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昭和レトロ自販機来客簿〜悩めるお客様のあたたかい夜食〜  作者: 地野千塩


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第7話 チーズトーストサンド

 上司の滝口雛子、仕事を辞めるらしい。来月、退職すると、引き継ぎの時に教えてもらった。


 ここは田舎のビジネスホテルのカウンターだ。まだチェックインの時刻前なので、のんびりとした空気がある。よく言えば田舎の呑気なビジネスホテルだが、悪く言えば平成風の趣きがある。カウンタースタッフの制服も、昔のCAのようなデザインで、タイトスカートも女性差別的かつ垢抜けない。


「ということで、佐倉さん、あとはよろしく」

「先輩、そうは言っても」


 雛子は清々しい表情だったが、引き継ぎを聞かされている佐倉千草は困惑していた。


「そんな、突然じゃないですか。なんでです?」

「まあ、いいじゃない」


 まだ客も来ない。上司の支配人は出張中ということで気が抜けた。しばらく二人で雑談中。雛子はあまり退職の話をしたくなさそうで、話題が変わり、この町にある妙な食堂の噂になった。


「昭和レトロな自販機なんだ。うどんやラーメン、トーストサンドが提供される自販機で」


 しっかり者という雰囲気の雛子だったが、なぜかその話題になると、目が生き生きとし始めた。思い入れでもあるのだろうか。聞かされている千草は、どういう店かあまりイメージがつかめず、首を傾げてしまうが。


「とにかくおすすめ。外国人のお客様から何かいい店ないかって質問されたら、推してね」

「へえ」

「あ、もうこんな時間だわ。佐倉さん、あとはよろしく」


 こうして雛子も帰ってしまい、あとは千草がワンオペでカウンター業務に入った。今の時期は比較的、客も少ないが、インバウンドのご時世、アメリカや中国の客を接客することもある。AIでも一部接客できるが、さまざまなマニュアルもあり、千草は気が抜けない。


 高卒後、田舎のビジネスホテルで働いていたが、特に給料も良くない。先輩の雛子は優しいが、上司の支配人はパワハラ気質だ。とはいえ、去年結婚し、パート社員に切り替えたので、そこまでの圧はないが、勤務時間は不規則。


「あー、もう夜の十時じゃん。お腹すいたわ」


 仕事が終わり、夜勤シフトの正社員に引き継ぎをすると、更衣室へ直行したが、壁の時計はもう夜。あと二時間で日付は変わる。


 一応夫に、今日も遅番だったとLINEしたが、返事はない。既読すらつかない。夫も仕事で色々と忙しい。最近はすっかりすれ違いの生活。食事も別々だった。


 だからと言って夫婦仲が冷え切っているわけでもない。夫が浮気したり、ギャンブルもしていない。モラハラもDVもない。高校からの同級生だったこともあり、親友のように仲がいいが、こんな夫婦生活は正しいのかよくわからない。


「まあ、深刻に考えても仕方がないけど。っていうか、お腹すいた」


 更衣室には誰もいない。ついつい独言を呟くが、お腹が鳴った。


 そういえば、雛子が言っていた昭和レトロな自販機の食堂が気になる。このホテルから離れていないし、ちょっと行ってみよう。


 仕事を終え、気分も解放的になっていたのかもしれない。さっそく地図アプリを頼りに、その食堂へ向かう。


 栄えているショッピングモールとは反対方面だった。この町の地元民の千草もあんまり行かない商店街の中にあるらしい。


 さびれた昭和街だ。カフェや花屋、本屋などは潰れている。シャッターがおり、夜なので、余計に寂しいが、一応街灯はある。暗くはない。


「あ、あった。あの店かー」


 その食堂は外観は古めかしい小屋に見えた。裏手には厨房もあるらしいが、決して綺麗ではない雰囲気。看板も昭和レトロ風のロゴだ。本当に今は令和か戸惑うほど。タイムスリップ感、溢れてる。


 とはいえ、中は案外明るく、清潔感もあった。数台の自販機が並んでいたが、思ったよるりぼろぼろじゃない。むしろ、人の手で大事にされてきたことがわかる空気が出ていた。傷も最低限だったし、錆も見えない。外装は丁寧に塗りかえられているのだろう。


 いわゆるZ世代の千草は、こういう雰囲気は新鮮だ。自販機のロゴやイラストも、令和にない荒々しさや自由さがある。


「へぇ。昭和の人て自由だったんだな」


 その上、トーストサンドの自販機には張り紙があった。張り紙によると、ハムチーズトーストのハムを切らしている為、当面、チーズサンドトーストになるお知らせがあった。しかも手書き。ネコのイラストまで描いてあるが、下手だ。ゆるキャラ風。味は出てる。


「AIとかネットのフリーイラスト使えばいいのに」


 とはいえ、この自由さ、素朴さが新鮮だ。雛子や外国人のツボに入った理由もなんとなく察した。


 今はSNSもある。いい面もあるが、発信が全世界に見られ、炎上するリスクもある。要は色々と煩わしい。


 そんな現代人にとっては、この場所の空気は新しいのかもしれない。古いのに、一周回って新しい。


 かくいう千草もSNSに毒されている面もあった。SNSではオシャレな夫婦や、いつまでもラブラブな夫婦も可視化される。ついつい比べてしまい、自分たちの夫婦生活はどこか変かと思ったりもした。千草という名前もSNSで昭和風だとバカにされたことがあり、密かなコンプレックスだったりもした。以来、千草は本名でSNSを投稿するのを辞めてしまった。昭和という時代にもなんとなくイメージが悪くなっていた。


「まあ、そんなことはなかったのかな?」


 トーストサンドの自販機の張り紙を見ていたら、肩の力が抜けてきた。この自由すぎるチーズトーストサンドを食べてもいいかもしれない。昭和、意外と悪くないかも。


 チャリン、チャリンと百円玉を入れ、チーズトーストサンドを買う。


 一分もしないうちに、熱々のトーストサンドが出てきた。それは全面アルミホイルにつつまれた状態だった。手作り感覚が濃厚すぎるような。こんなアルミホイルに包まれたパンは、コンビニでもスーパーでも見たことがない。


「ねえ、令和の時代で、それでいいのか?」


 独言でツッコミを入れつつ、チーズトーストサンドをテーブルまで運ぶ。熱々なので、自販機に備え付けのトングを使う。自由すぎるチーズトーストサンドだったが、おもてなしの精神は忘れていないらしい。


 テーブルにつくと、少し冷めてから食べることにした。


「急いで食べるより、ちょっと待って食べるのも悪くないよね」


 テーブルの席から、窓の外も見える。少しかけた月が見える。満月ではないのは少し残念だが、静かな夜だ。少し冷めてきたチーズトーストサンドのアルミホイルを剥がしていく。


 そして一口、齧り付く。サクサクと響く。少々、行儀は悪いが、こんな自由なチーズトーストサンドは、マナー守って食べたら不味くなりそうだ。


「あっつ」


 まだ熱々だった。焼きむらがあるらしく、すみの方はちょっと焦げていたが、それも悪くない気がする。ハムがないのも、少し残念だが、それはそれでいい。ご愛嬌ってやつかもしれない。この歪さも、どうでもよくなっていた。かえって魅力的な気もするから不思議。


 気づくと、全部完食してしまっていた。シワっぽいアルミホイルだけが残された。


 おいしいとは素直に言えない感じだったが、また食べに行きたい味だ。


 コンプライアンスとか、多様性とか、SNSとかに疲れてたら、またここに来よう。ここにいれば自由になれる気がする。


「うん、ごちそうさまでした」


 千草は笑顔でつぶやき、この奇妙な食堂を後にしていた。

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