続く来客
ドアの外からインターフォンを押し鳴らす人が誰だか知らない。けれど、誰であろうともドアを開け対応する元気は残っていなかった。
ドアに向かい対応するのが当たり前なのは分かっている。けれど体も心も脱力しきっていて動きたくない。
なにが祝福だ。友だ。害は無いだ。
椎名さんに巻き込まれただけでも超レアな体験なのに、それ以上のレアな精霊の祝福なんて欲しくなかった。他の人は喜ぶかも知れないけれど、私には害に思えて仕方がない。
言いたい事もまとまらず、今頃になって文句ばかり渦巻く私の心は苛立っていた。
ドアの外にいるのは客人扱いの私と面識のある人だろう。侍女ならば、勝手にドアは開けないはずだ。
けれど、いくら慣れている人だとはいえこれは、綺麗な紫の瞳を持ち魔具をくれたクロスや、散歩に誘ってくれてお土産をくれると言っていたディンだとしても今は遠慮して欲しい。ロイズなら悩むだろうけれど、ランバートなら速攻無視だ。
これまで何日かかけて現状と魔法をやっと受け入れられつつあった所に、自然界の壮大な六つ力を持つ精霊達と出会ってしまった。
そして、和やかに見えて圧倒された空気のお茶の時間に、振り回された私は思いのほか疲れていたようだ。
インターフォンの気の抜けた音を耳にした途端、張り詰めていたものが全て消えて無くなってしまい、気付かなかった疲れが一気に押し寄せてきた。
もういいや。このまま居留守を使おう。
私の対応は大きな溜め息の後、瞬時に決まる。ただのサボりだ。
こんなにうちひしがれた様なのはきっと、ピンポーンのピンが無いからだ。それが有れば休日とは言え、まだ来客の対応をしようと頑張れていた気がする。音程も微妙にズレているポーンの音程だから余計に間抜けに聞こえてしまい気力も抜けてしまんだ。
もしも今、私がファーストフードの店員のお姉さんだったとしても、反射的に明るい声と笑顔で『いらっしゃいませ』とお客様を迎えられ無いに違いない。
あの精霊達が祝福をくれた時に世界征服をもくろんだテンションとは真逆にふりこが振れてしまったように、ドアも開けられず、やさぐれてしまい仕事をしただけのインターフォンに心の中の八つ当たりは止まらない。
今はこれ以上、誰とも話をしたくない。知らない人なら尚更。せめて、予告してからにしてほしい。今日は休日のはずなのに少しも一人で落ち着けないじゃないか。
気分と同じく目付き悪く眺めるドアは、幸にもドアノブをガチャガチャ鳴らして私を驚かすような事はない。私の客室は静かなままだ。このままにしていれば、私は寝ているとでも思われるだろう。これはチャンスに違いない。 けれど、自宅ではない場所で居留守を使う小心者ゆえの心苦しさで落ち着かず、ベランダからソロソロと室内に向かう足どりは忍び足だ。まるで、悪戯が親にバレしまい叱られないよう、見つからないようにしようとする子供のように細心の注意をはらう。
そんな私の行動を見透かしているようにドアを開けろと催促の音が聞こえる。今度はインターフォンではなくドアをノックする音だ。
聞こえな~い、聞こえない。
聞こえる音だけれど無理な事を自分に言い聞かせながら、それも無視した。なのに、寝室に引きこもる勇気もでず、居留守を使う居心地の悪さをごまかす為に応接セットのテーブルを音を立てないように、まだ細心の注意を払いながら片付け始めた。
「いるはずなのに、おかしいなぁ……」
よく聞き取れない声が聞こえたけれど、怪しい人ならドアの外で物々しい音が聞こえるはずだ。そんな音はしないから安心なはずだ。
そして、さっきよりも強い音のノックが聞こえてきた。そうまでされると、高待遇で居候させてもらっている身としては、ますます落ち着けない。罪悪感が増し、無視もしずらくなってしまう。
結局良心に負けた私は、相手が誰であろうと話しならば手短に終わらせて、用事ならば明日に回してもらおうと固く心に決めてドアを開ける事にした。
しぶしぶ開けたドアの隙間からは、仕立ての良さそうなシャツが一番に目に入る。
「やぁ。ユウリ。気配は感じるのに、なかなかドアが開かないから心配したよ。楽しい余暇を過ごせているかい?」
そして、笑いを含んだ様な声が頭上から聞こえ視線を少しあげるとフォルの顔が見える。
楽しい訳ないじゃないか。
よりによって一番疲れてしまいそうな人だったとは……。
後悔先に立たずとはこんな時に使うのかもしれないと思いながら肩が落ち、大きく息を吐いた。失礼だとは思ったけれど、緊張で潜めていた呼吸が解放されてしまった。
あのまま寝室に篭れば良かったと、頭の中で後で次回からの対応を考えようとなんとか頭を切り替えた。とりあえず、今をなんとかしよう。
居留守を使う居心地の悪さに負けたのは私だから仕方がない。
用件は何だか知らないけれど、顔を確認して気を使えないまま、がっくり落ちた肩でフォルの胸元にある細かく飾りのあるボタンを眺めながら小さな嘘をついた。
「フォルニール様……。あの、すいません……少し体調が悪いので……」
「なんだと?それはいけない!さぁ、ここにいつまでも立っていないで座って楽にしておくれ。大丈夫かい?」
「あああの、そこまで悪くないので大丈夫ですけれど……」
「僕の可愛い子猫ちゃんに何かあったら大変だろう」
フォルのさりげなく気遣い慌てたような言葉が大袈裟に聞こえと共に、エスコートされ応接セットのソファーに足を向けられる。腰に手を添えるフォルの笑顔にも、どこかわざとらしさを感じてしまう私は捻くれているのだろうか。
大袈裟に感じたり、私を子猫と呼ぶのも痒くなりそうだけど文化の違いからだろうか。私はイタリアのレディーじゃないんだ。日本人だ。
それとも居留守と嘘のせいだろうか。どちらにしてもやましい所のある私は突き進むしかない。
手短にすませようとしたのに、フォルに押し切られるように応接セットに辿り着いてしまった。
まずい。そこのテーブルには、片付け途中の六組のカップがそのままある。
見られなくなかった。聞かれても上手く嘘をつく自信はもう無い。
背中に冷や汗をかき、思わずフォルの腕にすがるようにして綺麗な緑の瞳を見つめた。
「あの、本当に大丈夫ですから。あと、一時間くらいしてから来てもらえたら……」
嬉しいです。
なのに、続く言葉はフォルの言葉に遮られてしまう。
「そうかい?医術の者を呼ぶか……。いや、ここは僕が体調が悪く無理をして出迎えてくれたユウリをベッドに休ませて口移しで薬を飲ませ、かいがいしく看病するべきだな。さぁ、ユウリ。寝室で休んでおくれ。添い寝をしてあげよう。いや、大丈夫。遠慮や無理はしなくていいから。優しくするし」
そんな心遣い、いらない。楽しそうに声を弾ませたフォルに抱え込まれるようになり、慌てて身をよじり抵抗する。
「いやいやいや。元気です。本当、大丈夫ですってば」
「本当かい?顔色はあまり良くないようだけど体調は大丈夫なんだね?安心したけど、介抱出来ないのは残念な気がするね」
ニッコリと輝く笑みを見せ念を押すフォルをみて、墓穴を掘ってしまった事に気が付いた時にはもう遅い。重ねて嫌々「大丈夫です」と答えるしかなかった。
「で、このカップはどうしたんだい?」
「お茶を入れる練習です……」
「もし、本当に体調が大丈夫なようならなら、僕に練習の成果を味あわせてもらえるかな?」
猫のようにフォルは笑っていた。私の体調不良の嘘は初めからバレしまっていたようだった。
そういえば、精霊達に誰一人としてお茶を美味しいとお世辞にも言われていない。嫌な事まで思い出して落ち込んでしまう。
「絶対に美味しくないですよ」
いじけたように言う私を小さく笑いながらフォルは、腰に手を添えて促した。
「そんな事はないよ。そこにあるカップの数の分だけは美味しくなっているはずさ。僕と一緒にいれよう」
フォルの言葉に俯いた顔をあげた。
どうやら私はフォルは甘ったるい言葉を口にするだけの人ではないらしい。さすが王族だ。
そこには、小手先の胡麻かしはさせない空気が漂っていた。




