19、優しい心に想うのは
「ウネビガラブ、ジャウネ、いいですの? この事は、絶対にひみ―――ヒギャア!」
な、なな、なんですの!? 突然体が宙に浮き上がって……。
あら? 誰かに握られているような……。
「キャーーーーーーーーーーーーー! いつ見ても可愛いっ!!」
こ、この声は!
「な、なんで矢吹様がここに!?」
頑張って体を捻り見上げてみると、見知った顔が満面の笑みを浮かべていた。
「なんでって、そりゃーねぇ。可愛いものが見たかったからよ♪」
「ごめんね、ローグ。この馬鹿、ついて来るなって言ったのに、来ちゃってさ」
あらかじめ持っていった大きな袋の他に、いっぱいまで食材が入ったものと、ティッシュやラップなどが入ったビニール袋を3つ引きずる様にして、ソラ様が迷惑そうに言った。
「馬鹿に馬鹿って言われる筋合いはないわよ」
「なんだと!」
「何よ!」
「はいはい、仲良しこよしな喧嘩は入り口の前でやらないでくれませんかぁ。邪魔です、邪魔すぎです」
「うだっ」
トイレットペーパーを2つ抱えて帰ってきたウミ様は、リビングの扉を足で蹴るようにして開いて、それがソラ様に直撃したのも無視してずかずかと入ってきた。
「……なんかごめんね、有澄」
「……謝るんなら出てって」
「出てかないわよ。絶対にね!」
「邪魔なんだよ、疫病神!」
「何よ、セコセコエセ主夫!」
「セコセコってなんだ!」
「セコい奴にセコいって事教えただけですよーだ!」
「んだって!」
「何、やる気!?」
「はいはい、ソラにぃは食材を冷蔵庫にしまって、矢吹さんはお茶でも飲んで大人しくしてて」
「え、あ、うん」
「あ、ご馳走になります」
……彼らの扱いに随分慣れているようですわね、ウミ様は。
「ねぇ、そこの虫達」
ウミ様、もとい、生意気な小娘様が見下すようにそう言う。
「む、虫!?」
「虫だ何て、酷いですわ!」
「ん? 蒸しパン?」
だからジャウネ。どうやったらあの言葉を、そんな変な風に変換できるんですの……。
「あんたらもお茶飲みたいんなら、コップ持ってきなさい」
無視ですし! 私達の反論、全くの無視ですし!
そういい残すと、ソラ様が持ち帰った袋から、ラップとアルミホイル、ビニールと紙のゴミ袋を取り出して、リビングから出て行った。予備で買ってきたのであろうそれは、階段の中腹に作った、簡素な収納棚へしまわれるのだろう。
あ、ちなみにコップは、生意気な小娘様が小さい頃使っていた、人形用のもの。小さいからお茶は注ぎにくいですが、私達にとってはとても使いやすいサイズですわ。
「あ、そういえば。矢吹様は、どうしてソラ様達に会ったんですの?」
「んー? 今日はねぇ、くじ引きでねぇ、ウハウハでねぇ、ヤッホーだったからですねぇ」
……?
あっと、うーん、これ、日本語でしょうか?
「リラックス状態に入った矢吹に、何言っても意味分からない事しか返ってこないよ。はい、お茶ぁ」
「ありがとうですの」
「うむ、感謝する」
「サンクス」
にこやかにソラ様がお茶を差し出してくれる。それをズズーッと啜り一息ついた。ほのぼのしてから、もう一度、今度はソラ様に聞いてみましたの。
「ソラ様達はどこで会ったんですの?」
「今日は、抽選会って言うのがあってね。……っと、確か、くじの残りがあったと思うんだけど……」
ごそごそと、ポケットをあさりながら、ソラ様は私達の正面、矢吹様の隣の席についた。
「じゃっじゃじゃーん! はっけーん!」
奇妙な効果音と一緒に、ソラ様が手にしていたのは薄いピンクの紙切れ。
「それがなんですの?」
「これを抽選日までに5枚ためると、一回だけくじが引けちゃうのだ!」
「で、そこでばったり矢吹さんに会ったの」
生意気な小娘が、(うーん、長いからもうウミ様でいいわ……)そういいながら、私達がいる側の空いている席に座って、私達と同じようにお茶を啜ってほっとため息をついた。
「んでねぇ、まさかの当たりでねぇ、めっちゃすごくてねぇ、ウハウハですよねぇ」
……。
もはやこれは、本当に矢吹様なのかどうか、疑うべきでしょうか? あまりにも普段と違いすぎますの。
「まあ、このお間抜けは放っておいて。重要なお知らせがあります!」
急に、いつもは見せない真剣な表情にソラ様はなり、黙り込む。
ま、まさか、私達に黙っていた『約束』の事を―――。
「この旅行チケットが目に入らぬかっ!」
「入りませんわね」
「無理だな」
「うんうん」
「あ、いや、そういう事じゃなくてね……」
「単刀直入に言うと、そのくじ引きで『2泊3日の豪華ホテルでくつろごう』旅行チケットが当たったのよ」
「ねね、すごいでしょ! 旅行費も食費もかからないんだ!」
んー、妖精には分かりにくい事ですけれど、ソラ様達が喜ぶのを見ていれば、人にとってはとっても嬉しいもののようですわね。
「ですが、ここで問題が発生しちゃいます!」
「なんですの?」
「私達は中学生」
「それに、叔母達に放棄されちゃってます」
「両親は他界して、大人がいない」
「旅行には大人がついていないといけません」
「人数は最高で8人まで」
「俺、ウミ、波月、嫌だけど矢吹で4人」
「あとは1人でも大人の人がいなくてはならないのよ!」
バアァッン!!
と、強くウミ様がテーブルを叩いて立ち上がる。
それにしても、なんていいコンビネーションだったんでしょう。さすがは兄妹!
「折角夏休みにこんな素敵な旅行にいけると思ったのに、いけないこの気持ちが分かる!?」
「わからぬ」
「なんですって! ウネ、もう一回言ってみなさい、えぇ?」
凄みを利かせて、ウミ様がウネを睨む。……恐ろしやぁ。
「す、すまんかったな」
「とりあえず、あんたら、実体化して大人になりなさい」
「えぇ!?」
「何をぬかすか!」
「あははー! 俺には無理無」
「……これまでの恩、忘れたとは言わせないわよ?」
この子、絶対悪魔か鬼ですの! 絶対に、絶対にそうですの!
「……ならここは、魔法が得意なローグに任せるとしよう」
「そーだな」
「え!?」
何この薄情者たちは!
「嫌ならいいんだよ、ローグ」
そ、そんないつもは見せない悲しい顔をしないでくださいですの!
「どうしても行きたいのよ。お母さんたち死んじゃってから、遠くに出かけた事なんて……」
そ、そんな切ないお願い事されたら、困ってしまうんですの!
「無理はしなくていいんだよ、ローグ」
優しいソラ様の声。でもそれは、やっぱりどこか寂しくて。
……あ。
ソラ様が、ヴィオロシィと『約束』をした理由は、寂しかったから。その寂しさが、少しだけ、本当に少しだけだけど、今の言葉に含まれている気がして。
「……分かりましたの。頑張ってみますわ」
「わーい! ありがとう、ローグ!!」
「ありがとー、ローグ!」
心からの感謝の言葉。はしゃぐウミ様の笑顔。ソラ様の優しい微笑み。
「ねね、ソラにぃ。水着とか用意しなくちゃね!」
「そだねぇ!」
「どこにしまいこんだかな?」
「んー、母さんたちの部屋のクローゼットかも?」
「探しに行こ!」
「ちょ、ウミ! まだ、夏休みは先―――うわぁっ」
ソラ様はまた腕を引っ張られながら、部屋から出て行く。楽しそうな声は、どこにでもいるような兄妹のものなのに、何でこんなにも胸が苦しいのでしょうか。
「ローグ。人に情を移すのではないぞ」
「そうだぜ。忘れるなよ、人と俺らの一生は、あまりにも―――」
「分かってますの! 分かってます……」
それでも、あの笑顔と優しい心を、ただ、ただ―――
ぎゅっと、小さな拳を胸の前で握って、唇を噛み締めて思う。
暖かくて優しくて、切ない彼らを、妖精界から護りたいんですの。
さてさて、シリアスは好きでも書くのは苦手な私ですが、ちょっと頑張ってみた結果がこれでいいのでしょうか?
とりあえず、次回からはきちんとコメディーに戻ります。きちんと、えぇ、きちんとですとも!