客室の夜へ
私が妖精の姿を見すぎたのか目が合ってしまった。そして、赤、青、茶、白、黄色などカラフルな髪を揺らしながら妖精が近付いてくる。小さくて可愛いけれど、集団で真顔のまま顔を輝かせて私の方に寄って来られると未知の生物に狙われているように感じる。
窓を閉めようと私が椅子から腰を浮かせた時に、ディンが軽食のトレイを持ち居室入ってきた。ディンは窓の外を気にする事なく、私の前のテーブルに置いて向かいに座る。妖精たちは私に興味を失ったのか、また遊び始めている。
「食え」
そう言われても、目の前のディンは不機嫌そうな顔だ。空気が重い。
「私、食堂で働ける事になりました」
「そうか」
沈黙が続くので会話しようにも続かない。私は一人もくもくとトレイの軽食を片付けはじめた。途中、上目遣い気味にディンを伺うとお茶を飲みながら窓の外を見ている。
物憂いに見えるディンの顔に柔らかな陽射しが当たり陰影がつき、明るい中でも整った顔立ちが際立って見える。
もしかして……今朝の私の妄想をクロスから聞いたりしてないだろうか。クロスは、相手がディンだと気が付いていた。
私の前にいるディンは、整った顔立ちに鍛えあげられた身体だ。絶対に腹筋は割れているはず。けれど決して、ごつい身体つきではなく、組んだ足も長くスタイルもいい。
もしディンが一人で夜の酒場のカウンターで一人でお酒を飲んでいたとしたら、両隣には興味をひこうと擦り寄る露出の多いゴージャスなお姉さんがいるだろう。
ディンは、いくら話しかけられ纏わり付かれても相槌を打つわけでも無く、静かにグラスを傾ける。そんなディンが視線を向けるのはピクリとも動かないドアだけ。約束もしていないクロスと偶然を装い会う為だけに、ディンはこの酒場に来ているのだから。
今日は来ないかとディンが諦めかけた時に、小さなドアベルの音がディンの耳に届く。待ちに待った音にディンが視線を向ければクロスが挨拶代わりに軽く手をあげ、両隣のお姉さんに向かい牽制するかのように酒場には似合わない優美な笑みを浮かべている。
やっと会えたと、それまで物憂げだったディンの表情が喜びが滲みでるものに変わるが、それを隠すかのように徐に席を立ちクロスに向かい歩きはじめる。
そして二人は……。
いけない。こんな事ばかり妄想してしまう。私、疲れてるのかも知れない。きっと、何日も女の子と話してないからだ。最後に、話らしいものをした女の子が椎名さんだけだから、こんな事を考えるんだ。椎名さんは演技派だし。
普段の私なら女の子が、ディンやクロスと偶然出会い二人が恋に落ちる様子を妄想する事の方が楽しいのに。ディンやクロスがやたら美形でお似合いだからいけないんだ。
クロスにも、魔鏡が直るか聞かないといけないのに、こんな事を考えてたら証明の事まで思い出して聞きにくいじゃないか。ディンも、そんな風に窓の外を見つめて自分の世界を作るから、私が妄想してしまうんだ。
「はぁ」
早く普通の生活がしたい。女の子と他愛がない話をしてみたい。
「落ち着いた頃に一緒に庭でも歩いてみるか」
ディンを見つめて落とした私の溜め息と、ディンの言葉とは同時だった。
「え?外に出てもいいんですか?」
たちまち妄想は掻き消えて、外を歩ける嬉しさだけになってしまう。
「いや、仕事になれた頃に……」
ちぇ。もう何日、外に出てないと思ってるんだ。今朝のあの時間だけだぞ。仕事に慣れるなんて、まだ始められてもいないのに。
期待してしまっていただけに、カクンと頭が垂れてしまう。
「……今夜、遅い時間なら少しだけ連れて行ってやる。だからしょげるな。俺は行くから、大人しくしてろよ」
ディンは、少しだけ柔らかく聞こえる声で言い居室から出て行く。仕事に向かうだろうディンの背中が少し羨ましく思えた。
食事を終えた頃にインターフォンが鳴り、出て良いものかどうか悩んでいると居室のドアがノックされた。恐る恐るドアを開けると、総侍女長様がいらっしゃる。
「そのように簡単にドアを開けるものではありません。相手を確認してからにして下さいませ」
そこから、総侍女長から女の常識の講義が始まった。主に、宿舎の中を一人で歩かない、足をやたらと出さない、暗闇に引き込まれたら大声を出す、月の物になったら等の有り難いお話だった。
私は、襲われる心配は無いと人事のように話を聞いてしまう。
講義が終わると総侍女長に湯を出してもらい、シャワーを浴びて一般的な普段着に着替える。きつくない橙色のワンピースタイプの物で肌ざわりの良い生地だ。肩からは焦げ茶色に小花が散らせた大きな暖かいショールを巻いた。
そして私の姿を満足げに見た総侍女長から、大きめな薄い木箱を渡された。開けてみると制服が綺麗に畳まれている。胸ポケットに入れていた生徒手帳とシャープペンシルも上に置かれている。
「こちらは、ユウリ様がお召しになられていらっしゃった物の全てです。ユウリ様がお持ち下さい。
化粧道具は、私がクロスフォード隊長より受け取り明日の朝ユウリ様の客室にお支度に伺います」
そう言うと、総侍女長は丁寧な挨拶と所作で居室を出て行った。どうやら夜までは、ディンの居室にいて良いらしい。
すでに窓の外は夕暮れになっている。外では、カラフルな妖精達の数が減り、金髪と群青色を濃いくした色の髪の妖精が増えている。見つかると昼間のように寄って来られそうなので分厚いカーテンを閉めた。
いくら小さくても、集団で好奇心丸出しで寄ってこられると戸惑ってしまう。ランバート一人の好奇心だけでも私は苦手に感じる私には、未知の生命体すぎる。
明日の迎えはランバートと違う人でありますようにと願いながらベッドに腰掛け、隣に置いた木箱の中から生徒手帳を取り出しカレンダーのページを開いた。
私の世界では七月七日の七夕だったので、その日から始める。此処にきてまだ五日目のはずだ。日本語で日記を書こう。誰にも読めないはずだ。日本語を話さないから、書かないと忘れてしまいそうで怖い。
転移の日。椎名さんに巻き込まれて、異世界に来た。来たくなかった。帰りたい。自分の事ばかりの椎名さんなんて嫌いだ。武勇伝なんか聞きたくなかった。ディンに剣を向けられ捕まる。痛かった。怖かった。クロスとディンから徹夜の尋問。ロイズは良い人。言語変換の魔具が助かる。
爆睡して四日目の日付に移る。
二日寝て起きたら、いきなり問いの場だと?信じられない。心の準備をさせて欲しかった。けど私は頑張った。寝起きのフォルも、威厳のある王もきつかった。椎名さんは相変わらずだったけれど、叱れて私も厳しいと思う罰を受けていた。私のせいかと罪悪感。国の為でなく、その改良の力で私の帰る方法も見付けて欲しい。クロスとディンが私の話を信じて味方してくれて嬉しかった。
そして、今日。城の客室を断り続け仕事が決まった。食堂だ。少し普通に近付けた気がする。けど、明日も王の部屋だ。今日の迎えのランバートは苦手。クロスの証明はノーカウントだ……。王の部屋でも椎名さんのお土産の説明だから気が向かない。総侍女長は厳しい先生みたいだけど、私の唯一の思い出の制服を綺麗にして箱にまで入れて渡してくれたので、きっと良い人だと思う。宰相補佐には関わりたくない。妖精発見。
書き足りないけれど、気持ちを全てを書いていたらきっとページが無くなる。制服手帳のページも芯も消しゴムも無駄には出来ない。
読み返した時の事は考えないで、これからも誰にも言えない事を秘密に書いてストレス解消にするつもりだ。私、一人にしか読めない文字だ。
生徒手帳の日本語は、ピアスを外しても日本語だ。きっと意識すれば日本語で書けると眺めていたら居室のドアがノックされる。
悪い事もしていないのに、慌ててベッドの上の木箱に生徒手帳とシャープペンシルを片付け蓋をしてドアの前に立った。
「あの……」
「ロイズです。夕食を届けにきました」
その声にドアの鍵を開けるとロイズが食事のワゴンに手をかけている。
「ロイズ……」
「なんで、ユウリより年上なのに俺は呼び捨てなの?」
今のロイズは、顔の文字そのままを口にしていた。
「だって、それはロイズだから」
「ユウリ、返事の意味わからない。とりあえずご飯食べて?」
時計を見ると7時が近い。けれど、軽食をガッツリ食べたのでお腹も空いていない。
「あんまりお腹空いてないからスープだけ欲しい。良かったら他のは、ロイズが食べてくれると嬉しい。私と一緒に食べて?」
ロイズは「いいの?」と応接セットのテーブルにトレイを置くと、私の向かいの席に座ってくれた。
「あの……ロイズは私がなんで此処にいるか知ってる?」
食事を始めながら、ランバートが知っている事をロイズも知っているのか気になってしまう。
ロイズは私にとって初め会った部屋から良い人だ。出会いは最悪な形だけれど。ロイズから見れば、勝手に懐かれたと言うかもしれない。
もし、ロイズが私の事を何も知らなければ、異世界転移の事を話して私は慰めて欲しかったのかもしれない。
「ユウリ、俺があの部屋にいた時の事を忘れたの?眠り続けてる時もいたんだよ。ユウリが他の世界から来た事は知ってるよ」
私の問いに、呆れ顔をするロイズ。私が抜けている訳ではない。慰めて欲しくて、まずは知っているか確認したかっただけだ。
ロイズの返答を受けて私の中の慰めて欲しかった幼い気持ちを自覚して、顔が赤くなってしまう。
「詳しくは知らない。庭から、あの部屋に迷いこんできたとだけ聞いてる」
呟くような言葉が終ると「ごめんね」と、困ったように笑うロイズ。
やんわりと拒否されたロイズに、慰めて欲しくても正直に極秘扱い魔石の事まで話すつもりは無かった。
ロイズもあの場にいて私の態度から不自然なものを感じたのかも知れない。けれど、今のロイズの言葉からは深い真相まで知る私と関わりたくないようにも聞こえる。
「けど……、これからも話してくれる?」
「もちろん」
私は、ロイズの裏の無い笑顔と言葉だけで良かった。いつものロイズに安心した。
いつか、耐え切れなくなって巻き込まれたとだけ話をした時に、拒否せずに聞いてくれたら嬉しいのにと密かに思ってしまった。諦めの悪い私だ。
それから、少ない荷物を持ち人目を避けてロイズと宿舎の客室に移る。薄くドアを開いて人の目をかい潜りスリル満点だ。
「夜だから、暖炉に火は入れておくね。ユウリも、少しは寝るんだよ」
時計は8時半なのに、ロイズは私をベッドに寝かせて頭を撫でて客室を出て行く。
子供扱いを不満に思いながらも、一人の夜が寂しくなる。ホームシックのような感情に布団に包まり、考えこんで泣く前に寝ようと努力した。
そして、どれくらい時間がたったか分からない頃に窓を叩く音で目を覚ました。
部屋は、豆球の明るさで見た時計は11時を指している。
気のせいかと思っていた窓を叩く音はまだ聞こえる。
ディンの約束を思い出し、窓に近付きカーテンを少し開けると本当に騎士の制服のままの穏やかな表情のディンが窓の外にいた。




