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王子のからかい


「アースティン様。フォルニール様は、ユウリ様を随分と気に入られているようですな」


 視線の先の宰相は、ほのぼのとした空気でアースに言う。


 宰相……。フォルを避けるような私を見てるなら、そんな微笑ましく見守るような表情は出来ないはずだろう。王子達の味方しかしないのか?


「宰相、甘すぎる。フォルニールも、ここは口説く場所じゃない」


 アースは、呆れたように宰相に言って私の隣の席に当たり前のように座る。アースはフォルより年上なだけあってか、キラキラして見えるだけでなく落ち着きも見えた。笑顔はないが口調は柔らかい。


「ユウリ。フォルニールの事は気にしなくていい。私が聞いていても気持ち悪い時がある。悪かったね」


「兄上……」


「なんだ?もっと、いつも通りにした方がユウリもフォルニールの気持ちを聞いてくれると私は思う。問いの場のような言葉では、元気づけているのか口説いているのか分かりにくすぎるぞ」


 あの時、そうだったんだ。ちらりとフォルを見ると目が合ったけれど、顔を逸らされてしまう。けれど、耳が赤いからアースの言葉のとおりなのかも知れない。


「ユウリ、今は私が話をしている」


 アースの強い口調に驚き顔を向けると、キラキラがパワーアップした。青の瞳の中に私を写しながら、深く息を吸い込みアースは口を開いた。


「ユウリ……。一目みた時から何故かユウリの事が頭から離れない。同じ王族が本当に申し訳ない事ばかりをしておいて、私がこのような気持ちを伝える事を許して欲しい。これから……、私との過ごす時間を取ってはくれないだろうか。互いを知るために」


 どこか緊張した面持ちのアースのいきなりの言葉に私は、動けなくなってしまう。そして、机の下に隠しておいた私の手をとると、私を見つめたまま手の平にキスをして舌を這わせた。


「兄上!」


 ひゃ〜。ど、どした?


 アースが告白めいた事を真面目に言うだけに、顔に熱が集まり赤くなる。駄目だ。限界だ。リアル王子様なんて無理だ。


「あ、あの……」


「信じてもらえないかも知れないが本当なんだ。真実の石を使ってもいい。だから、私の事はアースと名で呼んでほしい」


 咎めるようなフォルの言葉より、今はアースの熱っぽい視線と言葉の方が大変だ。手を取り返そうとしても、強く握られ離してくれない。真実の石まで言うからには本当なのかもしれない。

 初めての告白に顔は赤くなり、私は冷静に考える余裕もなかった。


「あ、あの、本の解説を……」


「私が惹かれているのは異世界の本ではない。ユウリ自身だ。なぜだ?ユウリは、人目をひくような華のある顔立ちもでもなく、惑わされるような妖艶さもない。特に芸に秀でている訳でもなく、これといった特徴も無い」


 おっしゃる通り普通の私です。悪かったね。からかうなよ。


 さっきまでの顔の熱は一気にひいて、目つき悪く眺めるアースはいたって真剣に見える。


「今、ユウリが私に口づけてくれるなら一生をかけてユウリを守りぬこう。その覚悟もしてある。私はこれまで美を競うような姫達にも何人も会ってきても、どこか冷めていた。なのに、凡庸なユウリにどうしてこうも惹かれてしまうんだ?」


 なんでだろう。告白めいた言葉と思っていたのに、アースにけなされている気がしてきた。

 けれど、アースは強く私を見つめ、ふざけた感じはしない。ただでさえ会う人みんな顔が良いとコンプレックスを刺激されていたのに、これか?なんだか微妙に落ち込んできた。

 この世界の人の考える事は分からない。


「いつか何の取り柄も無い私なんかより、素敵なお姫様があらわれますよ。さぁ、本の解説をします」


「兄上?ここは口説く場ではないのですよね。さぁ、ユウリ始めましょう」


 私は言葉と同時に強引に手を取り返し、離れた場所の本を取りに向かおうと席を立つ。フォルも言葉に続き席を立った。

 動かした視線の先で目が合った宰相はどこか楽しそうに見える。


「ユウリ様。アースティン様のお気持ちは本心なのでしょう。普段はご立派な方なんですよ」


 それでも、私の中の普通に優しくかっこいいアース王子のイメージが崩れたんです。


 見下ろす形になったアースは、まだ私を見つめている。まるで観察するように。そして呟いた。


「やはり、ユウリはいいな」


 なんでだ。おかしいだろ。いや、私が卑屈すぎるのか?いや、もういい。本を部屋に持って帰って明日から客室でしよう。そうしよう。私って賢い。


 そして、無心に本の解説作りに集中しはじめたのだった。




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