26、強制的勉強会の開始後には
更新が遅れてしまった申し訳ございませんでした。
さて、頑張れソラ君! な、本編へどうぞっ!
「ここはね、Xを代入して」
「ふんふん」
矢吹がシャーペンを動かして、ウミのノートに何かを書き込む。
「そうすると、こうなるのね」
「ほうほう」
ウミはそれに感心しながら、自分のノートで解かれていく計算式を真剣に見つめていた。
「で、ここをこうして、これはこうなるから……」
「おぉー!」
「これが答えよ」
「わぁ、さっすが矢吹さん! ソラにぃとは全然違うね」
「あんなのと一緒にしないでよ」
アハハと笑い合う女子達よ、頑張って勉強している俺の心に、鋭い矢が刺さって抜けないじゃないか……。
「ソラだって、あれくらい解けるよね」
「もちろんだ!」
「つまらない意地張らなくて大丈夫よ」
「そうだよソラにぃ。無理したって得しないよ」
……俺、君達に何かいやがらせでもしましたか?
「まあ、青年も頑張る事だな」
「頑張ってもソラの知識じゃ無理じゃね?」
「そ、ソラ様だってやれば出来る人ですわ!」
黄色と橙め……。恩知らずな子達だ! それに比べてローグは優しい、うん。
さて、拒否権もなく強制的に始められたお泊まり勉強会。ウミは喜んで家に招き入れちゃうし、遠慮なんて知らずにずかずかと矢吹達は家に上がるし……。本当に強制的としか言えない勉強会。
で、今はと言うと。食事を済ませて、俺の部屋で勉強開始な訳ですな。矢吹とウミは、ベットの隣に簡易のテーブルを組み立てて、二人並んで数学等の理数を勉強。俺と波月は、狭い勉強机を二人して使ってる。一つ足りない椅子はウミの部屋から借りてきた。波月が座っているけど、クッションが可愛らしい模様だから……。はい、波月も可愛く見えちゃってますね。
「ソラ、ボーっとしてる暇はないよ」
「だね……」
でもね、人には集中力と言うものがあってですね、それが尽きるとですね、そのですね……。まあ、簡潔に言うと、飽きたんです。
「青年よ、始めてからまだ2時間も経っていないぞ」
人の心を久しぶりに読むな!
「飽きたと言うから、喝でも入れてやろうかと思ったのだ」
「もう飽きたのか? 早すぎね?」
「だからダメなのよ、有澄は」
「もうちょっとさ、みんな協力してくれてるんだし、頑張ろうよ」
「……すみません、ソラ様。フォローの言葉が見つかりません」
と、言う訳で。心に新たに4本の矢が刺さりました。とっても痛いよ……。
「でも頑張れるよね、ソラ」
「うん、頑張るよ!」
君のその爽やかな笑顔が隣にある限り! 俺は力尽きるまで頑張ってやろうじゃないか!
「じゃ、社会科もう少しやってみようか」
「ありありさぁ!」
夜はまだ、いや、戦いはまだ始まったばかりですよね! 燃えろ、有澄ソラ! この魂燃え尽きるまで!
……あ、でも、燃え尽きちゃダメですね。明日テストなんだから……。
「馬鹿な奴だな」
ウネの読心術を、心から恨み、また矢が刺さったのは言うまでもなく。
「ここは、あのやり方の応用でね。これはこうなって」
「あぁ、ちょっと待ってください。どうしてこうなるんですか」
「それはね、ここをこうすると、あれはこうなるの。で、それはこうなるから……」
「なるほど!」
「じゃ、続き頑張ろっか」
「はい!」
ウミと矢吹の集中力がなんでずーっと続くのか、羨ましく思いもすれば、すごいとも思うんだ。
「大丈夫、ソラ」
「だいほーふ」
「……大丈夫じゃなさそうだね」
うん、やっぱダメです。もう、プシューッて頭から湯気が出ちゃって……。
「すぅ……すぅ……」
ウミが小さい頃遊んでいた人形のベッドで、ローグ達が安らかな寝息を
「ぐがぁ……むにゃむにゃ……に、肉ぅ……ぐがぁ……」
ジャウネェーーーーーー! 君のせいで安らかな感じが全くしない! どうして君はいつもそうなの? どうしてそう自由なの!?
しかし、人形のベッドといっても、小さいものを二つ並べておいてあるだけで、狭そうに見えるな。今度給料はいったら、一人一つずつ買ってあげよう……。
「さて、復習しようか」
「あぇ?」
「聞いてなかった?」
「……えへ」
「じゃ、もう1回言うから、覚えてね」
「ありありさぁ」
「鉄と硫黄の『混合物』を加熱すると、熱や光を出す激しい反応が起こって、硫化鉄って言う『化合物』ができる。また、硫黄の中に銅を入れても、同じような反応が起きて、『酸化銅』っていう化合物ができるんだ。……OK?」
「う、うん。混ざってるのが化合物で、加熱させたら化合物!」
「ソラ、混ざってるのは混合物だよ」
「あれ? 俺、何か違う事言った?」
「同じ事を繰り返してたね……」
「うーん……」
「まあ、深く考えないで。大丈夫、化合物はちゃんと覚えられてるみたいだし」
なんて爽やかな笑顔。教科書を片手に、しかもちょっとずれたメガネがなんとも……。
「あれ? 波月ってメガネしてたっけ?」
「ん? あぁ、これか。なんとなく、伊達メガネを親から借りたんだよ」
「そうなんだ……」
なんとなくって……。
「さてと、続きいくよ。鉄鉱石には、『酸化鉄』が多く含まれていて、それは『鉄と酸素』の化合物なんだ」
「ふむふむ……」
「まあ、これくらい覚えておけば、大丈夫だと思うよ?」
「覚えられてたらいいけど……」
「大丈夫だよ、ソラ。自分を信じて。今までよくやってたし、一生懸命やった事は忘れないと思うから」
「波月ぃ……」
君と言う、王子様は……。なんて、なんていい人なんだぁ!
「俺、頑張るよ!」
「うん。俺も頑張るよ。理科は苦手分野なんだ」
照れくさそうに笑って、少し鼻の頭をかく。それは、波月が困ったり照れたりした時に良くやる行動だ。長く一緒にいると、そういう事も分かっちゃうんだねぇ……。
「……さあ、俺らも寝ようか」
「え? でも、矢吹達はまだ……あ」
「ふすぅ……ふ……すぅ……」
「らめよもぅ……この……むふふ……すぅすぅ……」
ウミと矢吹は、机に突っ伏して幸せそうな寝息を立てていた。ふいに、矢吹の顔がほころぶ。
「矢吹、何の夢を見てるんだ……」
「やけに幸せそうな顔してるね」
「あっちの小僧と一緒の顔だねぇ」
……人の寝顔は、ウミの意外見るのは久しぶりだなぁ。
昔、両親が生きていた頃は、よく川の字で眠ったりしていた。寝たふりをして、母さんや父さんの安らかな寝顔を見るのが好きで、夜更かしする事もあった。2人とも、未来に起こる事なんて知らずに、ただただ幸せそうな顔をして。ただただ、幸福を噛み締めて。そんな両親の顔が、本当に好きだった。それに、小さなウミの可愛い顔も。みんな大切で、愛しくて……。
「ソラ?」
波月の声で現実に帰ってくる。彼はずれたメガネを外すと、それを黒いメガネケースにしまった。
「……ん?」
「おばさんの事、考えてた?」
「え?」
「ソラはおばさん達の事を思い出すと、いつも……。ううん、なんでもないや」
「何? 気になるじゃないか」
「あはは。……でも、ソラ。ソラには俺らがいるよ」
「な、ななな!」
そんなカッコいい顔で格好良い事言われたら、惚れてしまうじゃないか!
「だから、無理はしないでね」
教科書を閉じ、机の上に置くと、波月は俺を真っすぐに見てそう言った。
「別に無理なんかしてないよ?」
「そう、ならいいんだ」
そう言って、波月はほんわりと笑う。
時々、波月はわからない事を言うけれど、それは俺の事を思っての事なのに、分かってあげられない。それは、悲しい事だけど、いつか分かると思うから。
「さてと、風邪引かないように毛布かけてあげないと」
「そうだね」
とりあえず今は、今の幸せを噛み締めて、明日のテストと戦うために寝るとしようかな。
「おやすみ、ソラ」
「おやすみぃ、波月」
静かな夜に、冷たい風が吹きぬけた。