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逃避

 庭に降り立ち転移の光が消えるとクロスに手を繋がれ引かれたので、自然と並んで歩き始めた。

 不思議と驚きはしても、恥ずかしくない。慣れない事の緊張で手汗が気になるだけで抵抗は少ない。


 私の世界では考えられない事だ。こんな風に手を繋がれて、こんな風にいられる訳がない。

 これも私のレベルが、ここの世界の過度なスキンシップ文化に揉まれるうちに上がってしまったからなんだろうか。


 憧れていたのに…。


 学校帰りの道で、たまたま一緒になった同期生の片想いの人に声をかけられ並んで歩いている私。

 クラスは違うけれど顔を会わせば挨拶をして、たまに一言話しかけられるけれど、私からは見かけると見つめるだけだ。

 もちろん今も話す言葉はいつもより多いけれど、細切れで少なかった。


 本当は、もっと仲良くなりたいのに…。


 何を話せばいいかわからなず言葉かでない。きっと、つまらないよね…。


 嫌われたくないけれど話題も思いつかないまま考えていたその時、私の横を猛スピードの車が通り抜けた。


『…っ。びっくりしたぁ』


『わりぃ』


 立ち止まった私は何故か謝られて、彼に私の腕を強く引っ張られる。見ると彼が車道側に立っていた。


『あ、ごめんね。ぼぅっとしてたから』


 彼から返事は無く、そのまま私より大きな手が手をとり力を込めて握りしめてくる。


 手を繋がれて驚きながらも、嬉しくなった。


 図々しくも、もしかして、もしかしたら手を繋いできてくれるなんて、ほんの少しだけでも期待をしてもいいんだろうか。胸がドキドキして顔が赤くなってしまう。


 俯いてばかりだったけれど思いきって彼の顔を見上げた。すると、視線が合ったのにしばらくするとフイと反らされて分からなくなってしまう。


『また、あんな車が来たら危ないから…。そんなの俺が嫌なんだ』


 少し耳を赤くして前を向いたまま彼は言った。


 なんてのに憧れていたのに…。


 なのに初めて手を繋がれて歩いているはずの私は、何でこんな枯れた様な心情なんだろう。

 今がこんな私の乙女の純情は、まだ大丈夫なんだろうか。


 そんな自分の事ばかりに気を取られていたが、隣で庭を歩くクロスを見上げるといつもの見惚れる美貌に疲れを滲み出しているようだ。それに何か考えこんでいるように見える。


 そんな様子でさえも妙な色香を放っている事が羨ましくなってしまう。私とは美形レベルが違うからなんだろう。


 もしも、こんなクロスが私の世界の普通の職場にいたら周りは放っておかないはずだ。


『お、いたいた。なぁ、クロス。さっきお前の担当の新人、ケバい奴らに囲まれてたぞ』


『それは、すみませんでした。普通に指導して出来が良かったので褒めただけなんですが』


 新入社員に普通に指導しただけなのに。あれこれと


『まぁ、一応どっちにも釘はさしておいたけれど…。あの人も少しは考えて仕事を振れば良かったのに、お前も大変だな。なあ、そうだ。この前、接待した取引先!あれ上手くいきそうだぜ。来週には話を詰めて契約となるだろう。予定に入れとけよ』


『あれってチームのですよね?全員参加なら出席しますが、契約の話でしたら上と先輩方で十分なんじゃありませんか?』


『まぁ、そう言うな。ご指名だ。頼んだぞ』


 その取引先には、いちゃもんばかりつけてくる嫌な奴がいた。この取引の脅しの材料にするかのように、嫌な奴に妙にベタベタされた。よくある事だか、正直勘弁してほしい。


 お互いに利益のある契約を持ち掛けたのに好きでもない奴に体を撫で回され、何度も点火スイッチが入りハッキリと苦情を言いそうになった事か。あれは、常習だろう。


 しかしながら、昼休みにわざわざ探して来てくれた同じチームの先輩の頼みを無下に断れるはずもない。

 部署に戻り目を向けた上司は、電化製品の新製品カタログを瞳を輝かせて見ている。実力のある人だが、この手の悩みでは当てにならないだろう。


 やってられないが、契約の場にも引っ張り出すのであれば黙ってはいない。

 こちらに有利なように話を進めさせてもらう。その提案は出来ていて先輩達に確認を取れば行けるはずだ。


 一通り仕事を終えても、どうしてやろうかと思うばかりで気分は晴れない。

 そんな中で、帰りのロビーで声をかけられた。


『よぅ、しけた面してどうした』


 声に釣られて気分が晴れ、振り返り姿を見て安心する自分は、もうあと戻りできないんだろう。


『ディンか。いや、揉め事に巻き込まれていて…。今日は覚悟して置いて下さい。寝かせませんから』


『は?いや、待て。俺は明日仕事なんだ』


『明日は休みのはずです』


『だからって、やめてくれ。身が持たない。俺の休みをベッドで寝るだけで終わらそうとするな』


 ここはロビーだ。

 遠巻きに二人の会話を聞いていた女性達は頬をそめるか、見惚れている。

 それを流し見たクロスは口元に美麗な笑みを浮かべ、ディンの腕を引きながら夜の町に消えた。


 おかしい…。


 慰められるクロスを妄想していたのに、腹黒いクロスになってしまった。さっきの冷気にあてられたからだろうか。

 さっきクロスから感じた冷気は、何か毒素を含んでいたのかもしれない。


 これでは、ディンが腹黒いクロスに好き勝手にされてしまい、翌朝に体が辛く怒りながらも許してしまうディンになってしまう。

 ディンのイメージが全く違う。


 良いかも知れないが、私がショックを受けてしまい申し訳なくなって顔が見れなくなってしまいそうだ。


 職場を出た後、二人は健全に居酒屋に行ったんだ。酒に強いクロスとディンがしこたまのんで、珍しく二人で仲良く二日酔いの遅い朝を迎えるんだ。


 それがいい。そうしよう。


 そこで気が付いた。


 あ、それより私は妄想が癖になってしまったんだろうか?それとも現実逃避?


 どちらにせよ、私は妄想の時間が増えすぎてしまっている。しかも、妄想を嫌がっているクロスの前でだ。


「ユウリ、何か悩み事ですか」


 いけない。これはいけない。


 クロスは普通なら私が話す機会もない立場の人だとか、私も城にいるからには馴染む努力をしようと思ったばかりじゃないか。


 私は自分の意気込みを伝える為に考えて口を開いた。


「すみません。大丈夫です。クロスフォード様。ご心配ありがとうございます」


「やめてください。余計に心配になりますから。ありのままでいて下さい」


 いえいえいえ。大丈夫です。


 その心の一言を頑張って謝罪も込めて心からの笑顔も付けて、令嬢イメージで言ったのにクロスの反応は呆れたような顔の後で苦笑するだけでだった。


「さぁ、そろそろ花園につきますよ。お茶も私が用意しましたからね」


「ありがとうございます。クロスフォード様」


「ユウリ…。クロスと呼んで下さい」


 もう帰りたくなっていたけれど、用意を整えられているならと言えなかった。


 帰りたいけど言えない気持ちで返事を返せば、クロスに反らせないような強い視線で見つめられた。


「ユウリ?クロスです。わかりましたか?」


「クロス…さんですね」


 片眉をわずかに上げられたけれど、呼び捨ては出来なかった。




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