18、風の答えと
更新が遅くなってすみません……。
今回、ちょっぴりシリアスです。
「ただいま、ですのー」
リビングの扉を開けて、実体化を解く。テーブルで向かい合わせに座っていたソラ様とその妹さんが、おかえりーと返してくれた。挨拶に返してもらえると、なんだか心が温かくなる。嬉しい気持ちでソラ様の右肩に座る。うふふー、なんだかとっても幸せですの!
「おう、ご苦労じゃったな」
上から眠たそうな声が降ってきた。こ、この生意気な言い方は……。
「ウネビガラブ! ゴミ捨て当番サボるなんて最悪ですの!」
「サボってなんぞおらん。我がやろうと思った頃には終わっていた。それだけの事じゃ」
「それをサボリと言うのです!」
「いいや、勝手にやられてしまったのじゃぞ。サボリなどではない」
「だったら、もっと早く起きるんですの!」
「我は早く起きたつもりじゃが?」
「つもりじゃダメなんですの! だいたい―――「いだっ」」
う、ウミ様……。叩くなんて酷いですわ!
「痛いじゃないか!」
「そうですわ!」
「あー、うるさいうるさい。それを静かにしただけだけど?」
お、鬼ですわ! 角が見えますわ!
ふん、と鼻を鳴らして、ウミ様は隣の和室へ入っていく。ソラ様は気にも留めずに、温かいお茶を啜ってのほほんと息を吐いた。
「そうだ、ローグ。お手伝いありがとねぇ」
「いえいえ、当然の事をしたまでですの」
「あぁ、ウネとジャウネは見習って欲しい……」
「何か言ったか? 青年よ」
「ん、飯か?」
ソラ様の頭の上から、眠そうにジャウネも言った。貴方もそこにいらしたのですわね。
……それよりジャウネ、貴方はそれだけしか考えてないんですの?
「さぁ、ソラにぃ。こんなバカ共置いて、さっさと行こう」
和室から出てきたウミ様は、深いため気息をついて、ショルダーバックを右から左へかけた。裾にフリルのついた淡い水色のグラデーションのワンピースの下には、グレーのスパッツ。余所行きの格好だということは、ウミ様はお出かけするのでしょうか。
「馬鹿じゃないですわ!」
「我はそんなではないぞ!」
「うなぎの蒲焼?」
あの、どこをどう間違えればうなぎの蒲焼になるんですの。
そういえば、ソラ様もだらしない格好だけれど、外に出れない格好はしていない。可愛いキャラクターのイラストが真ん中にどんとあるTシャツに、ジーンズを履いている。2人で出かけるには、あまりにもソラ様が浮いてしまう気がします。
「ソラ様、どこかお出かけですの?」
「うん、ちょっと買出しにねぇ」
エヘヘとソラ様が照れくさそうに笑って席を立ち、キッチンから持ってきた大きな手提げ袋を私に見せる。
「今日はね、特売日だから戦わないといけないんだ」
「トクバイビ?」
「まあ、妖精は知らない方がいいのかな? んー、知っててもいいけど、知らなくてもいいっていうか、うーん……」
「ソラにぃ。馬鹿な事考えてると、売り切れちゃうよ」
「え、それはいけないよ! 断じてダメであるよ!」
ソラ様、言葉が変ですの。
「とりあえず、ローグ達はお留守番しててくれるかな? 誰も来ないと思うけど」
「了解ですの」
「我らは連いて行ってはならぬのか?」
「来てみたい?」
「来るな」
なんて正反対な兄妹ですの……。まるで天使と悪魔のようですわ。
「ウミが怖くてもいいならおいでぇ」
「やめておく」
「隣に同じくー」
「私も大人しくしていますわ」
ウミ様と一緒は、ちょっと怖いですの。なんて、口が裂けても言える訳がないのですが。
「ヤッター! よし、行こ行こソラにぃ♪」
ウミ様がはしゃいで、ソラ様の腕を引っ張る。ウミ様とソラ様の姿は、リビングの扉が閉じて見えなくなった。楽しそうに弾んだ声だけが微かに響いてくる。
……なんだかちょっと羨ましいんですの。
「あ、待って、ちょ、靴! 靴がまだ履けてな、うあっ」
……頑張ってください、ソラ様。
****
ソラ様達が出かけて、もう数時間が経とうとしている。「そんなに長くはならないからぁ」なんて言いながら、ソラ様は引っ張られていきましたけど、流石にちょっと心配ですの。
「そういやぁ、ローグからヴィオロシィっぽい匂いがするな。どこかで会ったのか?」
「あ、ゴミ捨ての時に会いましたの」
「……よく利く鼻だな、ジャウネ」
「俺だけの特権だからなぁ」
確かに、ジャウネは仲間の気配とかに敏感ですわ。私達が遠く離れていても、微かに気配を感じたりできるんでしたわね。
「ウネビガラブはさぁ、使えねぇよな」
「急に何を言い出すのだ!」
「べぇっつにぃ」
「その妙に伸ばした言い方をやめろ!」
「……ジャウネの言う通りかもしれませんわね」
「あん? 何か言ったか、迷子のローグ」
「迷子なんかじゃありませんの!」
「誰のせいで今この家で居候しているというのだ!」
「それは、その……まぐ」
「れではないな」
うぐっ……。なかなか鋭い一言ですわね。
とりあえず、私達の特徴を簡単に説明いたしましょう。ジャウネはさっき言ったので省いてっと……。
まず、私から。私はちょっと魔法が使えるだけで、他には特にありませんの。物を動かしたり、風に言の葉をくくりつけたり……。それくらいですの。ヴィオロシィならもっとたくさんできる事があるんですの。
ウネビガラブは、風を操るのに長けていますの。突風もそよ風も、彼女にお任せ! ですの。
「まあ、そんな事はどうでもよいのだ」
「いいのかよ」
「うるさい、ジャウネ。黙っていてくれ」
「へいへい」
「ローグよ、なぜヴィオロシィに会ったのに、一緒にここまで来なかったのじゃ?」
「……風に乗って逃げられてしまったんですの」
「逃げる? なぜだ」
「『約束』を守りに来たと、彼女は言っていたんですの」
「誰とじゃ?」
「……」
「何故黙る」
私が風に乗せて送った問いの答え。それは信じたくもなくて、信じられなくて。
「……身近な者との、『約束』だったのか?」
「波月、矢吹。あとは、俺らの近くっつったら、ソラかウミもありだな」
「……」
「黙るな、ローグ。抱え込んでも仕方ないぞ」
「どんな『約束』かは知らねぇけど、妖精界がらみじゃ黙ってらんねぇぞ」
真剣な目つきをして、私を睨む二人。でも、でもね……。
「まだ、信じられないんですの」
「それでもいい。言ってみろ」
「聞くだけ聞いてやるぜ」
言葉を紡ぐ事がこんなに辛い事だったでしょうか。こんなに、重いものでしたでしょうか。
「……ヴィオロシィは、ある少年と昔、『約束』をしたんだそうですの。もしも、僕が独りぼっちになったら迎えに来てと。その少年の名前は―――」
「たっだいまー。ローグとウネウネコンビィ、遅くなってゴメンねぇ」
ソラ様の元気な声と重なって、私の言葉はかき消されたけれど、少し驚いたように眉を動かしたウネビガラブと、珍しく強張った表情をしたジャウネを見れば、私の言葉が届いてしまったのは間違いないようですの。
「―――その少年の名前は、有澄ソラ、なんですの」