遠回りの帰り道
「お前達も、もうそれぞれの執務に戻れ。夜会の話しは後だ。ユウリもご苦労であったな。部屋で休むがいい」
王が王子達にそう言いながらドアを開けると、ランバートがノックをするように手を上げて立っていた。
「では、また明日。夜会は気が向いたらで良い」
私の背中を押し送り出した王は、柔らかい表情で私の返事も待たずにドアを閉める。
いや……だから、本当に夜会なんて行きたくないんですってば。
心の中で呟いても閉まったドアは開かない。間から見えた机に積まれた書籍の山に、ますます疲れそうな予感がするだけだ。
解説といっても目次から始める。分からない日本語は辞書で調べ、内容を要約して渡す。そして、それを参考に王が選んだ書籍を記録の石に記録して石を椎名さんに渡すらしい。『楽しい農業大百科』だけでもすごく手間がかかる作業だ。
解説せず、そのまま椎名さんに本を渡せばいいのに。けれど、それは王にとっては駄目らしい。どこから購入したのか武器や医療や外国語の書籍まで椎名さんが集めるからだ。
「ユウリちゃん。お疲れ様。陛下が出てこられたから驚いたよ。ベールはいいの?」
「……忘れた。ランバート。帰ろう」
私がいなかったら全ての書籍は、椎名さんが手にして趣味になっていただろう。それが、巻き込まれて来てしまった私には仕事になった。今では好意的に受け入れられている事がありがたい。
けど、変なの。魔具を沢山つくった方がいいんじゃないかと考えてしまうけど、今は仕方ないや。
解説はバイトだ。いつか、転職して絶対食堂のお姉さんになってやる!その時の為に自分の事は自分で出来る事をやろう。もう、それでいいや。こんな日は、部屋でシャワー浴びて一人でゆっくりするに限る。
「ユウリちゃん。少し遠回りして部屋に戻る?今は、外も薄暗くなってきたし」
ランバートの言葉に愚痴めいた思考から顔をあげると、伺うように私を見る瞳と目があった。気が付けば、もう城の裏口まで来ている。
「今日は朝からだったんでしょ?少し、外を歩くだけでも気分転換になるよ。気になるなら、目と髪の色を変える術をかけてあげようか?」
ディンやクロス以外の術は、魔力の無い私には不安が大きい。王の探り以来、魔術は怖くなった。けれど、そこまで私を心配して気にかけてくれるランバートの気持ちはとても嬉しい。
異世界人の私は珍しい存在だろう。どこで何をしていても噂にはなる。
けど、この世界でも私は私でしかない。悪い事を何もしていないから、コソコソする必要もない。人間、時には開き直りディンの言ったように頑張る事も必要だ。
「僕もユウリちゃんの護衛を任される位の腕はある魔術師なんだよ」
ランバートの顔を見たまま考えていた姿が魔術の腕を不安に思っているふうに見えたのか、わざと格好つけた仕草で前髪を払いポーズを決めておどけるランバート。
「ありがとう。このままでいいよ。少しだけ、お願いしてもいいかな」
「じゃあ、こっちの練習場の近くを通って部屋に行こう」
柔らかいだ表情と声に笑いを含んだ私の返事にランバートは嬉しそうな笑顔になり、二人通路を外れて歩き始めた。
春らしい緑があふれる外にはまだ暗くなっていないからか、カラフルな髪の色の妖精達が私の周りを飛びかう。
小さな笑い声もあちこちから聞こえて落ち着かない、と思ったらとたんに妖精達は見えなくなってしまった。
いきなり居なくなった事を不思議に思い辺りを探すと、さっきと同じように好奇心に満ちた妖精達の姿が見えはじめる。
なんだ?みんな見え方をコントロールしてるから、ランバートもあんなに普通にしてるの?
慌てふためく中、ふと気が付けば横の立木の前に肩にかかるくらいの波打つ黒髪と、ストレートの長い金髪が印象的な優美な若いお兄さんも二人いる。フォルのようなブラウスにパンツスタイルで、私達を見ている。
「キョロキョロして、外はそんなに珍しい?何かそんなに違う?」
顔を私の方を向け隣を歩くランバートは、背後の二人に気が付かないのか何も言わない。私は会釈をして通りすぎた。
「初めて通る場所だから見てただけ。月も空も私の世界と同じだよ。月は一つしかなかったけど、いつも空が同じようで見てたら落ち着くの」
「そうなんだ。」
「ここみたいなお城の方が、実物を見た事も入った事も無かったから珍しいんだ」
「それは僕も魔術師団に入るまで城を遠くから見るだけだったから、珍しい物も沢山あったよ。すれ違う人にも始めは緊張してね。だから、今度お茶して友好を深めようよ」
「だからって言われても話つながらないじゃん。……それは、遠慮しとく」
「色々と詳しく教えてあげるよ」
言い訳がましい私の手をランバートにさりげなく握られ、そんな誘いをかけられても困る。いつ頃に帰れるかは知りたいけれど、ランバートには分からないだろう。
なのに本当に知らない事だらけの私は、ランバートの『詳しく色々』に妙に惹かれてしまう。
「ユウリちゃん?一緒に遊べたら僕も嬉しいんだ。あ……」
にこやかに話していたランバートの言葉と動きが急に足までも止まる。手を取り返しながら視線の先をたどる。
すると、少し離れた場所で魔術師団団長を含めた数人と話すクロスがいた。私にクロスが微笑んでいたので会釈を返した。
これは、ランバートが秘密の恋人のクロスに浮気がばれたみたいな図じゃないか。全く関係無いはずの私まで気まずくなる。
振り向くとランバートは口元だけに笑みを浮かべて敬礼をしていた。また振り向くと微笑んだままのクロス。
クロスとランバートの心の声が聞こえてきそうだ。
『ランバート。ユウリの手などを握ってどういうつもりですか?』
『慰めていただけです。隊長が心配するような事はしていません』
『女性の手を握り微笑んでいたら、心配にするに決まっているでしょう』
『嫉妬ですか?』
『そうは言っていません』
私の手を握るランバートが心変わりしてしまったのかと心配して、嫉妬が押さえられないクロス。そんなクロスが愛おしく嬉しくて、つい微笑むランバート。素直じゃない二人の気持ちは、すれ違ったまま。
待てよ。クロスはストレートのはずだ。キスで証明までされた。分かってるけど、なんて妄想が似合うんだ。
見つめる私に、クロスはこちらに来ようとしたが、慌てたような魔術師隊員に話しかけられ、すぐに背中を向けられた。
その様子に今までとは違う距離を感じてしまう。
「クロス隊長が気になる?」
「え?」
「クロス隊長はね『微笑みの君』って侍女達に言われてるんだ。綺麗な微笑みが似合うからだって。鍛練の時の鬼の隊長を知らないから言えるんだよ」
ランバートの言葉につい吹きだしてしまった。
「クロスさんって、綺麗だし丁寧だけど鬼って思った事は私もある」
「ユウリちゃんも?みんなあの見かけに騙されてるんだろうなぁ」
「どうなんだろね」
クロスとの距離を少し寂しいと感じながらも、ランバートの言葉に侍女達よりも隊員のように普段のクロスを知っている気がする。
それを、なんだか嬉しく感じながら部屋に戻り夜を迎えた。




