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最強獣人に転生したのに女王様エルフに調教されるオレの話  作者: ねこ丸


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第十一話 なんだ、殴っていいのか


 朝の宿は静かだった。


 昨日の夜まであれだけ騒がしかった通りも、朝のうちはまだ少しだけ落ち着いている。窓の外では大河の方から湿った風が流れ込み、布の端をわずかに揺らしていた。遠くで荷車の軋む音がする。だが、それもこの部屋の中までは届ききらず、厚い壁と重い扉が外の喧騒をうまく押し返していた。


 グランは卓に並んだ朝食を前に、もう二杯目の米をかき込んでいた。


 米、焼いた肉、塩気の強い汁、少しだけ脂の乗った魚。高級宿らしく量も質も悪くない。グランとしては朝からちゃんと米が出る時点でかなり評価が高い。昨日の酒場で食った奇妙な匂いのする豆も白い豆の塊も悪くなかったが、やはり最初に腹へ入るのは米の方がいい。


 向かいではルシアが杯を傾けていた。


 朝から酒だ。


 こないだは米の酒で少しだけ珍しく酔ったというのに、朝になればまた何事もなかったように飲んでいる。そういうところはまったくブレない。


 ルシアは肉を一切れ摘まみながら、ぼんやりと窓の外を見た。


「今日も外は騒がしいのう」


「いいことだろ」


 グランが即答する。


「人が多い方が面白い」


「おぬしは何でも面白いで済ませるの」


「面白いならそれでいいだろ」


 ルシアは少しだけ鼻で笑った。


 その時、扉が軽く叩かれた。


 二人ともすぐに視線を向ける。宿の者が入ってきた。この宿に入った時、スライムを使った処理設備や風呂の説明をした男だ。今日もきっちりした服装で、表情ひとつ崩していない。


「お食事中失礼いたします」


「何だ」


 グランが口の中のものを飲み込みながら答える。


 宿の者は少しだけ頭を下げた。


「衛兵隊の方がお見えです」


 一瞬、グランの動きが止まる。


 昨日の大砲だな、とすぐに思った。あれは怒られて当然だとは思うが、もう戻した。別に壊してもいない。持ち上げただけだ。それでわざわざ朝から来るのは細かいが、大きな都市ほどそういうところはうるさいのかもしれない。


「大砲なら戻したぞ」


 ルシアが呆れた顔をする。


「まだそのことを気にしておったのか」


「だって他に何があるんだよ」


「おぬしには色々あるじゃろう」


 宿の者は少しだけ困ったように目を伏せた。


「とりあえずお通ししてよろしいでしょうか」


 ルシアが杯を置く。


「通せ」


 すぐに入ってきたのは、三十前後と思しき男だった。姿勢が良い。だが肩には少し固さがある。鎧は実用重視で、腰には剣、背にはあの魔道銃を提げている。昨日、門や通りで見た衛兵たちと同じ装備だ。


 男は部屋へ入るとすぐに一礼した。


「貿易都市アルトリア衛兵隊、第四警邏隊副隊長、ガレスと申します」


 ルシアは椅子にもたれたまま頷く。


「それで?」


 グランは先に口を開いた。


「大砲なら戻したぞ」


 副隊長ガレスは一瞬だけ目を瞬かせたあと、少しだけ口元を引きつらせた。


「いえ、その件ではなく」


「違うのか」


「違います」


 そこだけ妙にはっきりしていた。


 グランは少し拍子抜けした。なら別にいい。


 ガレスは気を取り直すように軽く息を整え、二人を見る。


「昨日、街の周辺で相当数の魔獣を狩られたと聞きました」


 ルシアが酒をひと口含む。


「聞いた、ではなく見た者がおるじゃろう」


「……ええ。報告は複数上がっております」


 グランはそこでようやく少しだけ興味を持った。


「なんだ、文句じゃねえのか」


「むしろ逆です」


 ガレスの声が低くなる。


「協力をお願いしたい」


 部屋の空気が少しだけ変わった。


 ルシアが杯を机へ置いた。


「依頼か」


「はい」


 ガレスは頷く。


「街道周辺の魔獣被害が増えすぎています。討伐隊も出していますが追いつかない。種の混在も激しく、出現範囲も広い。正直なところ、人手が足りません」


 グランはそれを聞いて口の端を上げた。


「殴っていいんだな?」


 ガレスは少しだけ黙った。だが、昨日の報告を思い出したのだろう。諦めたように答える。


「……はい」


 その返事が気に入ったらしい。グランの表情がはっきり明るくなる。


「なんだ、殴っていいのか」


 ルシアがそこで口を挟んだ。


「条件がある」


 ガレスの視線がルシアへ移る。


「大会までの間だけじゃ。それ以上は付き合わぬ」


「構いません」


「報酬は後払いではなく一部前金」


「用意できます」


「情報は全部出せ」


「可能な範囲で」


「可能な範囲、ではなく全部じゃ」


 じっと見られ、ガレスはほんの少しだけ息を呑んだ。


「……努力します」


「努力ではない」


 そこでようやく、ガレスが軽く苦笑した。


「分かりました。できる限り開示します」


 ルシアは満足したように頷いた。


「それでよい」


 交渉は終わった。


 グランはその横で三杯目の米をよそっている。報酬の細かい話などどうでもいいらしい。


「いつ行く」


「すぐにでも」


「いいな」


 食事を終えると、二人はそのまま衛兵隊の詰所へ案内された。


 街の一角にある詰所は、見た目こそ堅い石造りだが中は思ったより雑然としていた。壁には周辺地図、討伐記録、手配書めいた紙まで貼られている。机の上には帳簿と油の染みた布。忙しいのだろう。整ってはいるが余裕はない。


 ルシアは壁の地図の前で足を止めた。


「ここか」


 大河を中心に、森、丘、街道、宿場。出現地点らしい印がいくつも打たれている。多い。しかも偏っていない。普通なら縄張りごとに偏るはずだが、それがない。


 グランも地図を覗き込むが、細かいことには興味がないらしい。


「多いな」


「多いのじゃ」


「じゃあいい」


「おぬしはほんにそれしか言わぬの」


 そのやり取りをしている間に、ガレスが一挺の魔道銃を持ってきた。


「昨日、武器屋で興味を持たれていたようですので」


 ルシアが目を向ける。


「借りてよいのか」


「試射用のものです」


 グランはすぐに言った。


「それで殴れねえのか」


「殴るものではありません」


 ガレスの返しが早くなっている。もう慣れてきたのかもしれない。


 街外れの訓練場で、ルシアはその魔道銃を受け取った。構えは無駄がない。肩へ当て、目を細め、前を見る。初めて持つ武器のはずだが、その姿勢には迷いがなかった。


「安全装置はこちらです」

「魔石はこちらに」

「魔力を流し込めば発射します」


 説明を聞き終えるなり、ルシアはほんの少しだけ構えを修正した。呼吸を整え、引き金へ指をかける。


 乾いた破裂音。


 土の標的が弾けた。


 周囲にいた衛兵がざわめく。


「初めてですよね……?」


 ガレスの顔にも少し驚きが出ている。


 ルシアは銃口から立つ薄い煙を見て、素っ気なく言う。


「悪くない」


 もう一発。


 今度は少しだけ的の端を抉る。


「だが、決定力が足りぬな」


「足りぬ、ですか」


「距離を取れるのは良い。だがわらわには不要じゃ」


 そのままガレスへ返す。


 グランは横でつまらなそうだった。


「結局殴れねえじゃん」


「殴る前に撃つ武器です」


「じゃあ弱いな」


 衛兵たちは何とも言えない顔になった。


 それでも出発はすぐだった。


 同行するのはガレスの率いる一部隊だ。五人。全員が魔道銃を持ち、腰には剣もある。最初は少し緊張していたが、昨日の魔獣の量を見ているせいか、無理に強がる様子もない。


 街を出て森へ入ると、空気が変わった。


 昼前だというのに暗い。湿った土と樹皮の匂い。鳥の声は少ない。その代わり、獣臭さがあちこちに残っている。木の根元に残る爪痕、踏み荒らされた下草、泥の中の足跡。どれも新しい。


「近いな」


 グランが言う。


「近すぎる」


 ルシアの声は低かった。


 最初に現れたのは猪型の魔獣だった。


 太い牙。低い唸り。枯葉を蹴散らしながら一直線に突っ込んでくる。衛兵たちが魔道銃を構えるより早く、グランが前へ出た。


 踏み込む。


 真正面から額へ拳を叩き込む。


 鈍い音が響き、猪型の巨体がその場で横倒しになった。土が跳ねる。勢いはそこで完全に止まった。


 続けて左右から狼型が二匹。


 グランは振り返りもせず、一匹の顔面を殴り潰し、もう一匹の横腹を蹴り上げる。蹴り上げられた方は木へ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


 早い。


 衛兵の一人が思わず息を呑む。


「一瞬で……」


 だが、それはまだ序盤だった。


 少し進むと、大蛇が出た。


 地を這うのではなく、木の幹へ半分巻き付きながら頭をもたげている。太い。人の胴どころではない。口を開いた瞬間、腐った肉の匂いが広がる。


 グランは止まらない。


 頭が届く前に踏み込み、そのまま下から顎を殴り上げた。首が折れるような音がし、大蛇の巨体がのたうつ。そのまま二撃目を頭頂へ叩き込み、完全に沈めた。


「いいな」


 グランが笑う。


「どんどん出る」


 ルシアは答えなかった。代わりに周囲を見ている。木々の間に残る気配が多すぎる。種類も数も多い。


 さらに進んだところで、今度は明らかにおかしな影が現れた。


 まず、異様に腕が長い。


 肩幅も広い。毛に覆われているが、立ち姿は人に近い。だが人間ではあり得ない体格だ。胸板は分厚く、拳だけで子供の頭ほどある。


 衛兵の誰かが小さく言った。


「なんだ、あれは……」


 名前の分からない獣は、獣のような怒鳴り声を上げて地を蹴った。


 グランは迎えた。


 相手の拳が来る前に、自分の拳を真っ直ぐに入れる。胸の真ん中。鈍い衝撃音。長腕の獣の巨体が浮く。後ろへ飛び、木を二本まとめて折って止まった。


 それを見て、ルシアの視線が一瞬だけ止まる。


 踏み込みが深い。力の逃げも少ない。昨日までより明らかに一撃が重い。


「……悪くない」


 小さく呟く。


 グランは聞いていない。


 その顔はどんどん機嫌が良くなっていた。殴るたびに楽しくなっているのが、背中越しにも分かる。


 衛兵たちの方は逆だ。明らかに引いている。


 次に出たのは、角の太い巨大な獣だった。地を掘るように前脚を鳴らし、一気に突進してくる。重い。踏み込みだけで地面が震える。普通なら逃げるか、横から崩す相手だ。


 だがグランは正面から行く。


 ぶつかる直前で一歩踏み込む。拳をねじ込む。角の付け根あたりに衝撃が集中する。巨体が大きく揺れ、そのまま前脚から崩れた。


 衛兵たちが思わず前へ出ようとしたところで、ルシアが手を上げた。


「待て」


 一人がすぐに答える。


「充分注意します」


「分かっています」


 ルシアは首を横へ振った。


「そうではない」


 衛兵が一瞬だけ顔を上げる。


 ルシアは森の奥、いままさに別の魔獣へ踏み込んでいくグランを見た。


「魔獣ではなく」


 一拍。


「グランに近づくな」


 衛兵たちが固まる。


「巻き込まれるぞ」


 さらに一拍。


「魔獣より危ないからのう」


 その言葉の直後だった。


 奥で、グランの拳が別の魔獣の胴へ入る。


 次の瞬間、その魔獣が吹き飛んだ。


 ただ倒れたのではない。横へ、真っ直ぐ、凄まじい勢いで飛ぶ。木々の隙間を裂き、衛兵たちのすぐ横を通過し、そのまま地面へ叩きつけられた。土と枯葉が一気に跳ね上がる。風圧が遅れて頬を打つ。


 衛兵たちが一斉に一歩引いた。


「……今のは」


 ルシアは平然としている。


「言うたじゃろ」


 さらに奥で、また別の魔獣が吹き飛ぶ。


 ルシアは軽く肩をすくめた。


「一応、わらわには当たらぬようにしとるが」


 そして衛兵たちを見る。


「おぬしらは危ないぞ」


 その瞬間、衛兵たちは無言でそっとルシアの背後へ移動した。


 ルシアはゆっくりと横目で見た。


 ジトっとした目だ。


 衛兵たちは一斉に視線を逸らした。


 何も言わない。だがその沈黙がすべてを語っていた。


 ルシアは小さくため息をつく。


「情けないのう」


 だが、その口元はほんのわずかに緩んでいた。


 正面から殴り飛ばし、吹き飛ばし、森ごと揺らしていくグランの姿は、普通なら呆れるしかない。実際、呆れてはいる。だがそれだけではなかった。


 大型の獣が飛びかかる。


 グランが踏み込む。


 拳が入る。


 その瞬間だけ、全身の筋肉が一点へ集まり、獣の巨体が嘘みたいに吹き飛ぶ。


 その動きに、ルシアの視線がほんの一瞬止まる。


 風圧が届き、白金の髪が揺れた。頬へ触れた髪を指で払う。胸の奥がほんの少しだけ騒いだ。


「……妙じゃな」


 誰にも聞こえないくらい小さく呟く。


 次の瞬間には、いつもの顔へ戻った。


「踏み込みが甘い」


 それだけを飛ばす。


 グランは殴りながら大声で返した。


「甘くねえだろ!」


「まだ散っておる!」


「充分砕けてる!」


「もっと壊せ!」


 会話の内容だけ聞けば頭がおかしい。


 だが実際、そのくらいでちょうどいい相手が次々に出てきていた。


 さらに奥へ進む。


 今度は巨体の影が木々の向こうで揺れた。耳が大きく、鼻の長い獣。地面を踏みしめるだけで土が沈む。普通の馬車ならそのまま踏み潰されるだろう。


 衛兵のひとりが思わず漏らす。


「おい……あれまで出るのか」


 グランは笑う。


「でけえな」


 長い鼻が振り下ろされる。


 グランは避けない。真正面から肩を入れ、腹の下へ踏み込む。拳を突き上げるように叩き込む。衝撃が巨体の内側へ通る。大きな獣が苦鳴を上げ、そのまま膝をつくように崩れた。


 止めにもう一発。


 巨体が完全に沈む。


 衛兵たちの顔がもう完全に引いている。


「楽しんでないか?」


 誰かが小さく言った。


「戦闘を……?」


 別の誰かが答える。


「見れば分かるだろ」


 その通りだった。


 グランはどんどん上機嫌になっていた。最初はただ殴っていただけなのに、今は明らかに笑っている。目も口元も機嫌が良い。森の中で血の匂いを浴びながら、まるで祭りでも楽しんでいるみたいだった。


 ルシアはそれを見て、ほんの少しだけ目を細める。


「本当に楽しそうじゃの」


 その声には呆れがあった。だが、それだけではない柔らかさが混じっていた。


 グランはそのままさらに奥へ進む。


 そこで、また一体、おかしな獣が現れた。


 腕も肩も異様に膨れ上がり、動きに理性がない。目が濁っている。さっきの長腕の獣に似ているが、もっとひどい。痛みも何も感じていないように、ただ前へ来る。


 ルシアの声が低くなる。


「……様子が違う」


「関係ねえ」


 グランはそのまま踏み込んだ。


 一撃。


 だが獣は止まらない。


 胸が大きく陥没したのに、それでも腕を振るってくる。普通ならその一発で終わるはずだ。なのにまだ来る。


「ほう」


 グランは面白そうに鼻を鳴らした。


 次の瞬間には、その獣の喉元へ喰らいついていた。


 牙が肉を裂く。血が飛ぶ。ぐしゃりと嫌な音がして、獣の首が半ばから千切れる。


 そこでようやく、完全に止まった。


 グランは口の中のものをすぐに吐き出す。


「……ん?」


 顔をしかめた。


「なんか変な味する」


 さらにべっと吐く。


「マズい」


 ルシアはすぐに近づき、傷口を見る。血の色、匂い、肉の妙な張り。顔が険しくなった。


「……魔薬じゃな」


 衛兵たちがざわつく。


「魔薬?」


 ルシアは短く答える。


「判断力を削り、力だけを引き上げる」

「痛みも感じにくい」


 グランは興味なさそうだった。


「だからなんだ」


「厄介になるという話じゃ」


「殴れば終わるだろ」


 その返しに、ルシアは呆れたように目を細めた。


「おぬしにはそうじゃろうな」


 それで終わりだった。


 グランはもう次の気配へ向いている。原因がどうとか、誰がやったとか、そういう話は今のところどうでもいい。出てくるなら殴る。それだけだ。


 森の奥へ行くほど、気配は濃くなった。


 そして最後に出たのは、他の獣たちとは明らかに違う存在だった。


 低い唸り。強い圧。草の揺れ方まで変わる。黄金色に近い毛並み、重い四肢、頭のまわりに荒く逆立った鬣。獅子に似ている。だが、それだけでは済まない圧があった。


 衛兵たちの誰もが息を呑む。


「……あれが、核か」


 ルシアが小さく言う。


 グランの口元が上がった。


「強そうだな」


 獅子型の魔獣が低く身を沈める。


 次の瞬間、地を裂くように飛んだ。


 速い。重い。しかも正確だ。正面から胸元へ食らいつくつもりだろう。


 グランも同時に踏み込んだ。


 避けない。


 拳を引き、腰を回し、肩を乗せる。昨日砕いた岩よりも、今日の大型魔獣よりも、さらに一点へ。全部を乗せる。


 一撃。


 鈍い音が森を揺らした。


 獅子型の巨体が空中で止まる。次の瞬間には横へ吹き飛び、地面を削って転がり、木へ激突して止まった。


 動かない。


 森が静かになる。


 息を吐いたのは誰だったか分からない。


 グランだけが少し物足りなさそうに拳を開いて閉じた。


「まあまあだな」


 ルシアはその背中を見て、ほんの一瞬だけ目を細めた。


 さっきと同じように、胸の奥が少しだけ騒ぐ。血に濡れた背中。踏み込んだ直後の体勢。強さを隠そうともしない、その在り方。


 妙に目を逸らしづらい。


 だが、そんな顔は見せない。


「今日の中では、一番ましじゃな」


 それだけ言う。


 グランは笑った。


「だろ」


 帰る頃には、また魔獣が山のようになっていた。


 猪型、狼型、蛇型、長腕の獣、角の太い獣、そして獅子型。グランはそれをまとめて肩に担ぎ、腕にも引っかける。あり得ない量だ。だが普通に歩いている。


 その後ろで、衛兵隊は必死だった。


 さっき倒れた巨大な鼻の長い獣を、数人がかりで縄にかけ、歯を食いしばって引いている。地面に深い跡がつき、全員の肩が震えている。進みは遅い。遅いが、それでも捨てて帰るわけにはいかないのだろう。


 そのさらに横を、ルシアは手ぶらで歩いていた。


 水袋の酒を飲みながら。


 あまりにも自然体すぎて、逆に腹が立つ。


 グランが振り返る。


「ズルくねえか?」


 ルシアは酒をひと口飲んでから答える。


「何がじゃ」


「全部持ってんのオレだけだぞ」


 ルシアは涼しい顔で言った。


「わらわのような高位エルフは、箸より重たい物は持たんのじゃ」


 一瞬の間。


 グランが即座に返す。


「箸使えねーじゃん」


 ルシアがぴしゃりと言い返した。


「やかましい!」


 そのやり取りを聞いて、衛兵たちはもう何も言えなかった。


 門が見えてくる。


 街の方から人々がこちらへ気づく。最初は衛兵隊の苦戦を見る。次に、魔獣の山を見る。そして最後に、それを担いで平然と歩くグランを見る。


 完全に静かになった。


 誰もが言葉を失っている。


 その中を、グランはいつもの調子で通っていく。


「今日も楽しかったな」


 心からそう思っている声だった。


 ルシアは酒を飲みながら、少しだけ肩をすくめる。


「おぬしだけじゃ」


 それでも、その横顔は少しだけ柔らかかった。


 森の中で殴っていた時の、あの楽しそうな顔がまだ頭に残っている。面白がっているだけのはずなのに、妙に目が離せない。戦うたびに上機嫌になっていく男を見て、呆れながら、少しだけ気分が良くなる自分がいる。


 厄介だな、とルシアは思った。


 だがその感情の名前を考えるほどではない。


 今はまだ、それでいい。


 グランは担いだ魔獣の重みなんて気にもせず、街の夕暮れを見上げて笑う。


「なんだ、殴っていいのか」


 その言葉に、門番も衛兵も、ただ黙るしかなかった。

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