ついていけない朝
クロスとディンのやり取りを知らない私は、リンダがよろめきながら退室した姿が頭から消えずソファーで悶々とする頭をかかえていた。
私は、リンダに何か悪い事を言ったんだろうか……。それとも、何か言葉をしくじって伝わらなかったんだろうか……。
いや、あれ以上は私のレベルとボキャブラリーでは無理だ。
頭の中では、また一人会議が始まりそうだけど上手く進行するはずもなく混乱して大きな溜息を落とすだけ。煮詰まった空気だ。
私の状態と違い、窓の外に広がる空は良い天気を予測させるほど澄んだ青さで明るい。
それに惹かれて空気が変われば少しは頭もスッキリして気分転換できるかと思い、私は重い足どりでベランダに向かう。
窓一枚隔ているだけなのに世界は全く違うものだった。
早朝の屋外は、ひんやりとした澄んだ空気がとても気持ちが良い。木立や空中では数は少ないけれど、妖精達も元気そうに遊んでいる。
可愛い。和む……。ずっとここにいたい。
笑いながら楽しそうに妖精達が飛び回る様子をベランダの柵にもたれ、何とは無しに目で追っていると自然と私まで気持ちが軽くなってきた。
リンダには、次に会った時にもう一度話をしてみよう。
まずは誤解させた事を謝ろう。リンダには婚約者がいるのに凄く頑張って覚悟をきめて私と……いたそうと思って来てくれただろうし。
それから、リンダがどうこうじゃなくピンクな空気の大人の夜を求めてるんじゃなくて、純粋に友達みたいな話し相手が欲しかっただけって言えばちゃんと伝わるかな?無理かな?伝わるよう落ち着いて話そう。夜にと言ったのは、時間が取りやすいだろうと思ったからだと。
今日の休みは何しよう。どうか、昨日みたいに濃くなりませんように……。
「さて、顔でも洗お」
また寝るには惜しい外の空気に気分も切り替わり洗面に向かおうとしたら、どこからか小さな声が聞こえた。
『ユウリ、待って。手を貸して』
「うわぁ」
それは、独り言の呟きに答えてくれた小さな妖精の声で、周りには、いつの間にか柵には妖精達が群がって予想外の出来事に驚いてしまう。
『ユウリ。手を出して?』
少しは妖精達に慣れてきたとはいえ、その様子に引きそうな私に、なおも一人が近付いてきて声をかけてくる。私は、逃げ腰になりながらゆっくりと片方の手の平を向けた。
『違うよ。両手で器つくって』
妖精に笑われ、自分の勘違いに恥ずかしくなりながら素直に両手を丸めて重ねた。すると、みるみるうちに水が貯まり始める。
『ユウリ、顔洗いたいんでしょ。僕が出したの』
驚いて妖精を見ると得意げな様子で教えてくれた。手に貯まる冷たく澄んだ綺麗な水。洗顔にもったいなく思えてしまう。
「飲んでもいい?」
『もちろん』
「美味しい。ありがとう」
冷たく美味しい自然な水は渇いた身体を中から潤してくれる。気持ちまで潤い柔らかくなった気がして笑顔でお礼を言うと、妖精達も喜んでくれた。
『私は風が出来るんだよ。ユウリ。昨日はありがとう。楽しかった』
嬉しそうな声と共に頬を風が撫でる。
「へっ?」
『私、私』
また、得意げな妖精が目の前から風に乗り私の肩に座る。
「ありがとう」
目をつむり心地好い風を感じ癒され、妖精達が巻き起こす小さな自然現象を見て感心しながら楽しい時間を過ごしていた。
さすが妖精だ。
「すっかり懐かれたね」
「あれだけ遊べばな」
突然、背後からの耳に残る重低音の声が響く。驚きのあまり身体が大きくびくついてしまう。振り向くと、いつか植え込みで見かけた美形の男の人二人だ。いつの間に……。
「面白そうだな」
「でしょう?」
さらに背後から軽やかに綺麗な女の人が、私の肩を抱きながら隣に降り立つ。いつか木の枝に座り手を振ってくれた人だ。
「え?」
「悠理に祝福を」
女の人に目尻に柔らかな吸われる感触とリップ音。
は?
「先をこされたね」
「残念。だが我等も悠理に祝福を」
美形二人にも同様に避ける間もなく、それぞれ頬と首筋に柔らかな吸い付かれる感触と音。
正しい発音で「悠理」と呼ばれた事に驚きながら、以前の日常が溢れてきて嬉しくなってくる。そんな三人に囲まれている事にも気が付いてしまい、キスされた事が非日常なリアルに思えて恥ずかしくなり俯いた。
なのにその視線の先には、ベランダに足がついていない三人の浮かぶ両足。その異常さに顔に集まっていた熱が一気に引き寒気までしてくる。
転移してきた人かと思ったのに幽霊?祝福?なんで、ちゃんと私の名前呼べるの?
なになになに?
強張る顔を上げて三人を見ると、爽やかに煌めく普通の若者に見える美形達だ。不気味さは無いけれど、得体の知れなさにたまらず柵の方に後ずさる。
「悠理って呼んだ……」
「悠理、怖がらないで。長く世にいるから正しく呼べただけよ。私達はあなたの友に力になりたいの。認めてくれる?」
浮遊したまま私の顔を覗き込む美人さん。慌てて目を逸らすように顔を動かすと、前には浮かぶように美形の男性二人。
「怖がられてるみたい。どうする?」
「いつぶりだと思っている。逃がすか。悠理、お前を我等の愛しい友とする。いいか?いいな。例え今、断ったとしても逃がしはしない」
金髪の美形さんの言葉には強引な黒髪の美形さんの言葉が続いた。
悪意や嫌な感じは三人からしないけれど得体がしれない。重低音の声の黒髪の美形さんからが眼前に迫りきて、背後に渦巻く黒い空気と迫力も感じていたけれど恐怖は感じない。
ただ、美形三人が何者か分からず、私を無視して進む意味の分からない話の内容を警戒するだけだ。
「悠理はここにいる我等三人を友とするか?」
駄目押しのように黒髪の美形に鼻が触れそうな距離で言わる。断りきれない勢いと威圧感に負けてしまき、よくわからないまま首を縦に動かし頷いてしまった。
「よし。これからよろしくな。力になろう」
「じゃあ、友になれたと伝えにいこうか」
「そうだね。良かったぁ。嬉しい。久しぶり」
そんな呑気な会話をする三人の後ろから見守るように集まっていた妖精達からは、何故か上がる嬉しさがあふれるような歓声。
「いや、あの……友って?」
流されてしまった後悔はあるけれど、友という言葉に含まれる意味が周りの様子から悪い事ではないと分かる。けれど了承の意味が分からないまま、周りの盛り上がりに押されて柵にベッタリ寄り掛かるようにまで後ずさると、下から金属質な硬い音が耳に届いた。
音の方に振り返り目を向けると、そこには険しい顔のディンがベランダの下にいた。そして、視線がパチッと音を立てるように合ってしまった。途端にディンは、剣に手をかけ光に包まれ消える。転移だ。やばい。
「ユウリ。どうした。何かあったのか」
瞬時に後から聞こえたディンの声に振り向く。
そこには抜いた剣を構え持ち、私を背に隠すようにして辺りを見回し部屋に視線を向け伺うようなディンの背中。
その時に居たはずの美形の三人は、その場から消えていなくなっている。
「あの……、ちょっと……虫みたいなのがいて、びっくりしたんです。ごめんなさい……」
『ユウリ、虫みたいなんてひどいよ』
私の苦しい言い訳に妖精達はさざめくような笑いと共に、その場を三々五々離れていく。
私の立場にもなってみろと、呑気そうな妖精達を腹立ち紛れに無視しても仕方ない事だと思う。
ディンの背中にかばわれたまま、いくら不思議に思った幽霊みたいな得体の知れない人達に何かの祝福をされたなんてディンに言えなかった。
それに、私は何もしていないけれど、勝手に人もどきがベランダに入っていた事がディンにばれると規則や警備で何かとまずい事になるかもしれないと隠してしまった。
「あの、ほんとに大丈夫ですから……」
「とりあえず部屋に入れ」
剣を手持ち警戒したままのディンの後ろから部屋に入る。
「そんな格好であんな所で何をしていた」
「朝の空気を吸いに?」
私の答えに無言で部屋に入るように促し、やっと剣呑に光る剣を鞘に収めたディンをよく見ると、いつもの制服と違い白いシャツにカーキ色のパンツと膝下のゴツいブーツだった。髪も無造作に束ねてあるのだけなのに、乱れる髪が前より美形のレベルをあげている。もしかしたら美形は、鼻水垂らしていても美しいままで、じゃないかとまで捻くれて考え、目線も下がってしまう。
そんなディンの前に立つ私の目には、寝不足の寝起き姿で、胸元の開いたワンピースの薄手の夜着だ。意識しすぎかも知れないけれど恥ずかしくなり、さりげなく胸元をさりげなく引きあげた。
「あの……ディンさんは?城外に行ってたんじゃあ……」
「今朝方、城に戻った」
無言に堪えられずに始めた問いに答えてくれた。久しぶりに聞くディンの声は、以前より厳しくは聞こえなくて無事に帰って来た事に安心できて顔を上げ手を肩にかけた。
「……お帰りなさい。お疲れ様でした」
「あぁ」
そっけなく返されたけれど、ディンの顔がどこか珍しく嬉しそうに見えて観察するように見てしまう。すると腰にディンの両手が回されてきた。
「少し痩せたか?」
いや、わかりません。けど、近いです。
抜け出そうとディンの両腕に手をかける。
「庭園の散歩はいつがいい」
「えっと、今日は休みだから、いつでも良いですけど……」
「なら、夕飯後に迎えに来よう」
すっかり忘れていた散歩の誘いが有効だとは思わなかった。答えていても、ディンとの視線は合わせられない。ディンの片手が動き、胸元から除く肌を手が撫で腰のラインを辿る。
「遠征先でもユウリの事がよく頭に浮かんだ。夜には土産を渡せるだろう」
えええ?
「あの……」
ディンは言いたい事をいうと手を離し立ち去ろうとするので、咄嗟にシャツの袖をつまんでしまう。それを合図かのようにディンは振り返りざまに私を抱き寄た。
「会えて良かった。あまり無防備にして心配かけるな」
耳元に唇を寄せ囁く様に低く言われ、顔に熱が集まってしまう。
そんな慣れない状況の時に、インターフォンが聞こえ反射的に少し身体を離し助けを求めるように返事をしてしまった。
「失礼いたします」
開けられたドアには、リンダがいて近い距離の私達を見て固まった様子になった。
「し、失礼いたしました。決して、他言は致しません」
「あ、あのリンダ。あのね……」
「私は、ユウリ様の一時の慰めと弁えております。ご心配には及びません。失礼いたします」
無情にもドアは閉められたけれど、リンダの顔色は悪く目元に光るものがあった。追いかけようとすると、またディンに抱き寄せられる。
「あいつが好みなら、正直に俺に話してみろ」
「あの、あの……」
ディンの腕の力強さとは真逆に、耳元で弱ったように聞こえるディンの声。
なんだろう。この浮気現場がたまたま見つかったかの様な精神状態は……。経験した事がない気まずさだ。
「同性やクロスのような容姿の者が癒されるのか?」
ディンの言葉に誰にも私の言い分が確実に伝わらないもどかしさに腹まで立ってくる。
「あのですね……」
それから、ディンと話し誤解を解いて部屋から出て行ってもらうと、着替えを済まし総侍女長の元でに走った。そして、やっと夜の相手という誤解は解けた気がする。総侍女限定だけど。
変に雑誌にも氾濫する魅力的な褒め言葉を使ってしまった事に後悔した出来事だった。




