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夜の花園

 クロスのいう花園は、ひっそりとした場所だった。


 数歩前には四方の柱に明かりが魔術で燈る洋風の東屋が建っている。そこは、テーブル付きの大きなカウチ席の他に何もない煉瓦が敷き詰められただけの広さがある空間だ。

 そして、花園のわりに日の光もないからか茂に花の色も華やかさもない。ハッキリ言えば夜の公園のような密会場所だ。


 辺りを見回すと、その近くにはランバートが席に控えるように立っていた。私を見て驚いた様な顔をしていたが、クロスがいるからか直ぐにそれを引っこめて居住まいを正している。

 私も幽霊がいるのかと驚いてしまった。


「ご苦労でした。もう良いですよ」


「あの…」


 私達を見て立ち直ると、ランバートはクロスに敬礼をとり、私を一瞥して視線を下げて何か言おうとした開いた口のまま動きが止まった。

 どうしたのかと首を傾げたけれど、視線の先に気が付いた。


 あ、しまった。


 慌ててクロスと繋いでいた手を離して背中に隠す。まるで、見られてはいけない物を見られてしまった気分だ。


「ランバート。ここは私だけで大丈夫です。定位置に戻りなさい」


 少し固いクロスの言葉にランバートは私を睨むように見ると、ゆっくりとした足どりで振り返りながら立ち去っていく。


 これは…。

 ランバートはクロスと手を繋いでいた私に嫉妬したのかも知れない。


 それはそうだろう。自分が好意を寄せるクロスなんだから。しかも、両想いのはずのクロスに私とお茶する場所の警護をさせられヤキモキしている所に、私達が手を繋いできたんだから。


 それは嫌だよね。

 違うんだよ。クロスは暗いから手を繋いでいてくれただけ。ランバート、大丈夫だからね。


「このような場所で申し訳ありません。ここには夜に咲く花がありましてね。なかなか綺麗なんですよ」


 生暖かい視線でランバートを見送りながら、ワクワクした気分で次にクロスとランバートが会った場面に妄想が膨らむ。そんな所に、クロスに肩を抱かれるようにして茂みの前まで強引に足をすすめられ中断した。


 それを少し残念に思ってしまった自分が、もの凄く残念だ。


 さっきの後悔が全く役立たってない自分がいたたまれなくて、一人になりたくなり目の前の茂みに集中して近づいた。すると夜に紛れて仄かな光が幾つかある。

 その花は、十センチ程の真っ白い花びらに、黄色からグラデーションがはいり中心が赤いのに雄蕊や雌蕊は蛍光の黄色の見た事がない花が光を放ちながら咲きかけている。


「夜光花というんですよ。一夜限りしか咲かないんです。授粉の為にに虫を呼び込もうと深夜になるにつれて光が強く、香も深くなるんですよ。お茶を用意してきますから見ていて下さいね」


 クロスの言葉もそここそに不思議な花を見ようとしゃがんみこんだ。


 こんな時間だからか、夜風が少し寒く感じるけれど気持ちがいい。部屋では感じられない風と香にウットリとしてしまう。そこにも、茂みに隠れてウトウトする妖精や、纏わり付く妖精もいたけれど心を鬼にして無視をした。クロスがいなければ声をかけれたのに。


 どれくらいの時間かを歩いたりしゃがんだりして、花に見入っていると気分は爽快になっていた。

 そして、両腕を上に上げて大きく伸びをしたら素敵な開放感を感じる。ポキポキと骨も鳴るけれど、それすらも心地好い感覚と音だ。深呼吸もして、首を回して肩を回し、身体を捩ったりしながら一人の時間を堪能していた。


「ん〜…」


 あ〜。何か運動したいなぁ。


 声をだしながらまた伸びをして一人の世界に入りきっていたその時に、頭からすっかり消えていたクロスの小さな笑い声が聞こえてきてビクリとするほど驚いてしまった。


「ずいぶんとお疲れのようですね。お茶の用意が出来ましたからこちらへどうぞ」


「あ…。すみません。少し体を動かしたくて…」


「謝らなくても良いんですよ。普通のご令嬢はそのように体を使う事は避けますが、ユウリがそうしていると微笑ましくて。体を動かすなら何か鍛練をはじめてみますか?」


 話ながらクロスに手を取られ余裕で寝転べそうな広さのクッションが置いてあるカウチに並んで座る。


「鍛練ですか?」


「身体を動かしながら、身を守る術を身に付けられますからね。明日からでも時間のある時に始めてみましょうか。さぁ、暖かいうちにどうぞ」


 勝手に決めないで欲しいです。運動は苦手なんです。


 心の叫びを笑顔で隠し、クロスが目の前で伏せたカップを起こして手ずから用意してくれた良い香のお茶を一口飲むと美味しい。ミルクモドキと甘味も入っているからだろうか。まさに上質のミルクティーだ。


「お口に会いましたか?この味が好みだと人から聞いたので用意しました」


 それを誰からきいたんだ!

 フォルから?もしかして天井裏の人?クロスって仲間?


 背中に緊張が走る。

 まじまじとクロスを観察しても柔らかに微笑んでいるだけだ。


 もとから、そんな人の本心を疑う事はなかったのに…。


 城にある私の部屋にいる間諜は、場所が場所だから城の中の人からなのか他からなの間諜かなのすらわからない。


 城では限られた人の関わりの中で良い人と思えた事が多かったから、疑心暗鬼になる自分がまた嫌になってしまう。


 けれど、クロスは私の味方だという言葉が嘘になってほしくなくて、そんな事を聞くに聞けないまま無言でお茶を飲んだ。

 それに聞いてしまうと関係ないにしても、どうして部屋から見えない石と人に気が付いたか聞かれるだろう。そうしたら私は上手く答えられず絶対にめんどくさい事になるはずだ。


 だから、ただ曖昧に笑って頷いて返事をかえした。頬が引き攣っていたけれど、あくまで口は閉ざしたままお茶を飲んでから一息つき俯いたまま口をひらいた。


「美味しいです。私の世界にあった大好きなお茶の味に似ていて、とても懐かしいです…」


 その言葉にクロスの手が、私の手を強引に動かしカップをテーブルに戻させた。


「それは良かったです。私が一番に教えて欲しかったですけれどね」


 クロスの柔らかな口調とは裏腹に苛立ちを感じてしまったけれど、これは錯覚のはずだ。いつかの観察するような視線を感じるけれど、クロスは優しい人のはずだ。


 美味しいと褒めたはずなのに、徐々にに眉が寄せられるクロスの不機嫌さに慌ててしまう。


「クロスさんには、ここに来て初めてから優しくして貰えて、美味しいお茶まで飲ませてもらえて私は嬉しいんですよ?」


 絶対に今のクロスと一緒にお茶を飲めて嬉しいとは言えなかった。出来るならロイズやリンダとくつろいで飲みたいもんだ。


「まぁ、今はいいですよ。

それより、ユウリは、ディンとだけ通じる伝達の魔具を身に付けたそうですね。これからは私も使える様に、その魔具に術を重ねさせていただきます」


 私がいつか聞いて内心笑った耳のこっているクロスの『微笑みの君』の呼び方には絶対に『極寒の』を付けるべきだ。

 丁寧な口調なのに厳しい視線が妙な迫力と冷たさを感じて怖いから。


 なんで?ディンは、お土産でくれただけなんだよ〜。


 人生で初めて触れた冷気にかたまる私に、クロスは微笑みを言いながら耳たぶを二本の指でつまみ撫でるように動される。私の感じ方とは裏腹に、クロスの心地好い暖かさと動きに耐えられず肩をすくませた。


「まだ何もしていませんよ。私もユウリが心配なんです。言語変換のピアスと一緒に点検もするので外させて下さい」


 不機嫌から一転して少し嬉しそうなクロスにどうしようかと迷ってしまう。石と天井裏から監視のようにされている今だ。誰が味方で敵意をもつのかわからない。私の生活の支えの魔具に何か悪さをされたり、取り上げられたら路頭に迷ってしまう。


「どうしましたか?」


 目の前のクロスも険しさは取れて、私のようにどこか困った風に言う。

 それで心を決めた。


 クロスは怪しさ満点の私に最初に優しくしてくれた人だ。今から思えば、あれは中々してもらえない事だ。きっと大丈夫。女は度胸だ。


 頷くとクロスは髪を耳にかけ、細い指が耳たぶの前後にまわり二つのピアス外されトレイに置いた。そして、クロスはピアスを一組ずつに手にもち握った。


『もういいですよ。伝達からつけましょうか』


 短い時間だった。

 それでも私を見るクロスの言葉が分からず落ち着かない。伝達の魔具を手にもっているからそれから付けたらいいんだろう。


 ならば、自分でつけたい。ぜひともだ。

 無言で手を差し出しても、クロスはピアス片手に微笑むだけだった。


 しばらく、見つめ続ける私の耳に低い声が届き、口角がキュウと上がる口元が見えた。


『…ユウリ?』


 降参です。


 手を戻して髪を耳にかけるとクロスの少し冷たい指先が耳たぶをなで始めた。


 どうでも良いから早くして欲しいと願った時に、やっとピアスが入る感触がした。


『んっ』


 まだ、なじまない新しい穴の痛みに声がもれる。途端、背中にクロスの両腕が回され抱きしめられ心臓が大きく動いてしまう。両手で胸を押して距離を取ろうとしてもビクともしない。


『あなたは目障りです。

私には始めから邪魔な存在で留置室に訪れたのも油断させ、後の面倒を避ける為だけでした』


 そのまま私の耳元で囁くように話す言葉に意味も分からず頷いた。言葉の意味よりも、耳に触れる唇の方が気になって仕方がない。


『それなのに今はユウリの事が頭から離れない。ユウリが求めるので元の世界に帰れるように、手立てを探してもいます。全力で。

だけどそれが、ユウリの幸せと分かっていてもとてもやりきれなくなるんです。帰りたいと泣くユウリだけど、日に日に帰したくなくなる私はどうすれば良いのでょうか…』


 付けたのは伝達の魔具だけど、クロスの切なく苦悩するような感情だけが伝わってきている。

 私まで辛くなってきてしまい慰めるように背中なでた。


『ユウリ、私はどうすればいい…。』


 けど、唇の感触と密着には限界だ。離れたくいけれど、伝わってくる感情は無視できない。


『えっと…何を悩んでいるか分かりませんが、クロスさんはいい人だし優しいと思うから頑張れば大丈夫だと思ういますよ?』


 そう言葉をかけて励ますように腕たたいて、手を以外と広い背中を大きくゆっくりなでる。


『ユウリ…』


 顔をあげて苦笑を浮かべて、今度は首筋に顔を沈めるクロスに困ってしまう。こんな風に甘えられてもどうしたら良いか分からない。


 伝わる感情や様子から明かに今までのクロスとは違い弱っているんだろう。


 困ったなぁ。


 跳ね除けるわけにもいかず、落ち着くように、元気が出るように願いながら黙ったままクロスの頭や腕や背中を撫でつづけた。


 その後、いくらか落ち着いたのか無事にクロスの手から二組のピアスは耳に戻った。言語変換もつけた後の伝達の試しも成功した。


『送還の方法を探す事もユウリに対しても、どちらにも手は抜きません。全力で行きます。覚悟しておいて下さい』


 晴れ晴れとした笑顔のクロスのなのに、宣言するように伝わってきた言葉に逃げたくなるのは何故だろう。


『えっと…よろしくお願いします。頑張って下さい?』


 ごまかすように首を傾げて返事をした。




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