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最強獣人に転生したのに女王様エルフに調教されるオレの話  作者: ねこ丸


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第十五話 まとめて来い、少しは楽しめるだろうが


 グランディアの朝は、アルトリアの朝とは少し違っていた。


 街の規模が大きいからか、目を覚ましたばかりの空気にも最初からざわめきが混じっている。窓の外では、まだ陽が高くなりきる前から荷車が通り、遠くでは呼び込みの声が重なり合い、どこかではすでに酒場の扉を開ける音までしていた。大会の期間だからというのもあるのだろう。街そのものが起きるのではなく、最初から眠っていないような感じがある。


 大きな寝台の上で、グランは目を開けた。


 隣ではルシアが先に起きていた。窓辺に立ち、水差しから杯へ注いだ水をひと口飲んでいる。朝の光が白金の髪に落ちて、その輪郭だけが少しだけ柔らかく見えた。


 グランはまだ半分眠ったままの声で言う。


「もう起きてたのか」


「おぬしが寝すぎなだけじゃ」


 ルシアは振り返らずに答えた。


 グランは上半身を起こす。大会の朝だというのに、気負いはまるでない。むしろ少し機嫌が良いくらいだった。今日は予選。ようやく殴れる。そう思うと腹が減るし、体も軽い。


 寝台から足を下ろし、床へ立つと、木板がわずかに鳴った。風呂上がりに脱ぎ散らかした衣服は、昨夜のうちにきちんと畳まれている。ルシアの方を見るまでもなく、誰がやったかは分かっていた。


「飯だな」


「まず顔を洗え」


「順番逆でもよくねえか」


「臭い獣人のまま闘技場へ行くつもりなら止めぬ」


 グランは舌打ちこそしなかったが、不満げに鼻を鳴らし、言われた通りに水場へ向かった。


 支度を終えて部屋を出る頃には、通りの喧騒はもうはっきり聞こえるようになっていた。


 宿の食堂にも武人らしい連中が多い。腕の太い男、痩せているが目だけ鋭い女、肩や首に古傷のある者、やたらと高そうな装備を整えている若者。誰もが大会を意識している空気を纏っていた。


 グランとルシアが中へ入ると、その空気がほんの少しだけ揺れた。


 前日のうちに顔が売れている。


 全身に奴隷紋を刻まれた獣人と、それを従えるように見える長身のエルフ。しかも噂では、アルトリアから来たらしい。周囲の視線が自然と集まり、ひそひそ声がいくつか重なった。


 グランは椅子に腰を下ろし、さっさと肉とパンを口へ運んだ。ルシアはその向かいで、薄いスープに手をつけながら周囲の空気を眺めている。気にしていないというより、最初からその程度のざわめきは聞こえていないみたいだった。


「今日は第三区画じゃったな」


 ルシアが言う。


「ああ」


「乱戦から始まるらしい」


「いいな」


「本当にそれしか言わぬの」


「だっていいだろ」


 その返しに、ルシアは少しだけ口元を緩めた。


 食堂の隅では、斧を背負った大男が仲間らしい連中と何やら話している。反対側では、黒い外套を着た魔導師風の男がほとんど口も利かずに食事を済ませている。奥の席では、背の低い頑丈そうな男が鎧の継ぎ目を念入りに確かめていた。


 どいつもそれなりだ。


 少なくとも地方の大会で見た連中よりは、顔つきに緩みがない。


 だがグランは、それを見て不安になるのではなく、少しだけ腹の底が温かくなるのを感じていた。


 食い終えると、二人はそのまま宿を出た。


 大会の日のグランディアは、昨日よりさらに混んでいた。主通りには朝から屋台が並び、闘技場へ向かう者たちで流れが出来ている。武器の手入れをしながら歩く者もいれば、仲間と肩をぶつけ合いながら笑っている者もいる。闘技場の方角へ近づくほど、人の声は太くなる。


 空は高く晴れていた。陽の光はもう石畳を温め始めていて、歩くたびに靴底へ乾いた熱が返ってくる。遠くで鳴る歓声はまだ本戦のものではない。ただの朝の熱気だ。それでも、十分に胸が騒ぐ。


「機嫌がいいの」


 ルシアが隣を歩きながら言う。


「悪くねえ」


「見れば分かる」


「お前もだろ」


「わらわはいつも通りじゃ」


「うそつけ」


 ルシアはそれには答えなかった。


 闘技場の外は昨日以上に人で埋まっていた。


 第一区画から第四区画まで、それぞれ別の入口があり、看板の前には人だかりが出来ている。出場者の名を見に来ているのか、ただ騒ぎを見物しているのか分からぬ連中も多い。そこかしこで賭け札を握った者たちが大声を張り上げているし、屋台の煙も流れ込んでくる。熱と匂いと人の気配が渦巻いている。


 第三区画の入口へ向かうと、周囲のざわめきがまた少し変わった。


「あれだ」

「奴隷紋の獣人」

「本当に出るのかよ」


 視線が集まる。


 真正面からぶつけてくる者もいるし、こそこそと横目で見るだけの者もいる。気に食わぬ相手なら、普通の獣人ならその場で喧嘩になってもおかしくない。だが今のグランは、そういうものよりこれからの方が大事だった。


「行ってくる」


 グランが言う。


 ルシアは頷いた。


「早く終わらせて来い」


「最初からそのつもりだ」


 それだけで分かれる。


 ルシアは観客席へ。グランは出場者の控えへ。


 第三区画の控えは、広い石室だった。


 天井が高く、声がよく響く。壁際には長椅子が並び、中央には水桶がいくつも置かれている。鉄と革の匂い、汗の匂い、魔石の焦げたような匂い。様々なものが混ざっていた。


 乱戦に出る十人はすでに揃っていた。


 グランが入った瞬間、空気がほんの少しだけ揺れる。


 当然だ。ここにいる連中は、少なくとも地方の大会をいくつも勝ち抜き、名を上げ、実績を積んでようやくこの予選に立っている。見る目がないわけがない。全身奴隷紋の獣人が、ただの色物で終わるはずがないことくらい、一目で分かる。


 まず目についたのは、大柄な戦士だった。


 肩幅が異様に広い。厚い胸板の上に鉄の胸当てをつけ、片手で持つには明らかに大きすぎる斧を肩へ担いでいる。腕一本が普通の男の脚ほどもありそうだった。


 その隣には、小柄なドワーフがいる。


 低い。だが、ただ低いだけではない。岩みたいに詰まっている。全身を覆う金属鎧は重そうなのに、その立ち方に無理がない。視線だけが冷たくグランを見ていた。


 細身のエルフもいる。


 無駄に力んでいない。背に負った弓は細く美しいが、その構えには遊びがない。呼吸の静かさだけで、ただの見せ物ではないと分かる。


 剣を下げた男。


 槍を立てた男。


 全身鎧の騎士。


 全身に鱗を纏うリザードマン。


 黒い外套の魔導師。


 腰に小型の魔道銃を吊った男。


 どれも、それなりに本物だ。


 そして、その九人全部の視線が、一度はグランへ集まった。


 隠そうともしない警戒。


 むしろ清々しいほどだった。


 グランはそれを見て、少しだけ笑った。


「いいな」


 誰に向けたとも分からない声だった。


「まとめれば少しは楽しめる」


 誰も答えない。


 だが、その沈黙が答えだった。


 全員、まずあの獣人を落とす。


 考えることは同じらしい。


 ルシアは観客席の高い位置から、その控えの気配まで何となく感じ取っていた。


 陽はもうしっかり高く、闘技場の砂へ真っ直ぐ落ちている。第三区画の観客席はほぼ埋まっていた。賭け屋から流れてきた連中も多いのだろう。ざわつき方に金の匂いが混じっている。


 開始の前に、出場者が呼ばれて入場する。


 まず大柄な戦士が出る。歓声が上がる。ドワーフ戦士にも手堅い拍手が飛ぶ。細身のエルフにもどよめきが起こる。魔導師や騎士にも、それぞれ観客はきちんと反応する。


 そして最後の方で、グランが姿を見せた。


 ざわめきが一段階変わった。


 歓声というより、明確な興味だ。


 奴隷紋の獣人。


 隣にいたエルフの女はいない。


 だから余計に、その異物感だけが際立つ。


「出てきたぞ」

「本当にこいつか」

「面白くなってきたな」


 ルシアは腕を組んだまま、淡々と見下ろしていた。


 十人が散って立つ。


 開始の合図が鳴る。


 そして、ほとんど同時だった。


 大柄な戦士が斧を構え、槍使いが間合いを取り、魔導師が短く詠唱を始め、魔道銃使いがすでに狙いをつけている。剣士も騎士も、細身のエルフも、ドワーフも、全員の意識が同じ方向へ向く。


 グランだ。


 それを見てグランは、やはり機嫌が良くなった。


 来る。


 まとめて来る。


 それだけで十分だ。


 一番近かったのは、リザードマンだった。


 鱗の光る太い腕が振り上がる。尾も低くしなり、踏み込みも早い。鱗に覆われた肉体は明らかに硬く、まともに受ければ普通の拳では痛むだろう。


 グランは正面から踏み込んだ。


 拳が一つ。


 顔面へめり込む。


 鈍い音が響き、リザードマンの頭が跳ねる。意識はそれで飛んだ。体だけがぐらりと揺れる。そのままグランは躊躇なく片腕を掴む。


 重い。


 だがグランにとっては、重いだけだ。


 そのまま振る。


 横薙ぎ。


 昏倒したリザードマンの体が、まるごと鈍器になった。


 全身鎧の騎士へぶつかる。金属のぶつかる音が轟く。騎士が浮き、そのまま転がる。続けて剣士へ当たる。肋骨が鳴るような嫌な音がした。槍使いの間合いが崩れる。槍が弾かれ、本人ごと吹き飛ぶ。大柄な戦士は斧を上げたまま横から叩かれ、踏ん張りが崩れて膝をついた。魔道銃使いの発砲は逸れ、魔導師の詠唱は途中で切れた。細身のエルフはぎりぎりで跳んで避けたが、風圧だけで体勢を崩す。


 たったそれだけで、十人の乱戦は半分終わった。


 観客席が一瞬静まり、それから遅れて沸いた。


「なんだ今の!」

「振り回したぞ!」

「リザードマンが一番ひどいじゃねえか!」


 ルシアはわずかに眉を寄せた。


「……あのリザードマン、死んでおらんじゃろうな」


 実際、一番ひどい目に遭っているのは間違いなく振り回された本人だった。


 だが、まだ終わっていない。


 細身のエルフが体勢を立て直して矢を放つ。三本。同時。速い。剣士も息を詰めながら踏み込む。魔導師は短い詠唱を捻じ込み、足元から影を伸ばそうとする。


 全部、遅い。


 グランはリザードマンを放る。地面へ落ちたそいつはもうぴくりとも動かない。


 飛んできた矢を腕で弾く。一本は肩を掠め、一本は胸元で折れ、もう一本は首へ届く前に軌道が狂った。剣士は正面から来た。その気迫だけは悪くなかった。だが悪いだけだ。拳を一つ、前へ出す。


 剣士の胴へ入る。


 剣ごと弾かれ、男の体が浮いて落ちる。


 魔導師はそこで完全に止まった。視線が合ったからだ。怯んだ。その一瞬で終わる。グランが一歩で間合いを詰め、腹へ拳を叩き込む。息が全部抜けて、男は膝から崩れ落ちた。


 大柄な戦士が雄叫びと共に斧を振り下ろす。


 ようやく少しは楽しめるかと思ったが、その期待も長くは続かなかった。グランは真正面でその柄を掴み、無理やり引き寄せる。戦士の巨体が前へ泳ぐ。そこへ頭突き。骨のぶつかる音。大男の膝が折れ、その場に沈んだ。


 ドワーフ戦士と全身鎧の騎士は、倒れたまままだ起き上がろうとしていた。しぶとい。そこだけは少し評価してもよかった。だが試合はもう終わっている。グランは二人へ近づき、それぞれに拳をひとつずつ落とした。


 動かなくなる。


 残っていた槍使いは、槍を落とした時点で戦意も落としていた。細身のエルフは距離を取ろうとしたが、場の中心から外れたところで膝をついた。魔道銃使いはまだ武器を握っていたものの、リザードマンの尾が脛へ当たっていたらしく、立てずにいた。


 勝負が終わるまで、そう時間はかからなかった。


 というより、ほとんど始まった瞬間に終わっていた。


 グランだけが、中央で立っている。


 観客席からは歓声とも悲鳴ともつかぬ声が上がり続けていた。審判役の男が少し遅れて我に返り、勝者を告げる。


「……勝者、グラン!」


 ようやく、場が決まった。


 ルシアは小さく息を吐く。


「全員、それなりにはやれたの」


 一拍。


「運が悪かった」


 グランが相手だから、その一言で済んだだけだ。


 闘技場の端では、担架がいくつも運び込まれていた。中でも、最初に殴られて振り回されたリザードマンには医師が三人ついている。


「やはり一番ひどいの」


 ルシアは少しだけ呆れたように呟き、水袋を口へ寄せた。


 グランは予選一戦目をあっさりと終え、そのまま観客席の方へ視線を上げた。ルシアを探したわけではない。目に入ったのは別の場所だった。


 第一区画。


 ちょうど向こうでも試合が終わったところらしい。歓声の質がこちらとはまた違う。重いものを正面から叩きつけた時のような、腹へ響く歓声だ。


 その中心に、見慣れた獣人がいた。


 ブレイクだ。


 鉄棒を肩へ担ぎ、静かに立っている。足元には転がる相手たち。最後に残っていたらしい剣士がまだ膝をついているが、もう勝負はついていた。ブレイクが鉄棒を軽く振り下ろした瞬間、決着の声が上がる。


「勝者、ブレイク・シオン!」


 あちらも二回戦進出だ。


 グランはそれを見て少しだけ口元を上げた。


「おう」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 ブレイクはこの距離でそんな声が届くわけもない。だが、何か感じたのか、一瞬だけこちらへ顔を向けた。


 短い休憩のあと、第三区画の第二試合が始まった。


 グランは控えの近くからそれを見ることになった。勝ち上がった者同士の乱戦ではなく、予選二戦目は区画ごとの規定に従って、選ばれた勝者同士の潰し合いになるらしい。そこで一人、観客も出場者も明らかに注目している者がいた。


 ドワーフの戦士だ。


 第一試合でグランに巻き込まれた方ではない。別の組から上がってきた、全身を完全に覆う鎧の男だった。肌の露出がまったくない。兜も胸当ても脚甲も、全部が厚い。それなのに動きが滑らかで重さを感じさせない。


 対戦相手は魔道銃使い、剣士、槍使い、そして短剣を二本持った軽装の男。


 開始の合図と同時に、魔道銃の弾丸が飛ぶ。乾いた音。だが鎧の男は避けない。胸へ当たった弾が、そのまま弾かれた。次に魔法が飛ぶ。火球。直撃する。煙が上がる。だが、その中から鎧の男がそのまま歩いて出てくる。


 剣が当たる。


 滑る。


 槍が刺さる。


 入らない。


 軽装の男が背後から喉を狙う。


 それすら、振り返りざまの肘で弾かれて転がった。


 観客がどよめく。


「硬え!」

「なんだあの鎧!」


 鎧の男は言葉少なに前へ出るだけだった。踏み込みは重いが無駄がない。近づいて、手にした長柄の戦鎚を振るう。あるいは打ち下ろす。やっていること自体は単純なのに、その単純さが相手には崩せなかった。


 グランはそれを見て、少しだけ笑う。


「いいな」


 難しく考えているわけではない。強い。硬い。殴りがいがありそう。それだけだ。


 観客席ではルシアがわずかに目を細めていた。


「……面白いの」


 第二試合が終わる頃には、第二区画と第四区画の方でも歓声が大きくなっていた。


 ルシアはそちらへ視線を移す。


 まず第二区画。


 女の魔導師がいた。背は高くない。外見だけ見れば、きつい目をした女という程度だ。だが、動きがおかしい。いや、動かないのがおかしい。


 開始してからほとんどその場を動いていない。


 それなのに、周囲が勝手に崩れていく。


 剣士が斧使いへ斬りかかり、槍使いが後ろにいた仲間へ突きを入れる。怒鳴り声。混乱。何が起きたか分からぬまま、出場者同士で斬り合いが始まっていた。女魔導師はただ静かに見ているだけだ。最後に残った男が、焦点の合わぬ目でふらつき、何もない空間へ向かって剣を振るったあと、そのまま倒れた。


 女魔導師はそこで初めて一歩動いた。


 それだけで勝者が告げられる。


 観客席からは、歓声よりも先にどよめきが上がった。


「何をした?」

「見えなかった」

「気味が悪いな」


 ルシアは鼻を鳴らす。


「妙な魔法を使う」


 一拍。


「面倒そうじゃの」


 そして第四区画。


 そこには枯れ木のような老人が立っていた。


 細い。背もそれほど高くない。肩も狭い。武器らしい武器も持っていない。ただ立っているだけなら、そこらの老人と変わらぬはずだ。だが、その場の空気が違う。


 対戦相手の一人が先に踏み込んだ。


 拳を振るう。


 老人は一歩だけ動く。


 それだけで、拳が届く前に男が崩れた。


 次に槍使いが来る。間合いの外から、鋭い突き。老人は手をわずかに上げた。触れたようにも見えない。だが槍使いの全身から力が抜けたように、その場へ膝をついた。


 弓使いが矢を放つ。三本。老人は半歩ずれる。矢が外れる。その間に老人の姿が近い。弓使いの首筋へ指先が触れた瞬間、その男も落ちた。


 観客席がざわつく。


「見えなかった」

「あれはなんだ」

「生きてるのか、あの爺」


 ルシアの目がそこでほんの少しだけ鋭くなった。


「……妙じゃの」


 近くの観客がびくりとするほど小さな声だったが、その言葉にははっきりとした重みがあった。


「一人、厄介なのがおる」


 少し離れた位置で待っていたグランが、観客席のルシアの方を見上げる。


「どれだ?」


 ルシアは顎で示した。


「あれじゃ」


 グランはその先を見る。


 枯れ木のような老人が、ちょうど次の相手を倒したところだった。強い。理屈ではない。見れば分かる。


 グランは少しだけ口元を上げた。


「面白そうだな」


 それで終わる。


 考えない。だが分かっている。強いかどうかくらいは、見れば分かる。分かった上で、楽しんでいるだけだ。


 さらに他の区画では、弓を使うエルフの戦士も勝ち上がっていた。


 細身の体で、弓は長い。動きは静かだが、矢はやたらと速い。一射目で一人の肩を抜き、返す二射目で別の相手の手首を射抜く。三射目は膝。四射目は喉元すれすれ。近づこうとした相手は一人も近づけないまま倒れていった。


 ただ強いのではなく、洗練されている。


 観客もそれには素直に沸いた。


「綺麗だな」

「速い」

「正確すぎる」


 各区画で、本戦へ進む四人が少しずつ決まっていく。


 そこへグランも当然のように混じった。


 第一日目が終わる頃には、第一区画から第四区画まで、それぞれの勝ち上がりの顔ぶれが見えてきていた。強い者しか残っていない。ようやく大会らしくなってきた、と言ってもいい。


 予選会場の外で、グランとルシアはブレイクと顔を合わせた。


 ブレイクは鉄棒を肩へ担いだままだった。汗はかいているが、息は乱れていない。こちらも余裕だ。


「おう」


 グランが言う。


「早かったな」


 ブレイクが返す。


「そっちもだろ」


「まあな」


 ルシアはその二人を見比べて、少しだけ肩をすくめた。


「獣人二匹、むさ苦しいの」


「エルフの姫が何を言う」


 ブレイクが笑う。


 少し歩き、予選会場の喧騒から外れたところで、三人は足を止めた。そこでもまだ、人々のざわめきは遠く聞こえてくる。グランディア神武会の予選は、街の中の空気まで変えていた。


「しかし」


 グランが言う。


「予選ってやつ、人数多かったな」


 ブレイクが眉を上げる。


「知らなかったのか」


「何がだ」


「予選に出るだけでも、ある程度の実績が要る」


 グランは本気で知らなかった顔をした。


「そうなのか?」


 ブレイクは一瞬黙り、それから苦笑した。


「各地の武道大会をあれだけ荒らしまわれば十分だろう」


 ルシアがその言葉に呆れたように息を吐く。


「何も知らぬまま来ておったのか」


「出ればいいだけだろ」


「本当におぬしは……」


 ルシアは額を押さえかけたが、途中でやめた。今さらである。


 ブレイクはそんな二人を見て、小さく笑った。


 グランはそこでブレイクの肩を拳で軽く叩く。


「お前を倒せるのはオレ以外にはいないだろうな」


 ブレイクは眉を上げ、それから苦笑した。


「そう言い切るか」


「言い切る」


 グランは平然としていた。


 そして、そのまま周囲の視線も気にせず言い放つ。


「オレに全額賭けろ」


 周囲の空気が一瞬止まる。


 近くを通っていた者が振り返る。賭け屋帰りらしい男たちが目を丸くする。武人たちも、町人たちも、思わず足を緩めた。


 ざわめきが広がる。


「今の聞いたか?」

「優勝宣言だぞ」

「あの獣人、言いやがった」


 グランは気にしない。


 ブレイクは少しだけ笑いながら肩をすくめた。


「言うと思った」


 ルシアも呆れたように言う。


「もう少し隠せ」


「なんでだ」


「無駄に目立つ」


「勝てばいいだろ」


 それで話は終わる。


 明日は二回戦だった。


 だが、二人の歩き方にはまるで緊張がない。


「食うか」


 グランが言う。


「そうじゃの」


 ルシアも普通に頷く。


 そこからの二人は、予選を終えた直後の者とは思えぬほど気楽だった。屋台を見つければ立ち止まる。焼いた肉、揚げた魚、香草を練り込んだパン、濃い酒、軽い酒。グランは匂いに釣られて歩き、ルシアはその後ろで酒を選ぶ。大通りから少し外れた細い道にも店が並んでいて、そちらの方が匂いが強かったりするから面白い。


 闘技場の方角ではまだ歓声が上がっている。自分の次の相手がどうだとか、予選の組み合わせがどうだとか、そういう話をしている連中も多い。だがグランは気にしていない。殴れば終わる。ルシアもまた、今さら細かく確認する気はなかった。強い相手が残るなら残ればいい。面白くなるだけだ。


 大通りを歩きながら、グランがふと思い出したように言う。


「あと何回勝てば、お前はオレの嫁になるんだ?」


 ルシアの足がほんの少しだけ止まる。


 だが、それを周囲に気づかせるほどではない。顔もすぐに元へ戻る。


「……四回じゃな」


 短く答える。


 グランはそれを聞いて、串に刺さった肉を噛みちぎった。


「少ねえな」


「多いと思え」


「すぐだろ」


「おぬしにとっては何でもすぐじゃの」


 そう言いながら、ルシアは酒を一口飲む。


 その横顔は平然としているようで、ほんの少しだけ耳が赤かった。だがグランはそこまで見ていない。肉を食っている。


 日が落ちきる前に、二人は宿へ戻った。


 部屋へ入ると、外のざわめきが一段遠くなる。灯りをつければ、昨日と同じ大きな寝台が部屋の中央にある。卓の上には水差し。壁際には荷。もう、この部屋の空気にも少しだけ慣れてきた。


 グランは上着を脱ぎ捨てるように椅子へ掛け、そのまま寝台へ身を投げた。柔らかい布が沈む。ルシアは呆れたようにそれを見る。


「少しくらいは自重せい」


 グランは横向きになり、腕を枕にしてルシアを見る。


「いつも通りの方がいいんじゃね?」


 その言葉に、ルシアは寝台の脇で一瞬だけ止まった。


 いつも通り。


 それが何を指しているのか、分からぬほど鈍くはない。


 同じ寝台に入り、同じ体温の中で眠ることも、もう珍しいことではなくなっている。だが、そういうことを改めて口にされると、妙に腹の奥がくすぐったい。


「……馬鹿者」


 小さく呟き、ルシアは反対側から寝台へ上がった。


 布が揺れる。


 外ではまだ大会の熱が街を騒がせている。だが、この部屋の中は静かだった。


 ルシアが横になり、灯りを少し落とす。暗くなった部屋の中で、隣のグランの気配が近い。息づかいまでよく分かる距離だ。


「明日も早いぞ」


 ルシアが言う。


「うん」


「寝坊するでない」


「しねえよ」


 一拍。


「面白くなってきたしな」


 その言葉に、ルシアは天井を見上げたまま、少しだけ目を細めた。


 確かにそうだ。


 ただ数が多いだけではない。強い者が残っている。各区画に、それぞれ明らかに異質な者がいた。鉄棒を振るう獣人。奇妙な魔法を使う女。見えぬほど静かな老人。正確すぎる弓使い。全身鎧のドワーフ戦士。


 ようやく、舞台が整い始めている。


 そしてその舞台の中心で、隣にいるこの獣人は、何一つ疑っていない。


 勝つことも。


 優勝することも。


 自分を嫁にすることも。


 全部を当然と思っている。


 ルシアは小さく息を吐いた。


「ほんに、馬鹿者じゃ」


「なんだ」


「なんでもない」


 それで会話は終わる。


 外の騒ぎは少しずつ遠くなっていく。


 明日から本戦が始まる。


 勝ち上がった者たちだけが立つ、少しだけ面白い場所だ。


 ルシアはゆっくりと目を閉じた。


 隣ではグランの呼吸がすでに深くなっている。


 眠るのが早い。


 だが、そういうところも含めて、今はもういつも通りだった。

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