危険な花園
「そうですか…。ご理解頂けているのならなによりです」
ごめんなさい。
本当はクロスから伝わる感情の全部や何故そんな感情なのかよく分かりませんでした。
そんな事を正直に言えるようなクロスの表情ではないくらいは私でもわかる。
そして、クロスが真剣に私が帰る手立てを全力で探してくれているのなら、私は鍛練を習って未知の屋根裏の人にもしもの時は少しでも抵抗出来るようにする方が良いかとは思う。
クロスは屋根裏の事は知らないだろうから、ただの親切な運動の提案だったのかも知れない。けれど、天井裏に人がいて記録の石がある部屋にいる私の隣にはもしかしたら身の危険が潜んでいるのかもしれない。
小説や漫画では、よくある事だけれどもそれを我が身に起きるかもしれない現実と考えると、クロスの苦悩は私の中で怯えと心配に変わり何とかしなくてはいけないと焦りが出てきた。
「明日から鍛練がんばります」
さっきから、ぐるぐる回る思考で出した答えを告げると、虚をつかれた様な顔になったクロスに愛想笑いを浮かべてごまかした。
クロスの様子から、なんだかまた話しが噛み合ってない気がしてきた…。けど、ここで負けちゃいけない気が強くする。
笑顔全開。ひたすらニコニコする私の考えなどお見通しのように、気を取り戻したようなクロスは妖しく微笑むと天井に指先を向けてクイッと曲げた。
すると、カウチの真後ろ以外の明かりが消えてただ一つ残る光の照度も落ちた。今は暗い豆球くらいの明るさだ。
「ほら、花が咲ききりましたよ」
次に何を言われるかと構えていたのに、さっきまでのドキマギさせられた言葉や態度とは打って変わり、いつもより爽やかで穏やかな言葉をクロスは言った。
「鍛練は明日からにしますか…」
それに伴い密着気味な身体も離れていった事にひと安心してしまう。クロスの中で正解の答だったからだろう。
クロスは元気が出たようだし、私は密着する体制から解放されてなによりだと緊張の連続で考える事も放棄した。
ただ疲れてしまって、ずるずるとカウチにずれぎみに背中をもたれかる。背もたれに身をまかせるとクッションの助けもあり居心地良がとてもいい。
きっと、先程の意地悪にも見えたいつもと違うクロスは私の目の錯覚だったんだろう。いつもと違うクロスに理由を尋ねるとまた意地悪なクロスになりそうだ。あえて深く考えずに言葉に促されるまま茂みに目を向ける事にした。
茂みには、咲いている夜光花の数も増えて光も香も強くなっていた。こちらの照度も落ちたので、さっきよりも綺麗に宵闇の中に光が見える。
そのままクロスと並んでカウチ座り花を眺めていると、クロスとの距離が縮んだ気がした。少し近すぎる気がしてお茶を飲み離れて座り直すと、クロスの片腕が私の肩を抱くように背もたれに置かれている。クロスの方を見ても顔も視線も咲き誇る花に向いたままだ。
なのでこの腕は、たまたま置いただけなんだろう。彼氏もいた事がない私が意識しすぎているんだ。私のスキンシップレベルもまだまだだらしい。
ならば、この隙にと、しみじみとクロスの手をみると、爪の形も良く細く長い指のわりに筋張っていて女の人の手とは明らかに違う。けれど男の人にしては綺麗な手に思えた。憎い事に髪が銀色のせいか産毛すらも目立たない。
ちっ。美形は手まで綺麗だなんだなんて…。やってられないわ。
あぁ。ここでムダ毛を気にする私のスキンシップレベルが更にあがって、美形慣れしてしまったら私の世界に戻った時にどうなってしまうんだろう。
これからも美形は当たらず障らず遠くから眺めるだけで、平凡で真面目で平和な人とお付き合いしたいと思っている。私も平凡にコツコツと平和にやっていきたい。
けれど、美形にしかときめかなくなっていたらどうしよう。
ある日突然に美形に落ちてしまう恋もあるだろうが、性格に惹かれてジワジワきたりして気が付く恋や色んな恋があるはずだ。
これからの相手がどんな人か分からないけど、やっぱり一緒にいて落ち着かない事は避けたい。
どうしよう。
こことは違い、相手が美形なら私の世界では珍しさのカケラもない存在の私は失恋確定だろうから。
そこはアピールかな。知りあう事から始めたら平凡好きな美形もいるかもだし…。
それは憧れはして稀少だからこそ、漫画や小説になるように思えるけれど…。
けど大丈夫。私の世界で美形に失恋したからって気にする事ない。美形が少ない私の世界では、美形に失恋する人の方が絶対に多いはずなんだから。平凡に見える人とだって、失恋する事もあるんだからね。
それに、失恋は人を大きく育てるから大丈夫。きっと次に出会う人とは、また違う幸せ見つけられるはずだ。
美形平凡相手は問わず私の失恋確定で話しはすすんでしまった。何が大丈夫か意味の分からない脳内一人女子会は終了した。その後には虚しくなり、がっくり頭をたれるだけだ。
好きな人が出来る前に失恋した気分だなんて…。やっぱり語り合える女友達が欲しいな。
「ユウリ。夜光花には言い伝えがありましてね。遠い昔にそれぞれ家が決めた許嫁がいたにもかかわらず、当たり前の夜会で出会ってから惹かれ合い強く強く想い合った男女がいたそうです。それから、その二人は周囲に婚姻の意志を話してみても親達にも反対にあったそうです。そして、別れさそうと親から出された辛い試練を互いに信じ合い仲間の助けを借りながら乗り越えた末に民の祝福を受け、親達にも認められた日に咲いた花と言われています」
考え混んでいた私にクロスは優しく甘やかすように語りかけてくれるけれど、自分が美形でモテモテの微笑みの君のクロスだ。私の悩みなど、分かるはずがないだろう。
いつもより低い声で話すクロスと真面目に視線を合わせていたら、背もたれにあった長く固い腕が私の肩を抱くように回っていた。そればかりか、私の膝の上にある手もクロスの手が重なり強く握りこまれて身体ごと寄せてきている。ジリジリと迫るようなクロスから距離を取ろうとしても、背もたれと膝の上に乗られた手から逃げるようにしたはずなのに私はカウチに横になってしまっていた。
いつの間にか私の腰の当たりに乗るような体制になっていたクロスは、余裕をなくす私とは対象的に蕩けてしまいそうな笑を浮かべて頬を熱く感じる温度の手の平で包みこむようにも繰り返しなでている。
やややややってば。
近すぎですって。おかしいよ?
顔の距離も近すぎて、化粧もしてないから隠してない三つの大きなニキビがバレバレになってしまうじゃないですかぁ。今、思い出したくなかったぁ。
「あの、あのですね…」
泣きたくなりながら一番目立つ小鼻の大きなニキビをクロスに見られないように、さりげなく顔を背けた。顎と額のニキビは隠しようが無いけれど、クロスと同じ距離から見ても肌のトラブルには会った事が無いような跡のない綺麗な肌を持つクロスに見られたら恥ずかしすぎる。
そんな肌のトラブルを恥ずかしがる私の乙女心も分からないのか、さらにクロスは距離を縮めてきた。隠すように動かし添えた手も膝に戻されてしまう。
「あぁ…これを気にしているのですね」
私のニキビに唇を寄せられ柔らかな感触と共に、いつか感じた暖かい温度に治癒されたのだとわかった。
手にニキビは触れず全てが治った事に感謝はするけれど、治癒は手をかざすだけで出来るはずだ。このまま単純にニキビが治ったと喜んでいてはいけない。
スキンシップレベルが低い私はジリジリと狭く感じるカウチの上で後ずさろうとするけれど、クロスは私に微笑みながらまた距離を詰め密着しながらカウチの高いひじ掛けに追い詰められた。
いやいやいや止めてよ。それだけ美形なんだから、私よりよその綺麗なお姉ちゃんに行ってあげてよ。
そんな所にクロスは自分の流れるように輝く髪をかきあげて耳にかけた。
ここのスキンシップレベルでは当たり前かもしれないが、それから頬を寄せあい耳や頬や唇の際どい所まで口づけられていたら私の身体は緊張して固まってしまう。しかも、そのまま耳元で柔らかく囁かれ耳の中にクチュリと濡れた音がしたから、もう私の許容範囲は一気に越えた。
意外と固い胸のクロスを力いっぱい押してもビクともしない。逆に背中と腰にあたる腕に力が篭ったのがわかっただけだ。
「ユウリ…。ここは普段でも男女の逢い引きの場所にもなるのです。特に夜に夜光花のある園に誘われ受ける意味には、十分気をつけなくては相手に気を持たせてしまいますよ…」
もう、もう、よ〜く分かりましたから。夜光花の事はしらなかったんです。
だから、耳に唇当てて囁かないで〜。
「知らなかっ…た…」
ジタバタも出来ずに初めて知った耳から頭と背中に走る、のけ反ってしまうほどの感覚に声を漏らしながら涙目になりつつにげようと身体を捩った。そうすると、今度は手応えがあったのか離れた至近距離のクロス瞳が、濃い紫が暗闇なのに本当の宝石のようにみえてしまった。
「大丈夫ですよ。誰からも見聞きできないように私が結界をはっています。ユウリが良いなら部屋に連れ帰りたいのですが…」
クロスの手は私の脇腹を撫でている。
そんな事をいわれても私は、ぜんぜん大丈夫じゃない気がします。いや、見られないなら噂にならないだけが大丈夫な気もします。
クロスの思惑は分からないけれど、男性の力に身の危険を感じた実地を忘れない事にします。このままの空気でクロスの部屋に行く選択は頭にない。
「やっ、…ってば。部屋なんて…無理…。」
頑張って嫌々と首を横に降りながら途切れがちに言うだけで精一杯だった。
「分かりました。明日から護身術頑張りましょうね」
その言葉にひたすらブンブン頷いて、元気よく返事を返す。
「もう絶対に誰とも花園には来ませんから!大丈夫ですから!」
「止めて下さい。私の言う意味と違います」
まだまだ、私の力は足りませんね
呟くクロスの唇がまた鎖骨辺りに当てられた。
もう、本当に部屋に帰りたい…。




