雨の休日
翌日に目が覚め時計を見ると昼前なのに部屋の中は薄暗い。時計を見直し、薄暗さを不思議に思い薄いカーテンを開けると窓の外は雨天だった。
今日は休日で庭を歩こうと思っていたのに雨だ。二度寝したい誘惑に負けそうになる程、身体はだるい。けれど、ここは家ではないので、それをしてはいけない気がしてしまう。家より寝心地良いベットを見ないようにし、あくびをしながら洗面と着替えを終わらせた。
客室には応接室のような部屋と寝室とお風呂とトイレと洗面があるので、目を覚まそうと応接室に移る。お腹が空いたけれどリンダを呼ぶ為のベルを鳴らす程ではない。 用意されていた道具でお茶を入れて、窓からこの世界で初めての雨が降る様子を眺めていた。そうすると、小雨だった雨が少しずつ強まっていく。
そんな中、ずぶ濡れになりながら飛び回り遊ぶ妖精達もいれば、いつも木立で身を寄せ合っている妖精達もいる。傘にもならない木立の陰で、小さな身体からは大粒に見えるだろう雨を見ながら、つまらなそうな顔で囁きあっていた。
うん。ダメだ。何かに負けた気がする。
妖精達の寒さやひもじさの会話を想像した私が甘かったんだろう。
「雨宿りするなら、どうぞ?」
誰ともなく、そう小さな声で言い窓を開けたまま背を向けると、次々と妖精が部屋のあちこちにまで入ってきてしまった。
『いいの』
『やった』
『ありがとう』
『良かったね』
『ほんと、部屋の中は暖かいね』
そうなると、纏わり付かれ話しかけられザワザワ落ち着かなくなってしまう。
「わ、悪いけど雨宿りは、ベランダか窓辺で静かにお願いします……」
『え〜。遊ぼうよ』
『ずるい。僕らも入れて』
うん。私は寝起きなんだよ?遊びたくないんだ。それに君達は、さっきまで雨に濡れて楽しそうに遊んでたじゃん。入ってこないで遊ぶなら外で遊ぼうよ。
けれど、相手の妖精達のクリクリとした目を間近で見てしまった。身体も15センチ程で小さく可愛らしい。本日、二回目の敗北だ。
「はい。濡れている子達は並んで」
こんなはずじゃなかったのに。仕方なく洗面所からタオルを持って来て、素直に並んだ妖精達の髪と身体を拭く。不思議な事に大して濡れていないけれど、気持ちの問題だ。
「じゃあ、みんな集まって〜。けど、静かにしてね〜」
身体を最近、動かしていないので妖精達を前に保母さんのごとく『げんこつ山のタヌキさん』のお遊戯から始める。
幼児教室かと思いながら次に『大きな栗の木の下で』を終えると、もう何も思い付かない。真面目に『ラジオ体操第一』を終えて鬼ごっこを始めた。
始めは嫌々だったのに、はしゃぎ回る妖精達と遊んでいるうちに楽しくなり夢中になってしまう。良いストレス解消だ。額に軽く汗をかき、立ち止まると視線を感じた。
「あ……」
『ユウリ?』
『ユウリどうしたの?』
「ユウリ様……」
開いたドアに手をかけリンダが呆気に取られたように私を見ていた。少し恥ずかしくなって、慌てて畏まってしまう。
「えっと……何でしょう?」
「お、お食事をお持ちしたのですが……」
「ありがとう」
「あの……今夜、ユウリ様のお相手をさせて頂きにこちらに参ります。よ、よろしくお願い致します」
「え?」
応接セットの机に食事を置いてリンダは言うと、俯き私を見ないまま背を向け涙を拭う仕種をしながら寝室の掃除に向かった。
そんな様子が気になりながらも、夜に少し話が出来るかと思うと嬉しくなった。
掃除を終えてリンダも退室したので、妖精達に寝室を解放した。客室で一人静かな食事も終わり何をしようかと思っていると、インターフォンの音が聞こえる。
ドアの前に行き開くとそこには、珍しくどこか思い詰めたような表情を浮かべたクロスがいた。
「ユウリ……。相手も確かめずに安易にドアを開くものではありません」
けれどそれは、すぐに不機嫌そうなものに変わってしまう。そんな表情でも、やっぱりクロスは綺麗だ。久しぶりに見た紫の瞳も相変わらず宝石のようだ。
そのまま、お互い何も言わないでいたので二人で見つめ合ってしまう。
忙しいはずのクロスは何をしに来たんだろう。もしかして、さっき遊んでいた声や足音がうるさかったからお説教?
クロスの立場なら部下にお説教と言うか指導する事も多いだろう。部下は、ランバートしか知らないな。
クロスの隊長室に書類を、届けに行ったランバート。居ないとばかり思っていたクロスは、在室中でランバートは嬉しくなった。けれど、クロスの表情は不機嫌そうなものだった。
久しぶりの二人の時間がクロスは嬉しくないのだろうかと、ランバートは少し寂しくなりながら書類を差し出し仕事の報告を終えた。
『では、失礼します』
口調も固く微笑みの一つも浮かべないクロスの様子に、やはり自分の事は遊びだったのだと悲しくなりながらランバートは隊長室を後にしようとする。
『待ちなさい』
これ以上、惨めになりたくないと思いながらもクロスの言葉に足を止めてしまうランバート。きっと、別れの言葉だろうと身構えてしまう。
『ランバート。私はユウリが羨ましくなります。毎日、ランバートと二人で会えるだなんて』
けれど、聞こえてきた言葉は意外なものだった。
『え?だって、隊長は忙しいのですから仕方ないでしょう。仕事ですよ。仕事』
『それでも、妬けるものは妬けます』
そして、強引にクロスに引き寄せられランバートは言葉とクロスの温もりに戸惑いながらも嬉しくなってしまう。
『ち、ちょっと隊長』
『いいです。本当に仕事だけかどうか身体にも聞いてみましょう』
『え……』
いや。クロスはストレートだと言ってた。こんな事を考えていたら叱られてしまう。それに、ランバートは遊ばれて黙って耐えたりはしない気がする。
「ユウリ。私で妙な想像をする事はやめて下さい。まだ、証明が足りませんか?」
ほら、やっぱり叱られた。しかも、クロスは凄みのある微笑みまで浮かべている。やばい。
「いやいやいや、想像してないです。証明もいいです。あの……ね?毎日忙しいんだろうなって考えていただけです」
「忙しいですよ。だから、お茶を飲ませて下さい」
いや、私の客室じゃなくても良いでしょう。
「話したい事もあるんです。だめですか?」
戸惑う私の頬に手を沿えて、クロスは優美に微笑む。近くなった距離に慌てて動けば、視界の端に侍女の姿が目に入った。
「ど、どうぞ」
そうして、ますます慌ててクロスを部屋に招き入れたのだった。




