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客室と侍女


 ランバートと遠回りして部屋に戻った事で早く私の世界に帰りたいというどうしようもない焦りも少しは薄れたようだ。 私の世界に帰った時の時間の経過も椎名さんの様子をみていたら、家族や友人にも気が付かれない程度のうちに戻れると思えて少し安心できる。


 寝る前にもじっくり待つしかないと、夜空を見上げながら思った。私が知っている北極星も有名な星座も浮かんでいない。けれど、空気を曇らす排ガスも明るい照明もないので見た事もないくらい綺麗な満天の星空がある。それに癒されながら、カーテンを閉めて冷たい布団に入った。


 翌日の朝は、総侍女長ともう一人の侍女の迎えで城の客室へ向かう。少ない荷物を持って歩いた。


「ユウリ様、こちらのリンダがこれから身の回りのお世話をさせて頂きます」


「リンダと申します。よろしくお願い致します。なんなりと申し付け下さいませ」


 もしかしてと思っていた、もう一人の若そうな侍女の担当は私らしい。綺麗な礼を取られこちらが恐縮してしまう。


「あの…、そんなかしこまらないでください。こちらこそよろしくお願いします。配膳とたまにで良いんで夜に相手をお願いします」


 慌ててお辞儀を返す私に総侍女長の冷たい視線を感じる。

 仕方ないじゃないか。堅苦しくされる立場じゃないんだから。夜くらい少し若い女の子と話もしたいじゃない。


 リンダは、茶色い髪を後ろにまとめ同じような茶色い瞳で私を見つめていたのに、目を泳がせながら聞いてくる。


「ユウリ様の……夜のお相手を私が、で、ございますか?」


「そう、夜。お願いします」


 久しぶりに会えた若い女の子。リンダは私より年上に見えるが、容姿だけじゃなくて性格がどこか可愛らしい感じがする。

 リンダに戸惑ったような二重の目で穴が空きそうな程に見つめられ顔が赤くなるが、久しぶりの女の子にテンションが上がり親しげに話しかけてしまう。ぜひ、ガールズトークをしたい。ささやかな楽しみに胸が躍る。


 シャワーも出せない私としては、誰かの魔力は欠かせないものだ。それが親しみやすそうなリンダなら友達のように仲良く慣れるかもしれない。

 この世界で今まで、個性的すぎる美形の男女に多く会ったきた私は、この機会を逃がさないように頑張られねばと微笑みをリンダに向ける。


 なのに、何故かリンダは総侍女長を伺うように見てから強張るような笑顔で答えてくる。


「……で、出来る限りでよろしければご奉仕させていただきます」


「嬉しいです。奉仕なんて思わないで下さい。リンダさんとリラックスして楽しみたいだけなんです。よろしくお願いします」


 リンダに気を使わせない為の私の言葉に、総侍女長とリンダさんは気まずげに顔を見合わせると、そそくさと客室から出て行った。


 その日もランバートの迎えで、王の部屋に行き今日必要な物だけ書籍を取り客室へ戻る。夕方になると用意された鍵のかかる木箱に片付けた。


 翌日からも、ランバートの迎えで前日に出来た解説を王の部屋で王か王子か宰相に渡し、質問に答える。その間にリンダが客室の掃除をしてくれている。いつの間にかシャワーも魔石をかざせば適温が出て来るようになっていた。


 着替えもメイクも最低限の物にしていたので一人で出来る。

 私に付いてくれる侍女とは言え、リンダと顔を会わす時間は、基本的に配膳と午後のお茶だけだ。気分転換にリンダと話がしたくてお茶に誘ってもやんわりと断られ客室の隅に控えるか出て行ってしまう。


 そんな態度にやっぱり、私が異世界から来たからだろうかと軽く落ち込んでしまう。それなら、早く終わらせて客室を出ようと肩を凝らせ、眠い目を擦りながら連日深夜まで解説の作業を続けるようになっていた。


「……ユウリ様。ユウリ様。起きて下さいまし」


 起こされる声に薄く目を開けると、リンダの後ろに宰相がいる。窓の外は薄暗い。慣れない夜更かしで昼食後に睡魔に負けたようだ。


 もしかして王の部屋で居眠りしたかと、寝ぼけながら慌てて辺りを見回すと客室だ。よだれも垂れていない。良かった。書籍によだれの後が付いたりしてたら恥ずかし過ぎる。


「最近、食事も少なく夜遅くまで明かりが付いていると報告を受けています。ユウリ様、無理をなさりすぎです」


「いや……無理と言うほどは……」


「ユウリ様、私も不器用ながらお相手をさせて頂きますので少しはお休み下さいませ」


 宰相に叱られ、頬を染めたリンダに言われる。


 だって、早く終わらせたかったんだもん。


 駄々っ子のような心の呟きは口には出せず、明日は日曜日で世間も休養日らしいので、それに合わせて私の解説も二日間は休みとなった。


 そんな日々の中、寝る前に毎日付けていた日記を見返すと、クロスやディンと会わなくなり一週間が過ぎている。ディンは城の外でも、クロスは城内にいる。顔を合わせない事を少し寂しく不思議に思いながら、今日の日記を書いた。

 日記があると、異世界生活が何日目か分かる。どうせ誰も読めないのだから、良いストレス解消になる。


 明日は何をしようかと、ぼんやり思いながらすぐに寝てしまった夜だった。




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