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椎名さんと私

 それは、七月の七日の放課後の事だった。それまで私は、県庁所在地に住むごく普通の高校二年生だった。


 私のクラスには、この近隣にある高校で一番と言っていいだろう美少女がいる。去年の夏に、私達の高校に編入してきた。

 外国の血筋もあるのか、化粧っ気も無いのにニキビ跡一つ無い白い肌に、長い睫毛に縁取られた大きな目に茶色い瞳。

形よい鼻に桜色のふっくらとした唇。緩やかに波打つ髪はハニーブラウンで腰あたりまであるのに艶やかだ。背もスラリと高めでスタイルも良く手足が長い。

 雑誌のモデルさんより可愛い、いや都会なら毎日スカウトの行列が出来るであろう、椎名珠璃愛しいなじゅりあさんだ。


 名前に合った異国風の容姿に性格も可愛らしく当然彼女は、男子にモテていた。憧れる者、目で探して追う者、声をかける者、後を追いかける者と様々だ。

 けれど不思議な事に女子達とも仲良く出来ていた。友達から始まり、男子達と似たような感じで付き合って追いかけられている。


 そんな彼女は男女問わず誰とでも、いつも楽しそうにしている。普通なら嫌がらせの一つもありそうなのに。


 私はというと、そんな彼女達を友達数人と「今日も凄いね」と、離れた場所から見て、たまに話題にしていただけだった。


 なのにそれが、たまたま放課後の人気の無い階段を一人で降りてくる椎名さんと会った。



椎名さんは、帰る所だったらしいけれど、異様に沢山の手提げの紙袋と学校指定の鞄を持っていた。


 そんな椎名さんが、残り二段ほどの階段で具合悪そうに立ち止まり、私に向かって倒れてくるので助けようとしただけだったのに。

 私は、真面目に委員の仕事を終わらせて後は家に帰るだけだったのに……。


 私が椎名さんの腕に触れた途端に、ぐにゃりと空気が歪んで一気に固まり私達を包むように囲み、強い光に包まれる。眩しすぎて、私は目をきつくつむって片腕で庇った。


 私がチカチカする目を開けて手で擦った時には、知らない部屋にいた。 周りには白いレースとフリルが使われたカーテンや天蓋付きベッドや応接セットのような家具。ゴージャスな絵や置物もあり、お金持ちのお嬢様の部屋のようだった。

 その広い部屋の、ふかふかの絨毯の上に、一人でぺたんとお尻をついて私は座っていた。


「あ~あ。やっぱりかぁもう少し向こうに居たかったなぁ。やっと制服の可愛い学校にも入れたのに……」


 クラクラする頭で声がした方を見れば、ベッドの近くに金色に輝き腰のあたりまで緩やかに波打つ髪に、深い緑の瞳を持つ私と同じ高校の制服姿の美少女。

 少し見えた横顔が椎名さんに似ている。


 その美少女は、私に気が付いて無いのかベッドの下から木箱を引きずり出し、胸元から取り出した鍵で箱を開ける。

 そして、すぐに制服も下着もパパッと脱いで全裸になり、下着らしき物から衿と胸元と袖口にたっぷりのフリルがついたブラウスと、焦げ茶色のスリムなパンツに編み上げのブーツを身につけた。


 その一連の動作を私はぼんやりと眺めてしまっていた。


 美少女は少し慌てながらも、大切そうに丁寧に制服と荷物を木箱の中に入れ、鍵を閉めてベッドの下に押し入れベッドカバーを下ろしている。


「あ……あの……、椎名さん?」


 私の声にビクリと身体をすくませて、やっと椎名さんは私に気が付き驚いたように言った。

「え…?なんで鈴木さんが此処にいるの?」


 やっぱり椎名さん……。そう。鈴木悠理ゆうりです。

 どうして此処にいるのかは、私の方が聞きたいです。


「ねえ、此処はどこなの?どうして椎名さんは目と髪の色が違うの?」


「えっと……此処は、ブーリンス国。鈴木さんに分かり易く言えば、此処は異世界。色が違うのは魔法が解けたからよ」


「……嘘でしょ?異世界や魔法なんて小説ではよくある事だけど……」


 否定しながらも私の顔は、引き攣っていたかも知れない。

 さっきまで確かに私は学校にいた。今も制服を着ている。椎名さんも制服だった。


 なのに此処は、お嬢さまのお部屋。椎名さんは、目も髪も色が違う。けれど、椎名さんに否定をしてほしかった。


「ねえ。嘘でしょ?なんで?ねえ、どうゆう事?」


 困惑していた椎名さんは、うろたえる私を見て嫌そうな顔をしながら真面目に言った。


「本当よ。私は、ジュリア・ブーリンス。この国の王女よ。この世界の住人。鈴木さんは…多分だけど、私の転移に巻き込まれたのね」


「巻き込まれた?椎名さんに?ねえ、なら帰して」


 椎名さんの言葉に、私の動揺が大きくなり声も大きくなってしまう。


「静かになさい。結界も解けてるし、誰かきちゃうわ」


 慌てて唇に人差し指を当て、小声になる椎名さんが私の前に座った。

 私も、声を小さくしてまた、訴えてみる。


「私を帰して」


「無理よ」


 ツンとした態度で私から顔を逸らす椎名さん。


「どうして?椎名さんは、私の世界に行って自分の世界に戻ってきたんでしょ?なら、私も帰れるはずでしょ?帰して」


「私も一人の転移しかした事ないもの」


「なら、私を私の世界に送ってくれるだけでいいの。お願い帰して」


「だから無理」


 だんだんと椎名さんは、苛立ってきたようだ。桜色の形良い爪を噛みながら、私に答えている。


「もう、何でついてきたのよ!やっと手に入れた国宝庫の魔石と魔鏡で、あの世界に転移しただけだったのに……。

 誰にも見つからない様に戻って着替えて、計画通りだったのに。とんだ、厄介事がついてきたわ」


 ついに我慢出来なくなったのか、椎名さんは立ち上がり私の周りを歩き回りながら、八つ当たりするようにブツブツ言いはじめた。


「そんな……。私は階段から落ちる椎名さんを、助けようとしただけよ。この世界にも来たくて来た訳じゃない!

 じゃあ、その魔鏡と魔石っていうのがあるんなら大丈夫じゃないの?帰してよ!帰りたいの!」


 涙混じりの私の言葉に諦めたように、椎名さんはベッドの上から無言で何かを持ってきて私に差し出す。


 手に取り見ると手の平位の大きさの、濃い紫色のすべすべした丸っこい石だ。石には沢山の細かいヒビが入っている。


 次に百円均一の店で売られている様な、A4サイズの分厚いソフトポーチを差し出される。

 石を膝の上に置いて開けてみると、高価そうな装飾の施された楕円の鏡のような物が、ソフトポーチにピッタリ入っている。よく見ると、鏡の部分一面に蜘蛛の巣のようなヒビが細かく入っている。崩れそうな鏡だ。


「それが、私が転移に使った魔石と魔鏡よ。魔石は魔力を貯めた石。魔鏡は願えば、どこの場所でも過去と現在が見られるわ。

もう、この魔石は魔力が底をついたし、じきに土に還るわ。そんな大きな力の魔石は今は城にないの。魔鏡も割れてる。だから無理なの。

 他に異世界に転移の方法なんて、私は知らないし。

色々と調べた事はあるけど、何百年か前に異世界に行った記述を見かけただけだったわ」


「え?」


 あまりの言葉と、ヒビだらけの二つの品に慌てて目をやり、私は固まってしまう。椎名さんは、そんな私から二つの品を取り上げる様にして睨んでくる。


「魔鏡も鈴木さんがついてさえ来なければ、まだ使えたかもしれないのに。魔石だって、ここまで酷い状態にならなかったはずだわ」


 だから……来たくて来たんじゃないって。とんだ身勝手な子供みたいなお姫様だ。あの時に階段で助けようとせずに、無視して逃げれは良かった。


 もう、言い返す気力は無くなり、魔鏡と魔石を片付ける椎名さんを見ながら、ぼんやりと思った。


 自分の異世界転移を誰かに話したかったのか、ツンとした態度の椎名さんは悪びれる事なく、武勇伝を語るように続ける。


「私は魔鏡の中の世界に興味があったから行ってみただけよ」


 その魔鏡は随分古くからある魔具らしく、願えばこの世界のあちこちの現在と過去の光景や風景が見られる魔法の鏡。

 椎名さんの父の国王が、小さな頃に身体の弱くベッドの上が多かった椎名さんが退屈しないように贈った宝物。


 椎名さんは、大きくなるにつれて元気になり外に出られるようになった。外と言っても城の限られた敷地をお供を連れてのみだった。

 そのうえ毎日、家庭教師との勉強に、ダンスの練習。


たまに貴族との上辺だけの付き合いのお茶会や夜会を繰り返していた椎名さんの日々。

 そんな狭い範囲の自由と、限られた人達に囲まれた、退屈な毎日に飽きてしまった。


 そんな椎名さんが十五歳の頃に、魔鏡の存在を思い出した。そして、気分転換に何年かぶりに魔鏡を使う事にしたそうだ。

 久しぶりに使う魔鏡は、魔力が少ないのか鏡がくすんでしか見えなくなっている。

 そこで、椎名さんは自分の魔力を魔鏡に注いでみたが、椎名さんの魔力は少ないので足りない。次に、部屋にあった新しい魔石を使い、魔力を注ぎ込み魔鏡を復活させた。

 そして、うっかり魔石を持ったまま、見た事の無い色々な人がいる栄えた世界に行ってみたいと強く願った。


 学校でのような空気と光に包まれ目を開けると、そこは日曜日の昼間の秋葉原だったらしい。


「え?秋葉原?」


「そう、それもドレスで……。コスプレした人とか凄い人数に見られて段々近くに来るから、怖くなって逃げながらすぐに帰りたいと願ったら帰れたの」


「ドレスなら、色んな意味で秋葉原で正解だね……。良かったね。」


「私も後から思ったわ」


 椎名さんと初めて気が合った一瞬だった。


 それから、魔鏡を使い私の世界をあちこちを見て、猛勉強を始めた椎名さん。

 馬術を習いたいと、今のブラウスとパンツとブーツを用意した。

 こっそりと国宝庫から国宝の大小の魔石を二つ持ち出した。


 私の世界の言葉が分からないし、髪と目が目立つので、国王に頼んで国宝庫から最高級の言語変換と幻術の魔具もそれぞれ手に入れる。

 そして、色々な文献を調べながら私の世界に合った言語変換の魔具に改良して読み書きを出来るようにした。


 魔鏡には一度、私の世界が映し出されたので願えば楽に現れる。

 魔鏡の中の私の世界には、魔石の小さな方でも、持ち行きたいと強く念じると何回か行けた。その時に小さな宝石があるアクセサリーを、高価買い取りの店で換金して生活資金を貯めたらしい。

 私の世界に一日行っても、椎名さんの世界に戻った時間は一時間程らしい。体にも異変がない。ますます下準備に熱が込もる椎名さん。

 一時間程あった時間差も、小さな魔石でも強く願えば数分に短縮できる事も分かった。


 けれど、そうするうちに小さな魔石は、ひび割れて使えなくなってしまう。


 それからも、準備を整え計画を練り、椎名さんは去年の六月に何倍もの力のある大きな魔石で長期計画で私の世界に転移したらしい。


「それで、魔鏡と魔石の力が少なくなったから、私は戻ってきただけ。あなたが勝手についてきたんじゃない」


 私は、自由の少ないお姫様の暇潰しの異世界旅行に巻き込まれただけだったらしい。 なのに、椎名さんの自分は悪くなくて、私を悪く言う態度にだんだん腹が立ってくる。


「だから、私は来たくなかったの!どうして私なの?何で、私の学校に来たのよ!」


「日本の文化や生活や人が良かったのよ。本で見たアメリカやヨーロッパよりも。お城もあるし、都会よりあの学校あたりが住みやすそうだったの。鈴木さんを連れてくるつもりも無かったわ」


「お願いだから帰して……」


「だから、私にも分からないから無理。私の小さな魔力と魔石と魔鏡の最後の力が一緒に働いたから鈴木さんまで来たのかしら?あ~あ。面倒だわ。

 私なんてね、一人で知らない世界の人達の中で、初めはネットカフェに泊まったのよ。それからマンスリーホテルで暮らしてたわ。だから、こんな事くらいで泣かないでよ。向こうの人の記憶から私が消えるようにまで、準備していたのに。……全部台無しだわ」


 不機嫌そうに椎名さんは言う。


 この世界と向こうの世界をたまに行き来しながら、魔法と魔具を使いまくって一年近く私の世界で快適に楽しく過ごしたそうだ。


「けど、それは椎名さんが私の世界に行く事を、望んで実行した事じゃない!私は、この世界に来る事を、これっぽっちも望んでも願ってもいなかった!」


 これから先どうなるのか分からず、ただ帰りたくて次から次へと涙が溢れても椎名さんを見つめていた。


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