27、妖精の想い
今回、シリアスなのかコメディーなのか、分からないお話になってしまいました……。
中途半端で申し訳ないです……。
と、とりあえず、楽しんで読んでいただけると幸いです。
誰もが寝静まった夜に、静かな町を歩く少女は、ある家を見上げて、涙を流した。
「……望む、……行こう」
小さな囁きは、誰に向けられたものだろうか。悲しみと哀れみに満ちた言葉は、冷たさを抱いたままに、風に消えた。
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「……起きてますの?」
「……あぁ」
「ぐがぁ……ぬぅ……ふぐっ……がぁ……」
「寝てますわねぇ」
「まあ、良いじゃろう。そういう奴だ、ジャウネは」
寝ていたと思われたローグ達は、ジャウネを除いて起きていたらしい。
「とりあえず、静かに話しましょうか」
「じゃな」
「……めしぃ……俺のぅ……がぁ……」
さて、ジャウネよ。君は夢の中でも食べるのかい。まだ食べ足りないって言うのかい。
「……波月様とソラ様は、本当に仲がいいようで」
「だが、青年は鈍いようだ」
ウネビガラブが視線を右に泳がす。その瞳に、ベッドにもたれかかり、毛布に包まって眠るソラの姿が映る。ベッドには波月が寝ているが、顔をこちらに向けていない。本当に寝ているのか疑わしいが、規則正しく動く肩に、眠っていないとは思えなかった。
「ウネビガラブも、感じましたの?」
「あぁ。あれは紛れもなく、ヴィオロシィの風の気配」
「彼女自身も近くにいたようですわね」
どうやら、彼女達は仲間の気配に気付いて起きたらしい。しかし、それだけではなさそうだ。
「……ソラ様、悲しそうな顔をしていましたわね」
「本人は気付いておらぬようだが」
「波月様も、心配だったようですし……」
「誰だって友人があんな顔をしたら、心配になるじゃろうて」
思いつめたような、悲しみの表情。ニコニコとしている口元も、その優しげな笑みを奥深く隠し、輝きに満ちている瞳も、暗くて寂しそうだった。そんなソラの表情を、薄目を開けてローグとウネビガラブは見ていたのだ。
「悲しみが、ヴィオロシィを引き寄せておるな」
「ソラ様は、あんなに幸せそうに笑えるのに、どうして……」
学校で冗談を言って友達と笑いあい、矢吹とも喧嘩ばかりしているが、波月が仲裁して笑っていられる。ウミといる時だって、本当に愛しい者を見る目で彼女を見、彼女が笑えば彼も笑っていた。
それなのに。
「……何が、足りないのでしょうか?」
「足りないものなんて、なかろうにな」
優しい彼が何を想い、何を感じて生きているのかなんて、妖精のローグ達には分からない。同じ人だとしても、誰も分かりはしないだろう。
「ヴィオロシィはきっと、ソラ様を妖精界へ連れて行こうとするのでしょうね……」
「幸せと永遠に満ちた世界。終わりなき、……悲しみの世、か」
ウネビガラブの言葉に、ローグがスカートの裾を握りしめる。
彼女達は知っている。妖精界が、どれだけ美しく、悲しい所か。決められた幸せと秩序の中で、永遠を過ごす。イコール、『死ねない』という哀しみ。
永遠というのは、誰もが望む事だろう。しかし、永遠を手に入れてしまえば、永遠になってしまえば、終わりあるものとの別れが、永遠に続くと同じ。彼女達も、手に入れてしまった永遠に、何度哀しみを抱いたか知れない。
「もし、ソラ様が妖精界を望んだとしたら、私達はどうすればいいんですの?」
「どうする事もできぬだろう。青年が望んだ事ならば、仕方あるまい」
「そうですわね……。でも、」
「ローグ、前にも忠告したと思うが、人に心を許しすぎるな」
「別に、そういう訳で言っているのでは―――」
「別れは永久に、我らといる。永久に別れは、我らの中にある」
「……」
揺ぎ無いウネビガラブの言葉が、ローグの言い訳をかき消す。彼女はさらにスカートを握る手に力を込めた。
「忘れてはならぬ。今は、仲間を探すためだけに、ここにいるのじゃ」
「分かってます。分かってますわ」
「……なら、よいのじゃ」
二人の会話が途切れると、静寂が彼女達を包み込んだ。それは哀れみか、優しさか。冷たい夜風が、どこからか入り込む。
「でも、ウネビガラブ」
「……なんじゃ」
「人の幸せを、……ソラ様の幸せを願う事すら、叶いませんの?」
「あぁ」
容赦ないウネビガラブに、ローグはついカッとなった。
「どうしていけないんですの? どうして貴方はそこまで冷徹になれるんですの?」
「さっきも言ったであろう。情を移しすぎてはならぬのだと」
ローグの問いから逃れるように、ウネビガラブは彼女から視線を外した。空を見つめる橙の瞳の奥にある、何も読めない感情がさらにローグを苛立たせた。
「どうして情を移してはいけないんですの? 人を想っては、どうしていけないんですの!」
「馬鹿たれが!」
バシンと乾いた音が響いた。ウネビガラブがローグの頬を強く叩いたのだ。
「ったいですの!」
「分かっておらぬではないか! お主は忘れたか? 人の生の時と、我らの生の時の時間は違うのじゃ。情を移せば、悲しみが残る。想ってしまえば、別れが辛くなるのじゃ!」
「それでも! それでも、私は……!」
そこでやっとローグは気付いた。冷静で落ち着きはらったウネビガラブの声が、感情の波に流されている事に。
「我はもう、仲間が泣く顔を見とうないのじゃ! 泣く顔は悲しすぎるのだよ! 辛すぎるのじゃ……。我にはな、永遠には、悲しみは……重すぎるのじゃ……」
震えながら消えていったウネビガラブの声に、ローグは自分の失態に黙り込んで俯いた。
彼女は見てしまった。仲間が、ウネビガラブが瞳を潤ませているのを。心から仲間を大切に想うからこそ、泣き顔を見たくなく、涙を見せたくないのだ。彼女は必死に堪えているようだったが、堪え切れなかった一滴が頬を伝う。彼女も、心の底から冷徹になってはいないのだ。
ウネビガラブは、知っているのですわね。
人と関われば関わるほど、懸命に短い生を生きる彼らが愛しくなり、別れの時が苦しい事を。いつか来ると分かっていても、分かっているからこそ余計に辛いんですわよね。終わりのない私達と、いつかは終わる人の生。同じ時間を生きているのに、同じ時の流れを生きていないのですわね。
私は、知っているフリをしていただけなんですわね。
本当は、別れも悲しみも怖いのに、知ったフリをして平然としているだけですわ。いつか、崩れてしまいそうなバランスの中で、自分の本当の気持ちを無視し続けて……。
「……ごめんなさいですの」
「いや、よいのじゃ。我も言い過ぎた」
重い空気の中で、ある音が鳴り響く。
ぐぅぅぅ……
「おいおい、ジャウネ。お前って奴は……」
「……それがジャウネのいいところなんですわよ」
いつでも自由で、何事にも捕らわれず、誰よりも自分が思った通りに生きているだけ。
「……ヴィオロシィも、別れが辛かったんですわね」
「青年も、別れが辛かったのじゃろう」
2人とも辛かったから、何かに救いを求めて手を伸ばした。
その先にあったのが、
―――妖精界。
「ねぇ、今だけ、この時だけわがままを言わせて欲しいんですの」
「……言いたい事は分かっておる」
「こ、今度はなんと言われようと、私は」
「我も、この青年と、周りの者の笑顔を護りたい」
「! ウネビガラブも……」
「さて、眠くなってきたな。我は寝るぞ。おやすみ、ローグ」
「あ、え、……おやすみですの」
有無を言わさず、ウネビガラブは毛布にもぐりこんでしまった。
アワアワとしていたローグだったが、ふぅ……とため息をついてはにかんだ。
ウネビガラブ。言っている事、珍しく矛盾してますわね。
静かな夜に吹く風は、朝の匂いを漂わせながら、全てに『おはよう』を囁いた。
さて、次回からはテストvsソラ君編ですっ!
コメディーまっしぐらです! えぇ、突っ走りきってやりますよ、この『コメディー』という名の道を!!