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二人の報告

「足が痛むのですか?」


「え?痺れただっ、やっ。ん……」


 止めようと伸ばした私の手を握り止め、反対の手でクロスが右足のつま先を軽く握り、少しずつ手で被い上に撫であげてくる。


 痺れた足やピリピリ痛む足は、普通なら誰かに触られるのも耐えられない。

 なのに、クロスの手は痺れ特有の感覚が和らぎ、暖かく気持ちいい位に感じてしまう。


 小さく変な声が出るけれど、時折ツボを刺激する揉み方に似ている時があるので仕方ない。

 前から肩や背中のツボ刺激は声が出るから苦手だ。今は足なのに……。


「そんなに気持ちいいですか?術を使ってますので、すぐに痺れも痛みも取れますよ。今朝は何時に起きたのですか?こちらは、もう良さそうですね。」


 握られていた手は離され、クロスの両手に右足は包まれていた。そのまま、何度か膝から足先まで往復して撫でられるうちに、痺れも痛みも取れている。


「もう大丈夫です。ありがとうございました」


 私は両手を身体の横に付き支え、声が漏れないように唇を噛むだけだった。気持ち良く楽になるけど、恥ずかしいから嫌だ。


「じゃあ、今度は左足ですね」


「いや、もういいで、……す」


 楽しそうに微笑むクロスの両手は私の言葉を無視して左足に伸び、術をこめながら両手で曲げた足を伸ばしていく。

 伸びた所でまた往復が始まった。


「それで、何時に起きたのですか?」


「んっ。6時半ご、ろ……あっ。……ん」


 右足の術の始めから、小さく漏れる声が増えていき、自分で恥ずかしすぎる。けれど気持ち良さに負け続けて止められずにいた。


 調度、その時にクロスの手が止まる。


「あの、もう大丈夫ですから……。」


 左足も随分良くなり言ったのに、笑みを消したクロスは私に顔を近付け、片方の眉根をピクリと上にあげただけだった。


「ユウリ。では、もう丸一日近く起きているのですか?」


「そうゆう事になりますかね……」


 私の顔に妙な迫力で近付くクロスに、私は身を引いてしまう。


「何故もっと早く言わないのですか。」


「私も、さっき気付いたので気にしないで下さい。」


 怖くて言えなかったんです。

 普通に、椎名さんの部屋からの流れで言える訳ない。クロスとの、この近い身体の距離も本当は嫌だ。


「休まれるのは、こちらにしますか?ベッドにしますか?気が付けず、すみませんでした。」


「えっと……ベッドにします」


 クロスの顔は微笑みを浮かべ、妙な迫力はすぐに消えた。

 ずっと丁寧に接してくれていたクロスだけど試されるような事ばかりで、どこかクロスも苦手に思ってしまう。


 痺れも取れた足で、早々に退散しようと少し後ろに下がり立ち上がる。


「失礼します」


「うわっ」

 私と同時にクロスまで立ち上がり、私の背中と両膝裏に腕を回し楽に抱え上げた。


 いきなりの浮遊感に慌ててクロスの首に腕を回して、しがみついてしまう。

 さっきより、近くなった距離でクロスの濃い紫の瞳を縁取る、白銀の長い睫毛まで綺麗に見えた。

 お姫様様抱っこをされている中、視線まで絡んでしまい顔が赤くなる。


「あの、重いでしょ?歩けるから降ろして下さい」


 そんな私を、クロスは面白そうに見ていた。


「私は、これでも第一魔術師隊の隊長です。これくらい大丈夫ですよ。」


「クロスさんも隊長?」


「そうですよ。ディンは第一騎士隊の隊長です。詳しくは明日にしましょう。それか、ベッド以外に私と行きたい所がありますか?あれば、お連れしますよ。」


 そんな所がある訳がない。早く降ろして欲しいだけだ。首を横に振った。

 そんな私を、クロスは小さく笑いベッドに向かい歩いた。


 ベッドに静かに私を降ろし布団をかけると、クロスは私の乱れた髪を綺麗な手の長い指で、優しく整えはじめる。


 いや、お願いですからもう監視するならラグに行って下さい。ある意味、事情聴取より嫌だ。


 願いながらも、クロスの中性的な美しさの顔の中にある二つの紫の瞳が、とても珍しく綺麗で目が離せない。不意に、額にクロスの唇が柔らかく触れた。


「え?」


 驚いて額を抑える。

 なんだ?


「ユウリ……見つめすぎですよ。」


「す、すみません」


 だからと言って、キスしなくても良いだろう。

 恥ずかしくなり布団の端を持ち、引き上げて顔を隠した。


 すると、布団を持つ手にクロスの手が重なり、やんわりと布団を避けらる。そして、今度は唇の端近くに音をたててキスをされた。

 両目をつむっていた私にも、何をされたかハッキリとわかり布団の中で身体が固まる。


「ユウリは、17とは思えないくらい可愛らしい方ですね。疲労回復の術を込めました。ゆっくりお休みなさい」


 布団から私の顔を出され髪を指ですかれていると、クロスの甘い声が頭に響く。


 そうか。術だったのか。できれば、違う方法にしてほしい……。


 そう思ったのを最後に眠りに落ちた。



 その後、ディンが居室に来たらしい。


「ユウリは?寝たのか?」

 少し微笑んだディンは、膨らむ布団を覗き込み不機嫌そうに呟いた。


「またあれから無理をさせたのか?随分と疲れて見える」


「疲労回復の術が足りないのでしょう。使いはしましたが、込める力加減がまだ、よく分からないのです。

ユウリの世界とは、時差があり丸一日近くも起きていたそうです。

異世界から来て時も渡っているのかも知れないのに……。そんな身体でこんな時刻まで何も言わずに尋問も受けて……。疲れていても当たり前です」


 ディンの隣でクロスは自分を責めて少し悔しそうな口調だ。


「こちらが、初めから害のある者と見ていたから、言えなかっただけだろ。ユウリは賢い所もあるから」



 二人は小さな声で話しながら、その場を離れベッドから一番距離をとった応接セットの椅子に向かい合わせで座る。

 クロスは先程の調書をディンに差し出した。


「ディン……知っていましたか?ユウリは、あれでも17だそうです。働いた事もなく親の庇護の元、学校で11年ほど一般的な教育を受けていたそうです」


「もっと幼く見えるな。

集団の中でか……だからジュリア様と同じ年でもあんな風なのか?

それにしても、ネックレスがあって良かったな。少なくともお前は頼れる味方になれる」


 ディンは調書に目を通しながら、切なげに溜息を落とした。クロスは、珍しい物を見た様にして、からかうようにディンに言った。



「怯えられているのは私も同じですよ。寝てない事を指摘したら、気を使われてしまいました。

ユウリは、元からジュリア様とは違うタイプなのでしょう。だからディンも、気になって仕方ないんじゃないですか?

さて、私達も頑張ったユウリに笑われないよう報告をすませましょう」


 クロスの言葉に、ディンは調書をテーブルに置くと厳しい顔付きになった。


「ジュリア様なりに隠されてはいましたが、国宝庫の魔石は大小各一つ見つかりました。魔鏡もです。

他に、幻術の魔具とジュリア様所有の魔石と魔具がいくつか。魔石は全て使い物にならない物がほとんどだったので、魔力を一番大きな物に移しておきました。

木箱も見つけましたが開錠は殿下の前でと思いしていません。

魔石と魔具は全て私が見つけました。書籍等の回収は明日、私が信頼を置く者にさせます。

抜け道を塞いだともあったので、他の理由で怪しい所がないか確認をさせました。けれど、そのような痕跡があった報告は上がってきてませんね


「じゃあ、やっぱり盗難もたまにあった波動もジュリア様か?」


 驚く事なくディンは問う。予想していたかのような態度だ。


「盗難は、時間が経っていて魔力も残っていなかったので、おそらくとしか言えません。

波動は、今日は6回もありましたから、場所が更に絞れました。5回目にやっと確定出来たのでジュリア様の部屋に行くと、不在でしたけれど。侍女もジュリア様は、部屋にいると思っていました。

部屋には、狭い範囲で魔力流出を防ぐ障壁を作る魔具があり、使い込まれて弱くなっていました。その魔具のせいで確定が難しかったのでしょう。

ユウリの話しとも辻褄が合います。本当に巻き込まれたのでしょうね」


 クロスがベッドの方を同情するよう見やり、うっとうしそうに髪を後ろに払った。


「俺も間諜以外を考えてみたが、どうも考えにくい。何かを企む様子を感じない。

一応、仕事の話も出してみたけど、返事も反応もなかったしな。

男慣れもしていないから、色じかけで何かの情報を探る事も出来ないだろう。身体に特に筋肉もついてなく、殺気の一つもなく無防備だ。あれで何か出来た方が不思議だ。

ロイズに懐いていたから、知り合いかとも思ったが違うようだったぞ。

時計すら見ても知らないようだった。時間は読めていたから、文字は読めるんだろうな。」


 あくまでも探る為だとゆう様に話すディンに、クロスは軽く眉を寄せ嫌みの様に話す。


「筋肉を見る為にしては、空気が違ってたようですけれどね。私も、抱き上げたり、額に口づた時のユウリを見て、慣れてないとは思いました」


「そんな事をしたのか?」


 テーブルに手をつき、腰を浮かせたディンに、クロスは軽く笑った。


「お互い様でしょう?

口づけは疲労回復の術の為です」


「それなら、お前は指先一つで出来るだろうが」


 呆れた様にディンは言い、椅子に腰を降ろした。


「とても興味深くて、つい。ユウリは、とても可愛らしい反応でしたよ。

ディン。魔具も詳しく調べるには時間がかかります。やはり、明日にでも殿下に記録を見ていただき、問いをして頂くまでは終えていた方がいいでしょうね」


 クロスは仕事の顔付きになるが、ディンはお茶を入れに面倒そうに立ち上がる。


「あのジュリア様の起こした事だ。陛下もユウリの事に納得なさるだろう。処分は、甘くはないと思うが」


「そうですね。あのジュリア様です。上手く切り抜ける手も考えてあるはずです。かなわないでしょうがね」


 二人は同じような事を考えていたらしく、顔を見合わせ、同時に大きな溜息を落とした。


 そんな事があったとは知らない私は、ひたすら眠り続けていた。


 そんなディンの居室に、また朝がきた。


「様子はどうだ?」


「身体に詳しい医術の方にも今日も見て頂きましたが、やはり疲労回復の術と関係なく眠っているだけのようです」

 居室に入るなりディンは、暖炉の前のラグの上に布を広げ、壊れた魔鏡や魔具、魔石、箱等を広げているクロスにベッドに目を向け聞いた。



「そうか……。お前と記録の石とジュリア様の部屋の物を陛下の前に届け報告した後、記録を陛下は見られたそうだぞ。

ユウリが眠っているのなら起きるまで待つとの事だ。

魔具の方はどうだ?」


 ディンの報告を受けてもクロスは、浮かない顔をしている。


「他の魔具は、だいたいは分かりました。改良も問題なく、状態の悪い物も直せます。

けれど、魔鏡は直せるかどうかわかりません。魔力を流してみても漏れます。望む場所の現在過去を写し出したそうなので、調べてみると古代の時の魔術が見つかりました。とゆう事は……」


「ん……」


 寝ている私の耳に、何を言っているか分からないけれど、聞こえる二人の声。


 そして、目を開けると柔らかいベッドに暖かい布団。目をこすり辺りを見回した。


 夢のはず……。もう少し寝よう。


「ユウリ!」


「大丈夫か?」


 もう一度寝たら夢が覚めるかも知れないと、二度寝するつもりだったのに、クロスとディンの慌てたような声がして目が覚めてしまった。


 やっぱり、夢じゃなかったのか……。


 私は、丸二日も寝ていたらしい。


 椎名さんは転移した夜に眠り、翌日の夕方に目覚めたそうだ。

 私は更に眠り続けたらしく、今は転移して四日目の朝10時。


 ぼんやりする頭と起きない身体で、ディンから果汁入りの水を受け取った。

飲んでみると、渇いた喉が潤って、水分が身体に浸透して行く気がする。


「なにか頼んできます」


 安心したようなクロスが居室を出て行き、ディンがベッドの端に座る。


「私ずっと寝てたの?」


「あぁ。寝ていた」


 寝ている間、私はディンの居室のベッドでたまに目を覚ましても虚ろで、また眠り続けたらしい。

 そして、ディンとクロスが外の仕事の合間にも様子を見にきてくれたり、ロイズを部屋に置いて外で仕事をしていたりしたらしい。


「心配しましたよ」


 戻ってきたクロスにも声をかけられた。


「そんなに大変そうな事しなくても私、寝てるだけだったらどこでも良かったのに……」


「陛下の指示だ」


「医務室に移そうとしたのですが、知らない人の中で目覚めるよりはいいだろうとの陛下のお言葉でした」


 ディンの言葉をフォローするようなクロス。

 私は違和感を感じてしまった。



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