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クロスの事情聴取3

「隊長?」


「ディンでいい」


 ドアを開けて出ると誰もいない。呼びかけてみると、私の背中側から声が聞こえて驚いて身を固くしてしまった。


「……ディン隊長」


 壁に持たれているディンを振り返り見上げて呼んでも、つまらなそうに私を見て返事もしない。

 なんだ?面倒くさい人。


「ディンさんで良いですか?」


「まぁいい。どうした?」


 ため息をついて返事をされてしまった。

 こっちが、まぁいいだ。もう、なんなんだ一体。


「顔を洗いたいので水を出して下さい。冷たい水でザブザブ顔を洗ってサッパリしたいんです」


「分かった」


 つっけんどんで八つ当たり気味な私の言葉に、ディンは洗面所に入り蛇口の上に手をかざし水を出してくれる。

 すぐに、前髪が濡れるのも気にせずに何度も両手で顔を洗う。フウッと大きく息を吐き出すと、思った通り更にスッキリして薄目を開けて辺りを見た。


「新しいタオルだ。使え」


 探していたタオルをディンに差し出される。黙って受け取り、力を込めて顔を拭くと気持ちまで切り替えられた様に思えた。


 まだ流れ出ている水が気になり見ていると、ディンがまた手をかざし止めた。センサーみたいと思っていたら、まさにそうだった。ディンが教えてくれた。


 直結1センチ程の魔石が蛇口近くに埋め込まれていて、手をかざして込める魔力で温度も水量も調節出来るらしい。


 この世界では誰でも使えるそうだ。けれど、隊長の地位にいるのでいつ何があるか分からないので、ディンは魔力温存の為に少ない水なら栓をしたボールの水ですますらしい。


 もちろん私が試してみても無反応だ。少し不安に思っていたら、魔力の少ない人も水を使う時にはボールや瓶や井戸を使ったり、誰かに助けて貰っていると教えてくれた。


「いつでも言え。このくらい大丈夫だ」


 いや、大丈夫じゃないし、いつまでもこの部屋にいるつもりもない。早くディンの独特な空気から離れたいくらいだ。


 目を逸らすように窓に向けると外が暗い。

 そういえば、これまで気が付かなかったけれど、私が学校で帰ろうとしていたのは夕方の6時半位だったはずだ。


「今、どの位の時間何ですか?」


「もうすぐ8時だな」


 縦長の板に溝があり赤い小さな玉とメモリと数字がある、時計の様な物を見てディンが言う。数字が25まであるという事は、1日25時間か?


 椎名さんの部屋から結構な時間が経っている気がするのに8時前って。そんな訳ないだろう。

 時差まであるせいか余計に疲れる。眠い……。タオルで口を隠して小さくあくびをした。


「ユウリ……。もし、働く事になれば俺の所に来ないか?」


 は?ディンの所で働く?


 予想もしてない提案に、ディンを見上げると真面目な顔だ。


「城は侍女か下女だから俺の所とは少し違う。クロスの魔術師部隊と俺の騎士部隊とは、する事はそう違わん。

俺の事は嫌だろうが、ロイズもいる。仕事も他の者と一緒に掃除、洗濯、炊事の手伝いをする位だ」


 私と向き合うディンの灰色の瞳は私の目から、まだ外されない。

 私は働けるの?てゆうか……それよりは帰りたい。


「そうしろ」


 ディンの長い両腕がゆっくりと動き、私の腰と背中に回され距離が縮まる。

 私はどぎまぎしてしまい、両腕を外そうと片手をかけ、離れようと身体を軽く反らす。


「逃げるんじゃない」

 回された両腕に力がこもり元の距離に引き寄せられ、片手が肩から下に強く撫でる。整った顔が穏やかに見え、ディンの低い声も灰色の瞳も甘くさえ感じてしまう。


 椎名さんの部屋とは、違う意味で距離の近さに逃げたくなった。


 視線が絡む中、腕の手が下から上にゆっくりと撫で肩を辿り首で止まった。そして、肩の下まである私の髪を避け私の首筋をあらわにする。

 ディンの少しガサついた指先の首筋を撫でるような動きに、恐くも無いのに身体がビクリと動いてしまう。


「クロスか?」


 意味の分からないディン行動が目線と小さな呟きで、やっと首筋に出来た剣の傷の事を気にして言ってるのだと分かる。


「あの……」


「俺が治そうと思ったのに……あいつは」



 そして、ディンが身体を屈め顔寄せ私の首筋にあった傷の辺りを唇でゆっくりと何度も辿る。

 なんなんだ、やめて欲しい。傷も無いのに。


「来る」


 私が言葉で伝えようとすると、ディンは呟き身体を起こして居室を見る。

 何が来るのか分からず私も居室に目を向けると、薄い光が徐々に濃くなりクロスが現れた。

 私達を見たクロスは開口一番、不機嫌そうに言った。


「……ディン。離れて下さい。あまり時間もない」


 どちらの言葉に反応したのかディンの身体は離れたものの、腰の手はそのままにラグのクッションに連れて行かれる。

 先程と同じ位置に三人で座り、私は姿勢を正した。


「どうだ?」


「全て完了。ユウリに何をしていたのですか?やめて下さい」


「何も……時間ないんだろ?」


 ディンの問いに、まだ不機嫌そうなクロスが言い、ディンがしれっと答える。


 何も?あれ位のスキンシップは、この世界では普通なのか?そうなら、私にはきつい。


「ユウリ。すみませんが甘い物は後にさせて下さい。他にジュリア様は何を話されましたか?教えて下さい。嫌な予感がするんです」


 考えていると、暖炉を人差し指で指差し焦った様子でクロスの問い掛けは始まる。


「なるべく早くお願いします」


 なので、椎名さんが私の世界を魔鏡で見つけた所から覚えている限りを全てをクロスに話した。

 私が話し終えるとクロスは、片手を額に当て溜め息をつく。

 私も、椎名さんの気持ちが少し分かってしまい溜め息がでる。


「嫌な予感が当たったようだぞ」


「私に用なら呼んで下さい」


 ディンはクロスに言いながら立ち上がると、クロスの答えを背に受け、さっきのドアを出て行った。半分開いたままにしたドアからは、もう一つ部屋が見える。


「あちらは、隊長室です。ジュリア様が来られました」


「オーディーン!私と一緒にクロスフォードの所に行って下さい。どうしても話しにならないのです」


 なんで分かるのか分からないけれど、クロスの言葉通り、椎名さんが来たらしい。慌てた様な声も聞こえる。



「クロスフォードなら私の居室におります。呼んで参りますので、こちらでお待ち下さい」


「あなた達は此処でお待ちなさい」


 ディンの言葉の後に椎名さんの言葉が続き、隊長室のドアが閉まる音がする。


 居室のドアを開け中に入って来たのは、よほどの急用だったのか薄いピンクのスカートがふんわりと膨らむドレスを着た椎名さんだった。


「鈴木さん?なんで貴方が此処にいるの?」


 私を見つけた椎名さんは驚いたように言った。


 なんでって……椎名さんが私をこの世界に連れて来て、部屋で放置したからじゃんか。


「ジュリア様。行儀が悪すぎます」


 クロスが言った途端に、椎名さんは目を潤ませ泣きそうな顔になる。


「クロス……。私のいないうちに集めて、部屋から持ち出した物を全て返して下さい」


 ディンは、椎名さんの後ろの開いたドアの前で、人差し指を立て唇に当てている。静かに?黙れ?どっちだろう。


 考えながらクロスと二人立ち上がると、クロスは椎名さんの前に行き向き合う。


「クロスフォードとお呼び下さい。後、王より魔術に関する物を持ち出す許可も頂いておりますのでお返しする事はできません」


「ですからそれは……」


「ジュリア様の魔術の練習の為とは、先程お聞きしました。しかし、それにしては心配な点が幾つかあります。

ジュリア様のお身体に何かありましたら、大変でございます。本来でしたら練習場でなさる事ですし」


「わ、私は魔力も少ないので魔具の研究をしていただけです。酷すぎます。これからすぐに返して下さい。

それに、なぜ此処にあの者がいるのですか。ここはディンの居室でしょう。私でさえ、今日初めて来れましたのに」


 クロスの身体から、涙が流れていない椎名さんが顔を覗かせた。クロスの背中で見えなかったけれど、泣いているような声音だったのに。


「此処にいるのは、監視と事情聴取の為です」


 椎名さんと私の方に身体を向けたクロスに、言いながらディンが私の隣までくる。


「そこまで不審に思うのであれば、何も此処でなくてもかまわないでしょう」


「ならば、ジュリア様がわざわざ城まで呼んだ憐れな恩人を、留置室で調べろとでもおっしゃるのですか。魔力も全くなく、気を失い熱まで出しているのに」


「ディンの居室でなく客室でも構わないではないですか」


 それからディンの返事が返って来ないからか、椎名さんは不機嫌そうに私の方少し歩み寄り四人で向き合う形になった。


「大丈夫だ」


 ディンを見上げたら、見下ろされたので、見つめ合う様になってしまう。


「でも……椎名さんも一人で寂しかったんだろうし」


 私に自由がなくなり、知り合いもいない、異世界で過ごして初めて孤独が分かった。


 巻き込まれただけの私が、なんで怪しまれ、此処にいないといけないのか。

 自由もなく、仲の良い人も、頼れる人も誰もいない。

 トイレ一つ、見慣れない食べ物にも戸惑う。

 なのに帰る力も手段もない。


 少しの時間だけの私でも、やりきれなくて、寂しくても、怖くて八つ当たりも出来なくて、方法があれば逃げ出したくなる。


 椎名さんの立場は、魔力の少ない王女としか分からない。


 小さな頃からベッドの上で過ごして、大きくなり限られた自由と、仕事か心許せない限られた人に囲まれ決まり多く日々をすごしたと。

その中で偶然、鏡の中に見た私の世界に憧れて勉強と努力を重ねて計画をたてたのだとも聞いた。


 不安よりも興味が勝り、つかの間の自由を求めて逃げ出すように異世界旅行をしたのかも知れない。

 誰にも迷惑をかけない計画もたてて。

 そうして、学校で見ている私達にも伝わるくらい楽しい日々を過ごし、この世界に戻った。


 そうなら、助けようとして巻き込まれた私は邪魔で当たり前だ。

 私が助けようとしなければ良かったんだ。

 私が悪かったんだ。


 どんどん気分が落ち込んでしまう。


「それでも、ジュリア様は第三王女だ。今回、それを理由にしてはならない。お前は巻き込まれたのだろう。お前だけじゃない。これは、この国の問題でもあるんだ」


 ディンは厳しい表情でそれだけ私に言い、椎名さんに目を向ける。


「クロスもディンも酷いわ。小さな頃から私を知ってるのに、私ばかり責めて。鈴木さんばっかりじゃない」


 両手で顔を覆い隠し、椎名さんは肩を震わせた。


「ジュリア様。スズキとは誰ですか?」


 椎名さんが私の話しを持ち出したからか、クロスまでも不思議そうに私の事を聞き始めた。椎名さんは、俯きがちにして片手で目元を拭いている。


「鈴木は……この者の名よ。市井で別れる前に聞きました」


「スズキは名ですか?」


「鈴木が家名。悠理が名よ」


 話した事もない私のフルネームを、椎名さんが知ってた事が驚きだ。


「ユウリ。あなたの名は?」


「鈴木悠理です」


「ユウリ。誰か家族以外の名を教えて下さい」


 次に、不思議そうな顔をしたクロスに私も問われた。


 そんな急に言われても……。


「浅田真由美」


 同じクラスの友達の名前しか出て来ない。


「ごめん。ジュリア。考え事をしていて聞いてなかった。ユウリはなんと言った?」


 急に砕け口調で、クロスが椎名さんに聞いた。


「え?浅田真由美よ」


 虚を突かれたような椎名さんが答えると、次はディンにも聞く。


「ディンは、どう聞こえましたか?」


「アサダマユミだ」


「アサダマユミ……。ユウリ。ネックレスを私に貸してもらえませんか?すぐにお返しします。その前に言っておきます。ネックレスを私の手に置いたら、あなたの名前と何か話をして下さい」


 急に名前の話しに変わり、ついて行けずにいた私はクロスの言葉に椎名さんを見てしまった。



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