愚者の作戦
これは (彼の言葉は)かなりきっぱりとした調子で、彼はこれを言い残して席を立ったというような様子が見てとれました。彼女はゆっくり近づいてきてあの微笑みを浮かべて私に書類を渡しました。
表紙には雇用契約書というような文字が見えます。
私は胸がドキドキしていましたが、比較的冷静に、
「説明をしてくれますか」と彼女に尋ねました。
彼女は少し無国籍風なので、言葉が通じるか心配するほどでしたが、言葉は理解したようです。
「それは許されていません」
ぞくっとするような声質でした。そういえば甘い花の香りのようなものも漂っています。私は初めから怒るタイミングを外してしまっているので、うまく怒りを表現できなくなっていましたが、それでもこの一連の仕打ちには腹が立っていました。
「では、何があなたには許されているのですか」
と私は皮肉っぽく尋ねました。
彼女はあまり困った風でもなく、ニコッと笑いました。それでこの質問は帳消しになってしまったのです。
私は少し口をへの字に曲げましたが、彼女を許すことにしました。彼女は銀行の事務員みたいなもので、借金の取り立てに来る輩や、ク*、失礼、経営者とは違うんだという常識を持っていたからです。
「では、この書類にサインしたらお茶に付き合ってもらえますか」
なにやらクレーマー的言辞を持って私は応えました。
買ったパンがまずかったからほかのに取り替えろ的な発想です。ある意味私は必死でした。情報が少しでもほしかったのです。もちろんそれは彼女と一緒にいたい、という気持ちを否定することではありません。
私は彼女の顔を覗き込みましたが、その表情からは何も読み取れません。
そこで、彼女が中腰のままなのに気づいて椅子をすすめました。実は私は書類をしっかり受け取っていなかったので、彼女は書類を持ったまま、立っていたのでした。




