第8話 チャーシューメン
深夜一時、森下塁はベッドに寝転がり、SNSを見ていた。
現在、高校二年生の塁だが、両親は仕事で忙しく、ほとんど一人暮らし状態だった。こんな風に夜更かししても、誰に注意されることはない。
そのおかげか、頬のニキビが目立つ。ルックスも地味だ。成績も普通、運動音痴、他に目立った特技もなく、学校でのあだ名は「ポンコツ」だったりする。最近では省略されポンとか、ポンちゃんと揶揄われていたが。
「おー、この人のイラストすっごいな。いいねつけておこう!」
そんな塁は、なんでも他人がよく見えてしまい、SNSでもいいねしかつけない。最近問題になっている誹謗中傷なんてとんでもない。全人類、自分より優れた人に見えてしまい、推しの芸能人、ミュージシャン、アイドル、イラストレーター、漫画家などもたくさんいた。
本人としては、プロ野球選手やサッカー選手、動画配信者などの有名人なりたかった。本当は何者かになりたかったが、今はすっかり応援する側に回ってる。たぶん、そっちの方が性分にあっていると思う。
「うん? なんだ、この奇妙な食堂は」
そんな時、SNSで変な食堂の画像を見た。二十四時間営業。しかも無人営業。提供される料理は全部昭和レトロな自販機で提供されるといいう。うどんやそば、ハンバーガーやトーストサンドなど、手作り感覚がある料理が多いらしい。
「へぇ……」
決して美味しそうではない。どこかチープで荒っぽい雰囲気もあったが、深夜に画像を見ていたら、お腹が減ってきた。それに塁は嫌いな食べ物がない。食べ物も自分より優れていると思い、いいところばかり思いついてしまう。
「お、しかも自転車で行ける距離じゃん。地元にこんな穴場があったとか知らんかったわ」
案外、毎日住んでいる土地でも、知らないところがあったりする。栄えているショッピングモールの方はよく行くが、反対側の人気がない方があんまり知らない。盲点というやつかもしれない。
お腹も減ったし、好奇心も抑えきれず、その食堂へ行ってみることにした。秋の終わりで、少し肌寒かったが、しばらく自転車を漕いでいたら、汗が出てくるほどだ。それに今夜は月が出ていて明るい。まるくて綺麗な満月だった。
「お、この店?」
あっという間に店の前につく。外観はボロっとした小屋のようだった。裏手には厨房があるらしい。元々は弁当屋だったらしい。そういえば、両親からこのあたり一帯の噂は聞いたことがあるが、すっかり忘れていた。昔はそこそこ栄えていたそうだが、すっかり過疎化し、客のほとんどは近所のショッピングモールに吸収されているそうだが、両親によると、細々と残っている店もあるらしかった。
「へぇ……」
店の中は明るく、清潔感はある。床は薄いオレンジ色だ。壁はほあまり見えない。昭和レトロな自販機がずらっと並んでいたから。
普通の自販機とは全く違う雰囲気だ。うどん、ラーメンの自販機は、版画調のパネルが渋い。骨董品というか、もはやアンティークのような趣きすらある。今見ると、逆にハイセンス。
ハンバーガーの自販機のパネルには、ニワトリがチキン料理を調理しているイラストもある。昭和レトロ風なイラストだが、シュール。トーストサンドやコーヒーの自販機もあったが、どれも丁寧に扱われている様子だった。古い自販機のはずだが、目立った傷や錆も見えず、大切にメンテナンスされている。
「へー、なんかすごいな」
なんでも肯定的に捉えてしまう塁は、興奮しながら写真を撮っていた。目もキラキラとし、子供みたいな顔になっている。
「すご、ここのオーナー、すごい人だよ、きっと。機械いじりもできて、料理も作れるとか、天才かー?」
そんな塁、どの自販機の料理を食べようか迷っていた。ぜんぶ食べてもいいが、一夜で食べ尽くしてしまうのは、勿体無い気もする。
「どれにすっか……」
他に誰もいない。他人目を気にせず、うんうんと唸りながら悩み、結局、ラーメンを食べることに決めた。
「え、五百円玉使えないのかー」
そこまで古い自販機だとは予想していない。
「お、お金は持って来てるよな」
こういう時、忘れ物しがちの塁だった。スマホで決済できると勘違いし、財布を持っていなかったが、ポケットの中に手をつっこむと、小銭が出て来た。ちょうど百円玉三枚。ラーメンの金額分だった。
「おぉ、ギリセーフ。そうだよな、こんなレトロな自販機でスマホで決済できるわけないよな……」
ホッとしながら、百円玉をチャリン、チャリンと投入し、チャーシューメンを頼んだ。
「えー?」
驚いた。一分もしないうちに熱々のチャーシューメンが受け取り口に出て来た。
「そんな、どうなってんだ? この自販機なんだ?」
まるで手品みたいだ。一体どういう仕掛けになっているか謎だったが、面白い。こんな自販機、どうやって開発したのだろう。昭和時代、思ったよりも色々と進んでいたのかもしれない?
とはいえ、出来上がったチャーシューメンは素朴な佇まいだった。安っぽいプラスチックの器に入り、チャーシューはペラペラと薄い。他の具はなるととネギだけ。手作り感がすごい。
「おぉ……」
コンビニやスーパーには決して売っていない雰囲気だ。この手作り感覚、かなり昭和的。さて、味はどうだろう?
「いただきます」
塁がテーブルにつき、チャーシューメンを食べ始めた。
熱々だ。湯気も出ている。肌寒い夜に沁みる温かさだったが、麺は柔らかく、具材は少なめ。決して本格派ラーメンとは言えない。よく言えば素朴。悪くいえば、チープ。もしラーメン評論家や美食家が食べたら、なんて味だと怒るかもしれない。
それでも、悪くない。自販機から手品のように出てくる過程もエンタメ風だ。その割に手作り感覚がすごいのも、ギャップが面白いじゃないか。
「そうか、このラーメン。おいしいっていうよりは、面白いんだな。うん、食べてるとワクワクしてくるね」
そう思うと、食がすすみ、あっという間に食べ尽くしてしまった。
思えば昭和という時代。特にこの自販機が流行っていた時は、未来に希望が溢れ、ワクワクしていたのかもしれない。今と違い、経済的にも日本の雰囲気は明るかったのだろう。
「そうか、この自販機。当時のそういう雰囲気が残っているのかなぁ」
残念ながら、令和のこの時代は経済的にも閉塞感がある。日本が終わるというオカルト的な予言が流行ったりもしている。
「そっか……」
もうそんな昭和時代には戻れないが、ここにいたら、その雰囲気だけは味わえるかもしれない。そんな気がする。
「お、なんだこれは?」
テーブルの端に、一冊のノートがあるのに気づいた。客が自由に感想を書けるらしい。ノートは新しい。まだコメントもあまり書かれていなかったが、熱心なファンもいるらしい。何行もこの店の料理を絶賛するコメントもあった。もはやファンレターの域を超え、ラブレターのようだ。
「お、俺だって、何かを褒めるのは得意だし」
別に対抗心は持っていないが、塁もこの店へラブレターを書きたくなってしなった。
ペンを握り、十行もこのチャーシューメンについて絶賛してしまた。
「おぉ……」
我ながら熱を込めすぎた気がしたが、悪い部分より、いい部分に着目して生きている方がいい。
塁のあだ名は「ポンコツ」。容姿も悪く、成績も悪い。運動神経も悪く、忘れっぽいが、おかげで何でも他人がよく見える。人だけでなく、食べ物とか自然とか、動物もそう。だとしたら、夢が叶わなくても、無能でも、何者かになれなくても、案外幸福度は高いかもしれない。そんな気がする。
「よし、またこの店来よう。また推しが見つかって、俺ってラッキーかもな?」
書き終えたノートをテーブルの上に戻す。
「ごちそうさま。また、よろしく!」
自動販売機にも挨拶し、笑顔で店を後にしていた。




