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信じられない花園


 自分の力以上のクロスの力に抑えこまれ、力を込めた抵抗にも満足な結果はなくて本当に怖くなった。


「やめて下さい!」


 いきなり豹変したようなクロスに遠慮がちな力と黙った抵抗だから伝わらなかったのかもしれない。今度は、クロスの額を遠慮なく力いっぱい両手で押し離した。急激に首に力がかかり痛かったかもしれないけれど、そんなの私に関係ない。


 クロスはモテるだろうからより取り見取りの女性との、本気や遊びのピンクな色の関係に慣れているだろうかもしれない。


 けれど、私は違う。しかもビキナーだ。超が二つつくほどの初な初心者だ。


 クロスにぽぅっと流されそうにはなったけれど、私にも身の危険くらいは察知できる。絶対にこれはスキンシップのレベルじゃない。いつも妄想がピンクな色だからか分かる。


 けれど、そんな体験は私は初めてだし相手は誰でも良いわけじゃない。合意しない関係も黙ったまま進められたくない。

 こういう関係だからこそ、愛とロマンと甘い言葉があふれる時に共に想いが通じ合えた人とがいいんだ。


 思考ばかりが活躍するが、首筋から耳まで辿る唇に戸惑ってばかりじゃいられない。恥ずかしいとかより、半ばパニクりながら更に膝で鳩尾辺りを強く押し上げるとクロスの身体は思いの外、軽く離れていく。その隙にすぐ立ち上がると肩で息をしながら、揺らぐ瞳で私を見上げるクロスを見下げた。


 いくら美形だからって、誰でもホイホイついて来ると思うなよ!


 つい勢いで口汚く心で罵ってしまった。心臓が暴れまくり口に出るまでいかなかっただけだけど。


 これまでクロスにいくら優しく助けられたからと言って文化だからと言って、私の理性はなんでもは許せなく珍しく攻撃的だった。


「ユウリ…?まぁいい。」


 まぁいい?なにが!?どう良いんでしょうか?良くないでしょ?


 どこかの小説の貴族や巫女や勇者のように地位も美貌も力もない巻き込まれただけの私が、クロスにする態度じゃないかもしれない。

 けど感情のまま一言文句を言おうと今度は口を開らいたが、クロスの方が早かった。


「やはりユウリは無防備すぎますね。相手が私だったから良かったものの、あなたは魔力も腕力も技もない小柄な女性です。危険が迫った時には、まず大声で助けを呼びながら私達を強く思い浮かべて呼びかけて下さい。せっかく伝達の魔具があるのですから。そして…」


 いきなり冷静になったようなクロスの説教がはじまった。私は出鼻をくじかれた上に頭の中に浮かんだクエスチョンマークがどうしても消えない。

 そんな事はお構いなしにクロスはカウチに姿勢よく座りなおし、無表情ながらも優雅な仕種で冷めたお茶を飲んでいる。


「今回は私だから良かったものの、もっと気をつけて下さい」


 お前が言うか!

 帰る事に関して頼りきり信頼もしているけれど全然良くない!

 クロスがあんなやらしそうな事してきたんでしょ。いくらお世話になっても気持ちがなけりゃ私は受け入れられない。


 私はやめてって言ったじゃん。分かりやすく拒否したのに、なんで私だけ悪いみたいに言われなきゃいけないの。


「だって…」


「私は全力でいくと伝えました」


 きっぱりと意味の分からない事を言い切るクロスの態度に納得が行かず、モヤモヤし始めた頃に言われてしまった。


 私に対する全力とは困った時は力になってくれる支えの事じゃなかったの?覚えてたのに…。

 もし、それが求めていないいつかの身体の慰めの支えだったら「頑張って下さい」なんて言わなかったのに…。


「ですが、今回は危機感を煽る為もありやりすぎてしまったようです。ユウリを不快にさせて申し訳ありませんでした」


 謝られても困る。もしかして全てそんな理由の演技だったの?


 それならそれで本気にした私が馬鹿みたいだし、そんな実地演習を求めてもいないので腹立たしくなってしまう。急速に頭の芯が冷えていった。


「ご心配ありがとうございました。けど、口での注意でも私は分かりますから。用心の為にこれから誰とも二人きりで会いません。護身についてはディンに相談してみます」


 言いながら寂しくも感じてしまったけれど、深呼吸をして低くクロスに告げた。やはり、この時間も現実なんだから私の世界の美形もそんなもんなんだろう。美形なんか嫌いだ。


 ならば、これからの為に本格的に護身について学ぼう。魔力のない私には魔術系のクロスより肉体系のディンの方が良いかもしれない。絶対に明日ディンに話してみよう。


 その時、庭園に一瞬まばゆい光が射した。それは転移の為だったらしく、つむった目を開けるとディンが立っていた。


 ディンは鋭い視線で私達に駆け寄り、辺りを見回すと一気に肩の力が抜けた様子だ。


「これは…どういう事だ」


 剣の束から手を離すとクロスに聞いていた。


「伝達の魔具の試験です」


 当然のように平坦な声でクロスは答えるが、ディンはクロスを鋭く見つめたままだ。


「ユウリの感情は、弱くでも俺に魔具を通じて伝わってきた。さぁ、どうする?転移で部屋に戻るか?」


 それから無言の時間の後、クロスにむく目を私に向けると困惑したように言ったので、両肩を自らの手で抱いたまま頷いた。


 助かると思っていたけれど、ディンの両腕が腰のあたりに回されかけると、つい身体が逃げてしまった。ディンの表情は変わらなかったけれど、怒りのような感情が頭に伝わってくる。


 反射的な動きだったけれどつい、思い付いた苦しまぎれの言い訳を俯きがちにたどたどしくした。


「あの、あまり魔力は使わない方が仕事にいいんじゃ…」


「軽く話す事ではないが、魔石に使えば俺の身体が朽ち果てる程の魔力は貯めてある。このくらい平気だ。行くぞ。」


 今度は遠慮なくぐいっと強く腰を捕まえられたけれど、あまり密着しないように気を使うようなディンの両腕に素直に囲われた。


「後でお前の部屋に行く。詳しく聞かせてもらおうか」


 低く言い放つディンの声の直後に転移の光に包まれた。




 その後…。クロスは部屋を訪ねてきたディンと二人で、酒を飲んでいた。

 お互いの一日の疲れを労う乾杯の後に業務連絡のような会話が終わると、ディンが話を変えた。


「で、どういう事だ?」


「あまりにもユウリが可愛らしく腹立しかったものでね」


「それは今になって分かった事じゃないはずだ。なぜだ。」


「私がユウリに本気だと伝えたら、頑張って下さいと言われました。なのに、あまりにも無防備だったからですよ」


「だからと言って…怯えていたぞ。伝達の魔具の性能もお前、勝手に上げたろ」


「ほんの少し範囲を広げたら、近距離での伝わりが強くなってしまいました。私の魔力が重なったからでしょう。また調整しますが、相手は私とディンなのだから問題はないでしょう?

けれど、さきほどはユウリからあからさまな嫌悪もなく、戸惑いながら高揚感もありましたから嬉しくて…。まぁ、これからは嫌われ無いように気をつけます」


「お前がそんな事で喜ぶのは珍しいが、ユウリは男慣れしていない。媚びるように教育された女とは違うんだぞ。まぁ、確実に許容を越えたんだろうな」


 飄々とした態度のクロスにディンの表情は険しくなっていた。


「それに性能の高い伝達の魔具は信頼関係がある者以外は、捜査で泳がす犯罪者に使う物だぞ。位置探知力までも増加さて…。せっかく俺が危機を察知する程度に調整したのに何をしてくれてる。目的は守る為と知っても、ユウリには気分の良いもんじゃないだろう」


「だから、王族レベルほど強くしていません。ディンのように私も心配だったのですよ。お詫びがてら、ひとつ良い事が分かりましたのでお教えしましょう。ユウリは向こうに伴侶と考えるような決まった相手はいませんね」


「なぜわかる」


「私が迫っても最後に強く拒否をしました。慣れているのなら遊んでいたでしょう。相手がいるユウリなら、そうならないように警戒して初めから強く拒否をするはずです。戸惑って高揚して最後に拒否とは、いたとしても伴侶と考えるような相手や強く想う相手でなく、見たままの純真なユウリと思いました。しかも私は嫌われてないようでした」


「生憎だが俺はユウリに警戒されるなら解けるまで待つがな。お前の言う事はただのガキの言い訳だ」


 口元をクイッとあげて見透かしたように話すディンに、余裕の表情だったクロスはお手上げのポーズをとった。


「私が悪いのはわかっているから、慌てて目的をすり替えたんですよ。けれど、本当にユウリは愛らしくて堪らなかったのです。あんななのに私を癒してまでくれました。今回は大きな失敗をしましたが、これから挽回します」


「じゃあな。明日も早いぞ」


 立ち直ったクロスの言葉に何も答えずディンはクロスの顔も見ず部屋を出た。


「やはりディンもですか…。これは本当に考えないと…。」


 ドアが閉まると、静かになった部屋にクロスのため息まじりの独り言が落ちていった。




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