20、暖かな人達に言う言葉
今日は母の日!
という事で、いつもと違ったノリで書いてみました。
今回は、ソラ君小学校時代? のお話です。
これはまだ、ローグ達が道に迷う……じゃなくて、ソラ達に出会う、ずっと前のお話です。
ソラとウミの、両親がまだ生きていた頃の小さな記憶の欠片です。
****
今日は、特別な日だ。
……ん? あれ? あぁ、今日じゃなくって、明日は特別な日だ。とってもとっても、特別な日なんだ。だから、きっと成功しなくちゃいけない。
そんな小さな決意を胸に、妹を引き連れ、彼はとあるショッピングセンターの雑貨屋に来ていた。両親は来ていない。公園に遊びに行ってくると、この事は秘密で家を出たのだ。
「ソラにぃちゃん、どうするの?」
「どうするのって、頑張らないと」
そう、頑張らないといけない。明日のために、お母さんのために。
「でも、あんな高いところの届かないよ」
棚を見上げる幼い顔が、悲しそうに眉の端を下げた。はぁ、と重いため息をついてから、くりくりとした瞳で、隣の兄を見つめる。もう一度見上げたその視線の先に、2人が今一番欲しい物があった。
「大丈夫だよ、えぇっと……」
キョロキョロと辺りを見回してみる。何か、台になるようなものはないかな?
「ねぇ、ソラにぃちゃん。お父さんにとってもらおうよぅ」
「ダァメ! お母さんとお父さんには秘密って約束だろう?」
「そうだけど……」
そう小さく言ったウミは、視線を落として口をへの字に曲げた。ソラは見上げたままで、どうしたものかと下唇を噛んでいた。
その視線の先に、どうしても手に入れたい物がある。それは、彼らの母が好きなネコの可愛いぬいぐるみだ。
それは、ずっとずっと前からあって、明日の特別な日が来たら、ウミとおこずかいを出し合って買う予定の物だった。けれど、前はソラにもギリギリ届くような高さにおいてあったのに、今はずっとずっと上、一番上の棚に他のぬいぐるみと共に並べられていた。
「どうするの?」
視線をソラに向けて、ウミは言う。繋いだ手を左右に振って、ねぇねぇと何度も呼びかけた。
「どうするって、取らないと買えないもん」
「でも、届かないよ」
「うん、届かないね」
「……」
「……」
2人とも黙って見つめ合い、お互いちょっと涙目になっている事に気付いた。
ソラもウミも、人と話すのが苦手で、時々通る店員さんに「何が欲しいの?」と聞かれても、黙ってしまっていた。時々通る優しい人に「どれが取りたいの?」と聞かれても、首を振って逃げてしまうのだ。そんな事を繰り返していたら、なぜだか不安になって涙が出てきたのだろう。
「ねぇ、帰ってお父さん呼んで来ようよ」
「でも、お父さんに秘密がバレちゃうよ」
「お母さんには黙っていてもらえばいいんだよ」
「でも、せっかくここまで秘密にしてきたんなら、明日まで秘密にしたいじゃん」
「秘密にしなくったって良かったんじゃない?」
「でも、そしたらお母さんの驚く顔が見れないよ」
「……」
「……」
そして、再び黙ってネコのぬいぐるみを見上げていると、
「おや、どうしたんだい?」
聞き覚えのない声が、後ろから降ってきた。ソラ達はびっくりして振り返ると、お父さんと同じ歳くらいの人がにこやかに立っていた。その人はこざっぱりと刈られた頭に、白いワイシャツで少しよれたズボン。家が近くなのか、ボロボロで歩きにくそうなサンダルを履いていた。
けれど、知らない人は怖くて、2人とも俯くと、繋ぐ手に力を入れた。
「大丈夫だよ、何もしないから」
そのおじさんは笑顔のまま、両手を横に振る。心配しないでと、小さく付け足した。
「でも、お母さんに、知らない人には連いて行っちゃいけないって……」
「どこも連れて行く気なんてないさ」
このお店に来て、初めて妹以外の人と話した気がする。ソラはちょっとドキドキしながら、一つ一つ言葉を紡いだ。
どっこいしょと、おじさんは2人の前に屈み込むと言葉を続けた。
「さてと、欲しいものはなんだい?」
「えとね、……」
もじもじと、ウミは僕の後ろに隠れながら上を指差す。おじさんが釣られるように棚を見上げる。
「あのね、あのねこちゃんが欲しいの」
「うーん、紫の首輪の黒いねこちゃんかな?」
そう言いながらソラ達に視線を戻したおじさんに、2人は同時に首を横に振る。今度はソラが棚のネコを指差す。
「違うよ。その隣の白いねこちゃん」
「青い首輪の白いねこちゃんだね」
コクコクと勢いよく、2人して頷く。おじさんはそうかそうかと言って、笑みを浮かべると、またどっこらしょと立ち上がった。
そして、おじさんは少しだけ背伸びをして目的の物に手を伸ばした。チリンチリンと、首輪についた金色の鈴がなる。
「はい、どうぞ」
それをドキドキしながら見守っていた2人の前に差し出されたのは、欲しかったネコのぬいぐるみだった。ソラがそれを受け取ると、ぎゅうっと抱きしめた。ふわふわのネコはお座りの格好をしたまま、苦しそうにその体を歪めた。ウミもやったやったと、隣で跳ねている。
「わぁ、ありがとう!」
「ありがとう!」
「どう致しまして」
振り返ってみた時と、同じ優しい笑顔でその人は笑った。
****
「―――にぃ、ソラにぃ!」
「おぅ!?」
なんだ!? 地震か? 火災か? 地球外生物でもやってきたか!?
って、なんかデジャヴな事を……。
「また遅刻するよ!」
「えっと、まさか……記録更新?」
「まだ平気だよ」
「なぁんだ、良かった」
「でも、波月さん外で待ってるみたいだったけど?」
「何!?」
「何か約束しなの?」
「んー……」
今日の朝の約束ねぇ……。
『明日の朝、学校で飼ってるウサギの世話しなきゃいけないんだけど、ソラも一緒にどう?』
「あ」
「あるんならさっさと着替えて、さっさと食べて、さっさと波月さんの所へ行く!」
「はいぃ!!」
「おはよう、ソラ」
「おはよー、波月。ごめん、待たせちゃって」
「いいんだよ。さて、早く行こうか」
「ありありさぁ」
波月の朝から素晴らしく爽やかな笑顔を頂いて、共に歩き出した時だった。前からなんだか見覚えのあるようなないような男の人が歩いてくる。
「おはようございます」
その人はすれ違いざまに、杖をついて歩きながら微笑んで挨拶をしてくれた。
「おはようございます」
「お、おはよーございます」
なんだか、暖かい笑顔をする人だ。そして、優しい声の人だった。
「あ」
「ん? どうしたの、ソラ。忘れ物?」
「えっと、違うけど……」
ソラは振り返れると、その人の丸くなった背中を視線で追った。犬の散歩で通りかかったおばさんにも、同じように暖かい笑顔で挨拶をしていた。
「あの人って、いい人だよね」
「? そうだね」
波月には分からなかったかもしれない。
けれど、あの日の優しさと、暖かさをそのままにして、彼と出会えたことは、ちょっと嬉しかった。会えたって言うか、まあ、すれ違っただけだけど。
****
「はい、お母さん、これプレゼント!」
満面の笑顔で、ウミがお母さんにラッピングされた袋を渡す。
「まあ、ありがとう。ウミ」
「ぼ、僕も一緒に買ったんだからね!」
「ありがとう、ソラ」
優しい笑顔。あの人と同じ、暖かくて優しい声。
「開けても良いかしら?」
「もちろん!」
2人仲良く大きな声で答える。
「何が入っているんだい?」
父の問いにいち早く反応したソラは、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「開けてからのお楽しみだよ! な、ウミ!」
「うん!」
「ドキドキするわ」
母は嬉しそうに笑って、不器用に結ばれたリボンを丁寧に解いた。ゆっくりと袋を開くと、母は「まあ、可愛らしい」と小さな声を漏らした。
「お母さんの大好きなねこちゃんのぬいぐるみだ」
ソラとウミの肩を抱きながら、父も優しく微笑んだ。その3人が見つめる先で、少し潤んだ目をした母が、それを大切そうに抱きしめていた。
「お母さん、どうしたの?」
ウミが心配そうに問いかける。ソラも涙を流す母に戸惑いを隠せなかった。もしかして、お母さん、ねこちゃん嫌いだったのかな?
「ソラとウミのプレゼントが嬉しくてしかたないの」
流れる涙を拭って、母も笑顔を取り戻した。ありがとうと何度も繰り返して言ってもらえて、ソラもウミもどこか誇らしげだった。誰かに喜んでもらえるという事は、やはりこちらも嬉しいものである。
「本当にありがとう」
「えへへ〜」
頭をなでてくれるお母さんの手が暖かくて、嬉しくて。
「私も〜」
「はいはい」
そして、あの男の人にも、ありがとう。
さてさて、母の日皆さんはどう過ごしたのでしょうか?
私はカレーを作り、プレゼントをあげ、「いつもありがとう」なんて、恥ずかしくてたまらない台詞をはいてまいりました。それくらいです。
それでも、気持ちがこもっていれば嬉しいようで、『ありがとう』と言ってもらえたのが嬉しかったり。普段しないことをすると、妙に恥ずかしいものですね。
まあ、そんな気持ちを抑えて、さあ、今からでも遅くはないかもしれません。大切な人に、母親に、『ありがとう』を言ってみませんか?