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アルカンシエル  作者: 下弦 鴉
第二章 穏やかに流れる日常
19/80

19、優しい心に想うのは

 「ウネビガラブ、ジャウネ、いいですの? この事は、絶対にひみ―――ヒギャア!」

 な、なな、なんですの!? 突然体が宙に浮き上がって……。

 あら? 誰かに握られているような……。

 「キャーーーーーーーーーーーーー! いつ見ても可愛いっ!!」

 こ、この声は!

 「な、なんで矢吹様がここに!?」

 頑張って体を捻り見上げてみると、見知った顔が満面の笑みを浮かべていた。

 「なんでって、そりゃーねぇ。可愛いものが見たかったからよ♪」

 「ごめんね、ローグ。この馬鹿、ついて来るなって言ったのに、来ちゃってさ」

 あらかじめ持っていった大きな袋の他に、いっぱいまで食材が入ったものと、ティッシュやラップなどが入ったビニール袋を3つ引きずる様にして、ソラ様が迷惑そうに言った。

 「馬鹿に馬鹿って言われる筋合いはないわよ」

 「なんだと!」

 「何よ!」

 「はいはい、仲良しこよしな喧嘩は入り口の前でやらないでくれませんかぁ。邪魔です、邪魔すぎです」

 「うだっ」

 トイレットペーパーを2つ抱えて帰ってきたウミ様は、リビングの扉を足で蹴るようにして開いて、それがソラ様に直撃したのも無視してずかずかと入ってきた。

 「……なんかごめんね、有澄」

 「……謝るんなら出てって」

 「出てかないわよ。絶対にね!」

 「邪魔なんだよ、疫病神!」

 「何よ、セコセコエセ主夫!」

 「セコセコってなんだ!」

 「セコい奴にセコいって事教えただけですよーだ!」

 「んだって!」

 「何、やる気!?」

 「はいはい、ソラにぃは食材を冷蔵庫にしまって、矢吹さんはお茶でも飲んで大人しくしてて」

 「え、あ、うん」

 「あ、ご馳走になります」

 ……彼らの扱いに随分慣れているようですわね、ウミ様は。

 「ねぇ、そこの虫達」

 ウミ様、もとい、生意気な小娘様が見下すようにそう言う。

 「む、虫!?」

 「虫だ何て、酷いですわ!」

 「ん? 蒸しパン?」

 だからジャウネ。どうやったらあの言葉を、そんな変な風に変換できるんですの……。

 「あんたらもお茶飲みたいんなら、コップ持ってきなさい」

 無視ですし! 私達の反論、全くの無視ですし!

 そういい残すと、ソラ様が持ち帰った袋から、ラップとアルミホイル、ビニールと紙のゴミ袋を取り出して、リビングから出て行った。予備で買ってきたのであろうそれは、階段の中腹に作った、簡素な収納棚へしまわれるのだろう。

 あ、ちなみにコップは、生意気な小娘様が小さい頃使っていた、人形用のもの。小さいからお茶は注ぎにくいですが、私達にとってはとても使いやすいサイズですわ。

 「あ、そういえば。矢吹様は、どうしてソラ様達に会ったんですの?」

 「んー? 今日はねぇ、くじ引きでねぇ、ウハウハでねぇ、ヤッホーだったからですねぇ」

 ……?

 あっと、うーん、これ、日本語でしょうか?

 「リラックス状態に入った矢吹に、何言っても意味分からない事しか返ってこないよ。はい、お茶ぁ」

 「ありがとうですの」

 「うむ、感謝する」

 「サンクス」

 にこやかにソラ様がお茶を差し出してくれる。それをズズーッと啜り一息ついた。ほのぼのしてから、もう一度、今度はソラ様に聞いてみましたの。

 「ソラ様達はどこで会ったんですの?」

 「今日は、抽選会って言うのがあってね。……っと、確か、くじの残りがあったと思うんだけど……」

 ごそごそと、ポケットをあさりながら、ソラ様は私達の正面、矢吹様の隣の席についた。

 「じゃっじゃじゃーん! はっけーん!」

 奇妙な効果音と一緒に、ソラ様が手にしていたのは薄いピンクの紙切れ。

 「それがなんですの?」

 「これを抽選日までに5枚ためると、一回だけくじが引けちゃうのだ!」

 「で、そこでばったり矢吹さんに会ったの」

 生意気な小娘が、(うーん、長いからもうウミ様でいいわ……)そういいながら、私達がいる側の空いている席に座って、私達と同じようにお茶を啜ってほっとため息をついた。

 「んでねぇ、まさかの当たりでねぇ、めっちゃすごくてねぇ、ウハウハですよねぇ」

 ……。

 もはやこれは、本当に矢吹様なのかどうか、疑うべきでしょうか? あまりにも普段と違いすぎますの。

 「まあ、このお間抜けやぶきは放っておいて。重要なお知らせがあります!」

 急に、いつもは見せない真剣な表情にソラ様はなり、黙り込む。

 ま、まさか、私達に黙っていた『約束』の事を―――。

 「この旅行チケットが目に入らぬかっ!」

 「入りませんわね」

 「無理だな」

 「うんうん」

 「あ、いや、そういう事じゃなくてね……」

 「単刀直入に言うと、そのくじ引きで『2泊3日の豪華ホテルでくつろごう』旅行チケットが当たったのよ」

 「ねね、すごいでしょ! 旅行費も食費もかからないんだ!」

 んー、妖精には分かりにくい事ですけれど、ソラ様達が喜ぶのを見ていれば、人にとってはとっても嬉しいもののようですわね。

 「ですが、ここで問題が発生しちゃいます!」

 「なんですの?」

 「私達は中学生」

 「それに、叔母達に放棄されちゃってます」

 「両親は他界して、大人がいない」

 「旅行には大人がついていないといけません」

 「人数は最高で8人まで」

 「俺、ウミ、波月、嫌だけど矢吹で4人」

 「あとは1人でも大人の人がいなくてはならないのよ!」


 バアァッン!!


 と、強くウミ様がテーブルを叩いて立ち上がる。

 それにしても、なんていいコンビネーションだったんでしょう。さすがは兄妹!

 「折角夏休みにこんな素敵な旅行にいけると思ったのに、いけないこの気持ちが分かる!?」

 「わからぬ」

 「なんですって! ウネ、もう一回言ってみなさい、えぇ?」

 凄みを利かせて、ウミ様がウネを睨む。……恐ろしやぁ。

 「す、すまんかったな」

 「とりあえず、あんたら、実体化して大人になりなさい」

 「えぇ!?」

 「何をぬかすか!」

 「あははー! 俺には無理無」

 「……これまでの恩、忘れたとは言わせないわよ?」

 この子、絶対悪魔か鬼ですの! 絶対に、絶対にそうですの!

 「……ならここは、魔法が得意なローグに任せるとしよう」

 「そーだな」

 「え!?」

 何この薄情者たちは!

 「嫌ならいいんだよ、ローグ」

 そ、そんないつもは見せない悲しい顔をしないでくださいですの!

 「どうしても行きたいのよ。お母さんたち死んじゃってから、遠くに出かけた事なんて……」

 そ、そんな切ないお願い事されたら、困ってしまうんですの!

 「無理はしなくていいんだよ、ローグ」

 優しいソラ様の声。でもそれは、やっぱりどこか寂しくて。



 ……あ。



 ソラ様が、ヴィオロシィと『約束』をした理由は、寂しかったから。その寂しさが、少しだけ、本当に少しだけだけど、今の言葉に含まれている気がして。

 「……分かりましたの。頑張ってみますわ」

 「わーい! ありがとう、ローグ!!」

 「ありがとー、ローグ!」

 心からの感謝の言葉。はしゃぐウミ様の笑顔。ソラ様の優しい微笑み。

 「ねね、ソラにぃ。水着とか用意しなくちゃね!」

 「そだねぇ!」

 「どこにしまいこんだかな?」

 「んー、母さんたちの部屋のクローゼットかも?」

 「探しに行こ!」

 「ちょ、ウミ! まだ、夏休みは先―――うわぁっ」

 ソラ様はまた腕を引っ張られながら、部屋から出て行く。楽しそうな声は、どこにでもいるような兄妹のものなのに、何でこんなにも胸が苦しいのでしょうか。

 「ローグ。人に情を移すのではないぞ」

 「そうだぜ。忘れるなよ、人と俺らの一生は、あまりにも―――」

 「分かってますの! 分かってます……」

 それでも、あの笑顔と優しい心を、ただ、ただ―――

 ぎゅっと、小さな拳を胸の前で握って、唇を噛み締めて思う。

 暖かくて優しくて、切ない彼らを、妖精界コミュナット・フェリップから護りたいんですの。

さてさて、シリアスは好きでも書くのは苦手な私ですが、ちょっと頑張ってみた結果がこれでいいのでしょうか?


とりあえず、次回からはきちんとコメディーに戻ります。きちんと、えぇ、きちんとですとも!

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