クロスの事情聴取4
「ユウリ。必ずお返ししますから」
椎名さんは、嫌そうな顔で首を横に振る。けれど、クロスは何か考えがあるように見える。
渡しても渡さなくても結果は同じに思えた。
「椎名さん。ごめん。もう私は全部話したの。ごめんなさい」
私は後ろめたい気持ちになりながら、ネックレスを外しクロスの手にそっと置いた。
そして日本語で語りかける。
『クロスさん。鈴木悠理です。痛みと傷を治してくれてありがとうございました。
椎名さんは王女としては、いけない事をしたのかもしれない。けれど、私はそのネックレスのおかげで、とても助かっています。それがないと、今頃どうなっていたか……。だから、だから……もういいでしょう。クロスさんも、椎名さんの事を許してあげてよ。
椎名さんも、もういい加減にしようよ。』
クロスに伝えそびれた感謝と名前を言うと、椎名さんをかばうような事を言ってしまった。
言葉の分からない椎名さんに文句まで言った。
良い子になりたい訳じゃない。嫌なだけ。
椎名さんの態度は今、思い出しても嫌な物だし、まだ帰りたい気持ちももちろんある。
けれど、気分が落ち込んでいる時に聞いた、ディンの言葉は更に私を落ち込ませた。
いくら私でも、王女が国宝を盗んだ事の重大さは、この場で理解出来る。
そして、その国の問題に無関係なはずの私にも、発覚のきっかけが自分である為に責任を感じてしまう。
もう、嫌だった。
私の前で揉め事はたくさんだ。
揉めるのなら、私のいない所で揉めて欲しかっただけだ。
「ユウリ。***********。******」
言葉が分からず俯く私に、クロスが優しい手つきでネックレスを私の首にかけてくれる。
私が顔を上げると微笑んだクロスに、これで終わりかと安心する。
「ジュリア様。魔力のある私が言語変換の魔具を持ち、今まで異国の方がこの国の言葉を習ったような発音のユウリの言葉が、初めて綺麗な音で聞こえました。ユウリは全く魔力が無いからだったのですね。
なのにジュリア様は、そんなユウリの口から出た、別れる際に聞いたユウリの名も、初めて聞くはずの名も一度聞いただけで何故そんなに綺麗に発音出来るのですか?
ユウリの口から出る音は、それ程に聞き慣れ耳になじんだ音なのですか?
ディンは、私と同じ綺麗な発音ではないのに」
クロスの言葉に諦めたように俯くだけの椎名さん。
「ネックレスは国宝庫に保管していた魔具なので、魔力を使いすぎて疲れてしまわない為に魔石も付いていますね。
ジュリア様が魔力を押さえて魔具を使われても、綺麗な音に聞こえていたのでしょう。
ユウリは聞こえ方は、どうですか?」
「私の名前以外は、綺麗に聞こえます」
私のお願いは無視され、クロスは厳しい態度だ。私の気力は限界になりそうで小さく答えた。
「いくら意識しても魔力は身体から、わずかではありますが滲み出るものです。それが、ユウリの持つ魔具か魔石に作用するのでしょう。
綺麗に聞こえるのなら何よりですが、私に名の正しい発音も教えて下さい。名だけ違和感があるのは、私達の発音が違う事と個人の特別な物だからでしょう」
クロスはため息を落とし、区切りをつけるように椎名さんに言った。
「さて、ジュリア様。殿下が贈られたネックレスを、何故ユウリが持っているのか。部屋にあった魔術関連の物と木箱は何に使われたのか。
何故、ユウリがジュリア様の部屋にいたのか、明日陛下の前でお話いたしましょう。暖炉の上の物もご了承下さいますね」
「え?うそっ」
驚いた椎名さんに釣られて、私も暖炉の上を見たけれど何か白い石があるだけだ。
「監視と事情聴取の為に居室にいるのですから、当然でございましょう。よろしいですね」
「いいわよ。分かりました」
「ジュリア様は無茶をなさりすぎです。お疲れなのでしょう?もう、お部屋でお休み下さい。
ユウリは、ネックレスがとても助かり、少しは不安も解消されたように言っておりました。そこだけは、良い事をなさいましたね」
「私がお送りします。暗がりは怖く不安でしょうから。そうだろ?ジュリア」
ふて腐れていたのに、柔らかい態度のクロスとからかうようなディンの二人の最後にかけた言葉に、椎名さんは小さな女の子が泣きたいのを我慢するような顔になる。
「鈴木さんなんて大嫌い。送りは結構です」
なのに、椎名さんは椎名さんらしく居室を出て行った。
隊長室のドアが閉まるのを確認すると、ディンが居室のドアを静かに閉めた。
「ユウリ。大丈夫か?」
ディンに聞かれたけれど、私は大丈夫じゃない。なんだか情緒不安定すぎて、どうしようもない。
答える気にもならず、自らラグに行きクッションを整え背中を預けて足から毛布をかける。
暖炉に木を焼べ火かき棒で調整していたクロスは、そんな私を見て柔らかく微笑む。
そして、鬼のような言葉を残して光りに包まれ消えた。
「話しを聞くのも後、少しですからね。もう、ディンでも構わないでしょうから説明をお願いします。けれど、私が戻るまで止めないで下さいよ。油断なりませんから。
では、ユウリ。今度は甘い美味しい物を持ってきます。頑張りましょう」
椎名さんには、明日にするって、疲れてるようだから休めって言ったじゃん。なら、私も明日でいいじゃん。私なんて、巻き込まれトリップして、痛くて怖い思いもした。
なのに、気を失って熱があっても頑張ってるのに、椎名さんだけずるい。もう、やだ……。
一人で心の中でブツブツ愚痴っていると、不意に前の位置にディンが座り身体に力がはいる。
そんな私を見て、ディン躊躇いがちに話し始めた。
「これは決まり事なんだ。誰にでもする事だ。気を悪くしないでくれ。
王族に害を及ぼす疑いのある者に事情聴取する場合、聴取する物が記録として映像と話の内容を記録するんだ。
暖炉の上にある石があるだろ?あれに記録をして、陛下にお見せして判断を仰ぐ事になる。そして、今回の場合は陛下から問いがなされる事になる」
今までの私は嘘もないし、私の世界でも記録は取るだろう。黙ってされたのは嫌だけど、気を悪くする事なく頷ける。
「今回は、クロスが聴取する事になっていたから」
「ちょっと待って。私、着替えたよ……」
思い出したら、ディンの言葉を遮ってでも聞きたい事だ。重大問題だ。
ショーツをカボチャパンツに履き変えたんだよ?ワンピース着てたけど。
上半身ブラだけで、外そうかと悩んだんだよ?
「あぁ。この部屋には、外から簡単に侵入できないし、ユウリに魔力も無い。
なのでユウリの場合は、クロスとロイズがこの部屋に来てからの記録だ。クロスが席を外している時も止めてある。安心しろ」
色々思い出してると、ディンとの二人の時間まで出てきていたので、尚更良かった。
ここに来て初めて素直に良かったと思える。安心して胸に手をあて、息を吐きだした。
「今は記録中だけどな」
ディンの呟きに私は、慌てて正座をして姿勢を正した。記録が残るなら、それなりに意識もしてしまう。
ディンも表情を引き締め続きを話した。
「今回は、クロスが事情聴取担当なので、記録の石と報告をクロスが陛下にする。陛下が記録をご覧になった後、陛下に記録の中のユウリの言葉に嘘偽りが無いかを問われる。
そして、ユウリは別の石に手を置き答える。その石は、真実の石とゆう名で真偽を見分ける石だ。
その石の判定の色で、記録に何か嘘偽りがあるとなれば、真実を話すまで再聴取となる。
真実を話すのならば、今のうちだ。嘘偽りがある毎に追求も刑も重くなる。
それでも、あの石の今の記録がその為に使われる事を了承するか?」
「分かりました。好きに使って下さい」
私の、普通に答える態度にディンはどこか安心したように見えた。
よく考えたら、こんなの隠し取りされていたみたいじゃないか。
記録する事情は分かるし納得している。私の話しに嘘はない。信じて貰えるのなら助かる程だ。
自分でも信じられない出来事だから、覚え違いがあるかも知れないのが気掛かりなだけで。
真実だと出ても、安心不安が混ざり合う心境にもなるけど……。
それに、普段の私の映像となると、酷い顔だし態度もよく覚えていないだけに、余計に恥ずかしいだけだ。
私は記録も使用方法にも納得した。担当のクロスもいないのだから、もう止めても良いだろう。
記録されていると分かった今は、余計に気を使い緊張してしまうだけだ。
無言で私を観察するように見てるだけのディンに、止めろと念を送りながら見つめ返した。
けれど、灰色の瞳にも見つめ返されるだけで、身体は動いてくれない。
お互い無言なだけの時間が続くだけだ。
「あの……もし、もう必要がないのなら止めてもらってもいいですか?」
その言葉にディンはピクリと動き、人差し指を立て暖炉に向けた。
「止めたぞ」
やっと落ち着けて、足を崩し壁の一点を指差した。
「あれは時計で、今は10時ですか?」
「そうだ」
縦長の不思議な物が時計と分かり、気になる事があった。
「私を何時頃に部屋で見つけましたか?」
「確か……昼の2時前だ」
じゃあ、椎名さんの熱の篭った話を結構長く聞いたので、1時には部屋に転移したとしよう。学校で帰ろうとしたのが6時半位だから……。
黙々と指折り数えると、私の世界と時差が5時間半位もある。なので、私の体内時計は午前3時半位だ。誤差があるとしても熟睡している時間だ。
どっと疲れが出て、数えるんじゃなかったと後悔した。
「ユウリ?どうした?」
「時間を数えていただけです。大丈夫です」
私の世界のだいたいの時間が分かると、こんなに眠く疲れてても不思議なかった。
ただでさえ暖炉の前が、とても気持ちが良いのに、より強い眠気に誘われる。一人だけなら、すぐにも寝てしまいそうだった。
けれど、目の前に観察するディンがいて、まだクロスの聴取も残っている。
聴取は私の話しが本当だと信じてもらう為の唯一の手段だ。
大きく口から漏れそうになったあくびは、ディンから顔を逸らし俯いて噛み殺した。
「ユウリ」
ディンが私を呼んだので、顔を向けると軽く眉根を寄せた。
「もう何もしないから、そんな風にするな」
低い声と共に、ディンが開いた身体の距離を縮める。
ゆっくりと私の頬に手を添え親指の腹で、そっと私の目尻を拭う。
そして、その手で私の頭を甘やかすように数回撫で、髪をすいて背中をたどり腰に落ち着いた。
「今は、詳しくは話せない。だが、俺もクロスいる。一人じゃない。大丈夫だ」
あくびの為の涙が、安堵の涙に変わってしまいそうだ。鼻の奥がツンとして、涙が出てしまいそうになる。
「また……。ディン。いい加減になさい」
突然、私の背後から聞こえたクロスの声に涙が引っ込んでしまった。
「泣いていたから、大丈夫だと言っていただけだ。記録と使用の了承はとれて、ユウリが望んたから止めたぞ」
「それならば良いですが……。ドアの前でロイズが中に入っても良いかどうか、気にしていましたよ」
頭から手を引き言うディンに、クロスも答えながらラグに座った。
「ユウリ。時間も遅いので、冷たく甘い飲み物しかありませんでした。どうぞ」
それは、緩い濃度のシェイクの様な味の飲み物で冷たく甘い。少し顔が綻んでしまう。
「美味しいです」
「良かったです。明日には何か違う物を用意します。
では、時間も遅いので手短に済ませましょう。記録しますね。ディン?」
「行ってくる」
少し顔クロスは脇に挟んでいたクリップボードを手にし暖炉に手を向け、ディンは居室を出て行った。
記録されると分かり正座に姿勢を正した私に、クロスの問いは一般的だった。
住所、氏名、年齢、職歴、家族構成、犯罪歴から始まった。
この世界の事情聴取用なんだろう。
住所は日本にしても、魔術関連や得意技や得意な武器などの分からない質問もあった。
クロスの解説を聞き、正直に答えるとクロスが筆記用具で書き留める。
武術や馬術を習った事も無かったので、ほとんど無いと淡々と答えられた。
「以上です」
クロスが暖炉に手を向けたので、記録は終わりなんだろう。
正座に付き物の足の痺れに我慢できなくなり始めた頃に、やっと聞けた。クロスの言葉に時計を見ると11時だ。嬉しすぎて確認してしまう。
「もう今日の事情聴取も記録も終わりですか?」
「はい。終わりですし、記録も止めました。遅い時刻ですが入浴できます。どうしますか?」
お風呂に入りたいけれど、睡眠欲の方が大勝利だ。今、お風呂に入ると中で寝てしまいそうだ。
「寝させて下さい。私の世界は1日24時間で、その計算で数えたら今日の11時は、向こうの日付の変わった午前4時半位なんです。5時間半位も時差があって、びっくりしました。
」
クロスに答えながら、痺れと痛みに一人で悶えながら足を崩し、横座りをした。
右足の方が痺れてピリピリ酷くするので、右足は伸ばし曲げた左足に手を添えやりすごしていた。
すると、クロスの眉が下がり膝を使って私に近寄り、足に手を伸ばしてくる。
いや、やめて。
触らないで。