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私の混乱と八つ当たり

 クロスの声を聞いたら、フォルの手から力が抜けたので、チャンスとばかりに手を引き抜く。


「や、やぁ。クロスフォード。今日も笑顔が素敵だね。さすが『微笑みの君』だ」


 クロスに話すフォルは笑顔だけれども、私から見たら嘘がバレてしまった子供のように慌てている。


「フォルニール様?」


「ユウリに会いに来ただけだ。何もしていない。なぁ。オーディーン」


 立ったまま笑顔を消して片方の眉根を上げ返事を催促したクロスに、フォルは答えながらディンを見上げる。


 あれも、何もしていない内に入るのか?

 もう、やだ。やめてもらえないだろうか。


 それに、これだけ顔が良く背の高い人ばかりだと、私のコンプレックスまで異常に刺激されてしまう。

 やっぱり早く私の世界に帰りたい。


「クロス。フォルニール様は、突然この居住に訪ねてこられ、いつもより饒舌にユウリに甘い言葉を囁き、髪に口づけをされたんだ。そして、困るユウリの両手を取り、お茶の誘いに乗るなら手を離そうと話されていた所だ」


 クロスの言葉に、ディンがつまらなさそうに答える。すると、フォルが慌てたように立ち上がった。


「オーディーン。言い過ぎだ」


「言い過ぎではないでしょう。ユウリ大丈夫か?」


 ディンがフォルに嗜めるように言うので、つられた私も立ち上がろうとしたけれど止めた。


 さっきの注意を思い出して座ったままディンに頷く。


 そして、足が見えるとフォルにまた気持ち悪い事を言われるかも知れないと、よれた膝かけを直した。


 クロスは溜息を落とすと、諭すようにフォルに話しはじめる。


「フォルニール様。ユウリを困らす様な事はお止め下さい。

この様な事をなさらずとも、夕刻前に王がユウリに問われると先程決まりました。後ほど、フォルニール様にもお声がかかるはずです。詳しい事は、その場でもよろしいでしょう。今は、お引き取り下さい。ユウリもよろしいですね」


「本当か?分かった。なら戻る事にしよう」


 フォルの弾んだ態度と声とは違い、私はクロスの言葉に姿勢を正す。

 時計を見るとまだ3時すぎだ。


「じゃあ、ユウリ。また後で会おう。ユウリ、君のその美しい瞳の中の星が、涙で曇って見えなくなってしまわない事を祈っているよ」


 フォルが私の前に座り微笑みながら言い、両手で私の片手を取ると指先にキスを落とす。


 フォルにされるがままだったけれど、どうでも良かった。ここに来てから、私の気持ちも瞳も涙で曇りっぱなしだ。


 いよいよだ。これで私の立場もハッキリとして少しは前に進めるかもしれない。

 帰らせてもらえるように話しもしよう。すぐに帰れないのなら、普通の暮らしをさせてもらいながらでも待つつもりだ。


 フォルが居室を出て行くと、一人になりたくて洗面所に向かった。


 洗面所でボールから細く流れでる水で顔を何度も洗う。タオルで顔を拭いて鏡を見ると、鏡に映る私の表情は硬い。

 今から緊張してても疲れるだけだ。深呼吸をして、髪を手櫛で整えて洗面所を後にした。


 居室には暖炉の前のラグにクロスが一人で座っている。ディンは仕事にでも行ったのだろう。



「クロスさん。私、ちゃんと大人しくしてますから。一人だからって、居住から出たり逃げたりしないので、他で用事があるならして下さい」

 隊長のディンが仕事に行ったなら、隊長のクロスにも仕事があるはずだ。ここで私の監視をせずに済ませればいい。


 もし、私が城から逃げ出しても、国宝級の魔石や魔具の無いだろう他の場所では、私の世界に帰れる可能性が少なくなるだけだ。自力では帰れないし、他の誰かに一から話すつもりもない。

 私の世界に帰りたいのなら、今はこの居住にいるしか無いのだから、これ以上構わないで欲しいだけだ。


「ユウリ……。座って下さい。お茶でも飲みましょう。私に急ぐ用事はないので大丈夫ですから」


 クロスは、両眉を下げて微笑むと部屋の隅でお茶を入れ、朝の食事のワゴンの下の段から布の掛かったカゴを取り出しトレイに乗せる。 クロスは両手にトレイを持ち私の前に置くと、そこに座る。クロスが、カゴにかけられた布を外すと甘い香りの楕円形のお菓子があった。


「こちらで女性が好まれる焼き菓子です。ユウリは二日も眠り続けて、目覚めたばかりなんですよ?まだ、時間はあります。くつろげと言っても無理でしょうが、もう少し休んで下さい」


 困ったような顔でクロスは言うと、いつかのディンの様に応接セットの椅子からクッションを集め私の背中に重ねてくれる。


 そして、私の前にまた座りカップを手渡してくれ、二人でお茶を飲み始めた。


 優雅な所作でお茶を飲むクロスが、私に焼き菓子を勧めてくるので食べみると、マドレーヌの様で美味しい。


お菓子の甘味は美味しいけれど、あまり欲しくない。


 お菓子を一つだけ食べてお茶を飲んでいると、それを見ていただけのクロスが口を開いた。


「ユウリは言葉遣いも良く、自分の立場もわきまえているのに、どこか幼く分かりやすい態度も見せます。大人びているのか、子供なのか分からない不思議な人ですね。」


 微笑みながら穏やかに言うクロス。


 そんな風に見えるんだ。

 どうせ私は、疑われる子供の異世界人ですから。


 自分でクロスから心の距離を取りながら、捻くれたように思いカップをトレイに戻す。


 王からの問いの時間が決まったとクロスから聞いてから、心がざわついてどうしても落ち着けないでいたのだ。


「けれど、ユウリは17です。いくら幼く見えても、こちらでは18とゆう成人に近い年齢です。ユウリの身体も十分に成熟しています。そのように何も気にしないままでいると、ユウリにそのつもりが無くても、男はユウリが誘っているのかと思ってしまいますよ。いいのですか?」


 そうして、クロスが畳んだ膝かけを手にして隣に座り、ふわりと足にかけてくれる。けれど、そまま手を離さないので密着しそうな位に距離が縮まる。

 クロスが何を言い出したか分からず、近すぎる距離に慌てるうちにクロスは話しを続ける。


「ディンにも言われたのでしょう?足を見せるなと。その綺麗なユウリの足を出すのなら他の誰かの前ではなく、この前のように私の前だけにして下さい」


「え?」


 そのまま、クロスに囁くように言われて思い出した。


 クロスの前で足?あぁ、私が二日寝る前のマッサージの事か。ディンには女は足を出すなと注意された。

 私がここの18の成人に近い歳で誘ってる?


 断片的に思い出せても、上手く話しが繋がらない。


 視線を感じクロスを見ると、視線が絡み合う。少し距離を縮めたクロスの中性的な綺麗な顔が私に近付き、紫の瞳からクロスの全身から色気を漂わせている気がした。


 思わず座る位置をずらして距離をとる。


 けれどクロスは距離を縮め私の髪をひと房とり口づけると、瞳の紫を濃くして言う。


「誘っているの意味は分かりましたか?どこに行こうと男はいます。残念な事に力に物を言わそうとする男もここには居ます。王の問いが終われば、その服を着る事は止めておいた方がいいでしょう」


 やっとクロスの言葉の意味が分かり、私は勢いよく縦に頭を振った。


「分かって頂けたなら良いです。暖炉の前ですし、ユウリが寒くないなら取っておきましょうね。私なら構いませんから。」


 クロスは、そう言うとかけてくれた膝かけを外して、それを追い掛けた私の片手を捕まえられてしまった。


「え?あの……。」


 寝る前に疲労回復の術の為に、クロスに口づけられてもいる。理由は分かるが口づけに慣れない私は、さっきのクロスの態度を勘違いして変に意識してしまいそうだ。


 クロスは構わないかも知れないけれど、事情を知った私は膝かけを構いたい。


 クロスが私を女と見てないのか、それとも同性が好みなのか?


 クロスは中性的な綺麗な顔立ちで、真っ直ぐ流れ落ちるような長い白銀の髪だし。同性……ありえるかも知れない。


「問いの場には転移して行きますので、他の男の目には触れないので安心して下さい」


 私が華麗な耽美な世界を想像する中、クロスは目の前で美麗に微笑む。クロスなら男性にも愛されるだろうと納得してお茶を飲んだ。


 クロスは、ぼんやりとした私の隣にそのまま座っている。


「ユウリ、手を貸して下さい。」


 しばらくすると、クロスは私の膝の上の両手を取り、クロスの膝の上に置かせ自分の手を重ねる。そして、重ねた手に力を込めるて顔を上げ微笑む事なく私の目を強く見た。


「ユウリ、これは普通なら事前に告げない事です。必ず内密にして下さい。」


 クロスが引き締めた空気と穏やかでない言葉に、紫の瞳を見つめ返して静かに頷いた。


「今回、王が問いをされる場に近い王族と宰相と宰相補佐、隊を団として取り纏める二人の団長がいます。もちろんユウリを聴取した私と、同じ様な立場のディンもいます」


 クロスの言葉に緊張が走るが、クロスの手の温かみに気がつくと少しだけ落ち着いて聞ける。


「その中で、私達二人の立場が一番下になるのでユウリの近くに控え動く事になります。

もし、分からない事があれば必ず聞いて下さい。私達はユウリが異世界から来たと信じ、力になります。その事を忘れずに覚えておいて下さい」


 クロスの真摯な態度と思いやりが嬉しくて涙が出そうになり、私は小さく頷いた。


 私がこれから会うのは、ブーリンスの国王。


 この世界には、五つの大きな大陸がある。その中の一番大きな大陸の古い歴史のある大国がブーリンス。土地も肥え、産業も栄えている国だ。


 今は、落ち着いているこの国も五年前までは、周辺国に領土を狙われ戦争をしていた。今は、周辺国を警戒しながら平和を維持している。


 団とゆう物は城に駐在し、騎士団と魔術師団の二つある。騎士団よりも魔術師団の方が人数も少ないそうだ。見習いから兵士として鍛練を積み重ね団に入る。誰でも入れるものでは無いらしい。


 それぞれの、団長をトップに第一部隊から第三部隊まであり、それぞれの得性で部隊を分けている。

 ディンは、剣術が得意で魔力の強い者が集まる第一部隊。クロスは、魔術の扱いが得意で魔力の強い第一部隊となる。


 そこまで一度に詳しくクロスが教えてくれ私は、頭がついていけず気分が沈んでしまう。


「ユウリ。一度に話しすぎましたね。これからも何かあれば私達に聞いて下さい」


 これからもって……。

 ここに来て実動は二日目だ。すぐに帰れないのなら、必ず何かはあるだろう。

 気分が更に沈み俯いたまま頷いた。


 それから、こちらにも四季がある。私の世界は夏だったけれど、ここは今、春先だ。

 あまり雪が積もらない地域なので、この時期の今朝からの雪が珍しいらしい。


 1年は12ヶ月、360日。

1ヶ月は30日。

 1週間とゆう考え方は無く、上旬、中旬、下旬と分けるだけだ。

 1日は25時間で考えられていた。


 ごく基本的な事を聞くと私の世界と近い所はある。言葉も通じて多分、文字も読めるだろう。


 けれど、ここは私の世界ではないとゆう現実を突き付けられ、孤独感にさいなまれ涙が零れた。


「まだ、何もかもこれからです」


 涙に気が付いたクロスが優しい手つきで背中をさすってくれている。

 けれど、力があるであろう魔術師隊隊長のクロスも異世界に帰れるとは、今まで一度も言ってはくれず、その話しに触れもしない。


 やっぱり私は、帰れないんだろうか……。

 気分がやさぐれていく。


 その時、居室のドアが開いてディンが入って来て私の隣に座った。


「ユウリ」


 私の様子を窺うようにディンに低い声で名前を呼ぶけれど、それすら凄く嫌だ。


 違う、私は悠理。

 呼ばれる名前さえ違って聞こえる世界。


「私は、悠理なの。ユウリじゃない!悠理よ!」


 駄目だ。また気持ちが落ち着いてくれない。ブレーキがかからない。


 ディンは黙って立ち上がり、

紙と筆記用具を取り座ると私に差し出す。


「名前はどう書く。書いてみろ」


 書かないといけない意味が分からず無視していると、ディンに無言で突き付けられる。


 鈴木 悠理

すずき ゆうり

スズキ ユウリ


 ディンの声も動きも怖くなっていた。けれど、負けたくなくて、やけになって3種類 書いて突き返す。


「見た事ない字だな」


「そうですね。難しい字体ですね」


 クロスは、ディンから紙を受け取り見ている。


「上から漢字、ひらがな、カタカナです。漢字には意味があります。私の名前は、道理を忘れず道筋を見つけゆったり幸せに生きて欲しいとの願いを込めて両親が名付けました。」


 言いながら、家に帰りたくなってまた涙が滲み俯いてしまう。


「では、そんな願いのある名を持つお前は、これから生きる道筋をどうつけるつもりだ。俯いたまま、迷ったままでいるのか?」


 顔を上げるとディンは目の灰色が濃く、厳しい顔つきで私の答えを待っている。


「王の問いに答えて、私の世界に帰れるようにしてもらえるように話したいです。すぐに無理なら、その日までこの世界で生きて待ちます。」


 自分の考えを口にして答えて思い出せた。


 そうだ。これから、私にかかる疑いを晴らして、異世界から来たと証明できる王の問いなんだ。

 王に帰らせて欲しいとお願い出来るチャンスなんだ。


「頑張ります」



 手で、両目をこすり滲んだ涙を拭きディンに言うと、表情が和らぎ軽く頭を撫でられた。


「もう時間だ。だから俺が迎えに来た。これからお前は一人じゃない。だから、落ち着いて話せ。行くぞ」


「ユウリ、さっきの言葉を忘れないで下さい。大丈夫です」


 ディンが私の背中に手を添えたクロスに目線を向けると、二人同時に立ち上がりラグから降りる。

 そして、穏やかな表情で私が立ち上がる事を待っている。


 私は、大きな深呼吸を一回して立ち上がった。



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