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続く来客2

 今までの私が元の世界で飲んでいたお茶といえば、家では急須にお茶の葉を入れてポットのお湯をそそぐ物か麦茶、紅茶ならティーパック。コーヒーでさえインスタントが多かった。外ではもっぱら自販機だ。


 優雅とは無縁の生活だったので、紅茶もどきを茶葉から美味しく入れる事に自信がない。けれど、フォルの励ましもあったので、手順を頭の中で繰り返しながら丁寧に用意していく。


 そんな私の隣にフォルはずっと着いていて、正直やりにくい。時折フォルに視線を向けると、いつも緑の瞳とぶつかり微笑まれ頷かれるから尚更だ。美形の王子様にこんな扱いされると、手が振るえてしまいそうだ。


 あぁ。ロイズに会いたい…。気楽にしゃべりたい。いつ会えるだろう。


「ユウリ。ぼんやりして、これ以上そのたおやかな手に傷を作らないでおくれ。火傷してしまうと跡が残るかもしれない」


 フォルは、俯きテーブルに添えていた私の手をそっと掴みあげ、指で手の甲を優しく撫でていく。


 だから、過度なスキンシップは止めて欲しいんだって。


 フォルの指の動きに身体は固まっていまうとはいえ、前ほど驚きはしない。


 ただ、私の手は紙やほぼ新品の本を扱った毎日で指先はガサガサで小さな切り傷がいくつもある。

 私に触れるフォルの手は硬い感触で傷痕もあり意外だったが、重なる手を見ていると、荒れている自分の手が恥ずかしくなり、引っ込めようとしたが離してくれない。


「ユウリは、この城に来てからよく頑張っているよ。手を見てもよく分かる。毎日、解説を作る事を頑張ってくれているんだろう?軟膏くらい侍女に言えばいいんだよ」


 頑張ってきたというか…いっぱいいっぱいなんだから、そんな言葉をかけてくれるな。

 涙がにじみそうになり、頭一つは余裕で高いフォルの顔を見上げると、涙をこらえて睨むような目付きになった。そんな私にフォルは甘やかすような笑顔と口調で続けた。


「ユウリにあまり頻繁に治癒を使う事は出来ないなから、治してやれずすまないね。早く治りますように」


 フォルは目が合う私から視線を外さないまま、甲に優しく口づける。


 だめだ。涙が出てしまいそうだと思ったら…ヌルリとした暖かい感触が甲をはった。


「ひゃあ~」


 情けない声と共に出そうな涙も引っ込んでしまい、反射的に両手を後ろに隠した。


「子猫ちゃんは、本当に愛らしい。さぁ、お茶も良い頃合いだよ」


 あわあわしながらも、後ろでは舐められた手の甲を服で拭いていた。フォルは私の頭を軽くなで、さりげなく触れるだけの口づけを頬に落とし楽しげにお茶の用意を私に促すが、口づけまでされてもう動けない。


「僕としては、このままユウリに触れていたいんだ。その引き込まれそうな黒の瞳を見つめたまま、滑らかな肌に触れて撫でる事を許されたら、どんなに嬉しく癒されるだろうか。

潤んで夜空より綺麗な星が煌めく瞳と柔らかな頬が赤くそまると、どれほど艶やかなユウリになるのか、どうか僕に教えておくれ」


 好きでも彼氏でもない人と、そんな事できるか!


 その言葉に「拒否します」の返事の変わりに慌てて用意を始める。

 慣れたと思っていたスキンシップ文化の壁は、まだまだ高いらしい。いつもの気持ち悪い言葉とは違う言葉をくれたフォルに懐いてしまいそうになったのは、油断していたからだろうか。


 そんなフォルが髪に隠れた耳を赤くして私の背中を見ていたなんか、ちっとも気が付かなかった。



 お茶の用意が整い、口をつけたフォルを見つめていたらドキドキしてきた。味はどうなんだろうかと。


「ユウリのお茶は、どこか懐かしく安心させてくれるよ。まずくない」


 まずくない。

 そうですか…。


「昔、よく城を抜け出して市井に出ていたんだ。ディンと二人でね。そこで、出来た友の母がいれてくれた味に似ているよ。美味しいと言うより、落ち着ける感じの方が強いだけなんだ。ユウリはもっと上手く入れられるようになるはずだよ」


 褒められているのか、けなされているのか良く分からなかったけれど、何だか嬉しくなり笑顔でお茶が飲めた。そして、私の食文化からのながれでお茶に入れる甘味と牛乳もどきを明日には用意してくれると約束をとりつけれた。


 フォルは、話してみれば普通の話しもするけれど、さりげなく私の隣に移動してきて髪や手や肩に触れてくる。さりげなさすぎて、近い距離に絵本からとび出したかのような王子様が私の反応を見てからかっているような気すらしてきた。


 これは文化だ。ここでは当たり前なんだ。


 自分に言い聞かせてみても、限界は近い。


 さりげなく逃げる為にベランダに誘う事にした。


「今日はお天気がよくて、外にも妖精達が沢山いそうだしベランダに出ませんか?」


「妖精?」


 とたんに和やかだった空気が終わりを告げた。


「ユウリは妖精が見えるの?」


 どうやら私は言葉を間違えたらしい。


 口にだけ笑みを浮かべて小さな声で問うフォルに、ここは素直に答えるなと私の本能が教えてくれた。これが悟られれば、さっきの精霊の祝福の事までばれてしまいそうだ。それは嫌だ。

 例え、要注意人物と監視されても市井で働いて帰れる日を待つんだ。


 瞬時にへらりと胡麻かすような笑みを浮かべ、さりげなくフォルに向き合い答える。


「あのね。私からしてみたら、魔法があって綺麗な異国風の人が沢山いて良くしてくれるファンタジーな物語にあるみたいなこの世界だから、妖精や魔物や魔王もいるのかなって思って。あ、おかしかったですよね。ごめんなさい。

 私の世界のファンタジーの物語ってそれこそ悪魔や天使や獣人も神様も出てきたりするんですよ。勇者や聖女や神子が異世界に召喚されたり。それに六大精霊とかも出てきたりするんですよ。あと、未来にトリップしたり過去にトリップしたりとか。ごめんなさい。ファンタジーに考えすぎてましたよね。あはは」


 話しながら自分でも無理があると思いなからも頑張った。

 自分の有る限りのファンタジー脳をさらけ出して話題を変える為に胡麻かすために頑張る。


「そうか…」


「そうなんです。ゲームにもあるんですよ。」


 畳み混むようにゲームは多種多様にある。機械を使った物なら恋愛を題材にした物や悪者退治とか頭脳系とかある。ボードゲームやカードゲームも色々ある。みんなで楽しむ物から二人で楽しむ物まである。


 本はよく読んでいたけれどゲームはあまりしなかったので、テレビや広告で見かけた物まで、身振り手振りを交えて熱弁した。

 話しをそらせるように。額に軽く汗までかいて。

 フォルは、楽しそうに相槌を打ってくれて質問も挟んできた。

 それで分かった事は、神の教えの戒律を守る人達がいて位の高い霊能力の高い魂を大切にする人達がいる。

 この世界に潜在している魔力があるために力の強い魔物はいるが、魔王と呼ばれる存在はいない。

 神は信じられているが、この世界の一般人に見えない魂の者や魔物は、相手によって宗教関係と魔術師と騎士達で治めているらしい。

 だから、その稀な力を持つ相手達が混乱を起こす時に果敢に複数で挑んで行く力ある人達はいるが、勇者や聖女や神子とは呼ばれず英雄達と呼ばれ、それを異世界から召喚する事もない。することすら禁術とされている。と教えてくれた。


 ゲームは楽しそうだから、教えてくれと言われたので、平和なトランプやオセロや色々と説明もした。


 ひとしきり話し、私もが話題をそらせようとしていた事すら忘れた頃…。


「そう。いろいろ話してくれてありがとう。ところで、どうりで部屋から濃い精霊か妖精の気配がすると思ったら、ユウリは妖精が見えてたんだね」


「え?…あの」


「もしかして精霊も?隠さないでね。僕は精霊士見習いをしていた事があるから、それくらいの気配なら分かるんだよ」


「いえ…だからね…」


「そうだったんだね」


 私の頑張りはなんだったんだ。確かに楽しく話せたけど。今はフォルから目をそらすしかできない。


 いや、まだ大丈夫なはずだ。このままだと、ダメな気がする。頑張るぞ。


「だから、そんな気がしただけですってば」


「ユウリって始めは話しをそらそうとしていたけれど、態度が明らかに普段と違っていたよ」


 けれど、フォルはキラキラ王子様スマイルを撒き散らして私の話しに聞く耳を持っていない様子だ。


「さて、どうするかな…」


 どうするかなは、私です。あの時にドアを開けなきゃ良かったと本気で後悔してしまった。


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