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疑問

「ユウリは夜会の経験や令嬢が持つ夜会の心得はある?」


 総侍女長の礼儀指導が初日の一般市民の私に、そんな物がある訳がない。


 もしも、私がきちんと礼儀作法だけでも身につけられていたら、こんなに苦労はしていたい。

夜会できらびやかで優雅に見えるご令嬢は、この行儀作法やダンスの練習という名の訓練を努力でやりこなし、身体は絞られ磨かれているのだろう。


そう帰宅部の私の筋肉が痛みとともに教えてくれているから、あながち間違いではないはずだ。


 現状、ディンが言い残した「しっかり話をきいとけ」という言葉は、もう私の記憶から綺麗に消えていた。お茶しながらお話も出来たし、そろそろお開きにして本格的に休憩しようかと、油断して言葉を選んでいたくらいだった。

 ロイズの言葉で思い出しても黙って首を横にふるしかできない。


 するとロイズは初めて見る険しい表情になってしまった。


 これは、いよいよ私がきちんと礼儀を弁えて行動しないと周りの王族に迷惑をかける事になると言うことなんだろう。

 付け焼き刃にもならない礼儀作法でも、何とか嬉しい言葉を総侍女長からもらえた。けれど、夜会ではそれだけでは大丈夫ではない作法があるんだろう。しかもダンスも出来ないとくれば、大きな心配になるのかもしれない。


 正直、夜会での立ち居振る舞いは一切わからない。

 丁寧な言葉で挨拶と礼をして微笑みながらエスコートに従いさりげなく場を移す。そんな指導しかなかった。


 他にどんな心得があるんだろう。

 もしかして、テーブルに食べ物があっても勝手に食べてはいけないとか?前菜からとか順番があるとか?

ダンスを踊らなければならないとか?

 今からキャンセルできないかな。窓全開で寝て風邪ひいて、それを理由に欠席できないかな。


 見当もつかず不安がグンと大きくなった。


「その様子だと何も知らないかな。夜会は参加者同士の繋がりを作ったり、男女の出会いの場でもあるんだ。

この限られた集まりの場では、あまり褒められない評判が多々あったり、野心を持つ癖が強い方々も参加される。

そんな中ではユウリは間違いなく注目をあびるだろう。だから、注意する事を教えにきたんだ」


 私が思った事とは違う事は分かるが、意図が分からず首をかしげる。


「だからね…例えば、年齢問わず男達に囲まれて甘い言葉で口説かれたらユウリどうする?」


 私が言葉を発するタイミングは、また完全に失われた。その変わりに、つい笑いが吹き出してしまった。


「な、ないない。絶対に」


 込み上げてくるどうしようもない衝動を抑えきれず、笑い混じりに言葉を続ける。

二人はため息


「だっ…だって私、一般人だし元からモテないもん。この世界でもでしょ。この髪と目で変に目立つだろうけど」


椎名さんの言葉だ

あぁ、周りが美形ばかりだと痛みが倍増だ


「あのね…美醜だけの問題じゃあないんだ。

ユウリがこの城で、この部屋でもてなされているだけでも十分に特別な客人なの。神話にも黒を神聖な色としているしね。」

 

え?そうなの?初耳やん


「わからないかな。夜会の場の男はね、女性に声をかけたりもてなしたりする事は礼儀。ユウリちゃんにエスコートの相手がいても、普通は親密な関係や親族や婚約していても乾杯の後には別行動になる事も多い。


 しかも、男が声をかけるにしても誰彼かまわずじゃない。容姿、好意、興味以外にも地位、権力、利権、財力とか色々な下心から付け入ろうとする奴もいるんだ。ま、ユウリちゃんは容姿の部分では好みは分かれるだろうけど」


「そうかな?俺は好みだよ」


自覚はあるが、人に言われると気分が良くない。気遣うようなロイズの言葉にも、目付き悪く「はいはい」としか返せない。


「けど立場は黒髪と黒の瞳をもつ王族の客人だ。なんて紹介されるかは、まだ分からないけれど周りの下心を煽るには十分すぎる立場だ」


「私って…ある意味要注意人物?」


なんだか、私の厨房で働く夢にヒビが入って端からポロポロ欠けていく気がする。

いやな予想しかわいてこない。


「要注意じゃない。重要だよ。少しは自覚できたかな?今回は、限られた地位のご令嬢の社交デビュー所の場でもあるんだ。当然、色々な方々がいらっしゃる。

そしてユウリちゃんは、きちんと自分の事を知っておかないといけない。

こちらも注意を払うほど目を引くかもしれないからね。」


ランバートは笑うが私の、一般人としての一人立ちの夢はくだけ散った。

頭の中がグルグルしそうだ。


ユウリちゃん、立ってみて。ほらとランバートは言いながら私の腕を引いて立たすと、すっぽりと腕の中に囲う。驚いて逃げようとしても拘束は増すばかりだ。


もがいても抜け出せないし、こんな密着なんてした事がない。顔に熱は集まるし胸を両手で押しても、なかなか距離は作れない。


「もう、分かったようだから」


そんな言葉と共に腕の拘束から助け出してくれたのはロイズだった。



「ロイズ。やっぱりロイズはロイズだね」


「うん。ごめん。意味がわからない」


わからないと言いながらも可笑しそうに笑うロイズの背後に私は逃げ込んだ。


「僕は魔術師だから、力に関しては一般的なものだ。けど、ユウリちゃんは逃げだせれなかった。見知らぬだれかにされたらどうする?」


そんなの、嫌に決まってる。

そう言いたいけれど、ロイズの背中にしがみつくしかできない。


「まあまあ、ユウリは剣術や武術とかを習ったことはある?」


「ユウリちゃんて今までどんな所で生きてきたの?無防備すぎるんだね」


「魔術はないし、剣なんか持って道を歩いていたら捕まるような所に住んでいました!剣道や柔道みたいな習い事はしていません!無防備とかじゃなくて、普通にしてただけなのに…」


自分で言っているうちに、何もかもが怖くなりそうで俯いてしまう。世界の違いを突き付けられたようだ。


そんな私にロイズの体の動きが伝わり温もりが移動していく。頭にも撫でられるような感触がする。そして、さっきよりも温かい口調の言葉が耳に入ってきた。


「魔術や武術を使えるかは問題じゃないんだよ。ろくに鍛練も積んでないのに限られた短い時間身につけた小技ひとつに自惚れて、暴漢を撃退しようとする方が危ないしね。

言い過ぎたようだね。ただユウリが心配なだけなんだ…」


「そうそう。相手が逆上して魔術できたら魔具もあるから良いけど、素手で来られたらユウリちゃんはかなわないしょ?だから、用心しなきゃ。今回の夜会には、本当に善悪色々な人が招待されてるからね。下心がある事を知ることも大切だからね」


ロイズに抱き寄せられ、ランバートに優しく頭を撫でられ涙が出そうだったのは内緒の話だ。





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