Scene2 ツ・キ・ア・イ・ハ・ジ・メ
突然の告白、と言ったらとてもドラマチックな響きだろう。しかし、現実はそうもいかないということを私はたった今知ったところだ。
「お前のことが好きだ。付き合ってくれ。」
何故、聞き返してしまったのか。「俺、理沙のことが好きだ。」とはっきりと聞き取れたはずなのに、私はいつもの調子でぶっきらぼうに「え?今なんつった?」と返してしまった。
「理沙とはずっと一緒だったから考えたこともなかったけど、こうやって離れて、逢う回数も減って気付いたんだよ。」
そんな少女マンガみたいなセリフを現実で聞くことになるとは夢にも思わなかった。しかもよりによって小学生の頃から近所に住んでる水嶋大樹の口から・・・。
大樹との関係を一般的な言葉で表すなら幼馴染、腐れ縁といったところだ。クラスこそ違えど、私がこの街に越してきた小学3年生の頃から小、中、高とずっと同じ学校だった。知り合った頃から大樹は何処にでもいる普通のサッカー少年で、朝練で私より早く登校する機会が増えた中学校ぐらいからは忘れ物を届けてくれと彼のお母さんによく頼まれたものだ。
そんな大樹とは、まぁ異性としては仲の良い方だと思って接してきた。
私も中学、高校の頃はテニス部で、遅くまで練習をしていたので待ち合わせなんかしなくても同じくらいの時間帯に学校を出てたし、そもそもお互いの家が近いのでそれぞれ別の友達と一緒に帰っていても最終的には2人だけになる。
そんな日々が始まってか数年経った今、私と大樹は別の大学に通っている。さすがに10年近く同じ学校に通っていたし、家も目と鼻の先の私たちがわざわざ同じ大学に通おうと話すことはまったくなかった。それに違う大学に通い始めたところで、この間柄が変わるようなことはないと思っていた。少なくとも、私は。
だが、大樹はそうじゃなかったらしい。その結果がこれだ。私も大樹のことは嫌いじゃない。でも、そういう対象として意識したことはなかった。高校の頃も短い間だがそれぞれ別の人と付き合っていたし、当時の大樹の彼女の顔を思い出すと私とは似ても似つかないこともあって余計に驚いてしまった。
そして、この状況で私に迫られた選択はYes or Noだ。
ゴールデンウィークの最終日、久しぶりに高校時代のメンバーで集まってバーベキューをした帰り道。私にとっては小学生の頃からあまり変わらないと思っていたこの道を、あの頃とさほど変わってない(と、私は思っている)大樹と2人で歩いている。その最中、足を止めて彼がそんなことを言い出すなんて誰が想像していただろう。私はどうしていいかわからず、大樹と目を合わせられずにいた。
違う大学に通い始めたこの1ヶ月間、大樹のことが気にならなかったと言えば、それはウソだ。でも、それは男としてじゃない。
今まで毎日のように顔を合わしていた人間が日常からいなくなって違和感を覚えないならそれは薄情にも程がある、といった感じの気持ちだ。
それにこれまでと違う環境に早く馴れようという気持ちもあってサークルの先輩や新しい友達と一緒に過ごす時間に意識を向けているときは、大樹のことは頭の片隅にかろうじて存在している程度だったと思う。それでも私の新たな日常は十分充実していた。
そんな大樹と私は付き合えるだろうか?彼を男として好きだと思えるだろうか?
ふと視線を合わせると彼の瞳には真剣さと緊張が満ちていた。
そんな目で見るなと言えないのは、大樹の気持ちをどう受け止めて、自分の中に落とし込めばいいのかわからないからだ。だから、簡単に突き返すことも、受け入れることも出来ない。しかし、私が黙っているとこの空気は更に重くなるだろうと自覚し始めた瞬間、先に大樹が口を開いた。
「ダメ・・・なのか・・・?」
その瞳の中には不安や悲しみも入り混じってるように見えた。こういうときに幼馴染という関係は厄介だ。言葉にしなくても伝わるものが私たちの間には何となくある。そして
「・・・いいよ・・・。」
としか、私は言えなかった。このとき私が恐れたのは大樹を傷付けることだった。ずっと幼馴染の彼でいてほしいという気持ちが何処かにあるのは事実だが、今この気持ちに答えられなかったらそれさえ失う気がした。それは私にとっても辛いことだ。
大樹は大樹なんだから。そう自分に言い聞かせ、一旦彼氏彼女の関係になってみれば気付くこともあるだろうと思った。その結果「理沙とはやっぱり友達のままがいいな」と向こうが思ってくれれば、誰も傷付かず、何も失わない。
男として大樹を好きと言えない後ろめたさというか、罪悪感を抱えた私は
「よろしくね・・・。」
とさっきよりも小さい声で目を合わせず言った。それに対して大樹も短く、おう、と返事をした。
あれから数日後の大学の帰りのことだ。
「えー!?何それ!?超胸キュンじゃん!!」
ひかりの大声に少し驚いたのか、私たちが注文した飲み物を持って来てくれた店員さんが茶髪というよりはオレンジに近いポニーテールを翻した。目が合って申し訳なくなり私が会釈をすると、向こうもにっこりとして店内に戻っていった。
なんとなく予想してはいたが、この子に話したのが失敗だった。何が胸キュンだ。しかもそんな小っ恥ずかしいセリフをでかい声で言うな、と大学の近くのカフェバーのテラス席でアイスティーを口に含みながら思った。
ここには入学したばかりの頃から何度か来ていたが、ひかりと来るのは初めてだ。
「幼馴染からの突然の告白・・・憧れるぅ~。」
「勝手に盛り上げないでよ!きっとあいつもちょっと寂しくなっただけなんじゃない?もしくはあっちの大学で全然モテないとかさ。」
私はひかりにちょっと強めの口調で言い返した。
「ふーん、そうかなぁ。でも、理沙と大樹君ずっと仲良しだったしさ~。まさか、あのバーベキューの後にそんな甘酸っぱい出来事があったなんて・・・。絶対にきちんと付き合うべきだよ!!」
甘酸っぱい?あのときの私は苦~い粉薬をずっと口に含んでいる気分だったというのに・・・。
この七瀬ひかりとは中学の頃から友達で、同じテニス部に所属していた。しかし、私のようにスポーツに打ち込むようなタイプではなく、幽霊部員とまでは言わないがサボることも少なくはなかったし、同じ高校に進学したもののテニス部には入らなかった。
この春からは美容系の専門学校に通っているため、大樹同様会う回数は減ったが、連絡はマメに取っている方だと思う。
発言からもわかるように恋に恋する女の子といった感じで、知り合ったばかりの頃は正直言うと私はひかりが苦手だった。というか相容れない存在だと思っていた。
だが、適切な表現かはわからないが、この子は私によくなついている。決して上から物を言っているのではなく、ひかりには何処か小動物的な愛らしさがあると思うからだ。今こうやってクリームソーダを美味しそうに飲んでる姿も一見ぶりっ子のように見えるが、これが素なのだ。
今となってはその天真爛漫で憎めないキャラクターが私は嫌いじゃない。しかし、今回の件をひかりに話してもさほど意味をなさなかったようだ。
「ねぇ、ひかり。ちょっと面白がってるでしょ?」
私の口調は更に強くなる。
「ぜ~んぜんっ!あたしは理沙の恋を応援するよ!!」
こいつ・・・人の話を聞いてるのか・・・。
「だから、私からしたら恋じゃないの!!」
「じゃあ、なんでOKしちゃったの?理沙らしくないっていうか、不誠実っていうか。大樹君が可哀想だと思わないの?」
「・・・でも、断ったら断ったであいつが傷付くのはなんとなくわかるから。それでどうしていいのかわかんないから相談してるんじゃん・・・。」
ひかりが珍しくもっともなことを言うので上手く返事ができなかった。
「まぁ、あたしだったら、そんな告白されたら本気になっちゃうな~。」
そして、相手ではなく出来事やシチュエーションにフォーカスするところがいかにもひかりっぽかった。
「理沙ちゃん、お疲れ様~。」
翌日、キャンパスで帰りがけに歩美先輩に声をかけられた。
綺麗な黒髪とぱっつんが印象的な四ツ谷歩美先輩。おっとりとした性格で親しみやすく、今のサークルに入ったばかりの頃から1つ年上の彼女の存在が私にはお姉ちゃんのように思えている。自分が長女だから余計にそう感じるのだろうか。
「歩美先輩!実は相談したいことが!!」
私はそそくさとお姉ちゃんを学食まで引っ張って行った。
「へぇー、そんなことがあったんだぁ。」
「やっぱり付き合うのやめようとは今更言えないし・・・。でも、彼氏彼女としてやっていける自信がないんです。」
「でも、理沙ちゃんにとって、その人は大切なんだよね?」
「それは・・・そうですけど・・・。」
大切。その言葉がズシっと私の奥底に響いた気がした。そうだ、好きという言葉よりその方が大樹にはしっくり来る。
「わたしね・・・」
歩美先輩は照れ臭そうに言った後、私の目を見て続けた。
「今の彼氏が初めての人なの。いわゆる田舎の箱入り娘で、1人っ子で、しかも女子高だったから。男の人とお付き合いするのは大学に入ってからが初めて。」
「そうなんですか?それは初めて知りました。」
地元民が割と多いうちの大学では珍しく地方出身だったり、1人っ子なのは以前にも聞いたが、同じサークルの蓮先輩が初めての彼氏だと言うのは意外だった。いつ見てもほとんどすっぴんに近いけど、色白でまつ毛が長いし、こんなに清楚で可愛いのに。
「うん。だからね、付き合ってくれって言われたときはわたしも戸惑ったよ。片思いは小学生の頃とかにしてたけど、いざ付き合うってなると何すればいいかわかんなくて。」
歩美先輩は優しく微笑みながら、視線を逸らさず話してくれた。
「でもね、はい!今日からカップルです!ってなったところで、何か変わるわけじゃないんだもん。だから、それは2人で過ごす時間の中でちょっとずつ相手を知って、好きになれればいいんだって思ったの。私のたった1回の恋愛経験から言えるのはそれくらい・・・かな。」
少し恥ずかしそうに、でも歩美先輩なりにきちんと伝えてくれたのがわかった。そのとき、私のケータイが鳴った。噂をすればといった感じで大樹からのメールだった。
<今度の休み、久しぶりに理沙の家に行ってもいい?>
「彼氏?」
歩美先輩に聞かれ、私は黙って頷いた。今の話を聞いた後だと、昨日ひかりと話していたときのように否定する気にはなれなかった。
「今度、私の家に久しぶりに来たいって言ってます・・・。」
「そっか。そしたらさ、ごはんでも作ってあげたら?理沙ちゃんの手料理食べたら、きっと会話も弾むんじゃない?」
「む、無理です!私、料理とか全然したことなくて!!」
料理上手の歩美先輩らしい提案だが、スポーツ少女だった私は家で台所に立ったことがほとんどない。
「うーん、じゃあね・・・。」
歩美先輩はペンとメモを取り出し、何かを書き始めた。
数日後、土曜日の夕方。家族には消えてもらった。
というとホラー映画のようだが、私以外は買い物に行くついでに外食してきてもらうことにした。友達が何人か来ると言ったら両親もあっさり承諾してくれた。何故か小学生の頃から顔馴染みの大樹が来るとは気恥ずかしくて言えなかった。
準備は万端だ。歩美先輩が書いてくれたメモを頼りに手巻き寿司(というか酢飯)とレンジでも作れる茶碗蒸しを用意した。スーパーで手巻き寿司セットみたいな刺身の盛り合わせが売っていることを便利だと思った。
だが、落ち着かない。高校に入ってからも年に数回は大樹はここに来ていたが、普段はどう対応していたのかが思い出せないのは不思議なものだ。あと数分したらこの部屋で大樹と2人きりで過ごすのに。
そんな大樹との高校時代の思い出で絶対に忘れられない出来事が1つある。
昨年の夏、個人戦でのインターハイ出場を賭けた試合。相手はどの大会でも必ず表彰台に登るような強豪校のエースだった。
過去に1度だけ対戦したことがあり、そのときは手も足も出なかったが、このときはタイブレークにまで持ちこめていた。どちらかがポイントを取っては取り返し、なかなか決着は着かなかった。
今日は絶対に勝てると思った。先輩!理沙!キャプテン!というみんなの声援がこれほど力強く感じられたのは初めてだ。うちの学校は団体戦では既に敗退し、個人戦でも残ったのは私だけ。全国の舞台にチームを連れていけるかどうかは私に懸かっている。
是が非でも勝つ。その思いが私は突き動かしていた。
しかし幕切れは想像以上にあっけなかった。
相手がサーブのフォームを変えてきたのだ。球速も回転も先程までとは違う。反応するもボールをラケットに当てることさえ出来ずに、立て続けにポイントを取られ、この大会で私は個人戦4位に終わった。引退だ。
試合後、相手選手と握手をしたときに
「こんなに長いタイブレークは初めてだった。監督からは全国まで打つなって言われてたけど、あそこであのサーブを打たなきゃ負けていたのはわたしの方。いい試合をさせてくれてありがとう。インターハイでも頑張るね。」
と言われた。私も笑顔で「応援してる。」と答えたが、私の絶対にインターハイに出たいという思いと努力は現実のお膝元にも及ばなかったということ知った。
みんなのところに戻ると私と監督以外は全員泣いていた。後輩が何人か抱きついてくる。
「ごめんね、みんな。勝てなくて。」
と私が言うと、みんな首を横に振り「頑張ったよ」とか「お疲れ様」と声をかけてくれた。全員がキャプテンである自分を支えてくれていたんだと思うと嬉しかった。このメンバーで本当に良かった。そして、何故かその場では最後まで涙は出なかった。
家までの帰り道、大樹に後ろから声をかけられた。うちのサッカー部は決して強くなく、夏の大会では3回戦くらいで毎年負けてしまう。
それでも俺には冬の選手権があるとか言って、大樹は練習を続けていた。たぶん、今はその帰りだろう。
「理沙、聞いたぞ。頑張ったな。」
「うん、ありがと。」
「負けちゃった」と続けながら私は精一杯笑おうとした。
「理沙、お疲れ。」
出来なかった。穏やかな大樹の表情とその言葉で初めて涙が溢れてきた。悔しくて、虚しくて、でも言葉には出来なくて・・・。
次の瞬間、自然と私は大樹に抱きついていた。このときはもうとっくに別れていたが、元カレには自分から触れることはあまりなかったのに。
でも、このときは大樹に触れていたいと思った。受け止めてほしいと思った。
大樹は優しく私の頭を撫でて、もう1度小さい声で「お疲れ」と言ってくれた。いつもの帰り道での出来事だった。
私がテニスに対する未練を引き摺らずに受験に打ち込めたのは、大樹がいてくれたからかも知れないと思った。だが、自分から抱きついたからといって私たちの間柄が変わることはなかった。あのときは変わるなんて思いもしなかった。
「おっす。」
「わぁっ!!」
いつの間に入ってきたのか大樹は私の背後にいた。
「ちょ、ちょっと!!人んちなんだからインターホンくらい押してよ!!」
軽く腰を抜かしながら私が言うと
「いや、ケータイにかけたから。」
ケータイを見ると確かに着信があった。それに気付かないほど私は緊張しているのか。
「でも、珍しいっつーか、初めてじゃね?理沙が料理とか。」
「サークルの先輩に教えてもらったの。」
この空気感に居心地の悪さを少し覚えながら茶碗蒸しをレンジにかけ、酢飯の入った器と具の乗った皿をテーブルに運んだ。
「それにしても、理沙んち来るの半年ぶりくらいだっけ?」
「そうだっけ?」
そんな当たり障りのない会話をしながら蒸し上がった茶碗蒸しをミトン越しに掴んで下皿に乗せてから食卓に運んだ。
「さ、食べよっか。」
見栄えは我ながら上出来だと思った。歩美先輩ありがとう。
手巻き寿司
材料(2、3人分)
・炊きたてごはん・・・600g ・手巻き寿司用海苔・・適量
☆酢・・・大さじ5 ☆さとう・・・大さじ3 ☆塩・・・2つまみ
・お好みの具(刺身、きゅうり、アボカド、レタス、厚焼き卵など)
○イカの刺身(細切り)・・・適宜 ○シソ(千切り)・・・適宜 ○明太子・・・適宜
□ツナ缶(油をよく切ったもの)・・・適宜 □マヨネーズ・・・適宜
△ネギトロ用マグロ・・・適宜 △細ネギ(小口切り)・・・適宜
① 酢飯を作る。ごはんが熱いうちに☆の材料をホイッパ―でしっかり溶いたものを少しずつ加えて、混ぜながらうちわなどで仰いで冷ます。
② 具材を巻きやすい大きさにカットし、○、□、△の材料はそれぞれ混ぜ合わせておく。
③ 適量の酢飯を海苔に乗せ、具をトッピングして巻く。
RISA‘s Point♪
「酢飯は熱いごはんで作らないとお酢の水分が飛ばないでべチャっとしちゃうので気をつけて!具は手巻き寿司用にカットしてあるモノを使うと便利だよ♪」
レンジで作れる茶碗蒸し
材料(2人分)
・卵・・・2個 ・しいたけ・・・1~2個 ・鶏ささみ・・・1本弱
・剥きエビ・・・4尾 ・かまぼこ・・・適量 ・細ネギ(小口切り)・・・適量
☆酒・・・大さじ1 ☆みりん・・・大さじ1 ☆しょうゆ・・・大さじ1
☆顆粒だし・・・小さじ1 ☆水・・・200cc
① 具材をすべて一口大よりもやや小さめにカットし、マグカップやココットなどの耐熱容器に入れる。
② ☆の材料を合わせて、火にかけてひと煮立ちさせたら溶いた卵と混ぜ合わせる。
③ ①に②を適量注ぎ、容器にぴったりとラップを被せて爪楊枝などで5,6個穴を開ける。
④ 大きめのグラタン皿やなどに③を入れ容器の半分くらいのところまで水を注ぎ、500~600Wにセットした電子レンジで4~6分ほど加熱する。
※レンジによって個体差があるので3分ほど加熱したらその後はラップを外して様子を見ながら1分置きに加熱すると失敗しにくい。
⑤ 仕上げに細ネギを飾る。
RISA‘s Point♪
「大きめのグラタン皿がなければ、底の平らなどんぶりやプラスチックのボウルでもOK。アルミ製のモノは火事の原因にもなるので絶対にレンジでは加熱しないで!」
いざ、食べ始めると何故か私は黙りこくってしまった。
自分が何を言いたいのか、何を聞けばいいのかが定まらず、せっかくの手巻き寿司の味もよくわからなかった。
「やっぱり友達の、幼馴染のままでいよう。」とは、言えない心境だった。何故だかはわからない。ひかりの「不誠実だよ」とか歩美先輩の「ちょっとずつ好きになればいい」という言葉を頭では理解している。でも、それをどう伝えればいいのか・・・。
「理沙、その指どうした?」
先に口火を切ったのはまた大樹だった。
「ん?さっき胡瓜切ってたらちょっとね。」
私は左手の人差し指に巻いた絆創膏を見ながら言った。馴れないことはするもんじゃないということだろうか。
「ケガしてまで作ってくれたんだな。ありがとう、うまいよ。」
そんなストレートに言われると思わなかったので、少し照れ臭いながらも、やっと肩の荷が下りた気がした。そして、自分の手料理を褒められるというのは嬉しいことだと知った。
「本当?ありがと・・・。」
また言葉を詰まらせながらも茶碗蒸しを口に運ぶと、自分が作ったとは思えない出来栄えに軽く驚いてしまった。
その後は当り障りのない近況報告をしながら、私の表情は少しずつ柔らかくなっていった。しかし、これではいつまで経っても肝心な話が出来ない。
「ちょっとトイレ行ってくる。」
私はそう嘘をついてリビングを出て、こっそりと深呼吸をした。心の中では話さなきゃ、話さなきゃと何度も自分に言い聞かせる。
これがお互いの為なんだから・・・。
部屋に戻ると大樹はまだ手巻き寿司をパクついていた。そのまま私の方に視線を向ける。
「あのね、大樹。私、すぐに大樹のことを彼氏とか恋人だとは思えないよ。」
言うなら今しかないと思った。
「ずっと友達だったし、気持ちの整理が着かなくて・・・。でも大樹の気持ちを踏みにじったりしたくないと思って、勢いで返事しちゃったの・・・ごめん。」
今度はきちんと目を見て言えた。ところが、大樹はあの夏のように穏やかな表情を崩さなかった。
「そっか。そんなことだろうと思った。」
「え?」
「理沙ってさ、自分から男にべったりってタイプじゃないのはわかってたけど、なんか妙に余所余所しい気がしたから・・・。いいよ、別にそれは気にしなくて。」
「どういう意味?」
「お前のことが好きだとか言った手前悪いんだけど、俺も理沙に対してはその好きっていうのがよくわかってねぇんだ。ただ、今までよりもう少し近くにいたいと思ったんだよ。」
「いや、十分近いじゃん。歩いて5分くらいでしょ?」
「そういう意味じゃねーよ。」
気が着くと私も大樹も笑っていた。
自然とこれまでの思い出話に話を咲かせつつ、お互いが作った手巻き寿司をどっちが美味しいかと交換して食べてみたりしながら、出逢って10年近く経ってもこの空気感は同じなんだと思った。きっと、これからも。
ひとしきり料理も食べ終わると、今度は再び大樹が話し始めた。
「理沙が逢いたいと思ったときに逢ってくれて、俺のこと見ててくれて、それで何かが変われば俺は告白して良かったなって思うだけだよ。」
「うん・・・。少し時間はかかるかもしれないけど、ゆっくり確かめさせて。その・・・きっと、ちゃんと好きになれる気が今はするから・・・。」
私の想いは言葉のままだった。今まで見ることのなかった大樹のいろんな一面を見つけていこうと思う。そう考えながら最後の一切れになった刺身に箸を伸ばそうとすると大樹の方が一瞬早く箸を付けていた。
「あ!」
思わず声を上げた私を見てニヤニヤしながら大樹は
「可愛い彼女にならくれてやるよ。」
と冗談っぽく言いながら私の左手の上の海苔に乗った酢飯に刺身を置いてくれた。やられた!と少し恥ずかしくなったが、正直嬉しくもあった。
「お待たせ!」
「おう。」
あれから数週間、今日は大樹と映画を見に行く約束をしている。何気に2人で映画というのも初めてで、私は少し照れ臭かった。あれから何度か逢ってはいるものの、家の前で待ってくれていた大樹もちょっと照れているように見えるのは、こういう初めてのシチュエーションにはお互いまだ免疫がない証拠だと思う。
もう5月も終わりだ。こうやって時間の流れの中で、私たちのペースで距離が縮まればいいと思う。劇的な変化なんかいらない。
「なんつーか、ちょっとはカップルらしくなってきた気がしないか?」
私が家の門を出るのと同時に歩き出した大樹が言った。
「そうかなぁ?」
照れ隠しにそんなことを言った後「じゃあ、もう少しカップルらしいことしてみる?」という言葉を飲み込んで、いつもの道を歩きながら私は大樹と手を繋いだ。
我ながらぎこちないと思うと、大樹も照れながら微笑んで私の手を握り返してくれた。
<向かい合ってるときに思うんだ。2人で同じことをしていると、
気持ちがグッと、近くなる気がするね。>