10:人鳥温泉街の用心棒その2
全宇宙征服連盟日本支部のエーテル所長は、所長室で分厚い計画書を読んでいた。
人鳥温泉街に「人鳥動物園」を新設する計画がついに正式に認可されたのだ。人鳥温泉街の自治会が中心になって運営組織が立ち上げられ、もちろんエーテル所長も参加していた。
所長の星系の文化に動物園というのは無いが、地球征服計画の一環の文化的広報活動しては悪くないと、全宇宙征服連盟の幹部からも許可が出た。
これから忙しくなりそうである。候補のうちから建設地も決めねばならないし、動物園を運営する人員も確保しなければならない。飼育員は高性能アンドロイドでも大丈夫だろうが、やはり専門の優秀な人間のスタッフが必要になるだろう。
しかし全てをひっくるめ、一番大事で必要な事は資金の確保である。既に打診が始まっているが、各種企業に交渉して、スポンサーとして長期参加してもらわねばならない。
そして最重要なのは、やはり中央首都や国からの補助金確保である。これが最難関になるだろう。
「金が大事なのは、宇宙のどこに行っても変わらないな」と、とエーテル所長は独り言を言って溜息をついた。
一通り読み込みメモを作り、第2秘書に全宇宙征服連盟への報告を指示してから、エーテル所長はコーヒーを飲みつつ、机の上の端末で定時ニュースを見る事にした。地球の日々様々な出来事はきちんと知っておかねばならない。某国の巨大な黒猫の人形が街の中を練り歩く祭りを眺めていた時、緊急ニュースが入り映像が切り替わった。
日本の中央首都の郊外にある、宇宙星系貿易センタービルが爆破されたというのだ。巨大なビルのあちこちから黒煙が上がる様子に、エーテル所長は眉をひそめた。
もちろん大事件だが、エーテル所長には別に気になる事があった。あのビルには、中央諜報局日本支部の目立たない事務所があるのだ。
最近、人鳥温泉街に良く出入りして事務所をさり気なく監視しているが、エーテル所長とも付き合いがあり、加えて人鳥温泉街のマスコットペンギンの大福と仲が良い、気さくだが謎の多い人物である諜報員。その諜報員が所属している組織が中央諜報局である。別に友人ではないが、それでも彼は無事だろうか、とエーテル所長は少々心配になった。
その日の夕方。エーテル所長は歩いて事務所を出ると、洋菓子屋「スチームライジング」でマカロンを幾つか買い、「雲雲温泉館」を訪れた。門の前で番頭の藤堂さんが何やら地面を点検していたが、エーテル所長に気が付いて笑顔で挨拶をした。
「これは所長さん、いらっしゃいませ。今日も徒歩なんですね」
「健康維持の為には長距離歩行が必要だからな。ところで大福に会えるだろうか?」
「はい、さっき前庭を歩き回っていましたから大丈夫でしょう。どうぞそのまま入ってください」
「雲雲温泉館」で寝起きしているペンギンの大福は、少し前にチンピラ集団に暴行を受け、大怪我をした。幸い傷はすぐに治ったが、しばらく小屋から出てこない状態だった。だがようやく温泉館の広い庭や、温泉街の中央通りに少しだが顔を見せるまで回復して、住民の皆を安堵させた。
エーテル所長が庭に行くと、大福が木の下に立っているのが見えた。声をかけると、嬉しそうに羽をパタパタさせて挨拶をしてくる。エーテル所長はほっと安心した。
大福の好物のマカロンを渡しながら、大福の体にまだ少しだけ残る傷跡を見て、やはり今後はしっかり守ってやらねば、とエーテル所長は改めて考えた。何よりそれが目下の人鳥温泉街の自治会の課題でもある。
「雲雲温泉館」を出て、少し歩くと中央通りに面した空き店舗がある。
元々は「人鳥土産物屋」という平凡な店名の土産物屋だった。ペンギンの雑貨や小物を店先に並べていてそこそこ繁盛していたのだけど、老齢だった店主が体調を崩し、結局引退して店も閉めてしまった。自治会が業者に依頼して次の経営者を探しているが、条件が合わず見つかっていない。
自分が赴任してきた時からずっと閉まっている店舗のシャッターの前に立ち、これから盛り上がりが必要な時に目立つ場所に空き店舗があるのは寂しいな、とエーテル所長は考えた。
エーテル所長は事務所に戻り、ペンギンの大福の警備について資料を調べつつあれこれ考えた。
超小型警備ドローンを配備する事は必要だろうが、警備ドローンは非常に規則が厳しく制約も多い。旅行や行楽シーズンで観光客の増えるのに、監視だけでは心もとない。
かといって、大福にアンドロイド警備員を付けるのも、費用の面と見た目で難しい。何より大福が緊張するし嫌がるだろう。かといって温泉街の誰かが常に見張っている訳にもいかない。
エーテル所長は時計を見た。考え込んでいたら退勤時間が近付いていた。第2秘書に明日の予定を指示し書類を片付けようとした時、端末に着信音がした。見ると、人鳥温泉街の自治会からのお知らせ回覧メッセージだった。
何と「人鳥土産物屋」に経営希望者が現れたというのだ。
詳しい話はまた後日になるが、とりあえず希望者の簡単な経歴が表示されている。ほお偶然だな、とメッセージを読んだエーテル所長は、名前を見て思わず携帯端末を固く握り締め、「何を考えているんだ、あの男は……!」と呟いた。
表示されている「海田誠也」という名前。
それは諜報員の本名なのをエーテル所長は知っていた。




