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噛み合わない時間たち

 私の小さすぎる呟きがクロスの耳に届いたのかどうかは分からない。


 ただ、クロスは無言のまま私が座る長いソファーに移動して隣に座った。そして、膝の上に置いていた私の両手に長い指のクロスの両手を重ねて握りこみ、その紫の瞳の中に私が写りこむ程の近い距離で見つめる。


 いや、やめてよ。なぜ、こうなる。


 拒否の言葉を口には出せないまま、身体が固くなり顔が熱くなる。なのにクロスの宝石のような瞳から目を逸らせない自分が悔しい。


「侍女に夜の相手を求めるくらいなら、私ではどうですか?いや……、私にして下さい。


ユウリの頭の中で私は男性を相手にするくらい、女性らしい容姿なのだから抵抗も少ないでしょう……」


 真摯なクロスの表情と言葉なのにどこか艶めいて聞こえてしまい、悪戯がばれたような気恥ずかしさで私は自然と身体を引いて謝ってしまう。

 夜の憩いの時間までクロスと一緒は勘弁してほしい。他愛のない話しも相手がクロスだと、尋問か観察されるような空気を感じて緊張のあまり余計に疲れる時間になりそうだ。


「妄想してごめんなさい。けど、クロスさんを綺麗だとは思うけど女性らしいと思った事はありません。私の頭の中でクロスさんは、ちゃんと男性です。妄想も男性に女性扱いされていたんじゃなくて……」


 むしろ、ランバートの時は腹黒い感じで迫って意地悪に押し倒したりしていた感じでした。


 そんな事まで、言いそうになり口をつぐむ。言えるもんか。


 同性を好むと誤解されがちなクロスに、妄想していた事がばれてしまっては謝るしかない。不愉快な思いをさせただけなら、まだ良いけれどクロスを傷つけてしまったかもしれない。

 頭の中だけの妄想がばれるとは思っていなかった。けれど、妄想される立場のクロスを気に病ませてしまった私は、悪気は無かったけれど謝りたい。


 私の言葉にも、綺麗な顔立ちのまま瞳の紫を煌めかせるクロスは何の反応も見せない。謝罪の気持ちと、妄想はしてもクロスを女性らしいとは思っていない事がクロスに伝わっただろうか。

 言い訳がましく妄想の中のクロスの男性らしさを具体的に話して伝えそうになってしまうけれど、本人を目の前に出来る訳もない。

 他に、クロスの男性らしさを感じた時は問いの場の囁きくらいだけど、探りの気持ち悪さや緊張や嫌な時間までをハッキリと思い出しそうで言いたくない。


 私が目を泳がせているうちに、なぜか私達の距離は縮まり膝と膝が当たっている。私は居心地が悪くなり腰を浮かせて少し距離をとると、両手を外してお茶を飲みながら言葉を捻り出した。


「あとですね、え~と、私の世界に安全に帰れるまで時間はかかっても大人しく待ちます。

 なかなか前向きに考えられなかったり、寂しいのも確かにあるけど、仕事も出来ましたしリンダさんもいますので、クロスさんにまで慰めてもらわなくても大丈夫ですよ?」


 なのに、クロスの片手は優しく私の頬に添えられる。いつか、クロスの前で大泣きをしたから心配で甘やかしたくなるのだろうか。


 けど、だから大丈夫だって。いつかみたいに、心に澱みもあまりためてないから。過度なスキンシップはやめてほしい。


 クロスは妄想された事が嫌で怒っていたはずだろ?


「……それは、私が異性だからですか?」


 いや。また、そこに戻りますか…。

 ただ気が休まらないからです。気楽に話せる人がいいんです。

 異性ならロイズが話しやすくていい……。


「ロイ……えっと、だからですね、前みたいに泣いたり落ち込んだりしてない毎日なんで大丈夫だからです」


「ロイ?……ロイズの方が良いのですか?」


 きぃ。たった二文字から私の気持ちを読まないで。後半の方が大切でしょう。


 私の返答に、頬にあったクロスの手が離れた。そして、寝室のドアを観察するようにクロスは見はじめ、そのまま言葉を出す。


「夜の相手にロイズは無理でしょうね。ロイズよりディンが来てしまうでしょう。まぁ、ユウリが大丈夫というなら……けれど侍女に相手させるというのも、気に入らない……。ユウリ、やはり相手を私にして下さい。それとも……そんなに了承もなく口づけた私が嫌ですか?」


 なんて聞き方をするんだ。人がせっかくファーストキスの事を思い出さないようにしていたのに。


 ずるく感じる聞き方のクロスの顔に微笑みはなく、眉も下がり気味だ。

 さっきからクロスと話をしていても、どこか噛み合っていない気がして、私が言いたい事がクロスに伝わっているのか心配になってしまう。


「嫌とかじゃないんです。クロスさんとは、まだ話しをしていて少し緊張してしまうんです。ファーストキスは、あっさり取られて嫌だったけれど証明だったんですよね?ノーカウントにしています」


「後半意味がよく分からないのですが……」


 落ち着いたクロスの声に風習として、口づけの話をはじめた。


「私の住んでいた国には、挨拶で口づける風習はないんです。だから女の子は初めてお互い唇でする口づけを特別にする事が多いんです。それで、私は初めてだったから証明の為の口づけは、数に入れない事にしたんです」


 自分で話ながらクロスの唇に目がいってしまう。すると単語だけの言葉の意味を意識してしまい急に恥ずかしくなってしまった。証明とはいえクロスと唇で口づけた私は、クロスの顔を見ていられなくなり俯きがちになってしまう。


「じゃあ、どういう時に口づけをするのですか?」


「……愛情表現?」


 ますます恥ずかしくなり、頬に手をやると熱い。健全な男女交際すらした事がない私に向かってする問いでは無いと思う。説明の時から恥ずかしかったのに。

 ちらりとクロスに目を向けると、微笑んでいた。


「そうですか……。ユウリが特別に思う唇に初めての口づけたのが私だったのですね」


 困った私に向けられた嬉しさを含んだようなクロスの言葉に、つい睨むような目付きになってしまうが仕方ないだろう。だって、あれはノーカウントだって言ったはずだ。


「あれは、数に入れてません」


「まぁ、肝心な所が色々と解決出来ていませんが仕方ありません。ユウリの特別に思う唇に、初めての口づけたのが私と分かっただけでも収穫でしたし。けれど、まだ緊張すると言うならば、私とのお茶や食事の機会を増やしましょう」


 ちょっと……人の話しを聞いて下さい。どこから訂正したらいいんだ。ただ、気楽に話せる人との時間が欲しいだけなんだってば。疲れる時間を増やしてどうなる。


「あの……」


「寝室の気配の事や、ユウリの世界の書籍の話を私も聞きたいですしね。もちろん、転移についても進展があればお話します」


 私の訂正しようとした言葉と手の動きが、クロスの寝室に向けられた鋭い目線に止められてしまう。


 もしかして……、妖精を部屋に入れたらいけなかったんだろうか。


「妖精がいますよね……。気配を感じます。怖がるものでは無いので心配しなくても大丈夫ですよ」


 いえ、あの、妖精達を怖いとも思わず招き入れて一緒に遊んでしまいました。


「ユウリ」


 今だに噛み合わない会話に、叱られるかと構えているといつもより低いクロスの声の呼びかけが聞こえた。視線を動かすと真摯な態度のクロスがそこにいる。


「私は、あなたの力になりたいのです。忘れないで下さい」


 クロスはそう言うと私を抱き寄せる。中性的で綺麗なクロスの胸は私とは違い男性らしく、鍛えられたようにしっかりとした固さを抵抗する手の平からも感じる。


「ユウリ……、異性にも目を向けて夜の相手は私にして下さい」


「だから……」


 クロスに抱き寄せられて身体で男性を意識してしまい顔が赤くなっていただろうが、話しが戻ってしまい顔を上げる。すると、クロスの瞳は私の唇を見ていて頬に手を添え親指で唇をゆっくりとなぞられ更に顔が赤くさせられてしまう。


「不思議なだけでなく、けなげで可愛らしい……」


 そのまま、クロスは私の額と両頬に口づける。


 しまった……。ちゃんと、口づける風習が無いのは唇だけじゃない。それ自体が無いと言っとけば良かった。


 嫌いと思えない異性にそんな風にされ赤くなったまま、こちらの風習がわからず受け入れてしまった。そんな私に気を良くしたのか、クロスは最後に私の唇に軽く口づける。


「こちらの風習としては、唇以外に口づけたり頬を寄せる事は親密な相手への挨拶としてあります。唇への口づけは家族間のような親しみや愛情表現としてもあります。これは証明ではありません。私の特別な気持ちの表現です。ぜひ、ユウリの唇の二度目の初めてとして数に入れておいて下さいね」

 微妙すぎるクロスの言葉と口づけを、どういう意味として取れば良いのかわからない。


 特別?家族として?愛情表現?それとも、私の特別は伝えてあるから、ここの風習に慣れろって事か?


「今日は、もう時間が来てしまいました。残念です。また、明日必ずきます。お茶、ごちそうさまでした」


 心は慌てふためきながらも言いたい事は山ほどあるのに口にできない私に、初めて見る花が咲き開くような綺麗な笑顔でクロスは言うと、また私の目尻に口づけて部屋を出て行った。


 その後、すぐにソファーに寝転んだ。


 クロス…。濃すぎるよ。スキンシップ…。明日は絶対に部屋に入れないでおこう。


 こちらのスキンシップや口づけの風習に慣れるなんて出来ない気がしていた。


 妖精達も夕方には寝室からいなくなったその夜、早目にベットに入り日記を書いているとインターフォンが鳴り昼間に約束していたとおり、リンダが寝室のドアを叩いてくれた。


 ドアが開く音に目をやるとリンダはナイトガウン姿だ。


「ユウリ様……お相手をさせて頂きにまいりました」


 緊張して恥じらうようなリンダ態度のナイトガウン姿に、お泊りの空気が盛り上がり嬉しくなった。お茶を用意するからと、どこでも好きな所にいるように声をかけた。 私が戻るとリンダはベットに腰掛けていたので私も隣にすわり、お茶を飲みながら楽しく話ができた。

 寝室でお茶を飲み話しをしていると、夜もおそくなったので二人一緒にベットに入った。このベッドはダブルより大きいので余裕だった。


 けれど深夜には、いつものように浅い眠りから目が覚めてしまう。

 隣に寝たリンダの布団まで私が取っていたようで、ナイトガウンの下に着ていた生地が薄く露出が多いネグリジェ姿があらわになっている。何もつけていない豊満な胸やスタイルが透けて見え、ネグリジェの下には小さな下着一枚だったのにも気が付き驚いてしまった。


 よくこんなお色気ネグリジェで寝られるな。


 そういえば、ベッドには私が先に入り後から入ってきたリンダは、妙に距離が近く頬や首筋を触られ、軽く抱き着かれた気がする。


 これはもしかして、夜の相手って……えぇっ!


 夜の相手の意味が分かり、どう誤解をとくか考えるうちにまた寝る事にしたのだった。そんな意味でお願いしたんじゃなかったのにと、泣きたくなりながら。

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