなある日の事じゃった。
「あの、ソラ様」
「ん〜」
リビングの隣、襖だけで区切られた和室で、扇風機にあたっていたローグが、少しうわずった声で俺を呼んだ。ちなみに俺はリビングで、麦茶を啜ってました。
「あの、えっと……」
「ん? どうかした?」
「青年、庭掃除終わったぞ。水をくれ」
「はいはい。お疲れ様でした」
のっそりと立ち上がったついで、ローグの様子をうかがった。頭にポテッと何か乗った気がする。ウネかな?
「みぃずぅをぉ〜」
「ありありさー」
うん、予想通りウネだった。
「……あ、あの、ソラ様?」
「ん〜?」
一滴、おもちゃのコップに水を入れて、上にあげた。ウネがそれを受け取ったのを鏡で確認してから、また動き出す。
「うむ、感謝する」
「どういたしまして。で、さっきから何? ローグ」
「ソラ様、あれが出て、あれですわ」
「あれ? あれじゃあ分からないよ」
「腹減ったぁ! ソラァ、飯〜」
ローグのいる和室へ向かう途中に、ジャウネに行く手を阻まれてしまった。
「その前、何か言う事は?」
「ウミの部屋と廊下とトイレの掃除ちゃんとやったぜ。だから飯〜!」
「はいはい。お疲れさん」
「おにぎりおにぎり」ジャウネがうるさいから、またキッチンに引き返していく。ローグは後回しでも大丈夫だよね。
「ソラ様ぁ」
「ん〜?」
今にも泣きそうな声でまたローグが呼ぶ。やっぱり後回しじゃダメ?
「あれがあれでして、あれがあれですわ」
「だから、あれって何?」
小さめにおにぎりを作りつつ、眉をよせる。あれじゃ何も浮かばないよ。k
「ローグがあれと呼ぶのはあれしかいないな」
「そのあれって何さ。はい、ジャウネ。お待ちどー」
「サンキュー」
テーブルに置いた小皿に、できあがったおにぎりをのせると、それを抱えるようにして、ジャウネはかぶりついた。かぶりついたといっても、おにぎりが大きいからそう見えるだけだけどねぇ……。
「あれはズバリ、あれであろう」
「そうですの。あれはあれ以上でもあれ以下でもなく、あれですの」
「……そのあれは俺には分からないんだけど」
「うむうむ……。あれってあれだろ? あのあれだろ?」
むしゃむしゃとおにぎりを食べながら、ジャウネが言った。その頬についた特大の米粒を取りつつ、思う。
だから、あれって何なのさ。
「キャーーー!」
「づだっ!」
ローグが悲鳴をあげて、俺に眼球にダイレクトアタックをくらわせた! いい加減にやめて! 視力が、俺の大切な目がぁぁぁ!
「なんだよ、あれくらいで騒々しいなぁ」
何があれくらい? というか、俺の心配はしてくれないの?
「だって、だって飛ぶなんて卑怯ですの!」
ローグ達も飛べるでしょう。ていうか、頬をつねらないで、ローグ。痛いから、口に出して言ってないけど、痛いから!
「あれが飛んだからといって、騒ぐ事じゃなかろう」
そろそろ教えて、あれって一体何なんですか?
「あの黒く輝くボディーが目の前にきても、怖くないんですの!?」
黒く輝くボディー?
「全っ然」
「怖くなどないな」
「うにょうにょ動く触角もですの!?」
うにょうにょ動く触角?
「もちろん」
「あぁ、怖くない」
「おかしいです、おかしいですの!」
ローグはもう泣き出していた。本人は気づいてるかどうかは知らないけど、ぽろぽろと次から次へと涙が零れ落ちる。
「どこが?」
「何故だ?」
黒く触角の気持ち悪い奴と言えば……。
「あぁなんだ、ゴキちゃんか」
席に座りつつ、残っていた麦茶を飲んで、一息つきながら呟いた。
「あんな恐ろしい生物を『ちゃん』呼びしますの!?」
「恐ろしくなかろう。なあ、青年」
「うんうん」
「どこが怖いんだか、逆に聞きたいよな、ソラ」
「うんうん」
「ソラ様もウネビガラブもジャウネもおかしいですの! あれが怖くないだなんて、どんな神経をお持ちですの!?」
あまりに怖すぎて、感情の全てが怒りに変わっているようです。涙はとうに止まっていて、変わりに目と頬を真っ赤に染めながら憤りを露わにする。
「どんな神経つったって……」
「う〜む……」
「ん〜。こんな神経だよ」
「どんなですのよぉ〜」
ローグがものすごい勢いでポカポカと頭を叩いてくる。眼球タックルより痛くないから安心だ。
でもさぁ、怖くないものは怖くないんだもん。仕方ないよねぇ。
「とりあえず、害虫は駆除しなくっちゃだね」
「そうですの! 一刻も早く駆除しなくてはならないのですわ!」
「……そんなに嫌い? ゴキちゃん」
「えぇ嫌いですの! 大っ嫌いですの!」
この世から虫は全て消えてしまえばいいんですの。なんて恐ろしい事を口走ってる。本当にやりかねなくて、そっちの方が怖いよ。
「ゴキブリだけじゃなくって、虫は全部無理だもんなぁ」
「この間はクモの巣に引っかかって泣いておったな」
クモの巣に引っかかるのは確かに嫌だけど……。うっとうしいと思うけど、泣くほどではないかなぁ。
「なんで虫なんてものが存在しますの!? ありえないですわ!」
「何がどうありえないのかよく分かんないけど……。でも、虫って結構役立ってるんだよ」
「ほう、それは少し興味深いな」
「一応俺も聞きてぇなぁ」
「あんな見た目も恐ろしいものが、どう役立つんですの?」
「えぇっとねぇ……。思い出すから待っててぇ……」
〜かれこれ数分後〜
「ごめん。やっぱわかんないやぁ」
あははーと笑うと、3ひ……3人の妖精から冷たい目線が……。
「……阿呆」
「なんだよ、つまんねぇな」
「……ソラ様……」
……なんかごめんなさい。全ての人に、ごめんなさい……。
「とりあえず、ゴキちゃん退治だぁ」
「そうですの! とっととあれを排除するんですの!」
排除って……。まあ、気にしないでおこう。
よっこらせ、と立ち上がり、ゴキちゃんがいる和室へ向かう。その時、右肩にローグ、左肩にはもうおにぎりを食べ終えたジャウネ、頭の上にはたぶんウネが座っていた。
リビングから見て、正面にはお仏壇があって、右側には扇風機が涼しい風を送り出しながら回っており、窓から夏の日差しを浴びながら、それは懸命に働いている。和室の中央にある、今は使わない掘りごたつは、使ってくれる日を待つかのように、寂しく細い脚を見せていた。左側は、廊下と和室を襖で区切っているだけで、特に変わった事もなく。あえて言うなら、冬は隙間風が入ってきて寒いんだ……。
「で、どこにいたの?」
「窓のところに……」
ローグが指差す方向に、虫の姿は見当たらない。
「いないようだが?」
「さっき飛んだからじゃねぇの?」
「そうですの。私に向かって飛んできましたから……掘りごたつの方ですの」
「ふむ」
戦闘武器、新聞紙を忘れたな……。まあいいか。
「さてさてゴキちゃま。出ておいでぇ」
「ゴキちゃまってお主……」
気にしたらダメだよ、ウネ。
かがんで、掘りごたつを覗いてみる。いないっぽいなぁ……。
ふいにガサガサと何かがこすれあうような音がして、リビングの扉が開かれた。
「ただいま……ってソラにぃ。何やってるの?」
「おかえりー。何ってあれだよ、ゴキちゃん探し」
「え゛」
ドサッとおそらく今日の夕飯に使われるであろう食材さん達を、テーブルの上に落として、ウミがぎこちなく振り向いた。
「ソラにぃ。頼むから素手でゴキと戦わないで」
「え、ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ!? 何考えてるの!?」
やっぱりかぁ……。
ってあれ? 読者さん読者さん。なんでひいてるんですか? なんで顔真っ青なんですか? 俺、何かしましたか?
「ほらソラにぃ、新聞紙」
「おぉ、サンクス」
投げてよこされた、ゴキちゃん専用戦闘武器、新聞紙を装備! と、ちょっとカッコよく言ってみる。ダサいとかは言わないでください。
「ちゃんと後始末までしてよね」
「ありありさー」
さってと、その前にさぁ。ゴキちゃんどこよ?
カサカサカサ
ん、このいかにもな効果音はっ……!
カサ……カササカサカサカサ
いるぞ、奴だ。奴がいるぞっ……!
カサカサ……カササササ!
「そこだぁぁぁぁぁ!!」
バッシン! といい音をたてて、ゴキちゃん専用最強戦闘武器、新聞紙が振り下ろされたのは、リビングと和室の境目。
……ふ、手ごたえありだぜ。
「やったのか?」
「たまにはやれば出来るんだなぁ、ソラも」
ちょ、たまにはとか酷くない?
「それより早く後始末、後始末を!」
「そうよ、無神経の馬鹿にぃ!」
ちょっと!? なんで英雄的な存在の俺がそんな事言われないといけないの!? もっと兄貴を大切に、恩人を大切に扱いたまえよ……。
「はーい。今日のご飯、できたよー」
「ひゃっほーい! 腹減ったトコだったんだ!」
誰よりも先にテーブルの席についたジャウネ君。居候してるというのに、遠慮しようとは思わないんだろうね、この子は。
「……ホント、ジャウネはよく食うな」
「ですわねぇ」
お茶を啜る2ひk……2人の妖精を尻目に、ジャウネは嬉しそうな顔で笑っていた。
「おぉ、今日は豪華にハンバーグですか!」
「おくらで作ったハンバーグだけどね。ささ、冷めないうちに食べちゃおう」
「そだね。じゃ、いっただっき―――」
カサカサ……カサカサカサカサカサカサ
む、この効果音と気配。もしや、また奴かっ……!
「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ローグの叫び声と一緒に、平和な食卓が悲惨な食卓になったのは言うまでもなく……。
ネタがない、ネタが、ねt……。
どうも、お久しぶりに下弦でございまーす!(サ○エさん風に
更新がちまちまとしか進まなくて申し訳ございません。作者なりに努力はしているんですが、誤字脱字、意味不明な言葉が多すぎる……。そして、話が完成しても訂正で時間がかかるとか、作者として失格ですよね……。あぁ、泣きたい。
こんな情緒不安定な作者が更新してまいりますので、またピッタリと更新が止まってしまうかもしれませんが、どうか見捨てず、応援してくださると嬉しいです。
それでは、長文失礼致しました……バタッ←死