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Time limit  作者: 皐月 満
ノートを巡る旅
8/19

文花 砂漠の夜に

 エジプト、と言ったらサハラ砂漠だ。砂漠なんて気温が下がることもないと思っていたから、夜の涼しさは意外だった。


 どうやら、砂漠が暑いのは日中だけらしい。砂はもう熱を持っていなかったし、砂吹雪ですごいのかと思えば、風もなく星もよく見える。つい先刻までのカナダの寒さが嘘のようだった。


 傍らのコタロウは、もうスヤスヤと寝息を立てている。頭を撫でると、甘え声でかすかに鳴いた。


 二冊目のノートには、ピラミッドを見るためにエジプトに行く、と書かれていた。そして、ピラミッドの頂上に登る。それが、隼人という人の夢だったらしい。


(明日になったら、私も登ってみようかな。)


 三日月の舟が浮かんだ夜空を眺めているうちに、文花は瞼を閉じた。




「ようこそ。」


 はっと目を開けると、そこは広い部屋だった。窓も何も無いのに、真昼のような暖かい光が照らしている。声のした方を振り向くと、そこには賢そうな女性が椅子に深く腰掛けていた。


「……え?」


 さっきまで、砂漠に寝転がっていた筈だ。──いや、本当にさっきだったのだろうか。随分前のような気もする。


「大丈夫ですよ。」


 胸の内を見透かすように言って、女性は微笑んだ。


「ここは、どこですか? 砂漠じゃ無いですよね。……もしかして、死んだんですか!」


 文花の戸惑いように、女性はふふふっと笑った。


「貴女は生きています。大丈夫。」


 はあ、と溜め息を吐く。──今は、コタロウを置いて死にたく無い。


「貴女は、タペストリーを知っていますか?」


 突然女性に尋ねられ、首を振ると、そうですか、と少し残念そうに俯かれた。


 女性はおもむろに立ち上がると、自分の左手にある壁に手をかけた。


「これが、タペストリーです。」


 女性がばっと手を引くと、壁──裏返しのタペストリーが取り払われた。


 そこには、小さなキャンプ用の椅子に座って足を組み、本をめくる少年が描かれていた。絵画にまるで興味のない文花ですら、この絵は美しいと感じられるような絵だった。


「……誰ですか、この人。」


 タペストリーを広げている女性に目を戻すと、女性は歌うように言った。


「貴女の追っている人です。たった一人で旅路を歩んできた少年。そうですね、賢者──と呼んでおきましょうか。彼は本当に聡い。しかしそれは、貴女にも通じることですね、対の賢者よ。」


 女性は徐々に言葉に傲慢さを滲ませてきた。しかし、威圧されているという感覚は無い。むしろ、あるべきところにあるべきものが戻った、そんな雰囲気だった。


(対の賢者? 賢者って賢い人でしょ? いやあ、そうでもないんだけど……。)


 三年前までしていた勉強の内容はあまり覚えていなかったが、成績が良いわけではないことは覚えていた。そもそも、賢いの意味がよく分からない。サトイってなんだろうか。最後にモをつけたら里芋になるのだが。


「これを見てください。」


 女性はそう促して、タペストリーを椅子に置いた。


 その先にあるものを見て、文花はおもわず絶句した。


 そこには、おびただしい数の時計があった。時計の壁。そのどれもこれもが、針を失い、数字を失っている。


「まあ……、そろそろ時間ですね。」


 女性がそう呟いた。それを、文花は聞き逃さなかった。


「ちょっと待って──。」




 言い終わる前に、目が覚めていた。

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