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王の問いの場1

「後でお前の名を正しく教えてくれ。俺が、その名を呼んでやる。先に行くぞ」


 私が二人に歩み寄るとディンは私に視線だけ寄越して言い、返事も待たずに背中を向けて光に包まれ転移した。

 その態度が不機嫌そうに見え、さっき私が八つ当たりしたからかと気になってしまう。


「ユウリ。ディンなら大丈夫です。落ち着いて下さい。名前を正しい発音で呼びたいだけですよ。私もユウリが喜ぶように名を呼びたいので教えて下さい。約束ですよ。」


 ディンが転移した場を見ていたら、小さく笑ったクロスに言われた。

 ディンが怒っていた訳ではないと分かり少し安心できるが、二人に約束は出来ない。

 名前が違うと八つ当たりをしたけれど、今は約束できる程の余裕が私には無いからだ。


「では、時間も無いのでこれから転移します。いいですか?」


 クロスの言葉に頷くと、長い両腕で腰を抱かれ密着してしまう。ここに来た時の転移を思い出し、身体に力を入れて両目を固く閉じて身構えた。


 転移が始まるらしく、クロスが何か小さく呟くと予想外に柔らかい空気と光に包まれる。

 椎名さんとクロスの転移では、不思議と空気も光も感じ方が極端に違う。


「着きましたよ。王の問いの場です」


 クロスの声に、転移の違いに首を傾げながら目を開けると、ディンしか居ない広い部屋だ。

 高い天井に大きなシャンデリアがあり、深紅の絨毯が敷かれ大きく長いカーテンが閉められている。豪奢と言うより品が良い感じの部屋だ。


 部屋の中央には、白いテーブルクロスを掛けられた大きな長方形の机が入口から見て縦長にある。20人位は食事が出来る広さだ。


「お前の場合はこの応接の間が問いの場だ。来い」


 先に来ていたディンは、やっぱり不機嫌そうだ。素直に声に後を着いて行くと、部屋の壁際に1脚だけ木の椅子が置いてある。私が、その椅子に座らせられると両脇にディンとクロスが立った。


「もうすぐいらっしゃいます」


 クロスの声からしばらくすると、重厚な両開きの扉が二枚同時にゆっくりと動き始める。

 扉が開ききるとディンやクロスより、刺繍が多い上等そうな騎士の服と魔術師の服を着た50代くらいの男姓が、それぞれ扉の前に護衛のように立った。


 すると、クロスとディンは右手に拳を作り左胸に当て深くお辞儀をするので、私も立ち上がり日本のお辞儀をする。

 きぬ擦れの音が止むとクロスの声が聞こえた。


「ユウリ。こちらへ」


 頭を上げると、テーブルには王族らしき人達が席に着いていた。


 威厳を感じさせる50代後半の金の髪の男性が、テーブルの1番奥の席に座っている。その後には、濃い茶色の髪に青い瞳で眼鏡をかけた若い男性と、その人が歳を重ねたような白髪混じりの男性が控えるように両側に立っている。 その二人の後ろには、一台のワゴンと椎名さんの部屋で見た木箱が乗る台車があった。


 左側の並んだ椅子には、金の髪の若い男性と笑顔のフォルニール、私を見て顔をツンと反らせた椎名さんを困った様に見る若い女性、椎名さんの順番に座っている。


 そして、その四人の後に扉の前にいた騎士の服と魔術師の服の50代くらいの男性が護衛のように立っていた。


 クロスの話しから一番奥が王で、後ろに立つのが宰相と宰相補佐。

 並んで座る若い四人が王族で、その後ろが服装から騎士団の団長と魔術師団の団長だろうと予想ができる。


 フォルが王族だとゆう事には驚いたけれど、何も知らないより落ち着いて居られたのでクロスに感謝した。

 もし、話しを聞いていなかったらこの場で少しの余裕も無く、もっと不安になっていたに違いない。


 私がクロスに案内されたのは、王から1メートル程離れた場所に置かれた簡素な木の机と椅子だった。


 私は、住んでいた市の市長にも会った事がない一般市民の女子高生だ。

 この人が一国の王かと思うと、机に辿り着くまでギクシャクとした動きになり、椅子に座ると勝手に足が震える。


 その時、左腕に何か触れた気がして隣のクロスを見上げると、白い詰め襟のゆったりとしたいつもの服のクロスが私を見下ろしている。


 クロスは一瞬だけ私に微笑みかけ、すぐに王の方に向いたけれど励ましてくれた気がして、少し足の震えが治まった。


「では、これより始める」


 王様って、見た目だけじゃなく声にも威厳があるんだ……。


 始まるとなると、自分の問いの場なのに関係の無い事を思って姿勢を正した。


 王が軽く右手をあげると宰相補佐が動き、後ろのワゴンから黒い布を敷いたトレイを恭しく王の前に置く。そこには、見た事のある白い記録の石が乗っている。


 そして、王は初めて私の目を見る。鋭くなった眼光に身体がビクリとしてしまう。


「お前の名を名乗ってみよ」


「す……鈴木悠理てす」


 自分で気が付かない位に緊張しているみたいだ。

 声がいつもの自分の声じゃない。上擦って耳に響く。

返事をしながら心臓がドキドキしているのが、とても良く分かった。


「少しだけ探らせてもらうぞ」


 言葉とともに王の目がスッと細まった途端、大量の蛇が私の身体の中の隅々まで這い纏わるような感触が起こった。

 あまりにの気持ち悪さに叫びたい衝動を奥歯を強く噛みしめ抑え、自分で自分の身体を強く抱き身体を丸めて耐える。


 突然始まった気持ち悪すぎる感触は、時間にすると数秒のはずだ。

 なのに、それはとても長い時間に感じられた。


 収まった時には息が乱れ、冷や汗が出ていた。身体も机に突っ伏したくなる程に怠く、頭痛がして吐きそうなくらい気持ち悪くなっている。


「すまぬ。出来る限り力を抑えたのだが。本当に魔力が無いのだな」


「大丈夫です」


 何も言う気にもなれず、机を支えに何とか身体を起こして小さく答えてすぐに俯く。

 本当は大丈夫なんかじゃないけれど、それ以外に答える言葉なんか浮かんで来ない。

 なんで、こんな事をされるのかと、頭の隅で考えながら目を閉じて調子の悪さを我慢していた。


「クロスフォード、回復を。魔力酔いかもしれん。オーディーンは、水を」


 王は、私の調子の悪さを見て取れたのか、短い言葉で二人に指示を出した。


 すると、背中にクロスらしい手が添えられ徐々に頭痛と吐き気が収まってくる。


「よく耐えた。えらいぞ」


 しばらくして、机にグラスに入った水とハンカチが置かれる時に、耳元でディンの低い声の囁きが聞こえた。


 目を閉じたまま回復の術を受け、頭痛も吐き気も気にならなくなった頃に背中の手が離されクロスの声も聞こえる。


「これくらいで大丈夫ですか?よく頑張りましたね」


 クロスの言葉に小さく頷き、机のグラスの水を一口飲むと冷たくて少し甘く柑橘系の香りがする。ただの水ではなく、私が美味しいと飲んでいた果汁入りの水をディンは用意してくれていた。


 水を半分程飲んで、ハンカチで汗を拭き、深呼吸で長く息を吐き出す。それで、ようやくあの気持ち悪すぎる感触も無くなった気がして顔を上げ姿勢を正せれた。


 隣の二人の存在も感じられて、さっきまで泣きそうになっていた心も元気になってくる。


 出来る限り力を抑えて少し探るだけで、あの感触?もう、あんなのは二度とごめんだ。

 クロスに探られる前に話して良かったと、しみじみ思った。


「では、進めるぞ」


 王は、ディンとクロスに指示を出し、心配を口に出さないけれど私が落ち着くまで待っていてくれたようだった。


 いきなり気持ち悪すぎる事をされたけれど、それに気が付いたら探るのは仕方のない事なんだろうと思える。


「スズキユウリは、どこから来た」


「こことは違う世界です」


 さっきの強烈な体験で、すっかり緊張は取れて今度はクロスの事情聴取の時の様に答えられた。


「国では無く、世界なのだな?」


「こことは全く違う世界です。魔法なんてありませんでした」


「確かに、さきほど探り垣間見た記憶の風景や人物像は、余には異様に思える。ジュリアの部屋に居たのは、この記録の石の通りの理由からだとゆうのだな」


「はい」


 探るとは記憶の事だったのか。石の記録も調書も最初から信じられないからなのだろう。やはり王は甘く無いと、気を引き締める。


「調書の内容も書いてある通りか?」


「はい」


 王が、右手を上げると隣のクロスが動き王の近くに歩いて行く。それと同時に、宰相がまたトレイを恭しく王の前に置いた。


 黒い布を敷いた上に小さな紫色のクッションがあり、占いに使う水晶玉の様に透明な丸い直径20センチ位の石が乗っている。


 王は、右手を透明な石の上に置き真っ直ぐ私の目を見つめて問いをかけてきた。


「ならば、余からスズキユウリに問おう。記録の石、調書、共に中身は真実であるか?」


 あれが真実の石?


 王が透明な石から手を離し元の位置に戻すと、今度はクロスが透明な石のトレイを持ち私の机に運んでくる。


「真実の石です。この石に手を置き答えなさい」


 目の前に置かれた真実の石を見つめる私に、クロスは教えてくれると私の隣に戻る。


 真実の石。どんな色になるんだろう。悪い色が出たらどうしよう。真実の石の結果でしか、私の話しは信じて貰えないのかもしれないのに。

 事情聴取で嘘は話していないけれど、いざとなると心配になってしまう。


私は、緊張しながら右の手の平の汗をスカートで拭いて真実の石の上に置いた。


「記録の石も、調書もどちらも真実を話しました」

 真実の石ではなく、王の顔を見て答える。

 怖くて真実の石なんて見ていられない。


 王の顔を見ていると、徐々に眉を寄せて顎に手を当て険しい顔に変わっていく。

 王族の席の方からも内緒話をしているのが分かる。


 嫌な雰囲気に、恐る恐る真実の石に目を向けると透明のままだ。無色透明で答える前と何も変わっていない。


 え?何?良いの?悪いの?答え方が悪かった?


 この結果の意味が分からず、不安になっていると王が口を開いた。


「そうか。スズキユウリには、全く魔力が無いから真実の石が何も反応しないのかもしれんな」


 なんですと?


 真実の石から手を離して見ても、やっぱり無色透明。


 隣の二人を見上げるとクロスは難しい顔つきをして、ディンは厳しい顔つきをして判断を待つかの様に王を見ている。

 王族を見ても困惑が伝わってくる。


 えっ?じゃあ、あの徹夜の事情聴取はなんだったの?私が異世界から来たとゆう証明は、どうすなるの?

 これじゃあ、王に私からお願いも何も出来ないじゃん。


 いや、クロスやディンの目での私の観察や、引っ掛け質問で害のある怪しい者だとゆう疑いだけは晴れているはず。

 それで、酷い事にはならないと信じたい。


 クロスとディンの二人は、私が異世界から来たと事情聴取で信じてはくれた。


 けれど、その記録をした石と調書と真実の石のこの結果で、王や他の人は例が無いに等しい異世界転移を信じてくれるだろうか。


 私の魔力と記憶を探ったらしい王は、少しは信じてくれているかも知れない。けれど、だからと言って色々な人に何回も探られるのは絶対に嫌だ。


 このままだと私より、娘で王女の椎名さんの話しを信じてしまうんじゃないだろうか。

 一人ぼっちで迷子になってしまった様な気持ちになり、頼りにならない無色透明な真実の石を見つめた。


「クロスフォード。石と一緒に、ここに来い。確認する」


 やっと、王は口を開きクロスに真実の石を持ってこさせ、真実の石の上に手を置いた。


「余から、第一魔術師隊隊長クロスフォードに問う。そなたは男であるか?」


「お答えいたします。私は、男でございます」


 王の当たり前な問いにクロスが石に手を置き答えると、無色透明だった真実の石が見る見るうちに白く色付いていく。

 その、急激に色が現れる変化に驚いてしまう。答えに嘘偽りが無ければ白くなるらしい。



「やはり、魔力のある者だと真実の石の反応が出る。ならば、これも仕方ない。まぁ、良いとしよう」


 王は、クロスを私の隣に戻すと、真実の石のトレイを移動させて記録の石のトレイを前に置いた。

 何が、王の良いとしようなのかは分からないけれど、私には嫌な予感がしてくる。


「今回の問いの場は、スズキユウリが何者かとゆう場だ。それには、王族のジュリアが関わっている。他にも重大な問題が含まれている。

しかし、真実の石が反応せず記録と調書の真偽は不明のままだ。通常とは順序が違うが、これから真実を明らかにする為に記録を再生する」


 やっぱり……。ディン。公開再生するなら、それも教えておいてよ……。


 椎名さんを盗み見ると、顔が強張っているように見える。椎名さんも、再生されると知らなかったような様子だ。


 少しでも私の話しを信じてもらえるなら、記録の公開再生されても良いとは思う。真実の石が反応しないから、真偽はあやふやなままだけど。

 

 けれど、あの記録は本当の事しか話していない事情聴取を、ほぼ隠し撮りされた物だ。ビデオの様に記録される事を、何も意識していなく素のままの私。


 あの時、確か目が腫れて鼻が赤くて酷い顔してたな。

 事情聴取で泣きもしたな。もし、鼻水が光って写ってたらどうしよう。

 嫌だ。恥ずかしすぎる。

 余計な心配まで増えてしまう。


「では、再生するぞ」


 王が記録の石に手をかざし何か小さく呟くと記録の石が弱く光る。その様子に見たくないけれど、目が離せない。


 再生が始まると音声は普通の音量で、映像はホログラムのようだった。

 記録の石が円錐を逆さまにしたように光を放ち、その中にディンの居住と暖炉の前の私達三人が立体的に映し出される。


 それは、私がトイレから出る少し前から始まっていて、私は40センチ位の大きさで動いていた。

 石から壁に映像が大きく映される事をイメージしていたけれど、この大きさのままなら見ていてもあまり恥ずかしくならない。


 周りを伺うと一様に驚いた様子だ。けれど、本当の話しなのだから仕方ない。夢だと思いたいのは私の方だ。

 椎名さんはとゆうと、食い入るように映像を見ていて、一度だけ私と目が合ったけれど睨まれてしまった。睨まれても、私が椎名さんの話しに付き合う義理もないので視線を映像に戻した。


 宰相が、椅子に座っている金髪の男性に調書を渡すと、興味深そうに目を通され一巡して宰相に戻る。それを、無言のままだった王が確認すると口を開いた。


「皆、目を通したな。ならば、これよりジュリアに問いを行う。ジュリアの話し記録は無い。なので、この記録の石について行う」


 どこか少し寂しそうに聞こえる王の言葉に、椎名さんは拗ねた子供のような顔をしていた。


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