麗しい乱入者
違和感に首を傾げながら、私はベッドから降り洗面所のドアに向かう。
洗面所の鏡に映る私は腫れも浮腫もないのに、目鼻立ちのはっきりしない見慣れた顔だ。
整った顔のディンや綺麗なクロスの顔を思い出して、少し落ち込んでしまいながらボールの水で顔を洗う。
そういえば、さっきの二人の違和感は何かを隠していたのかな?
普通、一国の王が私なんかの為にそこまで気を使うものだろうか?
組織形態は、知らないけれど、隊をまとめるはずの隊長とゆう位の二人を、私につけるのはどうゆう事?
私が、まだ怪しいから?
異世界からきたから?
なら、留置室にでも入れて置いた方が楽に監視も出来るだろうに。
これ以上一人で考えていたら、さらに帰りたくなって泣いてしまいそうだ。
もう、国のごたごたにまで巻き込まれたくないと思いながら、洗面所のドアを開けた。
「あ。ロイズだ……」
「はい?」
ドアの音に振り向いたロイズの顔には今朝も書いてあった。
おっ?大丈夫か?と。
なんだか、とても普通の友達みたいな態度のロイズに、心のモヤが少し晴れた。顔が自然と綻ぶ。
「寝てる私に、付いていてくれてありがとう。もう大丈夫そうだよ。」
「え……あ、いや。どういたしまして?」
私が言いながら歩みよると、ロイズは何故か目が泳いで挙動不審になる。ロイズの後ろには、ディンとクロスもいる。
「あ。クロスさんもありがとうございました。術のおかげで随分楽になりました。
ディンさんもありがとうございました。お水美味しかったです。ベッド借りてごめんなさい。」
お礼は、言いそびれていただけだ。ロイズが先になったけれど悪気はない。
寝起きでぼんやりしてて、言いそびれていただけだ。怖いとかはあるけど……。
「気にするな」
ディンは短く答え、クロスは静かに首を横に振った。
「あの、俺、そろそろ失礼します」
私の隣のロイズが帰ろうとするので、思わず袖を掴んでしまう。私の手を見下ろし、不思議そうに私の顔を見るロイズ。
だって、さっきのディンやクロスはやっぱり変だ。
また、疑われ質問され続けるより話しやすいロイズと、少しだけでも話したい。居てくれ。
「ごめん。これから用事があるんだ。また今度、食事を持って来るから、今は離して?」
ロイズは穏やかに言ったから、私の顔から何かは読めたみたいだ。
「ごめんなさい」
しゅんと俯きながらも、また会えると分かり安心して小さく謝り手を離した。
ロイズは、私にだけ見えるように手を振り居室を出て行った。私もロイズと居室を出て行きたかった。けれど、それは無理な話しなんだろう。
ロイズがドアが閉めた時に、溜め息が出てしまった。
すると、無言ままのクロスに手を取られ、応接セットの椅子に並んで座らされる。ディンも無言でワゴンから、トレイに乗った食事を運んでくれ向かいに座る。
ずっと無言のままの二人。二日振りの爽やかな朝のはずなのに、空気が重い。
機嫌を伺うように隣のクロスの顔を見ると、軽く微笑まれ手で食事を勧められた。そして、クロスは席を立ち暖炉の前のラグの上で、何かを片付け始めている。
なんだ?私が寝てる間に何かあった?しゃべったら駄目とか?私が何かしたのか?
私の印象と違う態度をとるクロスの背中を見つめて考えてしまう。
「クロスなら大丈夫だ。それより、少しでも食え」
疑問と焦りの中にいた私にディンは、そう言うと足に肘を付き両手を組み下を向いてしまう。
クロスが変な理由を知ってるなら教えてよ。ディンも何か変だけど……。
無言の重い空気に耐えられず、食事を見るとポタージュみたいなスープとパンと果物らしい物だ。
カチャとゆう小さな音に顔を上げると、クロスが箱の荷物を床に置いて膝を付き、低い位置の私と目線を合わせた。
クロスは、ゆっくりと腕を伸ばし労るように私の輪郭を長い指の指先で撫でていく。
「食事は二日振りなので、消化の良い物にしました。
私が聴取担当ですので、これからユウリが目覚めた事を報告に行ってきます。ユウリも今日のうちに王に前に出ると思っておいて下さい。
ユウリ……目覚めて本当に良かった。とても心配しました。もうユウリと話せないかとも思った。」
クロスの私への心配が伝わり、私の気持ちまでも暖かくなり微笑むクロスをじっと見てしまう。
「心配かけてすみませんでした。ありがとうございます。食事もありがとうございました。」
二日間も眠れていたからか落ち着いて答えられる。クロスは微笑み頷いてディンを見る。
「ディン。笑わないで下さい」
「だって、お前っ……」
クロスの言葉に、まさかと思ったけれど顔をあげたディンは、本当に面白そうに笑って言葉に詰まっていた。
ディンが、こんな風に笑うなんて想像もしてなく、目が離せなくなる。
「行ってきますのでお願いします」
笑いが止まらないディンに、冷たく言ってクロスは歩いて居室から出て言った。ディンは、そのまま笑いながら、お茶を入れに行きカップを二つ持ち私の隣に座る。
「クロスさんどうしたんですか?」
「色々と少し落ち込んでるだけだ。大丈夫だ」
詳しい理由を知ろうとは思わないけれど、空気が軽くなり少し気持ちが楽になった。
まだ、笑いの残るディンがスプーンを持ちスープを掬いすすめてくるので、私は慌てて断り自分で食べはじめた。今日は、調度良い味加減で美味しい。
スープだけでお腹一杯になったので、食事を終えようとスプーンを置く。
「もう、終わりか?この実には、滋養があるから食べろ」
なのに、残そうとした果物は、ディンにまた餌付けするように食べさせられ、緊張して味が分からなかった。
食事が終わるとディンに洗面所で歯磨きのやり方を教わり済ませ、次に居室にあるシャワー室に行く。
ディンがシャワーを調整して出すと、シャワー室を出ていった。シャワーを止める時には、魔石をかざすと良いらしい。
私には魔力は無いが、試してみるとシャワーを出せないけれど止められたのだ。
シャワーで髪も洗えて随分とサッパリしたけれど、どことなく寒く感じて暖かいお風呂が恋しくなる。
髪と身体をタオルで拭き、着替えにとディンに渡されたカゴに手をかけた。
カゴには、今度は大きなショールが一番上にある。ショールの下に私の夏の制服。その下に上下の下着と靴下がある。
ショーツを手にして洗濯してくれたらしいと分かり嬉しくなった。
けれど……。
ちょっと待て。
誰がブラを外した?誰が下着まで洗濯した?
私は悩んでブラは、そのまま付けて着替えて寝たはずだ。
今までにない素早さで下着と制服と靴下を身につけショールを手に持ち、シャワー室を出た。
暖炉の前で火かき棒を持ちラグに座るディンに走り寄り隣に座る。
「どうした?今日は、この時期に珍しく雪が散らつくとゆうのに風邪をひくぞ」
ディンが不機嫌そうに私の手のショールを取り、濡れた髪を外しながらかけてくれる。
そこまでされても、流石にブラの事は聞きにくい。
今まで彼氏もいた事がない私は、男性の前でブラとは口にしにくい。
ブラと言って意味が通じる?ブラジャーとまで言うのか?通じなかったら使用法まで?
しかも、どうして外してるかを聞く?
無理だ。私には、そんな度胸はない。
無難な所から片付けよう。
「ディンさん。あのね、服とかの洗濯を誰がしてくれたんですか?」
「洗濯?ここの総侍女長だ」
「全部?」
「全部だ。俺が渡した」
私を見てごく普通に答えるディンだ。いつもと変わらない態度に見える。
けど、全部ならブラもだよね?ディン見たの?どうして外れてるの?
緊張してしまう。
「あの……上の下着はどうして……?」
「どうして?……言えないな」
スッと私から目をそらし、火かき棒を持ち暖炉の中を弄るディン。
「え?なんで?教えて下さい」
なんでだ。そんなに言えないくらい、恥ずかしい事を私はしたのか?
いや、私はずっと寝てたはず。
ディンは、何かを知っているはずだ。
やっぱり、ディンかクロス……いや、もしかして二人で外した?いや~。
一人脳内会議の結果が恥ずかしすぎて、ショールで顔を隠してしまう。
「濡れたままでは、風邪をひく……」
ディンが、俯く私の後頭部の髪を、手ですきながら術で乾かしはじめた。
その手を優しく感じたので、ショールを顔から外すとディンが、ククッと笑っている。
「自分で外した」
「え?」
「布団の中でユウリが苦しそうに動いていたんだ。何かあったのかと布団をめくると、服がめくれあがって手に握っていた。俺だけだったから安心しろ」
髪をすかれながら、また顔が赤くなる。
ディンだけだったとか、そうゆう問題じゃない。
見られたか?ブラだけじゃなく、裸まで見られた?自慢じゃないが寝相も悪い。
あ。じゃあ、シャワーまでノーブラだった訳じゃん。クロスもロイズもいたのに……。
他の恥ずかしい事にまで気が付いて、これ以上ディンに聞く気になれなかった。
「ユウリ。それよりその服だ。女がそんなに簡単に男に足を見せるものじゃない。気をつけろ」
落ち込む私にディンは、応接セットの椅子から膝かけを取って来てくれる。
私の制服のスカートの長さは私の世界では普通だったのに、ここでは違うらしい。
「とても魅力的だがな。ユウリ、俺も一応男だ」
ディンは私の足にゆっくり膝かけをかけ、上から私の足に片手を置いて呟いた。
呟きの意味より、私の目を見るディンの瞳の力が強く、灰色が濃いと思っていた。
ポーン
え?
見つめ合う時を止めるかのように、高い音がして聞こえた方向を探す。
ポーン
「誰か来た。ここにいろ」
不思議に思っていた音はインターフォンらしく、ディンは居室から出てドアを閉める。
「おやめ下さい」
しばらくすると、ディンが誰か止める声が聞こえ、居室のドアを開けたのは、知らない人だった。
「やあ。初めまして。君がユウリかい?僕は、フォルニール。フォルと呼んでおくれ」
波打つ金髪に青い目で高い鼻に白い肌の背の高い、絵本の中の王子様みたいな人だ。
白いフリルの着いたブラウスに、焦げ茶のズボンを履いて暖かそうなロングコートを羽織って居室に入ってくる。
妙に明るい人で警戒せずにいられたけれど、呆気にとられてしまう。
フォルは、にこにこと私の前に座り、私の瞳を覗きこみ身体を離した。
「ユウリって、本当に黒髪に黒目だね。両方共なんて珍しい。
君の黒髪は、闇夜の様な深い黒なのに、艶やかでとても美しい。なのに黒い瞳の方は、星がこぼれ落ちて来たかのように輝いている。
みずみずしい果実のように甘そうな唇も、食べてしまいたい位だよ。その、白い肌を赤く染めた頬に口づけると、君はどんなに愛らしい顔を見せてくれるのだろう」
言いながらフォルは近付いてきて、髪をひと房すくい口づける。
「フォルニール様……。」
フォルニール様?
「ジュリアが珍しい黒髪に黒目の子を城に連れて来たと聞いてさ。どんな子か聞きたくても、ジュリアは部屋に監禁だろ?父上も兄上も、その子を保護しているとしか言わない。じゃあ、僕がこうして、ここに来るしかないだろう。ねぇ、ユウリもそう思うだろ?」
フォルは、立ったままのディンに話していたのに、いきなり私に話しを向けられ驚いてしまう。
「え?あ……はい?」
「いやぁ、ユウリのような子に会えて僕は嬉しいよ。とても可愛らしい。
あぁ。そんなに、か弱い子猫のような顔で、僕を見ないでおくれ。もうユウリの心には、誰かが住み着いているのだろうか。いるのだとしたら僕は、その者に嫉妬してしまいそうだ」
フォルの勢いは止まらず、両手を取られて見つめられる。
いや、嘘だろ。なんだ、この人。気持ち悪い。やめてほしい。
助けを求めるように見上げても、ディンも困り顔だ。
「フォルニール様、いい加減になさって下さい。ユウリが困っております」
そう、困ってます。
離して貰おうとそっと手を引いても、力が篭るだけでフォルは離してくれない。
「あの、手を離して下さい」
「どうして?」
「どうしてって……」
不思議そうにフォルは私を見るけれど、異性のスキンシップに慣れていないし、もともとすぐに人に慣れるタイプでもない。ただ、嫌だから離してほしいだけだ。
「じゃあさ、今度お茶を一緒に飲もうよ。約束してくれたら離してあげる」
いや、飲みたくない。
ハッキリと、そう言えたらどんなに良いだろう。
ディンの言葉使いから、フォルは身分の高い人なのだろう。なら、それを理由に断らせてもらおう。
フォルとお茶を飲んでいると、逃げたしたくなってしまいそうな気がするから。
口を開こうとしたら、居室のドアが開いた。
「フォルニール様。このような場で、何をしておいでですか?」
そこには、凄みのある笑みを浮かべたクロスがいた。