お土産1
フォルが密談の約束を取り纏めた頃、私は着慣れた学校の制服で転移の光りと空気に包まれていた。そこは、椎名さんに巻き込まれてトリップした夕暮れの階段だ。そこに、一人だけで立っていた。そして携帯で日付を確認して沸き上がる安堵と喜びを噛み締めていた。
しばらくして、それはただの夢だと気がついて最悪な気分で目覚めたけれど。よく見る夢だけに脱力感も薄れてはきた。
落ち着けてくると、休日の二日目なのに寝た気もしない睡眠時間をとって、もったいない事をしたと感じてしまう。明日から、また解説作りなのに…。
最悪の気分のまま嫌々起きるとベッドのサイドテーブルにはリンダからの書き置きと、一通の封書が置いてあった。
書き置きには、よく寝ていたので声は掛けずにいた。起きたら昼食を用意するから知らせるようにとある。
目を向けた時計は2時だ。
お腹は空いていないけれど、喉が渇いていたので水差しの水を飲む。果汁無しの水だけれど、寝起きには水分を取りたいとリンダに話してから毎日用意してくれている。
それが、寝起きの身体に美味しく染み渡る感じが嬉しかった。ただの水が好きな私は余計に美味しく頂けるから、これだけでも最悪だった気分が少し浮上できる。
少し冷静になると食べれなかった昼食はどうなるんだろうと気になった。家では夜に回されるけれど、廃棄されたりしたらもったいない。城では必要がないだろう私の基準の心配までしてしまい自嘲してしまう。
気分を変えるついでに封書も開けてみた。フォルから、明日の昼から時間を取るようにだった
おい。私の都合で休んでいいのか。
出来る事なら全力で断りたいけれど、特異な状況でフォルは上司になるんだろうか。バイトの経験もないので、それすら分からない。
返事を焦らなくても、明日フォルに会った時の王子様の判断に従おう。もう考える事すらいやだ。
だれきった態度と同じように寝シワでシワシワになった部屋着を着替えて顔を洗いやっと目が覚めた気がした。
夕食も食欲が沸かずリンダに頼み軽い物で量も少なくしてもらいすませた。明日からまたバイトだし早くベッドにはいろうと、着替えの為に胸元のボタンをほとんど外した頃、ベランダに灯った仄かな明かりが目に入ってきた。
あれは、転移の明かり?人よね?
誰が来たのか分からないが、ベランダに転移して来たのはディンしかいない。
精霊達じゃないといいけれど、あの騒ぎようならそうかもしれない……。夜まで振り回されるのは勘弁してほしい。
「寝るなら鍵をかけろ。無用心過ぎるだろう」
乗らない気分のまま胸元のボタンを留めながらドアを開けると、ベランダの方向から声が掛かった。聴いた事のある声に安心しながら、目を向けると開けられたベランダの窓にもたれるようにしてディンが固まったように立っていた。
「ボタンも早く留めたらどうだ」
私と目が合うとふいと顔を反らせるディンは、いつもの制服姿ではなくゆるく胸元を開いた白地にブルーのストライプシャツに濃いグレーのパンツ姿だ。
髪も濡れているようだし風呂上がりか?束ねていない髪をかき上げながら歩み寄ってくるディンから、風に乗って石鹸の良い香が鼻に届くから多分そうなんだろう。
どうしよう普段着も似合い過ぎてる。厳つく見えもするディンの制服も良いけど、普段着のくつろぎ感もいいかも。しかも、顔にかかる濡れた髪から覗く目線に艶が溢れる風呂上がりだ。このギャップや色気は顔もスタイルも良いから出来る技なのか。
胸元のボタンがまだ開いたままの私の手は衝撃で止まったままだ。
どう考えても私の胸元よりディンの方が色気がある。
これが大人と学生の経験の差というものか?負けか?
いや。それは違うはずだ。学生は学生なりに頑張っている。だから、いつか色香もでるようになるはずだ。
だけど、ディンの衝撃的な色香は美形なディンだから出せる物であって、平凡顔の私に出せる訳がない。しかも、大きめの胸すら寂しい物に思えてくる。コンプレックスであり、唯一友達に褒められて恥ずかしいやら嬉いやら複雑に思っていたのに…。
「どうして何も言わない」
困惑したようなディンが私の頬に指先を添えてから、味わうように滑らせている。なのに関係のない議題で久しぶりに脳内会議を開いていた私は、すぐに反応できないままディンを見つめていた。
どうしてディンは来たんだろう。
「……ユウリ。寝室のドアを開けたままでその胸元は、どういうつもりだ?その手で俺の前で脱ぐつもりだったのなら楽しみにもなるけどな」
「へ?」
口元に笑みを浮かべ砕けた口調で話したディンの指先が耳たぶを弄りだした。
「き、着替えの途中だったんです」
やばっ。固まりすぎてた。クロスだけじゃなくディンまで、あんな艶っぽさがあるなんて、この世界の美形はひど過ぎる。
あ。その前に相手も美女だろうから、そんな色香や口説き文句には慣れいてビクともしないんだろうか。なら、彼氏もいなく口説かれた事もない私だけがからかわれたみたいに調子を崩される?
顔を赤くしたまま慌ててボタンを留めていたら寂しい考えになってしまっていた。
帰ったら絶対にまずは好きな人を見つける所から頑張ろうと、心に決めた私の傍らではディンが大きなため息を落としていた。
今日はどうして来たんですか?
ボタンを全て留めて髪を手櫛で整え、落ち着きを取り戻した頃にディンに聞こうとしたら背中を向けられている。
聞きたくても話しかけるなとでも言うように、ディンは俯きがちに髪をかきあげている。
ど、どうしよう。
「出来たか。なら行くぞ」
片手を手の平を上に向けて差し出されるけれど、どこへ行くのかが分からず小首を傾げる。
「済まないが連れて行きたい場所へは転移できそうにない。悪いが部屋だけで勘弁してくれ」
あ。そうか、散歩のお誘いがあったんだった。
思い出した時にはもうディンの両腕の中で転移の光りに包まれていた。
ディンの居室はどこか懐かしく落ち着けた。始めに長く時間を過ごしたからだろうか。今日も暖炉の前のラグにクッションがいくつもある。
「まぁ、どこでも座れ」
素直にクッションの近くに三角座りをする。
ディンが机から取り出したお土産はピアスだった。シルバーの唐草模様に似た本体に綺麗な石が三つついている。もう一つは綺麗な緑の石で出来た小さなリングの形だ。これは伝達の魔具と変幻の魔具だ。
なにもピアスじゃなくても……。
魔具は便利だけれど、いったい何個ピアスをつければ良いんだろうかと、内心ひきつってしまった。だけど、ディンの話しを聞くうちにだんだん恐縮してしまう。
「俺は剣の技は周りに認められているが、魔力はそれほど長けていない。今回、城から出た時に信頼できる筋から用意した。
伝達の魔具は触れずとも強く願えば俺の耳にあるお揃いのピアスの魔具に念じた言葉が届く。」
ディンとお揃いのリングのピアスが伝達の魔具で揺れる唐草のピアスが変幻の魔具。
伝達と言っても私の心情が周りにだだもれになる訳ではなく、対となるピアスのディンのみに伝わるよう設定されているらしい。制限されている分、ある程度の思いが強くなければ気付けない事もある。
だよね。自分の心の呟きが不特定多数にもれすぎる魔具なんて誰も付けないよね。
もう一つの変幻の魔具は私の設定になっていて、明るい茶色の髪と茶色の濃い茶色の瞳に周りから見られ、さらに印象に残りにくくするらしい。ピアスキャッチをカチッと深く入れると変幻。必要ない時には戻せば切れる便利な有り難いものだ。
そしてどちらも、魔力の小さくても強い魔石が付いている為、魔力を数年にいちど補充していれば半永久的に使える。
テレビショッピングのような売り文句を盛り上がる訳でもなく淡々とした口調でディンは話すが、そんな高性能の魔石付き魔具は、もしかして高価な物なんじゃないんだろうか。これは、お土産のレベルではないはずだ。もらってしまって良いのか迷ってしまい伺うようにディンを見上げる。
「今の状況はユウリが望みもしていない受け入れがたい事だろう。けれど、変幻の魔具を使えば、目立たず少しは楽に城内を動ける。街に行く分にも俺か護衛が着いて行けば安心だろう。お前の願いの通りに目立つ事は減らないかもしれないが、黒髪黒目が隠され動ければ嫌味や嫉み謗りが出たとしても、何か楽しみも見つかるだろう。」
「けど…良いんですか?これ、高そうですし……」
「たいした事じゃない。大丈夫だ。一番必要なお前が使わず誰が使う。断られても俺には必要はないし、他の者にやるつもりもない」
私の遠慮が伝わったのか、安心させるようにディンは俯く私の頭を撫でてくれた有り難く頷いた。そうすると、私の背中も手で軽く撫でてくれたので答えは間違っていなかったんだろう。
「じゃあ付けるぞ」
今、ピアスがついている耳と反対の耳に新たに二つの魔具をつける。
やはり、落ち着いてピアスホールを開けるとなると恐くなる。
「なんだ今更。そんなに怯えていては、一つの穴が二つになるぞ」
器具を持つディンは、痛くないから大丈夫だと言う口で脅すような事を言うので私が小さく叫び、余計に時間がかかりながら何とかピアスは耳に飾られた。
鏡に映る耳のピアスは揺れる唐草風と皮膚にピッタリ馴染むリングだ。気に入ってしまい緩む頬で指先でつついてピアスを揺らしていた。
すると、ディンが鏡に映り込できて口を穏やかに開いた。
「では、伝達から試してみるか」
『ユウリ。会いたかった。お前をかけがえなく思っている』
耳と頭にひびく低い声は結構な威力があり、冗談と分かっていても顔が赤らむ。そんな反応にディンは嬉しげに頷いた。
「通じたようだな」
その、からかうような口調と笑みをみると、もういい加減に私で遊ぶ事をやめてもらいたくなった。このまま帰っても良いだろうか。
「念じてみろ」
え?なんで?もう帰りたいのに……。
「発動するかの確認だ。そんな顔せずに、さあ」
『あ、ありがとうございましたー!!』
ディンのような恥ずかしい事は言えなかったので、気合いを込めてお礼を念じた。
「俺を想い強く念じるだけで、気合いはそういらないぞ。たとえ、お前が城外にいたとしても、俺にはお前の心の声が通じる。俺の声もお前に通じる。いくらか安心のたしにはなるだろう」
初日に抑えつけられ剣を向けられ恐怖心を感じていたディンだが、こんな風にも心配してくれるから今も二人だけで話しもできるんだろう。
奨められるまま、変幻のピアスのスイッチも入れてみる。自分では何も感じないが向かいに立つディンは、苦手なものを見るような顔をしている。
「変ですか?」
「変ではないが……」
微妙な空気になりいたたまれなくなり、鏡に向かった。




