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Scene3 オ・ト・マ・リ

挿絵(By みてみん)


目が覚めるとあたしは見慣れない部屋のベッドにいた。枕元に置いた赤いフレームのメガネをかけ、改めて周囲を見渡す。


汚い部屋・・・。そして隣には裸の男が寝ている。


一瞬驚いたが、ここまでのいきさつはあたし自身も一糸纏わぬ姿であることが教えてくれた。

「久しぶりにやっちゃったか・・・。」

なるべく音を立てないようにベッドから降りて、鞄から煙草を取り出して火を着ける。

口から肺を通過した煙を吐きながら昨晩の出来事を思い出していた。

何故、あたしはこの男とそういうことになったのか。


昨日の夜、あたしはこの男と飲みに行った。しかも徹夜明けで。お互い四捨五入して三十路、もう若くないのにねーなどと言いながら、2人ともそれなりに疲れていたのは事実。

一昨日の夕方に急な仕事で呼び出され、気が付けば24時間近くをクライアントのオフィスで過ごしていた。 寝不足で酔いが回るのが思ったより早かったのと、この男とは一緒にいるうちに何か惹かれるものを感じていたんだと思う。


煙草を消し、部屋の引き出しから適当な部屋着を拝借した。

「さてと・・・」

独り言のひとつでも漏らさないとこの部屋をどうにか出来る気がしなかった。それにしても汚い・・・というか散らかっている。

極めつけに、あたしの服まで抜け殻のように脱ぎ散らかされている。

その中で聖域でもあるかのようにカメラのパーツや写真に関する物が綺麗に陳列されているスペースがある。

奥には暗室もあるとか酔っ払って言っていたが、カメラマンという職業の部分を除けばそれ以外は一般的な成人男性が1人暮らしをしている部屋だと思う。

と、言いたいところだが、ここまで散らかっていると、どうやってここで生活してるのかが不思議に思える。料理はしないようなので生ゴミがないだけマシだが、床には紙クズやコンビニの袋が多数落ちているし、洗濯物も溜まっている。


生活感のない人だと思ったが、単純に生活しきれていないんだという結論に至った。そして、我ながらこんな部屋のベッドであんなことやこんなことを出来たと思うと人間の本能や酔った勢い、もしくは季節の変わり目に揺れ動く乙女心は凄いと思った。いや、たぶん3つ目をあたしは持ち合わせていないが。


まずは脱ぎ散らかされた彼の服を洗濯機に突っ込み、部屋に落ちているゴミを次々とゴミ袋に放り込んでいく。そのまま掃除機をかけようとしたが、起こすと悪いかなと思いつつ時計に目をやると8時過ぎだったので、起きたら起きたでいいだろうと思った。

しかし、この男はまったく起きなかった。

徹夜明けなので無理もないとは思ったが、爆睡というのはこういう状態を指すのだろう。寝返りを打つとサラサラの髪が揺れ、その少し顎髭が伸びた寝顔からは28歳という歳の割にはあどけない雰囲気が感じられた。 仕事中の鋭い眼光や不敵な笑みを絶やさない口元とは裏腹に、今の無防備な彼は遊び疲れたやんちゃ坊主のようだ。

そんな彼の頬に軽く触れ、私は部屋の掃除を続けた。


決して広い部屋ではないので意外と掃除は早く片付き、洗濯機が止まるまで私は今日2本目の煙草を咥えて時間を潰すことにした。

冷蔵庫を見ると想像通り水と調味料が少量入っている程度。

まだ9時前、近くにコンビニがあったので洗濯が終わる前に買出しに行くことにした。もともと泊まりの仕事のつもりで家を出ていたので替えの下着はあったものの、男物の部屋着というのはいかにもその後という感じがしないでもないが、たいした距離じゃないし、あたしはこの近所に住んでるわけじゃない。


外に出ると梅雨時とは思えないくらいカラッとした天気で清々しかった。昨晩の大雨でアスファルトは湿っているが、日差しが気持ちいい。この仕事をしていると引きこもりがちなので、こういう時間は大切だ。


挿絵(By みてみん)


先週のことだ。あたしたちはいつもの居酒屋に来ていた。この2人とは年齢が近くて(つまりアラサー)、何かと気が合う。我ながらカウンターと大ジョッキが似合う3ショットだと思う。

「ミナミさんのとこ、もう結構長いですよねー?」

フワッとしたボブと美脚が印象的な(というかエロい)彩ちゃんが聞いた。

「えーっと・・・もう5年ちょっとかな?」

砂肝ともやしの炒め物をモグモグさせながら、八城が答える。綺麗な顔立ちだが、その飾らない性格が彼女のいいところだと思う。

しかし、5年・・・あたしは1人の男とそんなに続いたことはない。

「結婚とか考えないんですかー?」

「それがねー。出来たらとっくにしてますよー。」

「八城は相手も同業者だからなー。しかも大手の専属デザイナーで売れっ子とくれば、そう簡単にはいかないよねー。」

「そう!そうなんです!!別にお互い好きじゃないわけじゃないんです。ただ、仕事が大事っていうのは暗黙のルールで、そこには踏み込んじゃいけないっていうか。」

「クリエイターの世界って難しいですねー。」


両手に花といった感じのあたしの右側にいる六笠彩乃むかさあやのがジョッキ片手に呟いた。この3人では1番年下なので、あたしは親しみを込めて彩ちゃんと呼んでいる。

この子は八城が勤めるデザイン事務所の営業部に所属しているので、実はあたしとはそれほど接点はない。

「お互い雇われだからねー。そう思うと貴未恵さんはやっぱりカッコイイなー。」

左側からは八城やしろミナミが目をとろーんとさせながら、あたしを見つめてそう言った。

今日はやたらと口数が多く感じられるのは彼女が酔っているからだろうか。仕事を通して知り合い、今でも一緒に仕事をすることが多いので、上の名前で呼ぶ方がしっくり来るのだ。

「みんなそう言うけどね、フリーなんて思ったほど楽じゃないよ。」

そして、あたしはこの2人が勤務する会社にお世話になっているフリーのコピーライターだ。独立して3年、お得意様がいるというのは自営業にはこの上なく嬉しい話である。

だから、社員である八城や彩ちゃんほどではないが、この会社にはよくあたしも出入りしている。


「でも、まぁ、今更あたしは会社勤めに戻れる気はしないけどねー。」

これは素直な感想だ。勤めに出るのを辞めたのも、男と長続きしないのも、フットワークの軽さを重視したいからだと自己分析して思う。

どうやらあたしは長期間他人のペースに合わせるのが苦手らしい。

「言ってみたいなー、そのセリフ。」

彩ちゃんは女のあたしから見ても一々やたらと色っぽい。

「でも、彩乃ちゃんは会社そんなに嫌いじゃなさそうじゃん。それについこの前まで新入社員の指導係とかも張り切ってやってたし。」

「んー、言われてみればそうですけど・・・。」

「お!赤くなってる!?もしかして新人君たちの中にイケメンでもいた?」

赤くなってるのはアルコールのせいだとわかっていながらも、あたしも酔ってくると年下のこういうところを茶化したくなる。29歳、おばちゃん街道まっしぐらだ。

「は・・・はい。実はそのうちの1人と、最近付き合い始めて・・・。」

「え!?初耳!」

同じ会社の社員だからなのか、あたしより八城の方が反応が早かった。

「やるじゃーん、彩ちゃん。やっぱり若い子っていい?」

「やめてくださいっ!!」

冗談半分で彩ちゃんの太腿に触れようとしたが軽くはたかれた。もう、おばちゃんというよりおっさんだな、あたし。


「ひかりちゃーん、カウンター3卓さんにこれ持って行ってー!」

「はーい!!」

仕事の出来そうな若い店員と、いかにもバイトですといった感じの今風な女の子のやりとりを見た八城が

「若いっていいなー。わたしたちにもああいう頃があったんですよねー。 」

と漏らした。そんなに仕事ばっかりしているからこの子は若さを満喫できなかったんじゃないかと思ったが、口に出すのはやめた。

そのとき後ろの方から若い女の子の声がした。

「後ろから失礼します。お待たせしました!鯖の竜田揚げです。自家製のレモンポン酢と大根おろしと一緒にお召し上がりくださーい。」

先ほどのいかにもバイトな感じの女の子が、正にマニュアル通りであろう接客をしてその場を後にした後に、あたしたちは口を揃えた。

「若い!!」

一呼吸おいて彩ちゃんが問いかけてくる。

「そういえば、きみさんは最近どうなんですか?」

「ん?男?まぁ、悪くないかなと思うヤツはいる。」

そいつと数日後に一夜を共にするとはこのときはまだ思ってなかったが。



「すみません!きみさんにまで来てもらって。」

「いいの、いいの。これも仕事のうちよ。」

あの飲み屋での会話から数日後、あたしは急用で彩ちゃんと八城が勤める会社に呼び出された。

クライアントの意向が変わり納期が明後日までのポスターを作り直すことになったのだ。

しかも、4パターンあるうちの1つや2つでなく、全部。

この夏にオープンする大きなショッピングモールの宣伝なだけに、多くの人の目に留まるし、何かと大きなモノがいろいろと動く企画だ。


会議室に入ると先方の担当者らしき人と八城が既に打ち合わせを始めていた。

「貴未恵さん、お疲れ様です。すみません。」

あたしに気付いて挨拶してくる八城。

「八城が謝ることじゃないっしょ。よくあること。その要望に答えるのがあたしらクリエイターなんだからさ。」

「そうそう!あ、遅くなってさーせん。」

あたしより少し遅れて会議室に入ってきたのはカメラマンの茶沢音也ちゃざわおとやだった。

あたしと同じくフリーランスで、その掴みどころのないキャラクターは見ていて 面白い。そして、本当にいい仕事をする男だ。

「お!きみちゃん、また会ったねー。今日も綺麗じゃん。」

「はいはい、お世辞はいいから仕事するよ。」


先方の話を聞いたところによると、夏がオープンだからということでそれを前面に押し出したデザインを要求されたわけだが、海が近いこともあって夏のイメージが強すぎるのは通年で見たときにバランスが悪いので、というのがちゃぶ台返しの理由らしい。

彩ちゃんの話だと、それはこちら側からも事前に申し入れていたらしいのだが・・・。

少し腹立たしくなりながらも、にっこりと対応する術をあたしはいつ身に付けたのか。

「そんじゃ、まぁ、俺は良さげな写真を撮って来るわ。まずはそれありきでしょ?」

今は18時過ぎ、納期まであと24時間ちょっと。この状況でストックからではなく、新規の写真を使おうとする姿勢はさすがだと思った。


「じゃあ、あたしは千本ノックしようかな。」

「出ましたね、貴未恵さんお得意のアレ。」

「別に得意じゃないよ。」

千本ノックとはもちろんバットを振るわけではなく、ひたすら閃いたコピーを殴り書きすることだ。時間のないときほど手を止めない、これがあたしのスタンスだ。

自分の奥の方を掘り続けて「これだ!」という言葉が出てくることは意外と多い。

特に「あえて季節感を出さない」という条件が付いた今回は予定より難航しそうなので、 あたしの主観よりも数を出してみんなで決めるのが得策だ。


日付が変わった頃、やっと音也は戻ってくると、メモリーカードを差し出し

「ほい、八城ちゃんよろしく。んじゃ、ちょっと寝てくるわ。」

と、仮眠室に向かった。

何度か一緒に仕事をしてきたのでもう見慣れた光景だが、音也は自分の撮った写真の中から「これを使ってほしい」と言うようなことはあまりない。

以前に理由を尋ねたら「俺の撮る写真は全部最高傑作だから」とふざけているのか、本当に自信があるのかよくわからないことを言っていた。

だが、八城のデザインの技量は信用しているようで、彼女が仕上げた作品に関しては満足そうな表情をいつも浮かべている。

一方、あたしも千本ノックが間もなく終わるところだ。

本当に1000個もコピーを書くと脳ミソはもうパンク寸前だ。もちろん似たようなモノもあるが、それは自分の中でも強く意識しているワードがそこにあるということだ。


「お疲れさまでーす。」

「あれ、彩乃ちゃん?どうしたの?」

「終電で戻って来ました。はい、差し入れです。どうせ、また飲まず食わずなんでしょ?」

「彩ちゃん、さっすが―♪いつも偉いねー。」

あたしたち製作陣が深夜にこうやって仕事をしていると彩ちゃんはよく一緒にサービス残業してくれる。もちろん営業部の彼女がここにいる必要性はないのだが。

「実際にクライアントにこれを持って行ってプレゼンするのは私たち営業ですから。今回作り直し、再プレゼンになったのも半分は私たちの責任ですし・・・。それに製作の現場を見といた方がわたしはプレゼンしやすいんです。 」

良い子だ。凄く良い子だ。あたしはOL時代こんなに真面目じゃなかったよ・・・。

そして、いつものカッチリ営業モードじゃない薄化粧の彩ちゃんもエロい。

「よし!写真のチョイスも終わったので、今からいろいろ組み合わせていきます。良かったら貴未恵さんもちょっと休んで来てください。」

もっと仕事熱心なヤツがここにいた。どんだけ不眠不休で働く気だ、八城。

シャワーを浴びようかとも思ったが、それほど動いてないし、あたしは女性用の仮眠室に直行した。


数時間後、あたしとほぼ同時に仮眠室から出てきた音也と廊下で出くわした。

「あれ?きみちゃんも今起きた?」

「そうだけど?」

「これ終わったら飲みに行かない?」

「何時になるかわかんないけどね。」

と、あたしが笑うと、いつもの不敵な笑みを浮かべて

「じゃあ飲み屋が空いてるうちにケリつけますか!」

と彼は言った。いつ見ても良い表情だ。


あたしたちが戻ると八城からの引き継ぎのメモがいくつかあったので、まずはそれに従ってコピーの修正やら写真の加工をそれぞれしていく。

数時間後には八城も合流し、いよいよ大詰めだ。外はもうとっくに明るかった。 プレゼンは午後一。このままいけば間に合うはずだ。それぞれが決められたポジションでベストを発揮し作品を仕上げる。あたしはこの空気感が好きなんだと、こういうときに心底思う。



「お疲れ―。」

音也がたまに行くというバーにあたしは連れて来られた。

雰囲気もいいし、独特なセンスを持つ彼が好きそうな店だと思った。

結局あの後、プレゼンの結果を聞いたのは17時頃だ。それでも急な修正が入っても対応できるようにと製作陣は待機していたが、彩ちゃんたち営業チームのプレゼンの成果もあって事なきを得た。

そんな彩ちゃんは今日はゆっくりしたいと早めに帰ったらしく、八城は相変わらず「次の案件の打ち合わせが明日あるので、資料を作っておきたい」とまだ会社に残っているらしい。


何故かこの店では音也とは仕事の話にはあまりならず、出身地や好きな食べ物など他愛もない話が続いた。仕事のときしか会わないだけに、同い年ながら普段は意外と子供っぽいところもある人なんだと気付いた。


地下にある店を出ると、外は土砂降りだった。会社を出たときから怪しい感じはしていたが、まさにバケツをひっくり返したようなとはこれのことだろう。

あたしが鞄から折りたたみの傘を出そうとすると

「俺んち来る?タクシーですぐだけど?」

「ちょっと~?最初からそれが狙い?」

「ばれたか。」

2人とも酔っているからなのか、無気力な笑みを浮かべていた。

そして、ここは流れに身を任せてもいいと思った。

この雨だからタクシーを乗り降りする僅かな時間だけで全身ずぶ濡れだ。

彼の部屋に着くなりいきなりシャワールームに直行という少し強引な展開もあのときは悪くないと思った。


その結果がこれだ。

近くのコンビにから戻ってきたあたしは、朝ごはんの支度の前に洗濯物を干すことにした。カーテンを開け、日差しで照らされた音也の顔を見る。


挿絵(By みてみん)


男物のシャツを干すなんて久しぶりだ。

家事は嫌いじゃないというか、フリーでやっていきたいと思ったときに先輩から「仕事とプライベートの境界線を持たないような感覚が必要だ」と言われたのを境に、仕事も含め単なる生活の一部だと割り切ってこなしている。

それを自分ではなく他人の、しかも男のためにやるとなると少し心境は違うんだと今気付いた。

恋愛は何処か面倒なものが付きまとうという印象があったが、音也みたいな男とならそうならない気がしてきた。


洗濯物を干し終え、朝ごはんの準備を始めた。

昨晩はほとんど食べずに飲んでいたので、きっと彼もお腹が空いているだろう。

卵を溶きほぐしスクランブルエッグを作り、トースターでホットサンドとロールパンを焼く。

「おー、いい匂い。きみちゃん、おはよー。」

香ばしい香りに誘われて、寝癖頭を掻きながら音也が目を覚ました。

「ほい、できたよー。」


挿絵(By みてみん)


☆クロックムッシュ風ホットサンド&ミニホットドッグ☆

材料(2人分)

・食パン(8枚切り)・・・4枚 ・バターロール・・・2個

・ロースハム・・・2枚  ・とろけるタイプのチーズ・・・2枚

・ウインナー・・・2本 ・強力粉・・・適量

・マヨネーズ・・・適宜 ・バター・・・適宜 ・黒コショウ・・・適宜

・ケチャップ・・・適宜 ・粒マスタード・・・適宜

① 食パンのミミを落とし、下になる方のパンにマヨネーズを塗りハムとチーズを乗せ黒コショウを振る。

② ①の淵にトロっとした状態になるよう水で溶いた強力粉を塗り、その上からバターを塗ったパンを被せ、ふちをきっちりと押さえて閉じる。

③ トースターでキツネ色になるまで焼き、半分にカットする。

④ ウインナーはあらかじめフライパンでソテーして中まで温めておく。

⑤ バターロールは縦に切れ目を入れ、トースターで表面がカリッとするまで焼き、④を挟んで、ケチャップとマスタードをかける。


KIMIE‘s Point♪

「ホットサンドはふちをしっかり閉じないと途中でチーズがはみ出ちゃうよ!」


☆スクランブルエッグ☆

材料(2人分)

☆卵・・・3個 ☆塩・・・ひとつまみ ☆コショウ・・・適量

☆牛乳・・・大さじ3  ・バター・・・10g


① ☆の材料をしっかりと混ぜ合わせる。

② 中火で熱したフライパンにバターを入れ、溶けたところで①を入れ菜箸などかき混ぜながら焼き、卵が固まりきる前に火から下ろして器に盛る。


KIMIE‘s Point♪

「ポイントは半熟に仕上げること。完全に火を通すと炒り卵になっちゃうよ!」



「いやー、うまいねー。つーか、悪いねー。いろいろ片づけてもらっちゃって。」

小さいホットドッグをかじりながら、音也はヘラヘラ笑っている。

「まったく・・・、あんな綺麗な写真を撮る人がこんなゴミ屋敷みたいな部屋に住んでるとは思わなかったよ。 」

あたしもインスタントのスープをすすりながら笑顔で返した。

「見たらわかるとおもうけどさー、俺って写真バカなのよ。好きで好きでしょうがないっつうか、ファインダー覗いたり、シャッター切ったりしてるとき以外のことは結構どうでも良くてさ。」

「まぁ、そうだろーね。普通なら限度はあると思うけどさ。 」

「だけど、きみちゃんもやっぱりプロだよね。俺の商売道具には一切触れないでくれたでしょ?」

「そりゃ、扱い方のわからない物を勝手にいじくるわけにもいかないからね。」

「さすがだねー。で、話戻すけどフリーになったばっかりの頃っていきなりは食えないからさ。給料の良いバイト掛け持ちして短期間でガツンと稼いで、また写真に没頭して・・・気が付いたらそれなりに金も貰えるようになって、写真だけに向き合ってればいい生活のサイクルが出来あがっちゃったわけよ。」

あたしはそれほどでもなかったが、確かにフリーでやっていこうとするとぶつかる壁の初期段階は間違いなく金銭面だ。

彼もその例外ではないということがわかった。


「ふーん。じゃあ、アレか。あたしとそういうことしてるときも頭の中は写真のことばっかりだった?」

悪戯っぽく聞いてみると、想像以上に真剣な表情で

「いや、あのときは相当マジだよ。写真のこと忘れたのは久しぶりだった。だって思ったよりきみちゃん可愛いから。」

不意打ちだった。一見チャラそうだが、女にガツガツしてる様子のない音也が言うとなかなかの破壊力だと思う。

照れ隠しというわけではないが、煙草に火を着けてあたしは言った。

「じゃあ、これから家事くらいはたまにやりに来てあげようか?」

「おっ、助かるねー。そうしてくれたら、俺は写真ときみちゃんのことに専念できるわ。」

どうせまたふざけて言ってるだけだろうと思ったが、妙に嬉しかった。

その笑顔を見ていると久しぶりに自分がドキドキしているのがわかる。

それを悟られたくないからなのか

「ばーか。」

とあたしは言い返した。



<『おやすみ』の後も、目が覚めても、そばにいる。 まだ不馴れな瞬間の、

 このドキドキが早起きをちょっと嬉しくさせる。>

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