クロスの事情聴取2
「……その時に、階段から倒れそうになったジュリア様を支えたんです。さらわれそうになった事は、ジュリア様に口止めされていました」
このままだと私は、どうなるか分からない。今の現状よりも悪くなるかも知れない。
働くどころか、不審者として留置室より酷い牢屋に入れられ、拷問とかされて追求され続けるかもしれない。痛い事は嫌だ。
私は、澄まして嘘をつき話しを繋げた。咄嗟に口裏を合わせられた自分に感心してしまう。
「嘘ですよ」
「え?」
思いもかけない言葉がクロスから飛び出す。
しかもクロスは表情を緩めて小さく笑い、そのまま穏やかに私に話しはじめた。
「ジュリア様は、階段でユウリに助けられたとしかおっしゃってません。
その貴方は魔力も全く無く、魔具も武器も持っていない。そんなひ弱な身体で、武術も身につけてなさそうです。
出された物にも少しも警戒をせずに、何でも素直に口にしていました。
私の陽動にも簡単に単純にひっかかり、表情もとても読みやすいです。
どこかの間諜にしては、役に立たなさすぎます。ディンはどう思いますか?」
クロスの最後の言葉と目線にドアを振り向くと、そこには隊長がいる。
「俺達に囲まれて捕らえられたら泣いて怯えて腰まで抜かして、今でも俺やクロスにいちいちビクつく。
演技なら大したもんだけど、部屋の中に俺が転移しても気が付かない間抜けな間諜なんているわけないだろう」
「隊長……」
どうやら私は、どこかのスパイか害をなす者として、二人に疑われ続けて試されていたらしい。それは、決して気持ちの良い事ではなかった。
「お前の隊長じゃない。ディンでいい」
部屋を出る前より表情も口調も柔らかいディンが、さっきの机でカップに紅茶もどきを入れてラグに置いて座る。
「俺にも、茶くらい飲ませろ」
穏やかなクロスに向かって砕けた口調と態度で言うディン。
もう、何を誰をどう信じたら良いかわからなくなった。
けれど、私がスパイか害をなす者としての疑いは二人の中から消えたようだ。
強い緊張が解けて安心してしまい、身体がよろめきラグに手をついて支えた。
「ユウリ。すみませんが、まだ聞かないといけない事があります。横になってでも構いません。続けさせて下さい」
「クロス、こいつ熱が……」
「聞いておかなければ、明日もジュリア様のお話だけを聞く事になり、ユウリの立場が悪くなります。
このままでは、明日には私がユウリを探らないといけなくなるかもしれません。魔力が無いのにですよ」
私の背中を支えながら言うクロスの言葉にディンは立ち上がり、ベッドから毛布、ソファーから全部のクッションを持ってきた。
ディンに背中に回られ私の身体に力が入ったけれど、構わずクッションを重ねている。
「横になって寝られたら困るから、もたれてろ。少しはましだろう」
私を試していた割には、二人の言葉も態度も厳しいけれど優さも感じる。
足をくずして素直に背中を預けると、怠い身体がとても楽になった。大きく息をつくと、ディンがお腹から足先まで毛布までかけてくれる。
「あの……ありがとうございます」
「かまわん。さっさと始めろ」
無愛想にディンは答えて元の位置に座る。
「ユウリ。貴方は何者ですか?どうやってあの部屋に入ったのですか?正直に話して下さい。でなければ、私の魔力でユウリを探らなければなりません。もし、そうなれば魔力が全く無いユウリなら身体も精神も壊れ、一人で生きてない身体になるかもしれません。最悪、ユウリの人生を終わらせてしまう事も考えられます。私は、そうしたくはないのです。」
クロスがまた尋問するように聞いてきた。
表情も眼差しも厳しい物だったけれど、脅すような言葉の時にクロスが私から目を逸らせたので、やりたくない気持ちは伝わる。
もちろん私だって嫌だ。魔力なんて物も、私には無くて当たり前だった。
クロスが、やりたがらない理由は分からない。
それが、自分が疲れたり嫌な思いをするからか、このまま私を生きさせたいからかは、そんなの理由は何でも良い。
「信じて貰えないかも知れませんが、私はこことは違う世界から来ました。気が付いたらあの部屋にいました。ごく普通の一般の人間です」
しばらく考えた私は、正直に全て話す事にした。クロスに魔術で探られたら、元の世界に帰れる希望も無くなりそうだから。
それにもう、一人で抱えきれなかった。
椎名さんより、まともに話しが出来そうな二人に私の話をただ聞いて欲しい。
クロスの脅すような言葉よりも、そんな気持ちの方が私の中で大きかった。
そんな私の言葉にクロスが息を飲み、ディンがお茶でむせる。
けれど、すぐにクロスが尋問するように厳しい態度で聞いてくる。
「何の目的の為にですか?」
「目的も何も……ただ、あのお姫様の異世界トリップに巻き込まれて連れてこられただけです。来たくて来たんじゃありません」
「トリップとは何ですか?お姫様とは誰ですか?」
「トリップとは異世界転移と言えば分かるでしょうか……。お姫様とはこちらの、ジュリアとゆう姫です。
その人が私を巻き込み異世界転移したと教えてくれました。この世界でそういう転移は、何百年も前にしか例がないとも聞きました」
話し始めたうちに、椎名さんに対する苛立ちや憤りが溢れ出し、椎名さんに敬称なんてつけられない。ジュリアと名前を口にする事も嫌だ。
少しでも冷静になろうと毛布の柄を見つめながら、両手を組み力を込めて握り合わせる。
「まぁ、落ちつけ。さっきの水だ。飲むか?」
ディンが水をすすめてくれるけど、受け取る気にもならない。首を横に振って断り、そのまま話し続けた。
「私は、こことは違う世界で普通の家に生まれ両親と弟と4人で暮らしていました。こちらと違い、魔法も剣も日常にない世界です。着る者も食べ物も部屋の様子も違います。
私は学生で、通う学校に去年転入してきて進級してからクラスメイトになった椎名珠璃愛とゆう女子生徒がいました。
その子が、こちらのジュリアという姫です。クラスメイトでも私は、話す事もほとんど無く同じ教室にいるだけでした」
数時間前まで、学校から家に帰って何をしようか考えていた。こんな所でこんな話しをするなんて、夢にも思わなかった。
話すうちに丁寧な言葉で分かりやすく伝える気持ちの余裕は、あっという間に無くなった。私の言葉で事実だけを伝える事だけに専念した。
「階段で助けたのは、本当……。違う、助けようとしたんです。椎名さんが学校の階段の残り二段くらいから、沢山持った荷物と一緒に通りかかった私の方に倒れてきたから、助けようとして腕を支えたの。
そうしたら、空気が歪んで包まれて、凄く眩しい光に包まれて……。
目を開けたら、髪と目の色が変わっていた制服の椎名さんと、私があの部屋にいたんです。」
返事が無いので、顔をあげるとクロスは少しも姿勢は崩さず真摯に見える態度でいる。
ラグにいないディンを探すと、ドア近くの壁にもたれ腕組みをして、厳しい顔つきで私を見ていた。
「信じられないでしょ?私だってそう。けど、椎名さんのベッドの下に鍵のかかった木箱があって、そこのベッドにあるのと同じ制服が入ってる。椎名さんが胸元から出した鍵で開けてた。それで私の前で制服から、ひらひらのブラウスに着替えて制服畳んで片付けてたもん」
頭から私の話を疑わず、椎名さんと違い迷惑そうにもしていない様に見える二人の態度。
私は、嬉しくなり感情のままいつもの言葉になって話してしまった。
涙腺も緩んできてしまい、涙が滲んできて俯いてしまう。
「お父様に子供の頃に貰った魔鏡と、国宝庫から持ち出した魔石で転移したって、椎名さん言ってた。今はどっちも、小さなひびが沢山入ってた。使えないって言ってたけど、椎名さん、部屋の引き出しに片付けてた。
幻術と言語変換の魔具も自分で改良して使ったって。このネックレスは、言語変換で椎名さんに最後に貰ったの。見て聞いてて。」
ネックレスの存在を思い出し、外してクッションの下に隠した。そして、クッションに触れないように背中を起こす。
『どう?これが私の日常の言葉の日本語です。通じますか?』
私は、もう泣き笑いの顔になっているだろう。これ以上、二人に信じて貰えるように話も実験も出来ない。
「ユウリ、***************」
『何を言っているか、わからない……』
クロスが、言葉が分からず諦めたように首を横に振る私に、ネックレスをつけるジェスチャーで語りかけてくる。
私がネックレスをつけている間にクロスは膝立ちになり、時計らしき物を見上げていた。
「ディン、私が行く。私の専門だ。許可もある。
ユウリ。少し休憩にしましょう。甘い物は好きですか?これから取ってきます」
クロスは、私に微笑み言った後に暖炉に右手をかざした。次にその手を、首にかけた宝石のついた大きなメダルに当て、何か短く呟くと光につつまれ消えてしまう。
「え……」
「転移だ。すぐに戻るから安心しろ」
ディンの声に振り向くと食事のトレイの方に行っているので、私はクッションに背中を預ける。
大事な事は話せたはずだ。これから、どうなるか分からない不安もある。けれど、とても疲れてしまい少し休みたかった。
そんな私の隣にディンが黙って座り、水を差し出してくる。
今度は、受け取り口をつけると、渇いた喉が潤い気持ちが少し落ち着いた。
両手でグラスの水を眺めていると、口の前にサクランボくらいの大きさの赤い果実が出てきた。
「食え」
何かと思えば、ディンがトレイにあった果実の小皿を持ち、ピックに刺して出してきている。
声は低いけれど穏やかで表情も柔らかいけれど、やっぱりどこか怖い。
「ほら、美味いぞ」
ディンは果実を少し上下に揺らして手を引っ込める気配が無い。
なので、そのまま食べさせてもらい咀嚼する。
強い甘味と少し酸味に苺の様な香りがして美味しい。
「美味いか?」
頷くと、ディンの顔が緩み次の果実が差し出される。
「ほら」
結局、小皿にあった10個くらいの果実全部をそうやって食べさせて貰った。水を飲みながら見たディンは、観察するように私を見ている。
「まだ私は怪しいですか?さっきの話しは、本当です」
「相手はジュリア様だ。お前の話しをすぐに信じて納得する訳にはいかない。けれど手荒すぎる真似をしてしまった」
椎名さんはお姫様なんだから、難しそうな顔をしたディンの言葉も私は、すんなり納得できる。
「それが隊長としての役割なんでしょう?守られるより、前に立って今まで色々な人や国を大切に守ってきたんでしょう?怪しい私に対して、当たり前の事をしたんだから、気にしないで下さい」
ディンの事は、今でも苦手で怖い。
剣を持つ隊長という仕事と立場は小説などから想像がついたので、心の中で呟くだけにして私は立ち上がった。
「どこに行く」
私は、黙ったままトイレのドアを指差す。今は少しでも一人になりたい。
洗面所でトイレをすませると、鏡の前に立ってみる。前に来た時は余裕もなく見なかったけれど、今は話が出来て一人になれて少し落ち着いる。
鏡に映る私の顔は酷い物だった。奥二重目は赤く腫れて細くなり、鼻も赤い。泣いてばかりいたから頭もぼんやりする。
顔を洗いたくても蛇口のような物からの、水の出し方が分からない。
前は、台の近くに水を貯めたボールがあり、小さな栓がついていたのでそれを抜いて細く流れ出る水で手を洗った。
蛇口から流れ出る水でザバザバ顔を洗うと、汚れもストレスも疲れも何もかもが流れて行く気がしてかなわない。
どうしても諦めきれなくて洗面所のドア開けた。