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私とクロスとお茶と


 私が妄想していた事を見抜いたクロスに慌ててしまい、それをごまかすかのように部屋に招き入れたもののどこか気まずい。


 これは、久しぶりにクロスと会ったからではない。わかってる。クロスが登場する私の妄想をクロスに見抜かれたからだ。


 けど、なぜ妄想がバレたのだろう。表情を読んだ?けれど、それから読めるものは感情であり妄想ではないはずだ。

 せめて、これから妄想するならクロスのいない場所でしようか。いや、本人を見ずに妄想する技量は私にはない。それに、もともと妄想の趣味が私にあった訳じゃない。


 無駄にクロスが綺麗で、私を取り巻く状況が美形男性ばかりで気楽に笑って話せる女友達や女性との関わりの少ない今がいけないんだ!

 今だにリンダとも気楽に話が出来ないし……。


 もともとクラスメイトの男子とも積極的に話す事もなかった私だ。それが、いきなり周りが年上らしい個性が強すぎる西洋系の美形男性ばかりになったから、コンプレックスを刺激されまくって気が休まる時なんかある訳がない。


 そうだ、それだ!生活環境の激変からのストレスなんだ!何の楽しみもないから妄想するんだ!


 久しぶりの一人脳内会議は、途中からただの主張に変わってしまった。この世界にきての不満ばかりの八つ当たりが増えてしまい気持ちまで沈んでしまう。

 このトリップを前向きに受け止めて、気持ちを切り替え受け入れられたら、異性の美形が沢山で魔法に妖精のファンタジーの世界は、きっと新しい自分になれたみたいで楽しいだろう。


 けれど、私は元の世界に帰りたい気持ちが大きく、魔力もなく住みにくいこの世界にも人にも馴染めそうにない。宙ぶらりんだ。

 異国の顔立ちのスタイルの良い男女ばかりが周りにいるだけでも、落ち着けない。

 客室も広すぎて、留置室くらいの広さの方が落ち着ける。お茶を飲む時すら、高級感漂うカップを割ったらどうしよう、ソファーにこぼしてしまったらどうしようと緊張していた。


「こちらにどうぞ」


 後ろ向きな自分に向けた溜め息を噛み殺し室内を見回すクロスの顔を見ないように、応接セットのソファーを力ない言葉ですすめて座ってもらう。


 そして一人、以前リンダに教えてもらった手順で茶葉を使い茶道具を壊さないように気をつけながらお茶の用意を始める。しかしながら紅茶に似たお茶の味に自信はない。私の世界では、ティーパックの紅茶かインスタントコーヒーくらいしか作った事がないからだ。しかも、この世界では二回目だ。そんな腕で人に茶葉からいれたお茶を飲んでもらう事は初めてで、作りながら口に合うのかと心配になってくる。


 妄想なんかするんじゃなかった。そうしたら、こんな風にならなかったのにと後悔してみても時すでに遅しだ。


 そうこうしていると、ティーポットからカップにお茶を注ぐ時間になってしまう。親に叱られる前のような覚悟を心に決めて、どこか諦めの心境だ。


 トレイを手に持ち応接セットにを振り返るとクロスはソファーに座り、観察するように私を見ていた。さき程の凄みのある微笑みは跡形もなく消えていて、笑みはないながらも穏やかそうな表情に安心できる。

 少し緊張しながら応接セットのテーブルにトレイを置き、カップをクロスの前に置きながら俯き声も小さくなってしまう。


「お茶を用意する事に慣れてないので、美味しくなかったらすみません」


「いえ…。てっきり侍女を呼ぶと思っていたので驚きました」


 あ。そうか。なるほど。その手があったか。リンダを呼べば良かったんだ。


「じゃあ、今から呼びます。私のお茶より、絶対美味しいですから」


 戸惑ったようなクロスの言葉は、とても良い案だ。気分が浮上して明るく答えながら応接セットから、お茶を下げようと手を伸ばした。


「なぜですか?私は、侍女のものよりユウリのお茶が飲みたいですよ。楽しみですね」

 なのにクロスは、私の手より速くソーサーに手をかけ持ち上げてしまう。そして、クロスがカップをゆっくりと口につける様子を見守る中、私は先生に目の前でテストの採点をされているような緊張の一時に襲われていた。


「ユウリ、そんな顔をしなくても大丈夫です。十分に楽しめるお茶の味ですよ」


 先生。美味しくはないんですね……。


 予想していたけれど「美味しい」の言葉は無かった。かわりに綺麗な微笑みと「楽しめる」とあったので、まずまずの味なんだろう。いや、リンダより美味しくないけど普通だと思いたい。


 もし次があるなら、絶対にリンダに頼もうと心に決めて私も濃い味のお茶を飲んだ。

 やっぱりこれは、ミルクティーにするなら美味しいだろう味だ。今度、ミルクと砂糖がないかリンダに聞いてみよう。


「今日は、異世界転移についての話がありこちらに来たのですが…」


 カップを置いて私を見たクロスの歯切れ悪い言葉に姿勢を正す。呑気にお茶をしていたけれど、嫌な予感がする。


「実は……ジュリア様の魔鏡の痛みが想像以上に激しく、修復にかなりの時間がかかる事が分かりました。完全に修復出来るかどうかも、まだわかりません。もちろん代わりとなる魔鏡も探しています。

 同時に詳しい異世界転移や修復の方法を知っているかもしれない高名な魔術師も探しているのが現状です」

 それは……

 まだ当分帰れない?それとも帰る事は出来そうにない?


 どちらにしても帰れる日は近くはないらしい。クロスの言葉に目の前が暗くなり、すぐに言葉も出ない。それに、気が付いたクロスはなおも言葉を続ける。


「他の転移の方法も文献で探しています。他国に事情を話し聞く事は出来ませんが、他国にある古い文献や記録を含めてです。けれど、ユウリがいつ帰れる、とは約束はできない事が現状です。

 あの魔鏡には、現在の場所だけでなく、過去にも遡り移し出す力があります。という事は、ジュリア様とユウリはただの転移ではなく古代の時空を越える術を使って異世界から転移したとも考えられます。


単純にユウリを元の世界に転移させる事が出来たとしても、転移後に時間のずれが大きく現れるかもしれません。ですから、時間をかけてでも慎重に事を運びたいのです」


「そう……ですか」


 帰れたとしても、浦島太郎のようになりたくはない。いつもの生活に戻りたい。誰も知らない何も分からない世界なら、私の世界もこの世界も同じようなものだ。


「すみません」


「けど……帰る時は元の時間に近い時間になるんですよね」


「そうなるように……します。もちろん身体的な時間にもです。記憶に関しては……ユウリの希望に添うようにします」


「分かりました。よろしくお願いします」


 途切れ途切れの言葉の終わりに謝るクロスに私は軽く頭を下げ、力無く笑ってお茶を飲む。

 クロスが謝る必要はない。私に謝るのは、わざとではないにしろ転移に巻き込んだ椎名さんが謝るべき事だ。


 落ち込んではいるものの、クロスが私の世界の転移した時と同じような状態で身体も時間も帰れるように手を尽くしてくれているという現状に、いつ帰れるかも分からないのに少し安心できた。


 私の世界に帰れれば、時間はかかっても元通りならそれでいい。


 友好的であろう扱いと、異世界転移を探してくれているクロス達に囲まれた私はそう思えた。


「いいのですか?寂しくはないですか?」

「寂しいかと聞かれたら寂しいです。けど、時間がかかっても元通り帰れる方法を探してくれているのなら少し安心です。待つ事は、前から決めてました。なるべく早めにお願いしたいですけど…」


 私の素直な言葉と笑みに微笑んだクロスは、一瞬顔を真顔にして合っていた目線をカップに落とす。

 

「私は、この容姿ですから昔から男性を好むと噂されています。事実は違いますが……。だからといって、同性を好む人を否定はしません」


 俯いたまま、いきなり話の方向を変えるクロス。なんだ?


「ユウリの世界の事情は分かりませんけれど、こちらではやはり男女の恋愛が一般的だと思うのです」


 うん。それは男女が一般的だと私も思う。だから?


 話しの流れが読めず、首を傾げながら聞いていた。


「私がユウリに口づけた事を怒っていますよね。けれど、それで私を避けるような事はしないでほしいのです。幸い私の容姿は、女性に近い。私なら異性ですが、ユウリの夜の慰めになれませんか?一時でもなれるのならなりたいのです」


 いや、避けてないし。クロスと会う機会が無かっただけで……。

 夜の慰め?なにそれ?

 私は、異世界転移の話の方が気になりますよ?


 話についていけない私を、クロスは困惑したような表情で瞳の紫の色を濃くして私の目をしっかりと見ている。


 あの……クロスさん?

 私は元の世界に戻る転移に時間がかかる事を、前向きに受け入れた訳じゃないからですか?


「えと……夜の慰めって?」


 どうやら、私の気持ちは上手くクロスに伝わらなかったらしい。なのにこんな風にしか言葉は出てこない。

 気楽に話せる友達が欲しいと、しみじみ思った。




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