表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強獣人に転生したのに女王様エルフに調教されるオレの話  作者: ねこ丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/37

第ニ十七話 ……ここで全部吐かせるぞ


 首領らしき男の腕へ縄が食い込み、幹部どもの足首にも次々と縄が回されていく。


 広間の中にはまだ、砕けた卓の木片と、倒れた男たちの呻き声が散っていた。表の立派な商会の姿からは想像もつかぬ有様だ。転がった椅子の脚が折れ、床には酒の染みと血の薄い筋が残り、壁際には運び込まれたままの荷が山を作っている。


 信頼できる衛兵たちは黙々と動いていた。


 口数は少ない。


 だが手は速い。


 ブレイクが連れてきた連中だけあって、足もとの荒れた空気に呑まれてはいない。もっとも、完全に平然としているわけでもなく、誰もがちらちらとグランの方を見ていた。


 その視線に気づいておらぬわけでもあるまいに、当の本人は不機嫌そうに腕を組んだまま、広間の真ん中に立っている。


「なんでこんなに弱い」


 またそれを言う。


 床に転がっていた幹部のひとりが、その声だけで肩を跳ねさせた。首領も顔色が悪い。縄で腕を縛られたまま座り込まされているが、こちらへ目を向けるたび、喉の奥がひくりと動く。


 ルシアは小さく息を吐いた。


「そこを何度も言うな」


「だって弱かったぞ」


「知っておる」


「期待してたんだぞ」


「盗賊に何を期待しておるのじゃ」


 返しながら、ルシアは周囲を見回した。


 表の商会と繋がっていた隠し通路、その奥の広間、荷、帳面、武器、酒、男たち。証拠としては十分すぎる。問題は、これをただ押収して終わらせぬことだった。


 首領と幹部を詰所へ運ぶだけなら簡単だ。


 だが、それだけでは足りぬ。


 向こうはこの商会を表の顔として使い、街の中へ根を張っていた。ならば、その根を晒さねばならぬ。ここでこっそり運び出したところで、裏へ潜っていた連中が別の顔を作るだけだ。


 ルシアの視線が自然に通路の方へ向く。


 この先は商会の表へ繋がっている。朝の準備中だった人々も、今ごろは騒ぎを察しているだろう。もう秘密裏には済まぬ。


 ならば、いっそ。


 ブレイクがひとりの衛兵へ指示を出し終え、こちらへ来た。


「一通り押さえた」


 低い声だった。


「首領格と幹部らしいのはこれで全部だ」


「生きておるのう?」


 ルシアが確認すると、ブレイクは苦い顔で頷いた。


「かろうじてな」


 かろうじて、で済むあたりがあの大男らしい。


 ルシアは改めて首領を見る。


 まだ震えている。


 顔は腫れ、口端に血がついていた。威勢は跡形もない。だが意識ははっきりしている。ならば使える。


「どうする」


 ブレイクが問う。


 ルシアはすぐには答えなかった。


 その場にいる衛兵たちの顔を一人ずつ見る。皆、信頼できる者ばかりだろう。だが街全体へどう見せるかは別だ。表の商会から首領と幹部を引っ張り出す。そこまでは決まっているとして、そのあとをどうするか。


 詰所に放り込むだけでは、また裏で噂が歪む。


 向こうは口を閉ざすつもりだろう。


 ならば、閉ざす前に開かせる。


 ルシアは目を細めた。


「ブレイク」


「なんだ」


「こやつらをこのまま表へ引き出すぞ」


 ブレイクは眉をひそめた。


「それはいい。だが、そのあとどうする」


「吐かせる」


「詰所でか?」


「違う」


 ルシアは首領の前へ歩いた。


 しゃがみ込むでもなく、ただ見下ろす。


「ここで終わらせぬ」


 首領の喉が動く。


 声が出ない。


 ルシアはわざとゆっくり言葉を継いだ。


「おぬしらが何をしておったか、誰と組んでおったか、どの荷をどこへ流しておったか、それを全部、街の者の耳へ入れる」


 首領の顔色がさらに悪くなる。


 理解したのだろう。


 自分たちの首だけでなく、背後の流れごと、日の下へ引きずり出されると。


「街の真ん中でか」


 ブレイクの声は低かった。


「そうじゃ」


 ルシアは頷いた。


「ここは中心部に近い。人の集まる場所までそう遠くない」


 言い終えたところで、視線の端に大きな影が動いた。


 グランだ。


 腕を組んだまま、まだ不機嫌そうにしている。


 だがその不機嫌さが、今はむしろ使える。


 ルシアの口もとがわずかに歪んだ。


「……うむ。よいな」


 ブレイクがそれを見て、少し嫌そうな顔をした。


「またろくでもないことを考えついた顔だな」


「失礼な」


「ろくでもない時にしかせん顔だ」


「役に立つならよかろう」


 そう言って立ち上がり、ルシアは衛兵たちへ向き直った。


「こやつらを引き立てる。表へ出せ」


 衛兵たちが一斉に動く。


 首領と幹部たちが乱暴すぎぬ程度に立たされ、縄を掴まれて引かれる。すでに転がっているだけだった盗賊どもは、立たされるたび顔を歪め、呻き声を漏らした。


 その時、首領がようやくかすれた声を出した。


「ま、待て……」


 ルシアは見下ろす。


「なんじゃ」


「お前ら……何を」


「申したであろう。全部吐かせる」


 首領の目が血走る。


「ふざけるな……!」


「ふざけておるのはおぬしらの方じゃ」


 ルシアの声が冷える。


「商会の顔で街へ根を張り、裏で盗みと薬を流し、まだ隠し通せると思うておったのか」


 首領が歯を食いしばる。


 だが、その怒りも威勢を取り戻さぬ。目の前にはグランがいる。倒れた幹部たちもいる。自分が何を喚こうと、もう何も覆せぬと分かっている顔だった。


「出すぞ」


 ブレイクが低く言う。


 通路を戻る。


 広間から通路、通路から表の壁穴へ。先ほどは静まり返っていた商会の表も、今は完全に空気が変わっていた。店員たちは仕事を続けようとしているが、視線は隠しきれぬ。何人かは顔面蒼白で立ち尽くし、何が起きているのか分からぬまま荷の前で止まっている。


 ルシアはそんな彼らへ短く言った。


「おぬしらはそのままでよい。ここから先は別の話じゃ」


 若い店員のひとりが震える声を漏らす。


「う、うちは……」


「知っておらなんだのだろう?」


 ルシアが問うと、男は何度も頷いた。


「し、知らない……本当に」


「ならば仕事を続けよ」


 それ以上は詮索しない。


 今は表の顔を全部潰すのが目的ではない。隠れていた汚れを引っ張り出すことが先だ。


 そのまま正面の大扉をくぐる。


 外へ出た瞬間、朝の光が少し強くなっていた。人通りも増えている。まだ昼には遠いが、商いの始まりを目当てに歩く者、荷を運ぶ者、近くの店へ向かう者たちが、それなりに通りを埋め始めていた。


 大商会の正面から、縄で繋がれた男たちが引き出される。


 目立たぬわけがない。


「なんだ?」


「おい、あれ……」


「商会から出てきたぞ」


 ざわめきが、石畳の上を波のように広がる。


 首領と幹部たちは顔を伏せようとするが、縄を握る衛兵が止める。下を向ききれぬまま、惨めに引き立てられる。その姿だけで、すでに十分な絵になっていた。


 通りの向かい側にいた女が足を止め、果物を運んでいた若者が荷を下ろし、近くの露店の親父が口を半開きにする。話は一瞬で広がる。大商会から盗賊が出てきた、というだけで十分すぎた。


 ルシアは歩きながら周囲を見た。


 人が一番集まりやすいのは、この先の小さな広場だ。通りが交わり、商人も客も立ち止まりやすい場所。そこまで行けば、見る者はさらに増える。


「そのまま広場まで行くぞ」


 衛兵のひとりが頷いた。


 首領が呻く。


「やめろ……」


「やめぬ」


 ルシアは一切振り向かぬ。


 その後ろで、グランが黙ってついてくる。相変わらず不機嫌そうな顔だ。戦いを期待していたのに弱すぎた、という不満がまだ体の外へ漏れているらしい。通りの人間たちは、縄で引かれる盗賊どもより、後ろから歩いてくる大男の方へ本能的な恐れを向けていた。


 それがちょうどよかった。


 広場へ着く頃には、かなりの人がついてきていた。


 露店の者、荷運び、買い物へ来た女、半端な時間に暇を持て余す若者。中心部に近いこの場所では、人の集まりが早い。大商会から盗賊が引き出されたとなればなおさらだ。


 衛兵が首領と幹部たちを広場の真ん中へ立たせる。


 縄で繋がれたままの男たちは、逃げ場もなく視線に晒された。ざわめきはさらに大きくなる。


「なんだ、あいつら」


「盗賊だって?」


「商会から出てきたって聞いたぞ」


「まさか」


「いや、見ろ、あの顔……」


 ざわめきの質が変わる。


 単なる見物から、現実味を帯びた悪寒へと。


 ルシアはその空気が十分に膨らむのを待った。急ぎすぎる必要はない。皆が耳を向けるのを待ち、その上で言葉を落とす方がよい。


 隣でブレイクが小さく問う。


「ここでやるのか」


「ここでやる」


「街中だぞ」


「だからじゃ」


 ブレイクは少しだけ目を細めたが、止めはせぬ。必要だと分かったのだろう。


 ルシアは首領の前へ出た。


「さて」


 声を張り上げるでもなく、だが広場の真ん中でよく通る声を出す。


「おぬしらが何をしておったか、聞こうかの」


 首領は黙る。


 顔を逸らそうとする。


 縄を握る衛兵がそれを許さぬ。


「言いたくなければ言わなくてよい」


 ルシアはそう言って、わざとゆっくり横を見た。


 グランを見る。


 広場の空気が一瞬だけ冷える。


 グランは腕を組んだまま、不機嫌な顔でそこに立っているだけだ。だがその視線は十分だった。首領だけでなく、幹部どもまで顔色を変える。


 ルシアは平然と続けた。


「そちらの獣人が何をするか、わらわは知らぬがな」


 それだけでよい。


 脅す声色はいらぬ。事実だけで足りる。


 首領の喉が鳴る。


 幹部のひとりがすでに顔面蒼白になっていた。


「やめろ……!」


 首領がようやく怒鳴ろうとした。


 グランがその方を見る。


 ただ、それだけ。


 首領の体が強張った。


 喉が止まり、言葉が死ぬ。


 ひと睨みで終わりだった。


 ざわめく広場の中で、その沈黙は妙に目立つ。


 ルシアはその間を逃さず、幹部どもの方へ向き直った。


「聞こう。おぬしらは何をしておった」


 最初は誰も答えぬ。


 歯を食いしばり、目を伏せ、唇を引き結ぶ。


 だがその沈黙は長く続かなかった。


 端にいた幹部のひとりが、先に折れた。


「お、俺たちは……」


 声が震える。


 首領が睨みつけようとするが、さっきの一瞥で体が固まっているのか、うまく動けぬ。


 ルシアは静かに待つ。


「商会を使って……荷を……」


「どんな荷じゃ」


「盗んだ品と……それから、薬も……」


 広場がざわめく。


「薬?」


「魔薬だってよ」


「おい、本当か……?」


 ざわめきはすぐに広がった。魔薬という言葉の響きは、それだけで人の顔色を変える力がある。


 ルシアは声を重ねる。


「どこへ流しておった」


「裏の連中に……いや、裏だけじゃねえ……」


 男の呼吸が荒くなる。


「名を言え」


 低く、しかしはっきりと言う。


「どこの誰じゃ」


 男は首を振ろうとした。だがグランの方へ一瞬視線が流れた瞬間、顔が引きつる。


「言う……言うから……!」


 そして、名が落ちた。


 倉庫番。


 荷の記録を抜く者。


 帳面を改ざんする小役人崩れ。


 いくつかの店の名。


 街の外れだけでなく、中心部に近いところまで点々と繋がる名前。


 人々のざわめきがさらに大きくなる。


「おい、それ、知ってるぞ」


「あそこの倉庫か?」


「嘘だろ……」


「いや、だから商会から出てきたんだろうが」


 ルシアは首領を見た。


「止めぬのか?」


 首領は歯を食いしばっている。怒りと恐怖とで、顔がぐしゃぐしゃだった。だが止められぬ。止めるだけの力がもう残っていない。


「おぬしは何をしておった」


 問いを向ける。


 首領は黙る。


 ルシアは少しだけ首を傾げた。


「おぬしの口から言えぬなら、周りから全部落ちるぞ」


 沈黙。


 その後ろで、別の幹部が耐えきれずに声を上げた。


「盗品の仕分けだ!」


 半ば叫ぶような声だった。


「街の外から入る荷に混ぜたり、商会の荷へ偽の札をつけたり……!」


 それが引き金になった。


 もう一人が吐く。


「魔薬は小分けにしてた!」


 別の男が続く。


「金は首領へ集めてた!」


「誰が金を動かしておった!」


 ルシアが畳みかける。


「答えよ!」


 次々に名が出る。


 荷を隠す場所。


 受け渡しの相手。


 夜だけ開く裏口。


 商会の印を使ってごまかしていた帳面の流れ。


 それらが広場の真ん中で剥がされるたび、人々のざわめきは大きくなり、通りの端からさらに新しい者たちが集まってきた。


 もう十分だった。


 十分すぎた。


 情報は人の口へ乗る。


 この場で耳にした者が、昼になれば店で話す。夕方には酒場で広がる。誰が捕まり、どの商会が使われ、何が流れていたか。街全体へ火がつく速さは、こういう時の方が衛兵の伝令より早い。


 ブレイクがその様子を見て、小さく息を吐いた。


「一気に広がるな」


「狙い通りじゃ」


 ルシアは答える。


 市長がなぜ早朝に動いたのか。なぜ信頼できる衛兵だけを選んだのか。その意味が、今ようやく形になる。押さえるべきを押さえ、隠すのではなく晒す。街にとって必要なのは、見えぬ汚れをまた暗がりへ戻すことではない。


 首領がようやく声を絞り出した。


「お前ら……!」


 怒鳴るつもりだったのだろう。


 だがグランが一歩だけ前へ出た瞬間、その先が続かなかった。


「まだ何かあるのか」


 低い声だった。


 首領は完全に黙る。


 幹部どもも同じだ。


 もう限界なのだろう。体だけでなく、心まで。


 ルシアは首領を見下ろしながら言った。


「街の真ん中で商会を隠れ蓑にしておったのじゃ。こうなる覚悟ぐらい、しておるのかと思うたが」


 首領は返せぬ。


 その代わり、群衆の中から罵声が飛んだ。


「最低だな!」


「薬まで流してたのか!」


「ふざけるな!」


 怒りは早い。


 それだけ、街の者にとって商会という表の顔は信用の土台だったのだろう。その土台へ泥を塗られたと分かった時の怒りは、盗賊相手のそれより深い。


 衛兵たちは周囲を警戒しつつ、首領と幹部どもをさらに縛り直した。これ以上ここへ留めておけば、今度は市民の怒りが暴れ出す。


 ブレイクがルシアへ寄る。


「もう十分だろう」


「うむ」


「連れていくぞ」


「そうせい」


 だが、その前にルシアは最後のひと押しをした。


「聞こえたであろう」


 広場を囲む人々へ向かって言う。


「商会の表の顔へ騙されるな。中で何が流れておったか、誰の名が出たか、忘れるでない」


 誰かが頷き、誰かがすぐ隣の者へ今聞いたばかりの名を繰り返し始める。もう十分だ。この場で種は撒かれた。


 衛兵が首領を引っ張る。


 首領は足を引きずり、幹部どもは半ば倒れるようにして連行されていく。その惨めな背中を見送りながら、群衆のざわめきはまだ止まらなかった。


 グランはその横で、まだ不機嫌そうに腕を組んでいる。


「終わりか」


 その声に、ルシアは横目をやる。


「終わりではない」


「じゃあ次はどこだ」


「今は詰所へ運ばせるのが先じゃ」


「弱かったな」


「まだ言うか」


「本当だろ」


「本当でも何度も言うな」


 だが、その不機嫌さも今は少し役に立っていた。通りの者たちは、盗賊どもよりそちらを警戒している。もし首領が最後の最後で妙な真似をしても、あの視線ひとつで足が止まるだろう。


 ブレイクが衛兵たちとともに列の後ろへつく。


「俺はこのまま行く」


「頼む」


「お前らはどうする」


 ルシアは少しだけ考えた。


 詰所へついていくのもよい。だが、あの場で何を吐いたかはもう街へ流れ始めている。ならば、自分たちは少し引いた方がよい。


「わらわは一度引く」


 そう言って、グランの方を見る。


「こやつをこのまま連れて行くと、余計な方へまた空気が荒れる」


 ブレイクが苦笑する。


「否定できんな」


「弱すぎるのが悪い」


「おぬしの基準で語るな」


 首領と幹部どもが通りの向こうへ消えていく。


 縄のこすれる音、衛兵の靴音、群衆のざわめき。それらがしばらく広場に残り、やがて、代わりに噂だけが広がっていく気配が濃くなった。


 あちらでも、こちらでも、同じ言葉が繰り返されている。


 大商会から盗賊が出た。


 魔薬が流れていた。


 誰々の名が出た。


 広がるのはもう時間の問題ではなく、速度の問題だけだ。


 ルシアは小さく息を吐いた。


「これで隠しきれまい」


 グランが隣で鼻を鳴らす。


「最初から隠す意味が分からん」


「街というものは、そう単純ではないのじゃ」


「面倒だな」


「面倒じゃな」


 だが、その面倒を少しでも早く表へ引きずり出したのは、他ならぬこの大男だった。見つけ、壊し、殴り飛ばし、震え上がらせる。手順としては乱暴極まりない。にもかかわらず、結果だけを見れば最短に近い。


 そこがほんに厄介だ。


 ルシアは広場のざわめきを背にして歩き出した。


「行くぞ」


「どこに」


「少し落ち着けるところじゃ」


「飯か?」


「違う」


 と言いつつ、違いきらぬのが悔しい。早朝から動き詰めだった。酒場で朝食は食べたが、こういう朝は妙に腹が減る。


 グランは一歩ついてきて、なおも不満そうな声を出した。


「次はもう少し強いのがいい」


「知らぬわ」


「盗賊の首領なら強いだろ」


「その理屈を捨てよ」


 振り返って睨む。


 グランは本気で納得していない顔をした。


「強いやつが上なんじゃねえのか」


「そういう単純な話なら世はもっと楽じゃ」


「弱かったぞ」


「知っておる!」


 通りの端にいた者たちが、ルシアのその声へ思わずこちらを見る。しまった、と思ったがもう遅い。グランは気にした様子もない。


 ほんに疲れる。


 だが、その疲れの底には妙な軽さもあった。やるべきことの一つは終わった。隠れていた巣は引きずり出され、名は広がり始めた。まだ根は残っているだろう。だが、朝のうちにこれだけやれたのなら上出来だ。


 ルシアは歩きながら、広場の方を一度だけ振り返る。


 人はまだ集まっている。さっきのざわめきがさらに外へ流れていくのが、遠目にも分かった。街はもう知ったのだ。商会の中に巣食うものがいたことを。


 その事実は、じきに別の動きを呼ぶだろう。


 市長も、衛兵も、表の商人たちも。


 面倒は増える。


 だが、増えるべき面倒だった。


「おぬし」


 ルシアが前を向いたまま言う。


「先ほどは役に立った」


「当たり前だ」


「礼ぐらい驚いて受け取れ」


「なんでだ?」


「少しは可愛げを見せよ」


「弱かった」


「またそこへ戻るな!」


 グランが少しだけ笑った。


 ほんのわずかだ。だが、その不機嫌さが一段だけ薄れたのが分かる。


 ルシアは大きくため息をつき、それでも口もとが少し緩むのを止められなかった。


 街の朝は、もう完全に始まっている。


 荷車の音も、人の声も、店の呼び込みも、先ほどよりずっと濃い。そこへ新しい噂が混ざり込んでいく。今日のアルトリアは、いつもより少しざわつくだろう。


 そのざわつきの種を蒔いた一端が、自分たちであることを思うと、妙な気分だった。


 だが、必要なことだった。


 必要なことをした。


 その実感だけは、朝の冷えが抜けたあとの街の熱の中でも、たしかに残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ