第十三話 ここ、かなりいいな
アルトリアの朝は、季節が変わるたびに匂いまで少しずつ違っていた。
最初にそれに気づいたのはグランではない。酒を片手に窓辺へ立つことの多いルシアだった。春先には湿った大河の風に混じって、まだ若い草の匂いが上がってくる。夏に近づけば朝から石畳がぬるく熱を持ち、焼いたパンの匂いも、川魚を炙る匂いも強くなる。秋口になれば風は乾き、荷車が通るたびに土と藁の匂いがふわりと舞う。冬が近づけば、冷たい空気の奥に煮込みの湯気や香草を焦がした匂いがくっきりと浮く。
そうした変化を、ルシアは杯を傾けながら黙って眺めていた。
グランはと言えば、最初から別のところを見ていた。
「この街、飯がうまいな」
それが、アルトリアへ腰を落ち着けてから最初に出た感想だった。
焼いた魚もいい。生で出てくる魚もいい。トーフと呼ばれる白くて柔らかい豆の塊も、妙に懐かしく酒とも合う。ナットーとかいう匂いの強い豆も、米とショウユと卵を混ぜて食えばきちんと美味い。肉はもちろんどこの店でも外れが少ない。味付けも、焼き方も、腹に入れた時の重さも悪くない。
ルシアはそれを聞いて最初だけ呆れた顔をした。
「まずそこか」
「大事だろ」
「まあ、そうかもしれぬがの」
その時はそれで終わったが、結局、二人ともこの街を気に入っていった。
アルトリアには、退屈がなかった。
武道大会がある。
街の外へ出れば魔獣がいる。
市場へ行けば見たことのない物がある。
酒場へ行けば知らない酒があり、服屋へ行けば知らない形の服がある。人間も、獣人も、エルフも、幅の広い種族が、どこか訳ありそうな旅人まで当たり前に混じって歩いている。それが全部一つの街に収まっているのが、アルトリアだった。
最初のうちは、二人ともいつでもここを離れられるつもりでいた。宿を取り、大会があれば出て、魔獣がいれば狩り、面白くなくなれば別の街へ動く。それだけのつもりだった。
だが、アルトリアから行ける範囲には思いのほか大会が多かった。
大きいものから小さいものまで、少し足を伸ばせば闘技場があり、賞金があり、賭けがあり、強いのか弱いのかよく分からぬ連中が集まっていた。しかも街道は比較的整っていて、戻る先をここにしておけば動きやすい。グランが殴って勝ち、ルシアが賭けで増やす。その流れがあまりに自然に回った。
朝、アルトリアを出る。
昼過ぎには別の街へ着く。
大会に出る。
グランが殴る。
勝つ。
賞金が入る。
ルシアが当然のように賭け札を受け取る。
帰りに酒場へ寄る。
その土地の肉や魚を食う。
アルトリアへ戻る。
そういう日が、何度も続いた。
初めの頃は、グランが別の街の大会に出るたびに、それなりに観客は湧いた。奴隷紋を全身に刻まれた獣人というだけで目を引くし、何より武器も持たずに堂々と出てくるのが珍しかったからだ。だが、一試合終われば空気が変わる。相手が一撃で沈み、観客の歓声より先に賭け屋の連中の顔色が変わる。
「また来たぞ、あの獣人」
「拳一発で終わるやつだ」
「もう賭けにならねえんだよ」
そんな声も、何度か続けば珍しくなくなる。
ルシアはそういうのを聞くたびに、杯を揺らして笑った。
「なら張らねばよいものを」
「お前が全部取るからだろ」
「取れるものを取って何が悪い」
悪びれない。グランもそこはもう諦めていた。実際、勝てる方に賭けるのは自然だ。ただ、グランが自然に勝ちすぎるだけで。
そうしているうちに、アルトリアへ戻った時の空気も少し変わっていった。
市場を歩けば、露店の主人が「あの獣人だ」と小声で言う。酒場へ入れば、奥の卓に座っていた男たちが軽く目を見合わせる。怯えているのではない。何なら面白がっている。だが、少なくとも以前よりは顔が売れていた。
グランはそういう視線にほとんど気づかない。
「なんだ?」
通りで少し道が空くたびに首を傾げる。
ルシアは酒を飲みながら答える。
「顔が売れたのじゃ」
「別にいらねえな」
「わらわもそう思う」
だが、売れてしまうものは仕方がない。
大会ばかりではない。
アルトリアの周辺には相変わらず魔獣が多かった。
しかも、妙なことに種類が多い。本来なら川沿いに寄るはずのものが丘まで出る。森で暮らすはずの群れが街道近くまで来る。縄張りも何もあったものではない。ルシアはそれを見て幾度か眉をひそめたが、グランにとっては単純に殴る相手が増えるだけだった。
依頼の内容も、そのうち変わった。
最初は普通の討伐依頼だった。だが、そのうち衛兵や斡旋役が言うことが変わる。
「正面から突っ込める者が必要だ」
「群れの真ん中へ入って崩せる者がいない」
「止まらずに押し切れる奴が欲しい」
それはもう、遠回しでも何でもなかった。
グランはそれを聞くたびに肩を鳴らした。
「殴ればいいんだろ」
ルシアは毎回同じように息を吐く。
「それ以外の方法を覚える気はないのか」
「必要か?」
「……今のところはないの」
そこで会話は終わる。
必要がないのだから仕方がない。
ある日、アルトリアの外れの丘から、ルシアはその様子を見下ろしていた。
夏を越えて乾き始めた草が風に鳴る。下では衛兵隊の連中が縄を引き、滑車を支え、討伐された魔獣を荷車へ乗せようと必死になっていた。猪のような巨体が土を抉り、大蛇の死体が横たわり、その間を回収のための荷車が忙しく行き来している。
その横をグランが通る。
肩に一体。
腕に二体。
さらに大きいのを引きずっている。
荷車より早い。
回収役の男たちは一瞬だけ手を止め、疲れ切った顔で空を見た。
「……何のための部隊なんだ、俺たち」
「運ぶためだろ」
「意味あるのか?」
「たぶんある」
ルシアはそれを聞いて、口元を少しだけ緩めた。
「あるじゃろ。気持ちの問題じゃ」
「その気持ちで持てるわけじゃねえだろ」
グランはそう言いながら、軽い調子で獣を地面へ下ろす。下ろすというより、ほとんど放る。地面が沈み、回収役たちが慌てて縄をかけ直す。ルシアはもちろん手伝わない。丘の上で酒を飲みながら見ているだけだ。
「ズルくねえか?」
下からグランが言う。
ルシアは平然と答える。
「何がじゃ」
「全部持ってんのオレだぞ」
「わらわのような高位エルフは、箸より重たい物は持たんのじゃ」
一拍。
「お前、まだ箸使えねーじゃん」
「やかましい」
そのやり取りも、回収部隊の面々はもうかなり慣れていた。
金は自然と貯まった。
大会の賞金。
ルシアの賭けの儲け。
魔獣討伐の報酬。
最初は宿代が少し浮けばいいくらいのつもりだったのに、いつの間にか金袋は重くなる一方だった。
ある日の夕暮れ、酒場の卓でルシアが酒を飲みながらぽつりと言った。
「そろそろ、借りるより買う方が早いのう」
グランは肉を噛みながら顔を上げる。
「寝れて食えればいい」
「それなら買ってもよいという意味か?」
「別にいいぞ」
そういうわけで、二人は家を探した。
アルトリアの家は場所によってかなり違う。通りに面した狭い家。職人が暮らす長屋。妙に飾り立てた商人の家。静かだが市場から遠すぎる家。庭は広いが酒場まで遠い家。ルシアが求めたのは、街へ出やすく、酒場や市場にも近く、それでいて鍛錬するだけの空き地がある家だった。
何軒か見て回った末に決まったのは、少し広めの石造りの家だった。表から見れば派手ではない。だが中へ入ると天井が高く、部屋も無駄に狭くない。窓は大きく、風通しも悪くない。裏手には拳を振るっても文句が出ない程度の空き地があり、酒場へも市場へも歩いて行ける。
そして、水回りを見た時、グランが少しだけ満足そうに言った。
「ちゃんとあるな」
扉の奥を見たルシアも短く頷く。
「うむ」
一拍。
「……悪くない」
その声は思ったより素直だった。
グランはそれを聞いて少しだけ口元を上げる。
「前は高位エルフには必要ないとか言ってたのにな」
ルシアの肩がぴくりと動いた。
「……やかましい」
そっぽを向く。
だが耳だけがほんの少し赤い。
新居での最初の夜は、妙に静かだった。
宿とは音が違う。廊下を誰かが通る気配も、隣室の物音もない。自分たちの動きだけがそのまま部屋の中へ広がる。大きめのソファも、寝台も、卓も、それなりの値段のものを選んだ。無理をしたわけではない。払えるだけの金があったからだ。
そのソファにルシアは腰を下ろし、杯を傾けていた。
灯りは一つ。
外の音は遠い。
風が壁を撫でる音だけが微かに残る。
そこへ、グランが何でもない顔で近づいてくる。最初はただ近くに立ち、やがて当然みたいに腰を下ろした。距離が近い。肩が触れそうなくらい。
「……何じゃ」
ルシアが視線を落としたまま言う。
「いる」
意味の薄い返事だった。
だが、それで足りる。
しばらくそのまま時間が流れる。
そして気づけば、グランはソファへさらに身をずらし、ルシアの膝へ頭を預けていた。
膝枕だった。
ルシアは最初だけ少し目を瞬かせたが、もう今さら押し返すのも面倒だった。以前の自分ならもっと警戒したかもしれない。だが、今はその重みがやけに自然だった。
手を伸ばす。
迷いはない。
髪に指を入れ、ゆっくり撫でる。
「……おぬしは冬でも温かいの」
小さく呟く。
グランは目を閉じたまま、低く喉を鳴らした。
「……ゴロ」
静かな部屋に、その音だけが妙にはっきり響く。
ルシアの指先が一瞬だけ止まる。
「……おい」
グランはほんの少しだけ体重を預ける。
ソファが深く沈む。
「いいな」
ルシアは顔をしかめる。
「やめんか」
そう言いながら、もう一度撫でる。
「……ゴロ」
音が続く。
一定の調子で、落ち着いた音だ。
しばらくして、ルシアは視線を落としたまま、小さく呟いた。
「……こういうのも」
そこで言葉を切る。
続けない。
グランも聞き返さない。
ただまた、喉を鳴らした。
「……ゴロ」
それで十分だった。
ルシアの生活は、街だけでなく人でも少しずつ変わっていった。
酒場へ行けば、給仕の女が顔を見てすぐ動く。
「はい、お肉」
どかっと山盛りの皿がグランの前へ置かれる。湯気と脂の匂いが一気に立ち上る。グランは迷わず手を伸ばす。
「美味い」
次に、給仕女はルシアの方へ小さめの杯を置く。
「このお酒、試してみる?」
透明な酒だった。口に含むと軽いのに、少し遅れて熱が落ちてくる。
「……悪くない」
ルシアが言うと、給仕女は満足そうに笑う。
「でしょ?」
横でグランは肉を噛みちぎっている。
ルシアがちらりと横を見る。
「扱いが違うの」
給仕女は肩をすくめた。
「そりゃそうでしょ。こっちは食べる人、こっちは楽しむ人」
グランは肉を持ったまま言う。
「まずは肉だ」
「はいはい」
そういう軽口が、いつの間にか当たり前になっていた。
服屋でも同じだ。
ルシアが布を手に取っている間、グランは外ではなく店の中で待つようになった。邪魔にならない場所で立ち、荷物も持つ。前なら外で適当に待っていたはずなのに、今は普通にそこにいる。
「どっちじゃ」
ルシアが布を見比べて問うと、グランは少し見る。
「そっち」
それだけだ。
ルシアは一瞬だけ満足そうな顔をして、すぐに布へ視線を戻す。
そのやり取りを見ていた店員が笑った。
「いつも仲いいね」
ルシアの手が止まる。
「……そうか?」
グランは即答した。
「そうだぞ」
店員は吹き出すように笑う。
「ほらね」
ルシアは視線を逸らした。
「……勝手に決めるでない」
だが、その声は強くない。
酒場でも、服屋でも、いつの間にかルシアには知った顔が増えていた。
ある夜、いつもの酒場でブレイクの家族と鉢合わせた時も、流れは驚くほど自然だった。
「いたか」
ブレイクが言う。
「おう」
グランが返す。
席が近づく。椅子が足される。何も相談していないのに、自然と男と女に分かれた。
グランとブレイクは肉の皿を囲み、短い言葉で話す。
ルシアは、ブレイクの妻と、給仕女と、たまたま来ていた服屋の店員と同じ側へ座る。
子どもが卓のまわりをちょろちょろ動き、妻がそれを軽く止め、給仕女が酒を注ぎ、服屋の店員が笑う。その輪の中にルシアがいることに、もはや誰も違和感を持たなかった。
「そういえば、ちゃんと名乗ってなかったっけ」
給仕女がそう言って杯を置く。
「リナ」
服屋の店員も続ける。
「エリナ」
ブレイクの妻が穏やかに笑う。
「イリスよ」
ルシアは短く返した。
「ルシアじゃ」
リナがちらりとエリナを見る。エリナも視線を返す。
「まあ……同郷みたいな感じなの」
リナがそう言うと、ルシアはほんの少しだけ目を細めた。
「ほう」
だが、それ以上は聞かない。
その距離感が、妙に心地よかった。
料理が運ばれる。
ルシアの前に置かれた白い塊を見て、イリスが言う。
「それ、トーフでしょ。焼いても美味しいわよ」
「焼くのか」
「頼めばやってくれる」
リナが横から口を挟む。
「では、焼いてみよ」
そういう、今までなら誰かに聞くこともなかったような些細なことを、ルシアは自然に受け入れていた。
エリナはルシアをじっと見て言う。
「やっぱり映えるわね」
「何がじゃ」
「前に買ったやつ」
「ちゃんと着てる?」
ルシアは少しだけ視線を逸らした。
「……着ておる」
エリナは満足そうに頷く。
「やっぱりスタイルいいから、私がデザインしたのが似合うのよ」
イリスが笑う。リナも面白そうに酒を飲む。
そういったことが何度かあったのち、ルシアがふと聞いた。
「おぬしら、全員結婚しとるが」
一拍。
「どこが決め手になったのじゃ?」
リナは迷いなく答えた。
「幼馴染だし、色々頼りになるからね」
エリナも軽く笑う。
「同郷だし、話も合うし、色々頼れるから」
イリスは少しだけ視線を落とした。
「少し困っている時に助けていただいて、頼ってしまいました」
三人とも、言い方は違う。
だが意味は同じだった。
頼れる。
ルシアは杯を持つ手を止めた。
自然と視線が横へ流れる。
グランは肉を食っている。いつも通りだ。何も考えていない顔をしている。
(頼れる、か)
強い。
それは間違いない。
圧倒的に強い。
だが、頼れると言われると少し違う気もする。殴る。壊す。運ぶ。そういうことはものすごく頼りになる。だが、それを頼れると言うのか。よく分からない。
その沈黙を、リナが見逃さない。
「なに、考えてんの」
ルシアは杯を傾けながら誤魔化すように言う。
「別に――」
言い切る前に、口が少しだけ滑った。
「まあ、なんというか、かわいいとこもあるでな」
三人が止まった。
一拍の静寂。
次にリナが食いつく。
「え?」
エリナが身を乗り出す。
「今なんて?」
イリスが柔らかく問う。
「どんなところですか?」
ルシアは珍しく視線が泳いだ。
「その……寄ってくるところとか」
「ちょっと分かる」
「分かる」
エリナとリナが即答する。
さらにエリナが畳みかける。
「それ、膝枕とかしてそうよね」
「せぬ!」
ルシアは即答した。
だが、一拍のあとで視線が逸れる。
リナがにやっと笑う。
「してる顔だ」
「しておらん!」
言い返す声は強いのに、耳が赤い。
その時、グランが向こうで肉をかじりながら言った。
「何の話だ」
三人が揃ってそちらを見る。
「なんでもない」
「いい話よ」
「お気になさらず」
返事はばらばらなのに、意味は同じだった。
グランは「そうか」とだけ言って、また肉へ戻る。
それを見ながら、リナがぽつりと言う。
「ああいう一途なタイプってかわいいよね」
「うん、うん」
エリナが頷く。イリスも柔らかく笑う。
ルシアは少しだけ黙り、それから杯を持ったまま小さく言った。
「……まあな」
そこで、エリナがふっと肩をすくめる。
「うちとは違うわ」
リナがすぐ反応した。
「えっ、浮気されたの?」
「分かんないけど、また新しい秘書雇ってた」
「お仕事が忙しいだけですよ」
イリスがすぐに言う。
だがエリナは肩をすくめたままだ。
「でも、若くて美人なのよねー」
ルシアはそこで少し首を傾げた。
「そもそも、歳なぞさして関係あるまい」
三人が一瞬止まり、次に顔を見合わせる。
リナが吹き出した。
「それ言う?」
エリナも笑う。
「言うと思った」
イリスまで口元を押さえる。
ルシアは自分が笑われる理由が分からない顔で杯を傾けるが、内心ではほんの少しだけ、自分の言葉が自分自身へ向いていることに気づいていた。
向こう側では、グランとブレイクが肉を食いながら話していた。
「何やら言われているな」
ブレイクが言う。
「よくわかんね」
グランが返す。
だが二人とも、獣人だ。全部聞こえている。聞こえた上で気にしていないだけだ。
ブレイクは少しだけ口元を緩めて言った。
「戦いではともかく、そちらで何かあれば聞いてくれ。それなりに経験はある」
「ん」
短いやり取りだった。
だが、それで十分だった。
アルトリアでの時間は、そうやって少しずつ積み重なっていった。
春先の風。
夏の熱。
秋の乾いた草の匂い。
冬の夜の静けさ。
大会へ出て、魔獣を狩り、酒場で食い、服屋で立ち止まり、新居へ戻る。その繰り返しの中で、二人の距離も、街との距離も、言葉にする前に変わっていた。
だから、冬が深まった頃にルシアが酒場でぽつりと言った言葉に、グランはすぐ頷いた。
「そろそろじゃな」
「何がだ」
「グランディア神武会じゃ」
その名前に、グランの目が少しだけ細くなる。
酒場の灯りが揺れ、杯の中の酒が光る。
ブレイクも杯を置いた。
本当に強い者が集まる大会。
地方の闘技場をいくつも踏み潰し、アルトリアを拠点にして殴り続けた先にある大きな山だ。
グランは短く言う。
「行くぞ」
ルシアも迷わない。
「うむ」
当然のような返事だった。
新居へ戻ったあと、グランは家の外へ出た。
夜風が少し冷たい。冬の空気が頬を刺す。遠くで大河が低く鳴っている。振り返れば、自分たちの家の窓に灯りが見えた。ルシアは中で酒でも飲んでいるのだろう。
グランは家を見る。
大きめのソファもある。
寝台もある。
裏には鍛錬できる空き地がある。
帰れば飯がある。
それなりに稼いだから、それなりに良いものが揃った。
そして何より、帰る場所がここにある。
「ここ、かなりいいな」
思ったまま口にする。
その声が聞こえたのか、窓が少しだけ開いた。ルシアが顔を出す。
「何をしておる」
「別に」
「なら入れ」
「今行く」
グランはもう一度だけ街を見る。
アルトリアの灯りは、以前よりずっと近い。
この街は面白い。飯がうまい。酒もうまい。殴る相手がいる。人も増えた。帰る場所も出来た。
グランは鼻を鳴らし、そのまま家の中へ戻った。
次は神武会だ。
そこでもやることは、きっと変わらない。
殴るだけだ。
本日はここまでとなります
次回は明日朝、投稿予定です
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