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Scene1 キ・ネ・ン・ビ

挿絵(By みてみん)


わたしはさっきからカレンダーとにらめっこしている。そして、ときどき時計に視線を向けては変な溜め息ばかりが後を絶たない。


今日で彼氏の始と付き合い始めてちょうど1年。わたしにとっては特別で最高な1日だ。いや、特別になるはずだった、1カ月ほど前までは・・・。



それは先月、わたしの24歳の誕生日の出来事だった。この日は彼から食事に誘われており、もちろん期待してもいいんだろうと思って浮かれていた。


職場の雑貨屋では朝からみんなに「おめでとう!」と言われ、ケータイも普段より頻繁に鳴っていた。

偶然ではあるが、レジで対応したお客さんの1人が

「最近バタバタしていたのもあるんですが、今日が入社した頃からお世話になってる上司の誕生日なのを今朝になって思い出して・・・。だから、外で打ち合わせを済ませてきて会社に戻る前の今のうちに買いに来たんです。」

と、話してくれた。そのお客さんは見た感じわたしより少し年上の、いかにも仕事の出来る大人の女性といった感じで、落ち着いたネイビーのジャケットとスラックスの似合う綺麗な人だった。

渡す相手はアラフォーの女性なので落ち着いたデザインのモノを選んだと言っていたが、いいセンスだと思った。

うちでも最近売り上げ好調のこの商品は雑誌などにも度々取り上げられる若手のデザイナーさんが手がけたマグカップらしい。名前は忘れたが、以前に店長がその雑誌を見せてくれたので、イケメンだったのはなんとなく覚えている。

もちろん自分も今日が誕生日であることは明かさなかったが、やけに嬉しくなって本来なら有料であるプレゼント用のラッピングをサービスしてしまった。

こういった些細な喜びでいっぱいになった日の締め括りに大好きな始とデートなんて、わたしは幸せ者だ。


基本的に行き当たりばったりが好きな彼が、半月も前からお店を予約してあると言うので、昨日はその後のことも期待しすぎて新しい下着まで奮発して買ってしまった。傍から見れば気合いの入りすぎた滑稽な女に見えるかもしれないけど、こういうときのわたしはまったくそういうことが気にならない性分だ。


そんなわたしのことを「杏奈ってホント、いくつになっても恋する乙女だよね」と笑う友達もいるが、乙女で何が悪いという感じだ。せっかく女の子に生まれたんだから、その人生を謳歌しなくては損だと思う。


しかし始と待ち合わせして向かった先はわたしもちょくちょく行く居酒屋だった。この辺りから、少し嫌な予感はし始めていた。

「ほら、この店、前から杏奈が話しててくれただろう?俺も1回来てみたくてさ。でも、満席で入れませんとか言われると困るから予約したんだ。」

そうなんだー、とわたしは笑顔で答えた。いや、たぶん引きつった笑顔で。飲み物以外の注文は始に任せて、彼は生ビール、わたしは確か可愛い名前の甘酸っぱいカクテルで乾杯を済ませた。早速お通しで出てきた味の付いたうずらの卵に手を付けながら

「でも、こんな男っぽい店に女の子だけで来るなんて、杏奈たちも面白いな。」

と笑う始に、そんな店を同僚と飲みに来るときとかならともかく、デートに、しかも彼女の誕生日にチョイスするのもどうかと思う、と突っ込んでやりたかったが、もしかしたら・・・という望みに賭けてその言葉を飲み込んだ。


実際にこの店は「漢気おとこぎ」という名前の通り、店内の雰囲気も料理のボリュームも男性向けだ。しかし、それが逆にひとつの個性であり、コスパの良さもあって最近では女性客も増えてきたらしい。現に奥の半個室のお座敷からは女の子4、5人の笑い声が絶えない。


頼んだ料理もだいたい食べ終わり、〆のごはんものは何にしようかとメニューを眺めている始に視線をやりながら、わたしは時間が経って薄まった今日3杯目のカクテルに口を付けた。

「今日の杏奈はあんまり食べないな。」

と、始は気にかけてくれたが、このあとのことを考えるとたらふく食べるわけにもいかないとは言えず、お昼が遅かったから、と適当なウソをついた。


よし決まった、と言わんばかりに彼が手を挙げると店内の照明が一斉に消え、BGMが変わると同時に、わたしの期待は一気に高まった。

前に1度だけ見たことがあるが、このお店はお祝い事がある旨を事前に伝えておくとサービスでキャンドルを添えたケーキを出してくれるのだ。しかも「Happy Birthday!」などの手書きのメッセージが皿には書かれている。もしかしたら始なりに考えてくれたサプライズなんだろうと思ったが、そのケーキは私たちの前を通り過ぎ「何?何かあるの!?」と騒ぎ声が響く先程のお座敷に吸い込まれていった。「おめでとー!」という黄色い声と大きな拍手に合わせて再び照明が着き、始は

「今の凄いな!!」

と、子供のように驚いていた。万事休す。


会計を済ませ店を出ると、3月の夜はまだ結構肌寒く、薄着で来たことを少し後悔した。

いつも通り手を繋ぎながら歩いているのに、肩を落としっ放しの今日のわたしには普段の他愛もない会話で口にしているであろう言葉が見つけられない。そして、先に口を開いたのは彼の方だった。

「杏奈、わりい。明日、朝早くてさ。今日はここの駅まででいいか?」

「うん、わかった。今日はごちそうさま。ありがとね、始。」

と、わたしは反射的に言ってしまった。もう今日はこのあと何もないのかと思うと少し虚しい気持ちになったが、さすがに自分から「誕生日祝ってよ」と言う気にはなれない。


駅に着くとわたしたちは改札を抜け同じホームで電車を待った。この駅からだと自宅はそれぞれ真反対なので、一緒にいられるのはここまで。

始の乗る電車が先にホームに着き、まだ終電ではないがそれなりに人がいっぱいの車内に乗り込んだ彼にわたしは作り笑いで手を振った。そして、この日の記憶の最後に残ったのはそれに応えるかのような屈託のない彼の笑顔だ。


さっき以上に言いようのない虚無感が込み上げ、あまり人気のないホームにわたしは屈み込んでしまった。勝負の土俵にすら上がれなかった下着の出費と、1日中浮かれ気分だった反動が全身に圧し掛かってくるようだ。気が付くと足元には私の瞳から「がっかり」という圧力に負けて出てきた水分が数滴落ちてい


挿絵(By みてみん)


数日後。いかにも女の子の部屋!という雰囲気の漂う店内に、玲子の豪快な笑い声が響いた。そして、この五代玲子ごだいれいここそがわたしをいつも乙女呼ばわりして笑う第一人者だ。ボーイッシュでサバサバしていて、リアリスト。今日もオレンジに近い茶髪をポニーテールにし、定番のパンツルックだ。というか、たぶんスカートを履いているところを見た記憶がない。


そんな彼女の脳内ではわたしの願望なんて妄想を通り越してフィクションか何かだと思っているんじゃないだろうか。しかし、いつも的を射たことを言うので、反論できないというか現実に引き戻されるのだ。ついさっきも勝負下着が不戦敗した話をしたら

「じゃあ、杏奈は始君に1回でも自分の誕生日のこと話したの?だいぶ前から忘れっぽい性格なんだーって言ってたじゃん?」

と突っ込まれた。確かに玲子の言う通りだ。忘れっぽい始でもさすがに彼女の誕生日くらいは覚えてるだろうという根拠のない自信はどこから湧いてきてたのかを自問自答したくなる。だが、そんなに面白い話をしたつもりはないのに笑いすぎだよ、玲子。


するとわたしと玲子が話している数分の間に姿を消した穂野花が新商品のお皿を持って

「可愛いの見つけちゃった♪」

と戻ってきた。そういう本人も相変わらず可愛い。大和撫子という言葉がしっくり来る、典型的な日本美人の穂野花は女の私から見ても可愛いと思わされる。


ここはわたしが勤める雑貨屋「GLDK」。店名は「Girl‘s Living Dining Kitchen」の略で、女の子向けの生活雑貨を豊富に取り揃えている。今日はわたしは早番なのでもう仕事は終わったのだが、春の新商品を見たいという2人の付き合いで店に残っている。

「玲子ちゃん、なんで笑ってるの?」

と聞いた穂野花に私が話したことを簡潔に玲子が伝えると、穂野花もクスクスと笑い出した。

この2人とは大学時代からの友達で、歳が同じということを除けば共通点のろくにないわたしたちだが、何故か卒業してからもずっと仲が良い。逆に共通点がないからこそ、お互い干渉しすぎず、適切な距離で関わっていけてるのかも知れない。


だが、穂野花にまで笑われるとは思わなかった。この子は同い年だが、留学するにあたって大学を休学していたので、卒業がわたしと玲子より1年遅い。そして、いわゆる天然だ。正直、何を考えてるかわからないときもある。しかし、玲子よりはわたし寄りの女の子だと思っていただけに、このリアクションは意外だった。

「ていうかさ、杏奈は気にし過ぎなんだよ。確かに誕生日を忘れられてたのはショックかも知れないよ?でも、相手にとって確信のないことを期待しちゃいけないと思うよ、あたしは。」

出た。玲子大先生のごもっともな意見だ。

「私だったら言うだけ言っちゃうなぁ。いつ逢えるかわからないし、そこは期待とかじゃなくて、ちゃんと覚えててもらいたいから・・・。」

遠距離恋愛真っ最中の穂野花らしい考えだと思った。

「そうだよ。穂野花みたいな子からしたら、住んでる場所に時差がないだけでも羨ましいんだからさ。」

「いや、私はそういう意味で言ったわけじゃ・・・。」

その穂野花みたいな子をわたしは、この九十九穂野花つくもほのかしか知らない。というか、外国人の彼氏がいる同年代の女の子なんてそんなにいないだろう。

「でも、誕生日だよ?年に1回だよ?ていうか、2人だって彼氏の誕生日くらい覚えられるでしょ?それと同じじゃん。」

何故かムキになってしまい、わたしは精一杯の抵抗を試みる。

「杏奈の言ってることは間違ってないよ。でも、人によってはその考え方を面倒っていうか、重たく感じる場合もある。仕事みたいに頑張った結果、何かが起こるのと、あらかじめカレンダーに書かれた日付を理由はどうあれ特別扱いするのは違うんじゃない?」

その正論を受け止めきれなかったわたしは一瞬言葉を詰まらせてしまった。

「面倒・・・。わたしって・・・重たいのかな・・・?」

時間差でダメージが押し寄せてくる。さすがに今の言葉は効いた。過敏に反応したのはこの歳になって少しは自覚しているからだろうか。

「でも、軽いよりはいいと思うけど・・・。」

その間をどうにかしようと穂野花が言葉を発するが、こういうときの彼女の発言は深いようで浅い。

「あー、ごめんごめん!そうじゃなくてね。杏奈が重たいかどうかなんてあたしらが言うことでも決めることでもないからさ。ただ、もっとフラットに考えてみれば?ってこと。」

穂野花の的外れな言葉を遮るように、玲子がフォローする。玲子のこういうところがわたしは好きだし、凄いと思う。

「フラットか・・・。」

「まぁ、結果論になっちゃうけど、長く一緒にいれば特別だったこともいい意味で当たり前になっていくと思うんだよね。」

彼氏と同棲して3年近い玲子が言うと、より説得力のある話だ。

「杏奈ちゃんの思ってることをきちんと彼氏に言ってみれば?それに、ほら!もうすぐ付き合い始めて1年くらいじゃない?その日をちゃんとお祝いすればいいんじゃないかなぁ。」

それが出来たらとっくにしているよ、穂野花・・・。



あれから数週間、結局何も始には言えないまま記念日を迎えてしまった。


でも、あの日に玲子と穂野花と話して、自分なりに考えて、答えはもう出ていた。

だけど、始には余計な気を遣わせたくないから、自分にとって特別に感じられるように今日を過ごせればいい、わたしがしたいようにすればいい、と。

誕生日を忘れられていて落ち込んだのは事実。とはいえ、わたしにとってそれは始を嫌いになるほどの理由には決してならなかった。ましてや別れようだなんて微塵も思わない。

だから、わたしの方から何か言ってケンカみたいになるのも避けたかったし、こうして関係が続いているのだからそれはそれで幸せなんだと割り切ろうと今は思っている。


そして、今日はわたしから始を食事に誘った。ただし、外食ではなく、わたしの部屋で。

もともと可愛い食器などが好きで今の職場に勤めることにしたが、食器に興味があるということはそれなりに料理好きなんじゃないかと、お客さんを見ていても思う。

わたしもいつからなのかは思い出せないが、多分に漏れず料理は好きだ。特に思い出深いものを作るとき、食べてくれる相手のことを考えるときは不思議と嬉しい気持ちになる。

だから、今日は始の好きなハンバーグを作ることにした。これはわたしたちが付き合うきっかけになったメニューだ。



1年ちょっと前、大学時代の友達から久しぶりに連絡が来たと思ったら要件は合コンの人数合わせだった。一瞬断ろうかと思ったが、わたしもこのときはフリーだったので行くだけ行ってみるか、と思って参加した。


桜井始さくらいはじめです。」

そこで出逢ったのが始だ。少し窮屈そうにしていたが、自己紹介のときの爽やかな笑顔は今でも鮮明に思い出せる。今も変わらない少年のような笑顔。

最初に向かい合って座っていたこともあって、自然と会話をしているうちに彼もこの合コンの人数合わせで呼び出されたことを話してくれて、わたしと同じで何処か居心地が悪そうだった理由がわかった途端に親近感が湧いた。

「こんなこと言っちゃってごめんね。」

と、さっきより小さな声で言う彼の少し不器用だけど憎めなくて、優しい人柄にわたしはこのときから少し惹かれていた。


二次会に行くかどうかを尋ねられたが、わたしは何度席替えをしても他の男の子にあまり興味を持てなかったので断ることにした。

すると始も明日は朝が早いからと、わたしと一緒にその場を後にした。

後ろから酔っ払った男性の声で「送り狼になるなよー!」と聞こえてきたが、少なくとも始はそういう人には見えなかった。


駅までの道を2人で歩いていると、お互い少し酔ってるからなのかさっきより会話が弾み、歳は彼の方が1つ上であることや、当時から物忘れが人より多いこと、彼とわたしが割と近くに住んでいることなんかもわかった。

何よりわたしの話を聞くときにきちんと目を見てくれる姿に好感を持てた。この態度は今も変わらず、とても誠実な人だと思う。


この日は連絡先を交換して別れたが、後日わたしの方から連絡して2人で食事に行くことになった。

そのとき食べ物の好みの話になって、ハンバーグが好きだと教えてくれた。少し子供っぽいとも思ったが、20代半ばの男性でハンバーグが嫌いな人もあまりいない気もした。

「良かったら食べに来ます?わたしも作れますよ、ハンバーグ。」

この頃はまだ始に対して敬語を遣っていたわたしは何気なく誘ったつもりだが、彼は少し緊張した素振りを見せながら真摯に答えてくれた。

それから半月ほど経ったある日、2人で一緒にわたしの作ったハンバーグを食べた。終始やけに嬉しそうだった彼は食事の後、ストレートに「付き合ってほしい」と言ってくれた。

ちょうど1年前、この部屋での出来事だ。


あの日のことを振り返ると、嬉しい気持ちと、今のこのちょっぴり切ない気持ちが入り混じって不思議な感じがした。


そんなことを考えながらハンバーグのタネを小判型に成型して冷蔵庫にしまったわたしは、付け合わせに使うアスパラの皮を剥きながらお湯が沸いたのを確かめ、サラダに入れるエビを茹で始めた。

ハンバーグだけじゃさすがに物足りないだろうから、今日は玲子が勤めてるカフェバーの人気メニューを真似して作ってみようと思っている。

そして、玲子のことを思い出すと同時に「重い」という彼女の言葉が一瞬頭をよぎった。


ふと、時計に目をやると約束の時刻まではあと1時間ちょっとだった。




約束の19時になっても始は部屋に来なかった。それどころか電話にも出ない。もう30分も過ぎているのに・・・。

さすがに忘れっぽい始でもデートの約束をすっぽかしたことは今までなかった。何かあって遅れる際も必ず連絡はくれる人だし、事故にでも遭ったのかと不安になってしまう。


こうして1人で待っていると、この部屋での始との思い出ばかりが頭と心を埋め尽くす。わたしたちは仲のいいカップルだと思う。たまにケンカもするけれど、それでもきちんと仲直りもしてきた。振り返ってみれば、始に対して不満を抱いたのは誕生日の件が初めてだった。わたしは彼に何を求めているんだろう・・・。

何か高価なプレゼントが欲しかったのか?オシャレなお店でサプライズでも仕掛けてもらいたかったのか?それとも・・・。


きっと、そういう物理的な何かじゃない。

そうだ、わたしは始に一言「おめでとう」と言ってもらいたかったんだ。大袈裟じゃなくていい、その日を2人で分かち合えれば。そういうことを積み重ねていくことが、一緒にいる意味や価値を感じさせてくれる。この1年を思い返したときに行き着いたのはそういう気持ちだった。


それが腑に落ちた途端、始に逢いたいという思いが更に強くなった。カレンダーを手に取り今日の日付のマスに描いたハートマークに視線を落としてから、改めて時計を見る。

もうすぐ20時だ。何故か無性に寂しくなり涙が零れそうになる。


そのとき玄関の方でドアの開く音がした。

「ごめん!遅くなった!!」


挿絵(By みてみん)


少し驚いて振り返ると始が慌てて入ってきた。その手には・・・

「杏奈、今日で付き合い始めて1年だよな?だから、来る途中で花屋に寄ってたら遅くなった。わりーな。」

息を切らした始はわたしに小さなバラの花束を渡して照れ臭そうに微笑んだ。何かを言ったり考えるより先にわたしは彼に抱きついていた。

「嬉しい!始、ありがとう!覚えててくれたの!?」

「お、おう。もちろん!電話も気付いてたんだけど杏奈のこと驚かせたかったのと、急いでたからさ・・・。」

照れてるからなのか言葉に詰まっていたが、始も嬉しそうだ。

「それとな、杏奈。俺、謝んなきゃいけないことがある。先月誕生日だったよな?遅くなってごめんな。誕生日おめでとう、杏奈。」

そう言うと彼はポケットから小さなアクセサリーのケースを取り出した。

「開けてもいい?」

それを受け取ったわたしが聞くと、彼は無言で頷いた。ケースの中には左右一対のピアスが入っていた。以前から欲しいと思っていたバラの花をモチーフにしたものだ。わたしは嬉しくってたまらなかった。時間差ではあったが、わたしの望みを始はきちんと叶えてくれた。むしろ記念日と誕生日が一緒にやってきたようで嬉しさ倍増だ。もう一度、彼に抱きつき、頬に小さくキスをすると

「すぐ支度するから待っててね。」

と、わたしはキッチンに向かった。相変わらず始は照れ臭そうに笑っている。


食事の準備を済ませたわたしはエプロンを外して席に着いた。

「お待たせ。乾杯しよう、始。」

もともとは自分だけ特別気分を味わうために用意したワインだったのでハンバーグのソースに少し使ってしまったが、もちろん飲んでも美味しかった。


挿絵(By みてみん)


☆手ごねハンバーグ  たっぷりキノコのブラウンソース☆

材料(2人分)

☆合い挽き肉・・・250g   □溶き卵・・・1個分

☆塩・・・2つまみ       □牛乳・・・30cc

☆コショウ・・・適量      □パン粉・・・30g

☆ナツメグ・・・適量      

タマネギ・・・1/2個

マッシュルーム・・・1パック  ・ウスターソース・・・大さじ2

サラダ油・・・適量       ・強力粉・・・大さじ1

赤ワイン・・・50cc     ・ケチャップ・・・大さじ3


① ☆の材料を粘りが出るまでよく混ぜたら、冷蔵庫で約15分休ませる。

② タマネギをみじん切りにして、サラダ油、塩ひとつまみと一緒に弱火にかける。しんなりして透き通ってきたらボウルに移して軽く冷ます。

③ ②のボウルに□の材料を加えて混ぜ、そこに①を加え全体が馴染むように混ぜ合わせたら、再び冷蔵庫で10分ほど休ませる。

④ ③を冷蔵庫から出し、両手に薄くサラダ油を馴染ませたら1人前ずつ肉を手に取り空気を抜くようにしながら小判型に成型する。

⑤ ソースを作る。キノコは大ぶりにカットしてサラダ油と塩ひとつまみで軽くソテーし、火が通ったら強力粉を加え、ぽってりしてきたらケチャップとウスターソースを加えて軽く煮詰めながら馴染ませ、最後に適量の水を少しずつ注いでソース状になったら火から下ろす。

⑥ ハンバーグを焼く。サラダ油を薄く敷いたフライパンを強火にかけて熱したら,

中心を窪ませたハンバーグを乗せて表面に色がつくまでしっかり焼く。

⑦ 焼き色がついたらひっくり返して蓋をし、火加減を中火にする。底が焦げないようときどき様子を見ながら蒸し焼きにし、竹串などを指して溢れてくる肉汁が透明になったら付け合わせの野菜などと一緒に皿に盛り付ける。

⑧ 肉を焼いたフライパンに赤ワインを加えて強火でアルコールを飛ばし⑤を加えて味を調えたら⑦にかける。


ANNA‘s Point♪

「①と③で肉を冷蔵庫に入れるのは状態を安定させ、ジューシーに仕上げるため♪

④で成型するときにしっかり空気を抜かないと⑥で真ん中を窪ませても焼いてる最中に割れちゃうので気を付けて!」



☆エビとアボカドのシーザーサラダ☆

材料(2人分)

・お好みの葉物野菜(レタス、ロメインレタス、トレビスなど)・・・適量

・ミニトマト・・・4個  ・アボカド・・・1/2個  ・剥きエビ・・・8尾

・クルトン・・・適量 ・粉チーズ・・・適量 ・黒コショウ・・・適量

☆マヨネーズ・・・30g ☆レモン汁・・・大さじ1 ☆牛乳・・・大さじ1  

☆粉チーズ・・・10g  ☆黒コショウ・・・適量


① 葉っぱはひと口大にちぎり、水にさらしておく。ミニトマトは半分に切る。アボカドは種を取り皮を剥いてお好みの大きさに切る。エビは下茹でしておく。

② ☆の材料を混ぜ合わせる。

③ ②にまずエビを入れてよく和える。次に水気をしっかりと切った葉っぱ、アボカド、ミニトマトの順で加えて全体を混ぜ合わせる。

④ ③を皿に盛り付け、仕上げに粉チーズ、黒コショウ、クルトンを散らす。


ANNA‘s Point♪

「アボカドやミニトマトは最初から一緒に混ぜると崩れてしまうこともあるので、後から加えてね♪」



ハンバーグを美味しそうに頬張る始を見ていると、また1年前のことを思い出してしまった。たぶん、わたしたち自身はあまり変わってない。でも、2人の関係は確実に深まっていると思えた。そして、今日のこの出来事を通してわたしは始に惚れ直した。いや、もっと好きになったと言った方がいいかも。しかし、ふとあることが気になった。

「ねぇ、始。わたし、これが欲しいって始に話したことあったっけ?」

さっそく身に付けた小さなバラの花を指差してわたしは尋ねる。

「あっ、あぁ!前に酔っ払ったときかなんかに言ってたぞ!誕生日を忘れてたのは申し訳ないが、それはちゃんと覚えてた!!」

「ふーん。そっか。」

わたしは酔っ払って記憶をなくしたようなことはないし(自覚してる範囲では)、少なくとも始と一緒のときはそんなにたくさん飲まないのだが。それになんでこんなに動揺したような素振りをするのか・・・。


でも、今日はそんなことはどうでもいいと思えた。確かに忘れっぽいところはあるけど、優しくて、いつもわたしに対して真っ直ぐ向き合ってくれる始は本当に大切な人なんだ。そして、今日はそんな彼がプレゼントしてくれた特別で最高な1日だと思った。

「なんだよ!さっきから俺の顔じろじろ見て?」

まだ慌てた様子の彼を見てふふっと笑いながらわたしは言った。

「始、ありがと。大好き。」



<重いとか、めんどくさいって思われるかもしれないけど、

    それでも大切にしたい2人の記念日。ねぇ、あなたはちゃんと覚えてる?>


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