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不思議な来客達

 昨夜から衝撃的な出来事が続いた私の気分は、爽やかな朝の空気とは逆に淀んでいた。


 重たく感じる身体でリンダとは違う侍女に用意された遅い朝食を終えてお腹が満たされ、やっとひと心地つけたくらいだ。開け放たれた窓の外から聞こえる小鳥の囀りにも耳を傾ける気持ちの余裕も出てき始めた。

 寝不足に空腹もあり気持ちも荒んでいた私は今、一人の空間で幸せを感じていた。根が単純だからか、生きる基本を満たされたからか、どちらかは分からない。

 ただ、今は衣食住も城のお客様扱いなので人並み以上と想像できる上に仕事までもらえている。こんな事で荒んでいてはいられない。そう感謝できたら少し前向きになれた。


 総侍女長の中にあった私が同性を好むという誤解も話をする中で解けた様子だった。きっと、私の話はリンダに伝わるはずだ。

 リンダに会わないうちから夜の相手の問題も、もう解決できたように思え気持ちも軽くなり今日をどう過ごすかも考えられる。


 総侍女長の部屋を訪ねた時に部屋着にベール姿で城内を歩くのは感心しないと注意を受けた。私にすれば、普通のワンピースのような部屋着で顔を頭から布を被り、薄いベールで顔を隠して人前を歩いても問題ないと思うけれど常識が違うのだろう。見るからに怪しいだろうけど…。


 それならばと、ドレスに着替え外にも出ようかと考えたけれど、ドレスに着替え髪を整えメイクをする手順を考えると行きなり面倒になってしまった。

 それに、庭で一人だとまた美形幽霊もどき達に囲まれてしまうかもしれない。見かけただけで絶対に怖くなる自信がある。思い出して夜のトイレに行く事が怖くなるのは嫌だ。


 二度寝しちゃおうかな。お休みだもんね。お休みだから良いよね。


 そして結局、自分に甘くなり寝不足解消とばかりに部屋着のまま寝室に足を向けた。

 すると、何かに包まれる気配が私の背中で突然動き始める。それは柔らかく暖かい空気と薄い感触。けれど、同時に得体の知れない気配も増えてきて、嫌な予感が湧いくる。

 未知の体験すぎて怖くなり、無視しようがない。


「悠理。君に祝福を」


 次に突然、間近で耳たぶまでもを震わせるような熱い吐息の囁き声が響いた。そして、頬に口づけられる音と柔らかな感触。途端に私は、身体に力が入り更に固くなってしまった。


 ゆ、幽霊?誰?


 見ず知らずの幽霊が頬にキスする怪談なんか読んだ事はない。私の親しい亡くなった人は、身内の高齢者ばかりだ。キスなんてするはずがない。


 すると、状況が飲み込めないまま動く事の出来ず、目の前の寝室のドアを見ているだけの私の前髪が風に吹かれて揺れはじめた。


 目の前には、ぼんやりとした人の影のような物が現れ、徐々に色濃くなり柔らかそうに波打つ薄い茶色の髪の美形があらわれ口を開いた。


「祝福の口づけを悠理に出来る事を嬉しく思うよ」


 爽やかに笑い人のような形で現れた怪しい美形は、風に吹かれた私の前髪を両手で上げるように押さえて額に口づける。

 幽霊のように薄いもやのような影から忽然と現れたのに、今では額にかかる手にも唇もしっかりとした人のような存在感がある。


 怪しすぎる。どう考えても怪しすぎる。まだ動けないのは金縛りか?


 城内の客室であるこの部屋は、窓が開いていたとしても人が簡単には入り込めず、

転移魔法も限られた人が使えるだけだと部屋を使用する時に聞いていたのに。見た事のある転移の光も無かった。


 やっと体の動きがもどり後ろに下がろうにも、背後にも何か得体の知れない者がいる。けれど、目の前には私の額にあった両手を動かし頬を包み込むようにする美形。なんとかしてこの場からにげたいが動くに動けない。動こうとしても幽霊疑惑が拭いきれず怖くて上手くいかない。


 もしかして……実態化できるレベルの幽霊?いやいや、そんな事が出来るなら幽霊ならもっと怖いはずだ。なんだか違うような気がする。なら、妖怪?いや、もうやめてほしい……。

 ぜひぜひ、私の経験した事がある転移魔法侵入した人間であって欲しい。敵意はなさそうだから、話しは出来るはずだ。それはそれで得体が知れず恐ろしすぎるけど。


 もう、いっその事どこぞのヒロインの様に悲鳴をあげて気を失ってしまいたい……。


 ありえない状況にも考える事も放棄したくなり、そう願うようにまでなってしまう。けれど残念な事に、異世界トリップに巻き込まれてもなんとか状況を飲み込み、体調不良で一度だけ気を失っただけの私だ。


 自分の意識はハッキリとしていて、図太いのかもしれない私は、諦めたように大きな溜め息を落とす事しか出来なかった。


 そんな余裕がありそうでないギリギリの中で私は閃いた。その一瞬は、こり固まる恐怖を瞬く間に拭い去った。


 よく考えたら、私は霊感がない。見た事も体験した事もなく、友達が話す怪談話に怯えて夜のトイレに一人で行くに時に話を忘れ去るまでビクビクしていただけだ。


 うん。異世界トリップに巻き込まれた時も私には全く魔力や特別な力は付かなかった。なら、余計に霊感なんてつくはずもない。

 だから、この人達は幽霊ではないはずだ。私に見え触れて口づけて、こちらが引くくらい身勝手に友好的だし。私がイメージする幽霊とは違いすぎるから違うはずだ。


 その、自分の考えに勇気づけられながら悲しくなる。


やはり私は、この世界には巻き込まれて来ただけで、決して求められてはいないんだろう、と。

 心の片隅にあった夢のような物語とは違い、この世界で特別な役割も当たり前の力も何も無く持たない現実。

 それを突き付けられるように感じて、自分の存在価値のなさに深く落ち込みかけてしまう。


 巻き込まれて養われて待つだけ……。やっぱり城にいたくない。少しでも早く気楽に外で待つか帰りたい。


「悠理。どうした。寒いか?身体が少し冷えてきているようだ」


 私を心配するような声が耳をくすぐる。その言葉に「あんた達のせいだ」と、口に出して言えたらどれだけ良いだろう。けれど、小心者の私は怖くて言える訳がない。


 いくら自分に怖くないと言い聞かせても振り返る事もできず、目の前の美形とすら目を合わせないようにしながら恐怖と緊張で身体が固くするだけだ。そんな中でも、ひねくれた私の心はやさぐれてしまう。


 目の前には、人か幽霊かわからない爽やかに私の様子を伺う美形。それに、後ろから気配だけだった得体の知れない重たい空気も、お腹に回された人の腕の感触から人らしきものに変化したのだと理解できる。どうも後ろも、美形のような気がする。チッ。


 やっぱり、ファンタジーなこの世界では私から見ての美形は平凡なんだろうか。

 この世界にきて過ごすうちに、美形は私の考えの範疇を越えた言動やスキンシップを含む行動を平凡な私に対しても当たり前に行う類の人だという認識をつけだ。たぶん礼儀の一種なんだろう。


 私が元の世界にいた頃は目立つキラキラしいクラスメイトに感心の眼差しだけ向けていただけだ。必要最低限の関わりで普段の会話は無かった。


 憧れの一種だった。それは、今でもそうだ。目立つクラスメイトどころか平凡な異性との付き合いにすら慣れていないのに、美形からの過度なスキンシップが理解出来ず戸惑ってしまう。


 今では当たり前のように周りにいる美形に舌打ちさえ音を立ててしてしまいそうだ。

 今や、混乱させる美形はただの美形。ときめきもない。

 綺麗な顔だとは思っても、自分を忘れて見とれる事はない。コンプレックスを刺激されまくるだけで、流されも放心も出来ない。そろそろ巻き込まれたここの美形が多い現実を受け止めて、鏡を見る度に自分の顔立ちと比較する事を止めにしたいくらいだ。


 恐さのあまり八つ当たり気味に全く違う事を考えていると、急流のような思考の変化に疲れてしまう。

 その間にも目の前の美形は私の髪の毛を指に巻き付けながら持て遊び、後ろから回る腕は離れることなく頭頂部に頬ずりされているような感触もしはじめていた。

 今の私は、やさぐれて荒んでいるけれど、無抵抗なので表情もたぶん普通のままのはずだ。平常心と自分に言い聞かせているし。

 けれど、いくら何でもやりすぎだ。ここは、キッパリと意志表示をして朝のものも含めて友達を断ろう。


 朝の了承も迫力に負けただけだ。私は、いずれ私の世界に戻るのだから、誰とも深く付き合わない方がお互いの為になるかも知れない。

 相手が何者か分からなくても、友好的に来てくれている「友達になって仲良くしたい」という相手でも後腐れなく別れられた方が私は悲しくないに決まってる。


 そんな風に考えていたら、私の世界の友達を思い出して悲しくなる。 懐かしさと会いたさが募ってきてしまい、何でも良いからこの状況から抜け出そうと強気になり心と身体に力をこめる。


「あ……あの……」


「いい加減にしたら?いくらなんでも、いきなり過ぎるんじゃない?」


「そうだな。気持ちは分かるが悠理が気の毒だ」


「もっと、大きく構えられないのかしら」


「無理無理。僕らに先を越されて気に入らないのもあるんじゃない?」


 私の言葉に被さるように少し離れた応接セットから聞こえた声にまず驚いた。次に印象に残っていた声が聞こえ始め、その方向に恐る恐る目をやる。そこには、今朝の美形達が三人ソファーに座り面白そうにこちらを見ていた。私の隣にも柔らかそうな生地の身体に沿ったワンピースを着た見た事がない美女が立っている。


 心の中で勢いよく悪態をついていた割に、美形に押されっぱなしで出した私の戸惑いがちな声はアッサリと掻き消されたようだ。

 隣に立つ美女は纏わり付く美形達の腕を取り払い、取り返すように私の腕を強めに引き溜め息のでる諦めの窮屈な空間から解放してくれた。

 そして、美女は私を抱き寄せ、薄く透き通る水色の長い髪が私の顔に触れる。調度、美女の胸辺りに私の顔があるので緊張してしまう。

 同性の胸にこんな風に触れた事がなく、いたたまれず視線を足元に動かすとやっぱり浮いていた。

薄々予想出来ていただけに驚きもなく、この男前らしい美女も幽霊もどきかと残念に思う。


「悠理。怖かったでしょう?顔が怯えていたわ。もう大丈夫よ。そんな険しい顔をしないで。貴方達も少しは遠慮を覚えたら?誰もが情熱や見た目にすぐに流されるばかりじゃないわ」


 私は、心の内が全て顔に出ていたらしい。そればかりでなく、心中を察して助けてくれて言いたい事を代わりにいってくれた美女を驚いて見上げる。


「悠理に触れられて嬉しいわ。友に祝福を」


 美女は、私のこめかみに口づけ床に足をつけた。


「この方が落ち着くでしょ?心配しなくても悠理の困るような事はしない。安心してね」


 そのまま、美女に肩を抱かれ優しく言われても安心出来るはずもない。


「私達は、それぞれの小さき者を取り纏める立場の者。あ、小さき者は妖精よ。昔、人は私達は精霊王と呼んだわ。王でも何でもないのにね」


 その言葉に私は、腰が抜けた様にその場に座り込んだ。


 良かった。幽霊じゃなかった……。


 頭の中はそれでいっぱいになり、やっと安心できた気がした。

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