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Time limit  作者: 皐月 満
ノートを巡る旅
5/19

隼人 時計の部屋

 気がつくと、そこは広い部屋の中だった。暖房が効いているように暖かく、春の日差しにも似たような光で満たされている。


「ようこそ。」


 声がして、隼人は声の主の方をゆっくりと振り向いた。


「また、貴女ですか。」


 その人は、柔らかそうな椅子に深く腰掛けて、膝の上に両手を揃え、包み込むような微笑を浮かべた女性だった。中世のドレスのような服を纏い、長い髪を背に垂らしている。


「ええ。貴方と話すことが、とても面白いのです。」


 ふふふっ、と若々しい笑声をたてて、彼女は立ち上がった。


「今日は、面白いものを見せて差し上げます。」


 彼女はそう言うと、壁の前に立った。そして、その壁の一部を摘んで──、ばっと取り払った。


「……タペストリー、ですか?」


 女性は剥がした布を裏返して見せ、


「御名答。」


 と微笑んだ。


 タペストリーには、一人の少女が描かれていた。大きな犬を抱き、椅子に座って差し込む光を眺めている。美しい絵だった。


「これは、誰ですか?」


 隼人が尋ねると、彼女は、タペストリーを取り払った壁を指した。


 隼人は、はっと息を呑んだ。


「……これは……?」


「人間が作った、時計というあの道具です。」


 そこには、数え切れない程の時計があった。壁掛け時計、置き時計、砂時計、デジタル時計に、調理用のタイマーやストップウォッチまで──、とにかくたくさんの様々な時計が並んでいた。


 しかし、不思議なことに、どの時計にも針が無かった。ストップウォッチやタイマーにおいては、数字が表示されていない。


 ──これは……。


「ここにあるだけではありません。人の数だけあるのです。そして、」


 言って、彼女は広い部屋の、奥の壁にある一つの時計にそっと触れた。


「これが、貴方です。」


 促されてその銀色に縁取られた時計に歩み寄ると、ようやくそれが自分であると納得できた。


 その時計だけ、針が付いていたのだ。止まってはいたが。


「貴方は、不思議な人です。人間でありながら、死、というものから逃れ、時計を止めたまま生を保っている。」


 その声には、奇妙な傲慢さが混じっていた。彼女の白い横顔は、自分の時計に興味の眼差しを向けたままだ。


「先ほど、()の少女は誰か、とお尋ねになられましたね。」


 柔らかな声色で言い、彼女は隼人を見つめた。


「はい。」


「じきに、彼女もここにやって来ますよ。貴方の目論見は成功したのですから。」


 わけのわからないまま、隼人は椅子に腰掛ける彼女を目で追った。


「どういうことです──」


 彼女の静かな声が、隼人の言葉を遮った。


「未来のことは、私にも分からないのですよ。」




 目を開けると、そこは草原の中だった。


(──この夢……。)


 三年前から時折、彼女の出てくる夢を見る。彼女は意味深な言葉を残して、いつも消えてしまうのだが……。


(……とにかく、寝袋を畳まないと。)


 隼人は寝袋から出ると、ゆっくりと寝袋を畳み始めた。

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